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人として袖が触れている 7話

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  • 7.桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿


「う……ん?」
 目を覚ますと、優しいはずの月夜が暴力的に目に突き刺さる。
 あれ……じゃあ今は、夜?
 そうだ、体が自由に動く。
 見覚えのないこの部屋は……そうだ、内大臣の邸の一室。
 確か女房に一つずつ貸してくれたんだっけ、太っ腹ね。
「お、目ぇ覚めたか?」
「あっ……」
 体を起こすと、日下部と目があった。
 ま、またこいつは異性の寝室にこんな夜中に……まぁ、いいけど。
「いやぁ、まる一日寝てたらしいなぁ。心配したぜー?」
 と豪快に笑う。
 まる一日?
 じゃあ、私はあの後気絶してしまったのか。
 こいつ……日下部の腕の中で。
 あ、あれ? 何で顔が熱くなるんだ……。
「じゃ、じゃあ……看ててくれたの?」
「いや、今ここについたところ。あやのもすぐ来るってさ」
 話によるとあの後、この邸まで運んできてくれたらしい。
 それであとは、ここの女房たちに看病されてたと。
 ……ってちょっと待て。
 その前にあるじゃぁないか、忘れちゃいけない問題が!
「そ、そーだ。アンタ……春宮って!」
「おいおい、アンタはないだろー? また、みさおって呼んで欲しいなー」
 あ、あれはその、勢いで言っちゃっただけだし!
 ついその、恐怖に狼狽してというかなんというか……うう、上手く説明できない。
「なっ、いいだろ? かーがみっ」
「うっ……」
 その笑顔で頼み事をするのは……ずるいと房う。
 そんな顔されたら……断れないじゃない。
「み、みさお……が、春宮なの?」
 小さな声で、呟いただけのはずだった。
 なのに……顔が火を噴く。
 うう、今まで名前で呼んだことがないからだ!
 そうだ、絶対そう!
「あははっ、そのとーり。でも敬語とか息苦しいからやめてくれよー?」
 ケラケラと笑うくさか……みさお。
 い、いいわよ。呼んでやろうじゃない!
 ご要望の通り敬語も使ってやるもんか!
「そ、それで何で春宮がこんなところに居るわけ? 病床に臥せてるはずでしょ?」
「あぁ、あれは替え玉。適当な帯刀(警備兵)を寝室に押し込めてるだけさ。それなら自由に動けるだろ?」
 ……確かにまぁ、分からないでもない。
 まさか今居る春宮が偽者で、本物は雑色に身をやつしてるなどと誰が考えるだろう。
 しかもわざわざ、この峰岸の邸を根城にして。
「まぁおかげで全部上手くいったし、感謝してるよ」
 と、肩を叩かれた。
 ドキッと、心臓が跳ねる。
 触れてる部分から、全体が痺れていく気分。
 な、何なんだ。さっきから!
「べ、別に私は何もしてないわ……むしろ、足を引っ張ったぐらいで」
「あー、そういやそうだったっけ」
 そこはフォロー入れろよ!
 くそう気が利かない!
 ま、まぁ確かに……待ってなかった私が悪いけど。
 帰って来るのが遅かったみさおも悪い!
「でも助けに来てくれたわけだろ、感謝感謝」
「!」
 肩の次は、頭を撫でられる。
 さっきより顔が近づき、さらに動悸が早くなるのを感じる。
「や、やめなさいよっ……子供じゃ、ないんだから」
「ん……そっか」
 手が離れると、目の前のみさおと視線が交わった。
 あの日の風景と、重なる。
 あの……襲われそうになった日のことが。
 視線を逸らすが、私の顔は真っ赤。
 自分でも、よく分からない。
 なんでこんなに……狼狽してるのか。
 それともいい加減……認めるべきなのだろうか。
 みさおに……惹かれ始めていることに。
 ……。
 少し、だから。
 ほんの少しだけ、だから!
「あらあら、仲が良いわねぇ」
「!」
 その時だった。
 私たちの間を、優しい声が切り裂いた。
「あぁ、あやの。来たのかー」
 峰岸の姿が、そこにはあった。
 どうやらそこの戸から入ってきたらしい。
 慌てて私はみさおと距離をとる。
 そうだ……何を考えてるんだ私は。
 ちょっと、顔が近づいただけじゃないか。
 それで、あの夜を思い出しただけ!
 特別な意味なんてない、みさおにも……勿論私にも!
 さっきの話?
 何よそれ、もう覚えてないわ! 惹かれてなんか絶対にない!
「おめでとう、みさちゃん……成功だったんでしょう?」
「ん、まぁーなー」
 峰岸も座り、袖から例の連判状を取り出すみさお。
「もう当今……父様にも全部伝えた。厳重に処罰してくれるってさ」
 その連判状に書かれている人物は全て、隠岐や佐渡に渡ることになるだろう。
 その事務処理に終われ、今宮廷は忙しいらしい。
 位の高い人物が根こそぎ捕縛されたのだから、それもしかたない。
「それで首謀者の二人はどうなったの? 左大臣姫君と左馬頭だったかしら」
「それが……納得いかないんだよなぁ!」
 と、鼻息を荒くするみさお。
「あれだけの事しといて、二人とも流刑地送りだけだってよ! 父様は甘いぜ、まったく!」
「仕方ないわよ……帝様の、決断よ」
 謀反は犯罪の中でも重いものとして分類される。
 その首謀者ともなれば、極刑は免れない。
 だがそれでは、あまりにもその子供……弟宮が可哀想だ。
 一人残され……反逆者の烙印を押されるのだから。
 つまり、これが帝に出来る夫としての……親としての、最後の情だったのだ。
 ……ちなみに左馬頭はオマケ。
「あ、私すぐに宴に戻らないといけないの……抜け出してるのがばれちゃう」
「あ……宴!」
 峰岸の言葉に、思わず声が漏れる。
 しまった。
 すっかり忘れていた。
 ここにはその宴の手伝いのためにきていたのに!
「ああ大丈夫、今日の宴は小規模だから人では足りるわ。ゆっくり休んでて」
 と、笑顔で峰岸に言われた。
 ……なら、いいか。
 内大臣姫君の峰岸が言うんだ、誰も文句は言うまい。
「みさちゃんも、そろそろ宮廷に戻ったほうがいいんじゃない?」
「ん、だな。いい加減父様の手伝いをしないと」
「では、お大事に」
「また明日な、かがみっ」
 部屋を出て行く二人を見送る。
 でも……明日?
 また抜け出してなんかする気かあいつ!
 はぁ……まぁいいや、もう寝てしまおう。
 宴は今日で終わりなんだ。
 なら明日の朝には牛車も出してもらえるだろうし、昼にはこなたの邸に着く。
 まる一日寝たわりには、まだ睡魔も襲ってきてるし……その快楽に、ただ身を任せるとしよう。


