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人として袖が触れている 3話

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  • 3.月夜を一人で抜け出す程度の能力


「遠いー。暇っ、暇ぁー!」
 牛車(ぎっしゃ)の中に、わがままお姫様の声が反響する。
 その耳を劈く声と揺れる牛車が、まだ私がこの世界に居ることを思い知らせる。
 ……どうしてだろう。
 もう起きて、私は学校に行く準備をしている時間なのに。
 今はこのわがままお姫様を連れて、はるばる遠くのみゆきの邸に向かっている。
 確かに、私は昨日寝たはずだ。
 なのに目が覚めても……夢が続いている。
「ねー、かーがみぃー」
「もう少しだから、我慢しなさい」
 体に絡み付いてくるこなたを、体が勝手に宥める。
 昨日の夜は自由だった体も、今ではまた元通り。
 また第三者観点から傍観するしか出来ない。
 それがまた歯痒くて、勝手に動く自分の体が恨めしい。
 しかも今また、こなたに引っ付かれて顔が熱くなってるよこいつは。
 はぁ……どいつもこいつも。
「うーいいもん、つかさ遊ぼー」
 と、私から離れて今度はつかさに甘える。
 だから残念がるなっつーの!
「んぎゃぁっ!」
 と、その時こなたから雑巾を絞ったような悲鳴が聞こえる。
 突然牛車が止まり、その勢いで壁に突っ込んだからだ。
 まぁ、静かになっていいか。
「どうかしたの? 文彦」
「いえ、それが……」
 牛車の前簾から、牛を牽引していた雑色(ぞうしき:小間使い)に声をかける。
 だがすぐに原因は分かる。
 牛車が通ろうとしている狭い道を、違う牛車が塞いでいるのだ。
「訳を聴いてきます」
 と雑色の男性が塞いでいる牛車に駆けて行く。
「どうしたんだろうね」
「多分牛車の調子でも悪いんじゃない? 妙に車輪が傾いてるし」
「えー! じゃあ通れないじゃん!」
 前簾から他の二人も外を覗き、予想通りにこなたが不平を言いだす。
 はぁ……こうなると手がつけられないんだ。
「大丈夫よ、少し迂回してもそんなに距離は変わらないから……」
 そうこなたを宥めようとするが、その言葉が止まる。
 何故か雑色が慌てて戻ってきたからだ。
「どうしたの? 牛車が壊れてるなら迂回して……」
「た、大変ですっ! こ、こちらの牛車は、内大臣姫君様の牛車です!」
「……へ?」
 素っ頓狂な声が、自然と口から漏れた。
 この雑色が慌てるのも当然だ。
 内大臣……つまりは、当今様(天皇)の側近。
 その姫君が、どうやら困っているらしい。
 はぁ……どうやら、こなたの愚痴は今日は一日中聞かないといけないことになるかもしれない。
「……仕方ないわ。文彦、姫君様をこちらにお連れして」
「は、はいっ」
 私の意図を汲み取ってくれたのか、足早に雑色が駆けて行く。
「え、どうするの? お姉ちゃん」
「……一度お邸まで、お連れしましょう」
「えー! みゆきさんの家はー!?」
 一番に悲鳴をあげたのは……予想通りこなただった。
 はぁ、まぁそうなるわよね。
 今から邸に戻ってたら、丁度夕方ぐらいになってしまう。
 もちろん、みゆきの所には行けなくなってしまう。
「分かって、こなた……内大臣様の姫君を見捨てて遊びに行ったなんて知られたら、それこそ大問題になるの」
 貴族社会とは、そういうもの。
 身分の低いものが高いものを蔑ろにしただけで、その家の浮沈に関わってくる。
 それも内大臣の姫君?
 島流しってレベルじゃねーぞ!
「雪姫様の家には文使いを送るわ、また日を改めてってね」
「し、仕方ないよ……こなちゃん」
「……うん」
 見る見るこなたが落ち込んでいくのが分かる。
 まぁそれも仕方ない。
 前々から楽しみにしてたのは、私がよく知ってるから。
 体の方の私が、だけど。
 今の返事で、また落ち込んでるし。
 どうにもこっちの私は、憎まれ役が多いらしい。
 まぁ、そんな事はどうでもいい。
 問題は、その後だった。
 数名の他の雑色に連れられて、この牛車お姫様がやってきたわけ。
 ……違和感の塊を引き連れて、ね。


