kairakunoza @ ウィキ

続く坂道

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匿名ユーザー

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働けど働けど、我が暮らし楽にならず


「って、感じかな?」
「それはこなたがグッズを買いすぎるからだろ」

自分の財布の中身確認しつつ呟いた独り言にお父さんが事実を突きつけてきた。
お父さんだって色々買ってるくせに余裕だ。やっぱり収入の差?
でも、事実最近金銭感覚狂ってたし、今日は近場で済ませよう。
その手の店に行きつづけると、普通の本屋が物足りないんだけどね。

「ちょっと出かけてくるー。近くの本屋に」
「何買うんだ? 金足りるか?」
「目当てのものはラノベ一冊だから大丈夫と思う。なに、お小遣いくれるの?」
「ちっがう。お父さんも今月は買いすぎたから無理だ」

ああ、そう言えばゲームを色々買い込んでたっけ。
お父さんっていつ仕事して、いつゲームしてるんだろ。

「でもこなたがラノベって珍しいな」
「うー、かがみが貸してくれたんだけどね……やっぱ読まないと悪いじゃん?
 でも読んだらちょっと気になったから続きを買ってみようって思ったんだけどってお父さんニヤニヤしない」
「いやいや。これは元からだぞ? とにかく行って来い」

お父さんは余程かがみの事を気に入ってるのか。
それとも娘がラノベに興味を持ってくれたことが嬉しいのか。
まぁいいや。手っ取り早く本屋に行って買ってしまおう。

「でも病み上がりなんだから無理はするなよ」
「わかってるよー」

行ってきますと家を飛び出て自転車に跨る。
あんまり行かない地元の本屋だけど、道筋はちゃんと覚えてる。
いざ行かん、とペダルをこごうとしたら後ろから声をかけられた。

「お姉ちゃん!」
「あれ、どしたのゆーちゃん。寝てなかったっけ?」
「うとうとはしてたんだけど、本屋に行くって聞こえたから……私も一緒に行っていい?」

てっきりゆーちゃんは具合が悪いのかと思ってた。ずっと横になっていたし。
この前私が風邪を引いたときに看病してくれていたけど、その時の様子がちょっと切羽詰っているように見えて。
もしかしたら風邪をうつしちゃったのかななんて心配してたんだけど。
今は具合が悪そうには見えないし、行きたいって言ってくれているのなら断る理由なんてない。

「ほんじゃ一緒に行こうか。……でも、今日暑いよ? 自転車運転大丈夫?」
「あ……でも、近いし大丈夫だよ!」

『ぐっ』と拳を固めて大丈夫さをアピールしてくるけど、ちょっと心配。
過保護なのかもしれないけど、やっぱり自称お姉さんとしては当然でしょ。

「ゆーちゃん、後ろ乗る? さすがに人が多い道路は無理だけどある程度までは二人乗り出来るよ」

立ったままの二人乗りは無理だと思うけど、丁度荷台もあるし、座れるから大丈夫だと思う。
荷台をポンポンと叩いて乗って良いよと示すと遠慮がちに首を傾げて尋ねてきたから一回縦に頷いた。
言葉が無くてもちゃんと意思疎通が出来るって事は、結構凄い事だと思う。
ゆーちゃんが荷台に、足を揃えて横向きに乗った。
やっぱりゆーちゃんは跨ぐことは無いだろうと思ったけど、それだとちょっと危ない気がする。

「んじゃ発進するけど、その座り方じゃちょっと危ないからしっかりくっ付いてて」
「う、うん」

前を見ているから分からないけど、たぶんゆーちゃんは腰をひねって私のお腹に手を回してる。
無理がある体勢かもだけど安全の為には我慢してもらおう。
……というか、ちょっとゆーちゃんくっ付き方が半端ないよ?
服と私の髪越しに、背中へ熱が伝わってくる。頬、若干の胸、お腹の位置が体温でわかる。
お腹に回された手もぎゅっと私のシャツの服を握り締めている。
指がお腹にちょくちょく触れて少しくすぐったい。

