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人として袖が触れている 9話

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  • 9.青春いいじゃないかっ


 昨日の夜の出来事は、私の中でまだ尾を引いていた。
 あの日下部との、苦い思い出。
 ……一晩泣きはらしたおかげで、少しは気分も晴れたけど。
 まぁ先の長い話よね、いい機会だしここで少し話を整理しましょう。
 まず一枚目の手紙。
 誰からかも分からない、大学ノートに書かれた一文。
『貴方が平成十七年の朝を向かえるためには、貴方が失くした***が必要です』
 私の失くした何かを見つけなければ、私は自分の世界には帰れない……ということでいいだろう。
 でもその『何か』が……分からない。
 勢いで破いて、未だに行方知れず。
 そして二枚目。
『違うものを恐れてはいけません。
 それは貴方に、鍵を与えてくれるでしょう』
 この違うもの……これもまた、何か分からない。
 鍵、という単語もあやふやだ。
 つまりは、分からないことだらけ……はぁ、世知辛い。
 そして『三枚目』の手紙。
 そう、日下部に盗られてようやく戻ってきた手紙。
 そしてこれがまた何ともいえない難易度を誇っているのだが……。
「もうやだっ、歩けないーっ!」
 その時、こなたの声が耳を劈く。
 人が考え事してるってのにこいつは……。
「ほらこなちゃん、もうすぐだから頑張って」
 往来の真ん中で癇癪を起こすこなたに、つかさが駆け寄る。
 今私たちは、昨日話したとおりゆたかちゃんの邸に向かっている。
 ……徒歩で。
 近いから、というのもあるが網代車が出払っていたので仕方がない。
 明日にでも回せばいいものを……どうしても今日行くと決めていたらしい。
 それで出発し、いつもの不平不満が爆発している様子。
「あんたが言い出したんでしょ? ほら、置いていくわよ」
「……」
 私の体がしゃがみ込んだこなたに手を差し伸べるが、返事がない。
 ああ、そうだった。
 問題がもう一つ。
「……行こっ、つかさ」
「あっ……」
 私の差し出した手をすり抜け、つかさの横に。
 これが所謂当面の問題、だ。
 喧嘩みたいなものかな……一方的な。
 原因は、『私』。
 ああ、体じゃなくて上澄みのほう私ね……ってもっといい呼び方がないかしら。
 昨日の事を考えればまぁ、当然の結果かも。
 あの後、対屋に走って戻ると、つかさとこなたが居た。
 そりゃそうだ、私がそうこなたに言ったわけだ……仮病まで使って。
 それなのに部屋に戻ってきた私はその二人を有無言わさず追い出し、部屋に一人篭って泣いていた。
 そして次の日、問い詰めてきた二人に『体の』私が何て言ったと思う?
「なにそれ」の四文字……そりゃ、怒るわ。
 つかさはあまり気にしてない、というか泣いてたほうを気にしてくれたんだけど……。
 こなたのほうは、ご立腹という訳だ。