「この度は助けていただいて、真にありがとうございます。内大臣が妻……あやのと申します」
 私たち三人の向かい側に座っている女性が、深々と頭を下げる。
 拾かった牛車も、さすがにこれだけ人が乗ると狭く感じる。
 気品に包まれた出で立ちは、うちの甘えん坊とは雲泥の差。
 まぁそれはいい。
 うん、どうでもいい。
 ここに峰岸が出てきたことは、些細な事だ。
 今まで散々色々出てきたわけだしね。
 問題は……その隣りの、違和感の塊。
「いやー助かったぜっ、あんがとなーっ」
「みさちゃん駄目よ、ほらちゃんとお礼言わなきゃ」
 無理矢理頭を掴まれて、それの頭を垂れさせる。
 それ、と言っていいものか。
 とにかくそれは……日下部だ。
 峰岸と同じ、クラスメイトの一人。
 でも、心が違和感で押しつぶされそうになる。
 私は知らない……『こんな』日下部を。
「こちらは、ええと……何て言ったらいいかな」
「みさお。でいいぜ!」
 峰岸が言いよどむ間に、日下部が間髪いれず叫ぶ。
 相変わらずのテンションも、笑う口から見える八重歯も、全部私の知ってる日下部だ。
 そのはず……なのに。
 彼女は、いや……その言い方は今はおかしい。
 この世界の日下部は……。
 男、らしい。
 鮮やかに紫に染められたそれは……束帯。
 つまり、男性の着物。
 さらには冠に、脇差まで。
 性格が多少違うくらいなら、今までにもあった。
 こなたは甘えん坊だし、おじさんは何処かこなたを邪険にしてるし。
 なのに今度は……性別かよ。
「え、えと。みさおさんは……雑色の人、なんですか?」
 そのハイテンションに押されながら、つかさがおずおずと尋ねる。
「んー、違うようなそうのような……まぁそんなもんだ!」
 また豪快に笑う。
 そんなもんだ、って答えになってない気がするんだが……。
 そして笑いながら、目の前の席のこなたの表情に気がつく。
「おー? なんだチビっ子ー。元気ないなー」
 まだ機嫌が直ってないのか、頬を膨らませている。
 その頭を笑いながら撫でる。
「そっか、予定駄目になったのかー。ごめんなぁー、あやのの所為で」
「みさちゃん、その子一応大納言家の娘よ。あと、牛車が壊れたのはみさちゃんが中で暴れたから」
「んおお? あー、あの噂のお姫様ねー」
 どう噂になってるのか気になるところだけど。
 っていうか何なんだ、この軽さは。
 確かに私の知ってる日下部だけど……この軽さはどうだ?
 大納言の娘のこなただけじゃなく、内大臣の奥さんの峰岸まで居るのにまるで気を遣わないじゃないか。
 ただの馬鹿なのか、それともはたまた……やっぱり馬鹿か。
 とりあえず、ただの雑色でなさそうなのは認識しておこう。
「ほらほらチビっ子ー、仏頂面してないで遊ぼうぜー」
「やだ。みさお嫌いー」
 と、視線を日下部から外へ逸らすこなた。
 どうやら事の原因が日下部にあるのを知って、さらにむくれているらしい。
 はぁ……こりゃ半日は不機嫌かも。
「そんな事言わずにほれほれぇー」
「きゃわっ! くっ、ひ、ひゃははははっ!」
 だがその不機嫌な表情が、緩む。
 日下部の手が、こなたの脇を襲っている所為らしい。
 脇が弱かったのか、帰ったら試してみよう。……帰れたらだけど。
「あらあらみさちゃん、いじめちゃ駄目よ?」
「いやはは、可愛いからついさー。あやのも昔はこんなだったのになー」
 と悶絶するこなたの頭をゴシゴシと撫でる。
 完璧子供扱いされてるわ。
 まぁ、幼児体系だからしかたないか。
「ちなみにみさちゃん、確かその子……私たちと同い年よ」
「嘘ぉっ!? こんなチビなのに!?」
「チビって言うなぁっ!」
「ぐへぇー!」
 今度はこなたが日下部を襲う。
 不機嫌だったこなたも、少しは発散したのか笑顔で日下部の脇を集中砲火している。
 もしかして相性いいのか、この二人。
 でもその辺にしといて欲しいな。
 体のほうの私がどうにも、やきもちを妬いてるみたいなので。
 はぁ……いい加減にして欲しいよ、本当。


