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人として袖が触れている 1話

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hakureikehihi

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『人として袖が触れている-1.花は折りたし梢は高し-』


 その花は綺麗というには、何処か不恰好で。
 優雅というには、何処か粗暴で。
 華やかという言葉からは、一番離れているような花。
 その花を折りたくて。
 その花を手に入れたくて。
 でも、私は知っている。
 その花が気高く、優しく……愛くるしいことを。
 まるでそう、咲き誇る梅の花。
 見上げる空を朱に染める、高貴な紅梅。
 その花がどんなに枝を下ろしていても。
 その花がどんなに狂い咲いても。
 私の手に、届く事はない。

「――た様ー? ――なた姫様ー!?」
 声が頭に響き、急に視界がはっきりとする。
 あれ? どこだろうここ。
 家でも、学校でもない。
 むしろ神社とかのほうが雰囲気は似てるのかもしれない。
 はて、自分の部屋でまだ寝てるはずなんだけどな。
 ああそうか、夢だ夢。
 最近の夢は豪華ね、顔に当たる風もなんだか現実味がある。
 所謂あれ、既視夢とかってやつかな。
「どう、居た?」
 すると勝手に口が動き、言葉を出した。
 それに返事をしたのは先ほどから大声を出している女性。というか、つかさ。
 ……のはずなんだけど、何処かおかしい。
 何だろう、この違和感。
 中原麻衣じゃなくて福原香織? な気分。
「ううん全然……またあそこ、かな?」
「そう……かもね」
 まただ。
 また口が勝手に動く。
 いや口だけじゃない……体も、私の自由には聞かない。
 まるで私が私じゃない気分。
 視界さえも強制され、見るものすらも限られる。
「仕方ないわね……私が行ってくるわ。つかさ、一応貴方も宮中を見ておいて」
「う、うんっ」
 私の口から勝手に漏れていく指示に頷き、つかさが慌てて廊下を駆けて行く。
 その後姿を見て、ようやく先ほどから感じていた違和感に気がつく。
 つかさだけじゃない、私も……装束姿なんだ。
 よく見れば行きかう女性は全て同じ。
 そうか、それで説明がつく。
 この固定された視界から見える場所は、家でも学校でも神社でもなくて……何処かの邸(やしき)。
 みゆきが必死に説明してくれた平安の世界が、まるごとそこに広がっていた。
 私やつかさは……いわゆる、そこの女房(にょうぼう)みたいな感じかな。
 ええと、朝廷出仕の高位の女官……だったっけ。用は小間使いかな?
 しこたまみゆきが説明してくれたんだけど、うろ覚え。
 それがなんで私なのかは分かんないけど……まぁ夢なんて小説や物語と一緒よね。
 得てして、理不尽な設定が突きつけられるものよ。
 少しすれば勝手にその設定に振り回されるに決まってる。
 そう、戦うウェイトレスが未来人だったり世界史教師がふたなりだったり。
 まぁその辺りは置いておいて、とりあえず現状を把握しよう。
 折角の珍しい既視夢なんだから、楽しまないとね。
 とりあえず今分かるのは、『誰か』を探しているという事ぐらい。
 ……いや、そろそろ誤魔化すのはやめよう。
 聞こえてるじゃないか、さっきから。
 いや、耳には入っていたんだけど大脳の方がちょっと拒絶反応をね。
 でもそろそろ限界だ。
 とうとう、耳を傾けなければいけないらしい。
 つかさが鼓膜が破けんばかりの大声で叫んでいる、その名前に。


「――なた様ー? こなた姫様ー!?」
 ……。
 悪い夢になりそう。
 とか打ちひしがれてる間に、私の足は庭に。
 そのまま女房装束の裾に土がつくのも気にせず、丁寧に整備された庭園を歩いていく。
 するとまず、派手な色が目に入った。
 それはどう見ても単(ひとえ)よね、私やつかさが着てるようなのよりちょっと高級だけど。
 転々と落ちているそれを拾いながら、辿っていく。
 そして大きな梅の木の前まで来て、視界が急に上に。
 そこに広がった風景が、私の網膜に焼きつく。
 綺麗なピンクの花の色の中に、青いワンポイント。
 そこだけ穴が開いて、空が写ってるのかと一瞬思った。
 その一瞬に……同時に心を奪われたのは、内緒。
 その太い梅の木の、太い枝の上には――少女が立っていた。