 ゆたかちゃんの邸に行くのだって、無理矢理ついてきたようなものだしね。
 ……ともあれそんな長々と説明したわりにショボい理由の所為で、朝から気分は最悪。
 体のほうが、だけど私だってこう無視され続ければ気分が悪い。
 はぁ……何はともあれゴメン、私。
 ちょっと暴走しすぎた、反省しよう。
「おーいらっしゃいこなたぁー、遅かったねー。歩いてきたの? そりゃびっくりだ」
 こなたをつかさが引っ張り、ようやく到着した邸で迎えてくれたのは……これまた見覚えある顔。
 ああそっか、ゆたかちゃんがこなたの所に居ないなら、この人の所に居るわけね。
「ゆい姉さーん、こんちわー」
 御簾ごしに適当に手を振るこなた。
 はぁ……少しは礼儀作法を覚えて欲しいわよね。
 まぁ向こうも似たような挨拶をしてきたからいいけど。
「ゆたかも迎えたがってたんだけど朝から具合悪くてさー、悪いけど対屋(たいのや)まで行ってあげてくんないかな?」
 やはり文の通り、ゆたかちゃんの具合は良くないらしい。
 まぁ今日はお見舞いみたいなもんだし、静かにしなさいよ。
「ゆーちゃーんっ! 久しぶりーっ!」
 ……と思ったのも束の間、対屋にこなたの声が響く。
 案内されてすぐそれかよ!
「あ、こなたお姉ちゃん」
 中には見覚えのある顔が横になっていた。
 あまり顔色は優れないが、こなたを見て少しは笑顔が戻る。
「お、こっちも久しぶりー」
「ややっ、どうもお久しぶりッス」
 すると部屋に居た女房にも声をかけるこなた。
 丁寧にお辞儀するその姿は……はて、見覚えがあるかな。
 ああそうか。印象が違うのは多分、眼鏡がない所為かな。
「お二人も、お久しぶりッス」
「うん久しぶりー、ひよりちゃん」
 こちらにも気がつき、頭を下げあう。
 田村ひより……ゆたかちゃんのクラスメイト、だったっけ?
 こなたと一緒に騒いでるのしか覚えてないなぁ。
 こっちの世界では、どうやらゆたかちゃん付きの女房らしい。
 ええと、こっちで田村さんって呼んでもしょうがないのか……ひより、でいいわよね。
「ゆーちゃん具合どう? 熱とかない?」
 ゆたかちゃんの横に座り、こなたが心配そうに声をかける。
 昨日の私のときもそうだったっけ……もしかして、ゆたかちゃんがこの様子だから私のことも?
 ……まさかね。
「うん大丈夫……ちょっと熱っぽいけど」
「あっはっは、ただの寝不足ッスよ」
「へっ?」
 二人の間に、笑い声が割って入る。
 女房の……ひより。
 寝不足?
 それってあれよね、夜寝てないとなるやつ。
「夜な夜な部屋を抜け出しては。殿方の下へと足を運び……くぅー!」
「ちょ、ちょっとっ!」
 慌てて顔を真っ赤にするゆたかちゃん。
 ……なんとまぁ、何時の間に。
「殿方のとこって……まさか夜這いにっ!?」
「ち、違うよっ! あの人はそんな事しないもんっ!」
 ゆたかちゃんから声が上がる。
 その後に、墓穴を掘ったことに気がつく。
「あっはっは、いーじゃないッスかぁ」
 と、真っ赤になったゆたかちゃんを後ろから羽交い絞めにするひより。
「むぅ……意地悪」
「いやいや、ここまで従順な女房はそうはいないッスよぉ?」
 ケラケラと笑う女房にぷくーっとふくれる主人。
 これはこれで仲がいいのかもしれない。
 でも私的には『あの子』が来ると思ってたんだけどなぁ。
 ほらあの背の高いええとあれ? ……名前が出てこないな。
「はぁー、そっかぁ。ゆーちゃんもそんなお年頃なんだねー」
 目を丸くしていたこなたも、ようやく事態を飲み込む。
 まぁ、この年頃ならそれぐらい居ても普通な時代なのか。
 むしろこいつもいい加減相手を作らないと貰い手がなぁ……。
「で、どんな人どんな人?」
 こなたも興味津々なのか、ゆたかちゃんに詰め寄る。
 つかさも何処か鼻息荒いし、みんな好きよねそういう話。
「ど、どんな人ってその……背高くて、えと」
「あ、これその人に出した文の写しッスよー」
「ってわぁぁぁぁっ!」
 ゆたかちゃんの叫び声が耳を劈く。
 おいおい、苛め過ぎだろさすがに。
 いや確かに、可愛いから苛めたくなるけど……いい加減顔が赤すぎる。
「だ、駄目っ。これは駄目ぇっ!」
「もー、見せてよー。ゆーちゃーん」
「そうそう、減るもんじゃないッスよぉー?」
 手紙を取り上げたゆたかちゃんに小悪魔二人が襲い掛かる。
 でもそのゆたかちゃんの表情が曇る。
「駄目だよこんな手紙……返事も、貰えないし」
「え、へ、返事まだなんスかっ!?」
 その言葉に、固まる小悪魔二人。
 どうやら地雷を踏んだみたい……南無。
 そっからゆたかちゃんを慰めるのに小一時間かかるわけだけど……長いので割愛しよう。
「うーん、結構切実そうな人と思ってたんスけどねぇ……見当違いッスわ」
「知ってるの? ひよりん」
「もちろんッスよ。いつも抜け出す手引きしてるのは、自分ッスから!」
 と、胸を張る。
 てゆーか抜け出してるのか、見かけによらず大胆ね。
 なんでもゆたかちゃんにどうしても、と頼まれたらしい。
「もう喋っちゃって……いいッスよね?」
「……うん」
 ゆたかちゃんに促すと、渋々首を縦に振る。
 どうやらもう観念したらしい。
「それが不思議な人でして……喋らないからまだ声すら聞いた事ないんスよね」
「声も?」
 こなたが首を傾げる。
 そりゃそうか、私も傾げたいくらい。
「で、でも優しい人だもんっ」
「んー、自分には怖そうな人にしか見えなかったッスけど」
 そりゃ無言ならねぇ。
「本当に喋らないの? 一言も?」
「う、うん……私がいつも、一方的に喋るだけ。名前も……教えてくれない」
 何だそりゃ!
 逢瀬って言うにはショボすぎるだろ!
 ……っと、いかんいかん。つい癖が。
「でも何故か、いつもの場所に毎日来てくれるんスよねぇ……多分今日も、来るんじゃないッスか?」
 それに毎夜毎夜会いに行ってる、と。
 本当、甲斐甲斐しい子だなぁ。
 うちのお姫様も見習って欲しいものね。
「そっか……毎日、来てるんだ」
 とか思ってると、うちのお姫様が何かに反応する。
 ……。
 あ、今凄い嫌な予感がした。
「でも今日は駄目ッスね。この様子じゃ」
「だ、大丈夫だよっ。行けるもんっ」
 意気込むゆたかちゃん。
 でもさすがに熱もあるらしいし、体の方が心配かも。
「駄目ッスよ。抜け出したらお姉さまに言いつけちゃいますから」
「う……」
 その言葉に怖気ずくゆたかちゃん。
 どうやら成美さんにも内緒で抜け出している様子。
 あの人もなかなかどうして、妹煩悩だもんなぁ。
 妹が夜な夜な抜け出してる、なんて知ったら卒倒するかも。「びっくりだよ!」とか言いながら。
「一日ぐらい放っておいてもいいッスよ、返事もくれない殿方なんて」
「で、でも……」
「そーだよゆーちゃん、もっと優しい人のほうがいいと思うな」
「や、優しいもんっ……私に合わせて、歩いてくれたりするし」
 必死に擁護する姿がまたいじらしい。
 恋は盲目、とはよく言ったものだ。バーミリオン? 色を使う意味が分からない。
「じゃ、じゃあえと……文だけ、書かせて」
「はぁ……まぁ、それぐらいならいいッスかね。自分がちゃんと渡してきますから」
 結局どちらもしぶしぶ妥協する。
 何処の女房も大変よね、我侭なお姫様を持つと。
「よしっ、じゃあ私らはそろそろ帰ろっか。つかさ」
 こなたなりに、今にも文を書こうとソワソワしてるゆたかちゃんを気遣ったのだろう。
 いつもなら「もっと遊ぶー」とかごねそうな所なのに早々と席を立つ。
 あと何気にまだ無視です……みょーん。
「じゃあ、ゆーちゃん。また遊びにくるから」
「うんっ、待ってるね」
 仲良く手を振り合う二人。
 少し短かったが、お見舞いだしこれくらいでもいいだろう。
 後は成美さんや親御さんにも軽く挨拶を済ませて、早々と邸を後にすることになるだろう。
 ……しかし、私は感じていた。
 何かこなたが、やらかしそうな気配を……本能で。
 その不安はその夜、上澄みの私の時間のときに的中することになる。
 はぁ……せめてもう少し早く事件を起こしてくれれば、それに巻き込まれることもなかったのに。
 ……いや、どの道巻き込まれたのだろう。そういうやつだよ、あいつは。