 次の朝、私は動揺した。
 正確には私だけじゃないか……体のほうの私も。
 後者は仕方がない。
 気がついたら二日経っていたわけで。
 記憶があるのは最初の宴で働いたことぐらい。
 峰岸が高熱が出たので、と女房に言っておいたので納得したみたいだけど。
 そして私を動揺させたのが……。
「ほら、もうすぐつくぞー」
 牛車を引く雑色から景気のいい声がかかる。
 その聞きなれた声は……またみさおだよ!
 宮廷はどうした宮廷は!
 というか次期帝に牛車なんか引かせんな!
 テメーも引くな!
 とか、色々突っ込みたかったが……生憎、体が自由じゃない。
 大地を照りつける太陽が、これほど憎らしくなる日が来るなんて。
 何回かみさおとも目があった。
 その度に手を振ってくれる、体のほうの私はおじぎを返すくらい。
 せめてもっと愛想笑いとかさぁ!
 うう……何熱くなってるんだか私は。
「お手をどうぞ」
「へっ?」
 私の口から、素っ頓狂な声が漏れる。
 邸に到着して、牛車の揺れも収まった時だった。
 降りようとした私に、みさおが手を差し伸べてくれたのだ。
 なんだろう、妙に優しいじゃないか。
 ……って他の女房にも全員してるし!
「ありがと」
 その手を借り、楽に牛車を降りる。
 でも体の私には、それはどうでもいいらしい。
 せめてそこも笑顔でさぁ! ……ああそう、イライラしてるわよっ。悪い!?
「かがみぃーっ!」
「みぎゃぁっ!」
 だがその時、みさおを押しのけて何かが私に突っ込む。
 何か、って例える必要はないか。
 今しがた聞き覚えのある声が、私の耳を劈いたじゃないか。
「おかえりっ、かがみっ!」
「うん、ただいま。こなた」
 抱きついてくるこなたの頭を撫でると、笑顔が帰って来る。
 それを見て、自然と動悸が早くなるのを感じる。
 ああもう、みさおのには無反応だったくせに!
「こ、この……ちびっ子ぉ!」
「ふぎゃぁっ!」
 悶絶していたみさおがようやく復活し、私からこなたを引き剥がす。
 それにまた私の体が反応して……忙しいなぁもう!
「あはは、お帰りお姉ちゃん」
 こなたとみさおが暴れている間に、つかさも私のところに。
「うん、ただいま」
「疲れたでしょ、荷物持つよ?」
 そうそう、お迎えってこういうのよね。
 そりゃハグとかでもいいけど、気遣いも大事よ。
 ってあれ? 私の荷物は……?
「はぁっはぁ! 残念だったな妹さん! 荷物はすでに、この手の中だ!」
 と、高らかに荷物を掲げるみさお。
 単が圧縮されて入ってるのに、よくやるわね。
 ってゆーかなんで荷物お前が持ってんだよ!
「あっ、ずるいっ。私が持つっー!」
「ちびっ子には無理だってば……ってぬはぁ!」
 ちびという言葉に反応し、こなたの体が地面と水平にみさおに突っ込む。
 どういう仕組みだ、どういう。
 あれか、アホ毛か。
「えっ、ああ。ど、どうしよどうしよ」
 さすがに口喧嘩では済まなくなったので、止めようとするつかさ。
 でも相変わらず間が悪いので、上手く間に入り込めない。
 結局……その状況をどうにかできるのは、私しか居ない。
「みぎゃぁっ!」「ふぎゃっ!」
 二人の悲鳴が合唱する。
 私の両手が、それぞれの耳をつまみあげたからだ。
「少しは大人しくしなさい、あんた達」
「と、とれるっ! 今日こそとれるってかがみぃっ!」