「ゆーちゃん、もしかして二人乗り怖い?」
「だ、大丈夫!」
「いや……声上ずってるけど……」

緊張しているのかなんなのか、私の服を握る手にますます力が入った。
……安全運転で行こう。走っているうちに慣れるかもしれないし。

「行くよ? 車輪に靴とか挟まないように注意して」
「うん」

足で地面を蹴って、バランスを取りつつペダルをゆっくりとこぐ。
ふらつくけどある程度スピードに乗ってしまえば簡単だった。
車が多いところは避けるために路地の方へ。
少し遠回りになるけど、事故ったりするよりはいい。
ゆーちゃんも少し慣れて来たのか手の力は抜けてきた。
でも未だに背中にはぺったりとくっ付いている事が分かる。
こういうのってゲームだと美味しいシチュだよね。
「胸当たってるぞ」「当ててんのよ」なんて会話、リアルで聞いてみたいよ。

「ゆーちゃん」
「何?」
「胸当たってるよ」
「えぇ!?」

慌ててゆーちゃんが背中から離れた。
でもまだシャツを掴んだままだったから、自然と私も後ろに引っ張られ……って危なぁああ!!
緊急ブレーキをかけて、こけそうになったので路地の壁に足をついて何とか体勢を立て直した。
こけそうになったゆーちゃんは再び私にしっかりと抱きついていた。
もしゆーちゃんが手を離していたら地面に転がってただろうと思うと……背筋がぞっとした。

「ご、ごめんなさいお姉ちゃん!」
「い……いや、いいんだけど……むしろ今のは私が圧倒的に悪い……本当にソーリー反省ごめんなさい」

足を下ろして、壁に手をつく。うわ、今のは本当に心臓に悪かった。
言う時と場合を考えないとね。身に染みたよ本当。

「ゆーちゃんは? 怪我は無い?」
「うん、お姉ちゃんは?」
「慌てて壁蹴った足がジンジンしてるぐらい。もう無問題」

再び片足をペダルにかけると、今までしっかり抱きついていたゆーちゃんが体の間にスペースを取った。
遠慮というか……やっぱりさっきの私のセリフの所為?

「ゆーちゃん、もっとぺたーっとくっ付いて良いよ。むしろくっ付いて欲しいんだけど」

その方が怪我をする可能性も低くなるだろうし。

「……そうなの?」
「もっちろーん。こういう萌えシチュエーションは滅多に無いしね」
「……そっか」

うわん、突っ込みなしだよ。
後ろを振り向いてないから表情は分からないんだけど、口調はちょっと嬉しそうだった。
二人乗りなんてゆーちゃんはあんまりしないだろうし、こういう体験は楽しいのかも。
だったら安全に、でも目いっぱい楽しませないとね。姉として。

「行っくよー、もうすぐ坂道だからきっと気持ち良いよ」
「う、うん!」

坂道と聞いて抱きついてくるゆーちゃん。
怖いからかもしれないけど、返事は期待しているようだった。
ペダルをこぎなおす。さっきよりバランスの取り方を体が理解しているのかスムーズに進んだ。
坂道に辿り着き、少しずつ私たちを乗せた自転車の速度が加速していく。
もうペダルをこぐ必要も無かった。スピードが出すぎたらちょっとだけブレーキをかけるけど、少し汗をかいた体に風が気持ちい。
自分の髪が風でなびく。あ、後ろに乗ってるゆーちゃんにはものすごい邪魔になってないかな。

「ゆーちゃん!」
「な、何!?」

風でかき消されないように少し強い口調で名を呼ぶと、ゆーちゃんも少し声をあげて返してきた。
耳元で風が通り過ぎる音よりも、確実にゆーちゃんの声が響く。

「私の髪、邪魔になってない!?」

邪魔になっていたとしても、結ぶ物なんて無いので我慢してもらうしかないけれど。
もしくはゆーちゃんにリボンを一本貸して貰って二人でポニーテールでもするしかない。

「大丈夫! 全然邪魔じゃないよ!」

ゆーちゃんの温度を、背中で強く感じた。
息の温度も一瞬感じた。深呼吸をしたように、腹式呼吸をした事も感じ取った。
どうやら私の髪に顔を埋めているらしい。
邪魔にはなってないと言っているし、ゆーちゃんの声も妙に弾んでいるなら……これはいい事だと思う。


「ラストスパート行くぞー! ゆーちゃん!」
「うん!」


曲がり角が見えた。あと数秒で坂道が終わる。
でももっとこの坂道が続いて欲しいと、心のどこかが願っている。












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