 邸に帰り着くと、わざわざ大臣様が直々に迎えてくれた。
 彼からしてみれば、内大臣に媚を売るいい機会なのかもしれない。
 それもあってか知らないが、峰岸や日下部他雑色は一晩うちに世話になるらしい。
 こなたは結構喜んでいたからいいか。
 何でもまた日下部に遊んでもらう約束をしたらしい。
 案外お似合いな二人なのかも知れないわね、同い年なんだし。
 ……向こうは素性が怪しいが。
 邸は突然の来客に慌ててはいたが、それほど忙しくはなかった。
 まぁ大納言の家ともなれば、突然の大物の来日など少なくないのだろう。
 なので元よりみゆき邸に行くはずだった私やつかさには、すぐにお役御免。
 私は部屋で、つかさと眠くなるまで暇を潰していた。
「こなたは?」
「遊びつかれてもう寝ちゃったみたい、みさおさんがずっと相手してくれてたんだって」
 そりゃまた何とも。
 みゆきの所に行けなかったから、溜まってた分を発散したのかしらね。
「あ、ほら。見てお姉ちゃん」
「うん?」
 するとつかさが外のほうを指す。
 見ると、そこから淡い光が伸びてくるのが分かる。
 そして……昨日の感覚。
「あっ……」
「ようやくお月様出たねー。最近こんな天気ばっかで嫌になるよね」
「……」
 つかさが笑いながら、宴の余りものの煎餅を頬張っている。
 私のほうはまた……『動く』。
 昨日と同じ、私の時間がやってきたのだ。
『月夜の降り注ぐ夜のみ、貴方に自由が許されます』
 ……。
 昨日、適当に読んだ一文が頭を掠める。
 そう……全ては、あの大学ノートの手紙の通り。
 二回目ともなれば、その実感も増す。

『これは夢ではありません』
 ああそうだったわね、夢じゃないんだとさ。
 分かったわよ、それは納得してあげる。
 この感覚を現実だと、享受してあげるわよ!
 それでなんだっけ? 何か探せ……とか何とか。
 はぁ……馬鹿な私。
 ビリビリに破いて捨ててしまうなんて。
 朝起きたらもう、風に吹かれて何処かに行っちゃったみたいだし。
 うろ覚えなのになぁ……。
 だ、だって仕方ないじゃない!
 あんなの信じろってのが無理な話よっ!
 今だって、まだ完全に信じてるわけじゃない。
 でも……あれに書かれているとおり、今私は自由に動けている。
 この、月夜の光によって。
 分かった……そこまでも信じよう。
 それが私が、平成の朝に目覚めるための架け橋なんだそうだから。
 あとはええと……何て書いてあったっけ。
「ねぇ、お姉ちゃん聞いてる?」
「へっ?」
 目の前につかさの顔が広がった。
「あ、ああ。ごめん、何だっけ?」
 考え事をしてたので、まるでつかさの話を聞いていなかった。
 ああもう、相変わらず空気詠み人知らず。
 こっちは帰ることで頭が一杯なのにっ!
「昨日の文さ、何て書いてあったの? たまには教えてよー」
「え、ああ。あれ?」
 ロクでもない内容だったわよ。
 とか言いたかったけど、どうせ曖昧にしか覚えてない。
 本当のことを言っても信じないだろうし、適当に答えておこう。
「ごめん、つまんなかったから破って捨てちゃったわ」
「えー、でもあるよ? そこに」
 何言ってるのよ。
 言ったでしょ? 捨てたって。
 しかも包んであった紙ごとビリビリに引き裂いて。
 だからもう形も残ってるはずが……。
「っ!!!!!」
 思わず、血の気が引いた。
 私の部屋の、脇息(きょうそく:座った時肘をかける台)の上。
 そこには……あった。
 私が引き裂いたはずの、白い文が。
 急いでそれに近づき、素早く手に取る。
「もー、見せてよー」
 それが隠すような仕草に見られたのか、つかさが頬を膨らます。
「いいもんっ、明日こそ見せてもらうからねっ」
 と、頬を膨らませたまま部屋を出て行った。
 いや、そんなのはどうでもいい。
 問題は、これ。
 これがここに、あるはずがないっ!
 だって、絶対に引き裂いた。この手でっ!
 ……。
 い、いや待って、待て私。
 落ち着け私。
 クールになれ私。
 深呼吸、深呼吸……。
 これが昨日と同じ文とは限らないじゃないか。
 じゃあ、また私に文が?
 ……開けるしか、選択肢がないのが辛い。
 この文の主は、知っているんだ。
 私が、この世界から抜け出す方法を……。
 それが誰であれ……私には、頼るしか道はない。
「……へっ?」
 その手紙を開けて、一瞬私は躊躇した。
 というか、狼狽した。
 逡巡した。
 そこには、昨日と同じ大学ノート。
 それはいい。
 問題はそこに書かれていた内容。
 ……それが一瞬、意味が分からなかった。
 でも、この状況に重なる意味はすぐに頭に浮かんできた。
 意味は……そういう事でいいと思う。
 なら、どうすればいい?
 私のすることは決まってくる。
 そうだ……足掻いてみせる。
 私は、帰ってみせる。
 あの、平成の朝に……絶対に。
 そう心に決め、部屋を抜け出した。
 辺りを照らす月夜がまるで、私を嘲笑っているかのようだった。


(続)













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