「とと、父様にもこんなことされたことないのにぃっ!」
 ……知らない事とは、恐ろしい。
 まさか次期帝の耳を今まさにもごうとしてるなんて、誰が思えるだろうか。
「と、とりあえず部屋に行こうよ。お姉ちゃん」
「そうね……牛車で疲れたし、少し休もうかしら」
「あ、じゃあお昼寝しようよっお昼寝っ! 一緒にっ」
 私の腕に絡み付いてくるこなた。
 また心拍数が異常です……もーどーにでもしてぇ。
「こ、こなちゃん……まだ習字のお稽古が」
「えーいいじゃん、かがみが折角帰ってきたんだしぃ」
 つかさから隠れるように、私の後ろに逃げるこなた。
「駄目よこなた、約束したじゃない……つかさのお稽古はちゃんと受けるって」
「うー、でも一緒にお昼寝ぇ」
 私の腕を掴んではなさいこなた。
 どんなに甘やかせばこんなこなたになるのか、ぜひ教えて欲しいものだ。
「はぁ……分かったわよ。終わるまで待ってるから、そしたら一緒にお昼寝しましょう」
「ほんとっ!?」
 パァッとこなたに笑顔の花が咲く。
 また気持ちが高揚してるよ、こいつ。
「じゃあこなちゃん行こ……」
「ほらつかさ何やってるのっ、早く終わらせなきゃ!」
「あ、ま、待ってこなちゃぁーん!」
 走るこなたの後を追いかけ、つかさも邸に消えていった。
 ……結局誰が私の荷物を持ってくれるんだろう。
「かがみっ、荷物ぐらい持つぜっ」
「?」
 すると手に持っていた荷物を取り上げられた。
 みさおだ。
「あ、じゃあお願い」
 って頼むのかよ私っ!
 みさおだって疲れてるのに……ってなんで庇ってるんだ!
「あ……」
「? どうかしたの?」
 部屋の前まで来たところで、みさおの足が止まる。
 不思議に重いみさおの横から覗くと、そこには会った。
 ……文、が。
 それを見て、私が反応する。
 手紙、だ。
 そう大学ノート……三枚目の!
「文……だな」
「そう、みたいね」
 冷静に答えてる場合じゃないって!
 ほら早く拾って! 開いて!
 ヒントを! 結局まだ全然進んでないのよ、最初の紙だって見つかってないし!
 ほら早く、早く……!
「?」
 戸に挟まっていた文を抜き取ろうとした手が、空を切る。
 何故なら、そこにはもう文がない。
 誰かが私より先に引き抜いたからだ。
「ちょっと、何してるのよ」
 それを先に引き抜いたのは……もちろん、みさお。
 もしかして……恋文か何かと勘違いしてるんじゃないの?
 だとしたら外れよ、ろくな内容じゃないわよそれ。
「ほら、返して」
「嫌だ」
「へ?」
 へっ?
 私の心と、体の声が重なる。
 ちょ、ちょっとなんでよ!
 それには、私の大切な……私の世界に帰るヒントが書いてあるんだから。
 アンタなんかが持ってても仕方がないんだら!
「自分でもよく、分かんないけど……何か、嫌だ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
 そのままみさおは駆けて行った。
 私の文と……荷物丸ごと持ったまま、で。
 い、嫌?
 何よ、それ! 意味分かんない!
 全然……全然意味分かんない!
「……ま、いっか」
 よくねぇよ!

(続)













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