「まったく、またこんな所に……」
 言わずもがなそれは……こなただ、残念ながら。
「お、かーがみー」
 そしてこちらに気がつき、消える。
 いや、消えるわけない。
 その木の枝の上から飛び降りたのだ。
 またそんな危ない真似をして……まぁ運動は得意だったわよね。
「いやーさすが、すぐに見つけてくれるなんて女房の鑑だねー。かがみだけに」
 目の前で笑顔を見せるこなた。
 ……頭痛がしてきた。
 その頭痛は多分、私のだけじゃない。
 こっちの、体の方も同じ状態。
 ああ、今の頭痛の同調で慣れてきた気がする。
 頭の中の二人の私が、ようやく混ざり合ってきた気分。
 そうだ、思い出した……というより理解した。
 私はこの屋敷の女房。
 それもこの……こなた姫様側近の、だ。
 そうこうしているうちに私の手がこなたの頬を思いっきり摘み、そのまま邸のほうに引っ張っていく。
「いたたたっ、ちょ、か、かがみー?」
「つかさとの稽古をサボって、何をしてるのアンタは! しかもそんな格好で!」
 梅の木に登るのに邪魔だったのか、小袖姿(こそですがた)のこなた。
 いわゆるこの時代の……下着。
 はぁ……みっともないったらない。
 そりゃ木登りに単は邪魔だけど、何も脱ぎ捨てなくてもっ。
 せめて脱いだ単ぐらいは綺麗に畳んでおいて欲しかったっ!
 それを私が悔しく思うのは多分、体の私と同調してきてる証拠かな。
「と、とれるーとれるってー!」
「大臣(おとど)様が呼んでるのっ、とっとと支度するわよっ」
 ここで言う大臣様は、位が高い人を指す。
 つまりは私たちの主人であり、この家の主。
 それも何となく、誰だか分かる。
 まぁこいつが『姫』などと呼ばれてるのだから……あの人だろう。




「やぁこなた、お稽古はどうだった?」
「あー、まぁ楽しかったデスヨ?」
 御簾(みす)の向こうからの、主人の言葉に曖昧におこなたが返事をする。
 それを私はこなたの後ろに控えながら空々しく聞き流す。
 逃亡までしておいて、よくもまぁヌケヌケと。
「それで、どうかした? 父さま」
「ああ、今日もお前あてに『文』が届いていてね」
 この文は、普通の手紙ではない。
 わざわざこなたに届く、恋文。
 この時代は、16も超えれば女の華。
 男がせっせと送ってくる求愛の文に、適当なところで返歌をして婚約となる。
 つまり今はその最初の段階。
「中納言殿の文はなかなか、筆遣いもよく字も綺麗だなぁ。いやいや此方の文もなかなか……」
 大臣様の声が次々と文を読み上げていく。
 それにうんうん、と頷くこなた……ってあれはウトウトしてるだけか。
 でも、何だろう。
 少し気分が悪い。
 私が、じゃなくて……体のほうが。
 いや気分が悪いじゃないな……これはなんていか、不機嫌。
 イライラしてるのが、まるごと伝わってくる。
 原因は……不明。
 まだ完全にはシンクロしてないみたい。
「……はぁ」
 返事がないのにため息をつき、文を読む声が止まる。
 どうやら娘が寝息を立てているのが聞こえたらしい。
「大納言家の娘が、未だに婿一人も居ないとは……私は恥ずかしくてならんよ」
「……んあ?」
 嗚咽の声にようやく目を覚ますこなた。
 最初の頃は沢山来ていた求愛の文も、今では来るか来ないかというところ。
 まぁ返歌の一つもしなければ、当然か。
「とうとう最近では大納言の娘は異常者だの、欠陥があるだの噂も立つ始末……はぅあぅあぅ」
「あーもうだからゴメンってば」
 泣きじゃくる大臣様に、眠そうな目を擦りながら返事をするこなた。
 まぁそれも、これが毎日のことだから仕方がない。
 大臣様こと、大納言・藤原そうじろう。
 彼からしてみれば、摂関家の流れを汲む名門の姫君が未だに結婚していないのは大変世間体が悪い。
 摂関家ってのは分かるわよね? 授業でもよく教えられるから。
 つまりその家の家系のみが、摂関や関白の役職になれるわけ。
 ……しかしおじさんは大分キャラが違うな。
 もっとこうこなたにベタベタであまあまだったのに。
 何だか冷たいというより、厄介者扱いしてる。
 まぁ夢なんだしね、それくらいは気にしないでいいはず。
 ……でもなんだろう、気にした方がいい。と本能が叫んでる気もしなくもない。
 いいや、面倒だし。
 設定よ設定。


