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人として袖が触れている 5話

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  • 5.つっぱしるみさお


 女房の朝は早い。
 主人より早く起き、朝餉の準備をし、寝殿を片付け……。
 こっちの私は変に生真面目らしく、女房の中でも早くに勝手に眼を覚まし仕事に入る。
 おかげで、まだ寝たりない。
 昨日の日下部の馬鹿の所為だ。
 さんざん振り回したあげく、結局成果はなしときたもんだ。
 収穫三つ目ね、寝不足よ。
「お姉ちゃん」
 朝餉の準備も終わった頃だった。
 妹が私の元にやってくる。
「どうかしたの? つかさ」
「大臣様が呼んでるよ、急な話だって」
「そう、分かった。ありがとう」
 体のほうの私は何も気がついてないが、私にはピンと来た。
 昨日言ってたっけ、日下部が。
 正式に、手伝いを頼むって。
「おお来たか」
 一家の主らしく、すでに大臣様も起きていた。
 まぁこんな時間まで寝てるのは、我侭お姫様ぐらいか。
「実は、困った事になってね」
 と、少し眉間にシワがよる。
「内大臣家の女房が最近人手不足らしく……今度の宴の準備に手を貸して欲しいらしくてね」
「それを私が、ですか?」
「ああ、他にも数名に頼んである。悪いが頼めるかい?」
 これが日下部の言ってた頼みごと?
 手が足りない、って言ってたしね。
 何だ、そう難しいことでもないみたい。
 ようは今とやることは一緒でしょ?
「はい、分かりました」
 体の方の私も、即決。
 相変わらず何と言うか、従順だ。
 でもまぁ、中に居る私は分かってる。
 我侭お姫様と別れるのが寂しいー、ってのがダダ漏れなのが。
 はぁ……あんなチンチクリンの何処がいいんだか、皆目分からん。
「よろしく頼みますね、かがみ」
「はい、奥様」
 大臣様の隣りには、彼女も居た。
 かなたさん……こなたの母親だ。
 ふと、頭を過ぎるのは彼女の存在。
 こちらの世界の彼女は、『生きて』いる。――これは、『違う』こと。
 でも性格は穏やかで、ほとんどこなたに聞いたとおり。――これは、『同じ』こと。
 うーむ、保留しておこう。
 こうやって知り合いを区別していくことしか、今の私には出来ない。
 今のところ、推理は全然進歩なし。といったところしね。
「え……かがみ、居ないの!?」
「ええ、数日かそこらだけどね」
 次はようやく起きてきたお姫様の朝の身支度にとりかかる。
 寝癖で反り返った髪を櫛で梳かしながら、こなたについて考えてみる。
 大納言家の一人娘、こなた。
 性格のほうは少し『違う』。
 でもこれだけ甘やかされて育てば、こう育つのも納得がいく気がする。
 つまり、もし甘やかされた環境で育ったら私の世界のこなたもこうなっていたとか?
 それならこなたはこなた……『同じ』?
 むぅ……やはり保留。
 じゃあこなたのおじさんは?
 確か私の知ってるあの人はもっと、こなたを溺愛してた気がする。
 でもあまりこっちでは……なんか邪険にしてる。
 やっぱ高い役職だと、ストレスが溜まるとか?
 小説家よりは大納言って、忙しいわよねそりゃ。
 その他の感じは同じ印象だし……やっぱり『同じ』?
 うーん、やっぱ保留で。
 ……そうやって消去していくと、どうだろう。
 今のところ、やっぱり日下部が有力候補。
 彼女は……いや『彼』は確実に『違う』。
 でも接触してみたところ、襲われただけ……未遂で良かった。
 つまりは、なにもなし。日下部も『同じ』?
 あーもう、全然訳が分からんっ!
 じゃあやっぱ……私の推理が間違ってるのかな、やっぱり。
 それとも、もうちょっと接触してみないと分からないとか?
 でも相手にすると疲れるんだよな……あいつ。
「じゃあ少しの間だけど、一人で大丈夫よね? つかさ」
「が、頑張ってみるねっ」
 私の妹が鼻息を荒くする。
 それはそれで……不安だ。
 今日で三日目だけど、こっちでも相変わらずつかさはどんくさい。
 私が見えないところでフォローしてるから何とかなってるようなもの。
 宴の席だって運んでた酒をひっくり返すわ、篝火にぶつかって火事未遂になるわ。
 家事とかは上手い癖に、どっか抜けてるのよね。
 完璧シロ、『同じ』だわ。
「あんたも、つかさの稽古から逃げたりしたら駄目だからね」
 一応こなたにも釘を刺しておく。
 まぁ今まで何度も言ってきてるので、意味はないだろうけど。
「……」
 ん、あれ?
 何かさっきから静かじゃないか?
 いつもなら私をからかう一言でも出てきていいのに。
「? どうかしたの? こなた」
「……別にぃ」
 体の方の私もそれに気がつく。
 どうやら……不機嫌らしい。
 あれ、さっきは楽しそうにしてたんだけど。
「数日ってどれくらいなの? お姉ちゃん」
「そうねぇ、二回宴があるって言ってたから三日か四日ってところじゃない?」
 詳しい話は向こうにいかないと分からないようなことを大臣様も言っていた。
 それを聞いて、さらに不機嫌オーラが増す。
「あ、ほ、ほらこなちゃん。私が一緒に遊んであげるからさっ」
 その元凶につかさが気がつき、慌てて気を遣う。
 それにワンテンポ遅れて、私も気がつく……あと、さらに遅れて私の体のほうも。
 もしかして……寂しいのか、こいつ。
「……馬鹿ね、すぐ帰って来るわよ」
 口から漏れた声とは反対に、落ち込んでいるのが私にだけ分かる。
 はぁ……自分の事ながら、素直じゃないな。
 自分のほうが寂しがってるくせに。
「……ほんと?」
「ええ、終わったら牛車飛ばしてもらうわ」
 暴れていた寝癖も丁度整え終わり、頭を撫でてやる。
「だからつかさと待ってて、ね?」
「……うん、待ってる」
 ようやく納得してくれたらしく、笑顔が戻る。
 にしても……甘やかしすぎだろ、こりゃ。
 どうやらかなり、我侭お姫様にご執心のようで。
 まぁ、体が勝手にやってる事だ。私には関係ないか。
「じゃあ、私準備があるから。よろしくねつかさ」
「うん、いってらっしゃい」
「すぐだからねっ、絶対すぐだからね!」
 体が後ろ髪を引かれながら、こなたの寝室を後にする。
 離れるのが嫌なら断ればいいものを、真面目ね。
 まぁそしたら日下部との約束を守れなくて大変なことになるんだが……いいか、結果オーライってことで。