 結論から言おう。
 この夜、私はとある人物と会うことになる。
 その人に出会ったおかげで私は……ある事に気付かされることになってしまうわけで。
 それはとても簡単なこと。
 だけど……とても、難しいこと。
 それに気がついた所為で、私の世界は一変してしまう。
 でもそれも、仕方がないのかもしれない。
 いつかそうなる予感は、日下部に出会った頃からほのかに感じていたのだから。
 ……そう、あいつにもそれを微かに教えられてしまったわけ。残念ながら。
 その話は……今はいいわよね、癪なだけだし。
 そうね、どうせだから話を一番最初に戻しましょう。
 最初の――ノートの話。
 私にはこれまで、三枚のノートが送られた。
 私の危機をしらせてくれた一枚目。
 意味の分からないヒントを残してくれた二枚目。
 そして『これ』が、その三枚目。
 ……最初に言っておく、私が『これ』の意味が理解出来たのはあくまで偶然だ。
 みゆきにいつか聞いたのを記憶の奥の引き出しに締まっていたのが、たまたま出てきただけ。
 見る人が見ればすぐに分かるが……分からない人にはただの語群の羅列にしか見えないだろう。
 でもとにかく、そこには書いてあったわけよ。
 大学ノートにはお似合いといえばお似合いの……暗号が。


■ノート その3
『cogito, ergo sum』













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  • 我思う、故に我あり…
    物語も核心に近づいている感じがしますね -- 名無しさん (2009-12-24 03:49:19)

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