「じゃあ私は管弦の宴の準備があるから……考えておいておくれよ、こなた」
「はぁーい」
 いつもの癇癪がようやく収まり、御簾の向こうから大臣様が消える。
 それにようやく肩を下ろすこなた。
「ふぅー、かがみー。なんか飲み物」
「はい、かしこまりました」
 それに私が頷く。
 同い年の女房、とはいえこういう場所では敬語と決められている。
 もちろんそれにこなたは良い顔をしないが、渋々分かってくれたらしい。
 だから普通の会話なんてのは、二人の時ぐらいしか出来ない。
「父さまもしつこいよねー、結婚しろ結婚しろって」
 私の持ってきたお茶を飲みながら、こちらも愚痴をこぼす。
 その愚痴を聞いて流すのも、女房の役目。
「もう、尼にでもなっちゃおうかなー」
「んなぁっ!」
 私の口から勝手に声が漏れる。
 それを見て、笑い出すこなた。
「あははっ、冗談冗談」
「はぁ……まったく」
 尼……つまり出家すれば、全ては無意味。
 理由は簡単だ。
 比丘(男性の尼)や比丘尼(女性の尼)には五戒というものがある。
 その五つのうちの一つ、不邪姪戒(ふじゃいん)。
 要約すれば……男女で淫らな行為をするな、ということ。
 当時は一夜を過ごせば婚約、とかって風習があったようなことをみゆきが言ってたっけ。
 つまりは、結婚も無理。と最初にようやく戻ってくるわけ。
 まぁいいんじゃない? 尼になるくらい。
 その代わり、そのクセのある長髪とはオサラバすることになるだろうけど。
 剃髪(丸刈り)が、尼の義務だしね。
 なんか体の方の私は嫌がってるみたいだけど、何でだろ。
「あぁーそっか、今日だっけ。管弦の宴」
 すると先程大臣様が残した言葉を思い出したのか、またため息を漏らす。
 管弦の宴……名前は何処か雅だが、ただの宴会といえば聞こえが悪いか。
 管弦、というからには勿論琵琶や琴の演奏があったりもする。
 大納言の邸なのだから、訪れる面々も相当なもの。
 なので御簾ごしに座ってるだけとは言え、緊張で肩がこる。とのこと。
 しかも大臣様の口利きで、結婚相手も集まるのだからなおさら、か。
「それより、今日の稽古がまだ終わってません」
「えー、まだやるのー?」
 とごねるこなたの襟首を掴み、また広い邸を進んでいく。
 だが抵抗するので、なかなか先には進まない。
「あぁー、もう」
 辺りを少し確認。
 聞き耳を立ててるような女房はいないし、雑色(ぞうしき:男の小間使い)も姿はない。
「いい加減観念なさいっ、なんで毎回つかさの時は逃げるわけっ?」
 一応こなたの側近の女房は、私とつかさ。
 習字や琴なども、交代で教えたりしている。
「えー、だって。つかさって教え方下手なんだもんっ。かがみのがいいなっ」
 と、腕に飛びついてくるこなた。
 それと、同時だった。
 顔からボンッと火を噴く。
 ……。
 ちょっと、待て。
 何故お前(私)が赤くなるっ!


「や、やめなさいよっ……こなた」
「んーっ、もうちょっと」
 腕に絡み、甘えるこなた。
 さっき、おじさんに感じたときの違和感が蘇る。
 どうやら私の知ってるこなたよりは、ちょっと甘えん坊らしい。
 うーん、夢なんだからそのままの性格でいいはずなんだけどなぁ。
 ああでもそれより腕に感じる感触に、上昇していく顔の温度のほうをどうにかしないと。
 ……。
 ああ、そうか……分かってしまった。
 どうしてさっき、不機嫌だったのか。
 どうしてイライラしてたのか。
 今私たちは、完全にシンクロした。
 夢見る私と、夢の中の私が。
 ……さぁさぁ、どうしよう。
 どうやらこの『私』は……好き、らしい。
 この、目の前の少女が。
 私だってそりゃ、嫌いじゃない。
 好きではあるけど……さすがに愛だの恋だのって感情じゃない。
 あくまで友達として、親友として。
 だって、相手はこなたよ?
 はぁ……まったく、夢の中の私とはいえしっかりして欲しいわ。
 恋なんて精神病の一種……とまでは言わないけど、相手が相手。
 一にまず身分が違いすぎる。
 身分差別のこの平安の夜に、大納言の娘がその小間使いと?
 はっ、どっかの源氏物語でも読みすぎじゃないの?
 二に私もこなたも……女性じゃん。
 この辺は平安も平成も関係ないわよね?
 はぁ……せめてかっこいい殿方との目くるめくラブロマンスな夢が良かったのに。
 まぁ夢は夢よ。
 体が自由に動かないのはともかく、もう少しこの平安の時代を謳歌するのもいいか。
 どうせすぐ覚める夢だし、ね。

 ……正直に言おう。
 この時点での私は、事態を完全に楽観視していた。
 だってそうでしょう?
 こんなのは現実にありえない事。
 夢に決まってる。
 いや、夢なのだ……実際。
 でも事態は確実に胎動していた。
 私のまるで知らないところで……少しずつ。

(続)














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