 内大臣の邸までは、それほど時間はかからなかった。
 朝にすぐ出発したので、午後にはもう到着したといったところ。
 だけど問題はそこからだ。
 到着するなり、私と他の女房を襲ったのは……雑用の山。
 なんでも今日の晩には宴だというのに、まだ準備が終わってないらしい。
 おかげ様で食事の用意から寝殿の清掃、はたまた公達の服装手入れまで……寝不足の体に鞭打って、覚えのない邸を奔走する。
 しかし……いくら人手が足りないとはいえ、さすがにこれはこき使いすぎだろう。
 明日は筋肉痛だぞ、確実に。
 まぁともあれそんな私や他の女房の苦労の甲斐あって、宴は無事催されることになったわけ。
 内大臣家の宴……と銘打ってはいるが、それほどこなたの所と違いはなかった。
 でもこなたの側近で後ろに控えてるのとは違い、右にお酌し左に食事を運び……こんなのがもう一回あるのか、頑張れ私の体のほう。
 それからようやく片づけまで全て終わり、用意された寝室に案内された頃には……すでに月夜の光が差していた。
 はぁ……折角の自由の時間なのに、疲れて動けない。
「よぉっす、おつかれさーん」
「!」
 そのままもう寝てしまおうかと思った矢先だった。
 騒がしい声が、耳を劈いた。
「あ、あんた!」
 この気遣いのない適当な挨拶。
 決まってる……日下部だ!
 牛車の中では少し見かけたが、ここの邸に来てからはまるで姿を現さなかった。
 なのに今頃、何故私の寝室に現れるっ!
「な、何の用よ……」
 昨日襲われた記憶が頭を過ぎり、また身構える。
「んー? 約束したじゃん、手伝って欲しい事があるって」
「だから、こうやってこの邸の手伝いに来てるじゃない」
「あー、それはほら。こっちに来る口実みたいなもんだし」
 何だそりゃ! 聞いてない! 詐欺だ!
「あれ、言わなかったっけか。あははっ、ゴメンなー」
 ケラケラと笑い飛ばされる。
 くそぅっ、適当にもほどがあるだろっ!
「じゃあとりあえずここじゃあれだし、あやのの所行こぜー」
 峰岸の所?
 何、あの子も一枚噛んでるわけ?
 ああ、もしかして私がこの邸に来る事になったのは峰岸の口添えか。
「結局……何させるわけよ、一体」
「まぁまぁ、話はあやのの所で」
 月夜に照らされた廊下を日下部と歩く。
 他の女房や雑色たちも疲れて寝ているらしく、人影はない。
 はぁ……私もはやく寝たい。
「あやのー、来たぞー」
「あ、みさちゃん」
 日下部が豪快に蔀戸を開く。
 すると、中には峰岸が居た。
 宴にも出ては居たらしいが、生憎御簾の向こう側。
 なので始めてみる正装は……可憐だった、後ろに花が見えそうなくらい。


 うちのお姫様とは可哀想なので比べないでおこう……泣けてくるから。
 しかし何で正装?
 ああ、日下部が来るのが分かってたのか。
 ……だとするとやっぱり気になるな、こいつ――日下部の正体が。
「いやー、ようやく来れたぜー。色々忙しくてさー」
 と部屋に上がり、適当に腰を下ろす。
 私の時もだが、よくもまぁそうズケズケと異性の寝室に踏み込めるものだ。
 その辺もだが昨日といい、節操がないよな。
 だからみさおなんて名前なんだきっと!
「あら、そちらが大納言家の?」
「そうそう、手伝ってくれるって言うからさー、無償で」
 ケラケラと笑っている日下部。
 くぅ……峰岸が居なかったら幻の左だったのに!
「ど、どうも……」
 おずおずと挨拶をする。
 峰岸相手だと、どうにもやりにくい。
 なにせ私はただの女房で、相手は内大臣姫君。
 下手すれば昨日の二の舞だ!
「でも大丈夫? 危険な仕事なのに……」
「あははー、大丈夫だってば」
 またこいつは適当に笑って……って危険!?
 それは始めて聞くんだけど!
「あれ、言ってなかったっけー。ゴメンゴメン」
 お前そればっかじゃねーか! と首でも絞めてやりたい気分。
「み、みさちゃんもしかして……何も説明してないんじゃないの?」
「おうっ、してないぜ!」
 自信満々に言いやがった!
 駄目だこいつ、速くなんとかしないと!
「でも、もう出発しないと時間無くなっちゃうんだけど……」
「うんっ、じゃあ説明しながら行けばいいだろ!」
 と、私の発言権もないまま話が進んでいく。
 というかいくら姿は峰岸でも、内大臣姫君。
 女房の私が軽々しく発言できるかいっ!
 てゆーか出発? 何処かに行くわけ?
「んじゃあ、早速行ってくる!」
 ってだから私に説明の一つぐらいしろよ!
「馬は外に用意させておいたから、急いでね」
「うっしゃあ、行っくぞーっ」
 と、私を置いて外に行きやがった。
 仕方なくそれを追いかけ、とうとう何の説明もないまま私は邸の外に。
 そこには……本当に用意してあったよ、馬が。
「よっし、ほら乗れよ」
「へっ……きゃっ!」
 すでに馬にまたがっている日下部の手が伸び、私の体が宙に舞う。
 そのまま、日下部の前に座らされる。
 日下部の体が、妙に近くに感じる。
 な、何なんだこの状況は……って突っ込む前にもう馬を走らせてるし!
 だから何でもかんでも急なんだっつーの!
「ちょ、ちょっと、結局何しに行くのよっ!」
「ん、あれ。言ってなかったっけ……みぎゃぁっ!」
 峰岸も居ないので近距離から黄金の右を食らわせる。
 もうそれは聞き飽きたっつーの!
「ちょ、ちょっとその……お忍びに」
「はぁ?」
 お忍び?
 つまりは……忍び込む、ってこと?
「何処に? 何しに?」
 無意味に適当な邸に忍び込む馬鹿なんていない。
 泥棒か、はたまた夜這いか……どっちも怪しいな。
 節操ないし、後者かな?
「すぐそこの邸、すぐ見えてくっからさ」
「邸? 誰の邸よ、一体」
「……」
 ここで、一度言いよどむ。
 いつもは言葉が止まらない癖に、珍しい。
「と……」
「と?」
 そのまま悩んだあと、一つの言葉を搾り出した。
「当今様の」
 ……。
 覚えているだろうか。
 一度、その話が出たことがある。
 当今(とうぎん)様。
 つまりそう……天皇様、だ。


(続)













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