非エロ:提督×由良+第六駆逐隊2-222

第六駆逐隊といっしょ!


「あ、もうすぐアレじゃないかしら」
隣に座る雷がふと呟いた。
「アレ?アレって?」
テーブルの向かいの席で響が雷に尋ねる。
「アレよアレ、ねぇ暁」
雷は顔を右に向けて暁に聞いた。暁には雷の言っているアレが何なのか全く分からない。分からないが、暁型姉妹艦の長女であり一人前のレディーとしてのプライドが「アレとは何か」という質問を押さえ込んでいた。
「暁は知ってるの?」
響の質問でさらに暁は「知らない」とは言えなくなった。代わりに口から出た答えが、
「も、もちろん!アレでしょアレ!」
ただの見栄であった。ううう、とあれこれと考えを巡らせて雷の言うアレが何なのかを考えるが、ノーヒントで一発で的中させろというのが無理難題である。へぇ、と興味がなさそうに響は言った。他の姉妹と比べて感情の起伏がほとんどない響だが、今の「へぇ」には暁の心情を見抜いたように聞こえた。暁はむぅ、と口を尖らせた。
「それで、結局何なのさ、雷」
しかし響は暁の虚栄を見抜いても意地の悪い質問を暁本人に問うたことはない。こうやって暁の姉としての立場をたててくれる。暁は内心ホッとした。
「だからー」
雷が言葉を続けようとした時にガラッと音がした。三人が音の方向へ顔を向けると部屋のドアを開いた電がそこにいた。
「良かった、みんないたのです」
電の手には書類が握られていた。
「電、それは?」
トタトタと三人が座るテーブルまで近づいてくる電に響は問いかけた。
「今度の遠征の詳細なのです!」
遠征。その言葉を聞いて暁と響はピンときた。十中八九、雷の言っていたアレとは遠征のことだろう。駆逐艦と軽巡は月に1,2回はローテーションで遠征に出ることになっていた。
「あら、それでいつなのよ」
「一週間後なのです雷」
電は一人に一枚ずつ書類を配った。
「詳細はそれに書いているので、みんな確認しておいてなのです!近くなったら司令官さんが改めて説明するそうです」
それぞれ書類を手にとって内容を確認した。暁たちが参加する遠征は艦隊決戦援護作戦で、メンバーは旗艦が神通、荒潮、そして第六駆逐隊である暁・響・雷・電の六隻だ。
「神通さんだ…」
暁はほっとした。他の三人も同じだった。
「とにかく!みんな遠征がんばるんだからね!」
暁の気合の入った声に三人は頷いた。
「遠征前に大怪我はしちゃダメだよ」
響は淡々と言った。
「当たり前よ!一人前のレディーはヘマなんてしないわ」
「き、気をつけます…」
「心配しなくてもだーいじょうぶ!」
えいえいおー!と四人は手をあげた。長時間の遠征ではあったが、四人一緒であったし、何よりも旗艦の軽巡が神通だった。四人は今回の遠征も何事もなく終わるだろうと信じるのであった。


「はわわわっ た、大変なのです!」
電が慌てて部屋に入って来たのは遠征の前日だった。
「どうしたのよ電!そんなに慌てちゃってさ」
雷が驚いた声をあげた。
「あ、明日の遠征が…」
「とりあえず落ち着きなさい。ほらここに座って」
暁が姉らしく気を遣って電を座布団の上に座らせた。
「深呼吸深呼吸」
暁の言葉に合わせて電はスーハーと息を吸って吐いた。その様子を響も静かに見ていた。
「それで、明日の遠征がどうしたの」
暁に促されて電は言葉を落としていった。
「あの…神通さんと荒潮さんが…今日の出撃で怪我しちゃったのです…」
「大丈夫なのそれ?」
雷が心配そうに声をかける。
「それでドックが今全部埋まっていて… バケツも少ないから使わないようにしていて… でも遠征は予定通り決行するのです…」
「二人は怪我を治さないままで遠征するのかい?」
「違うのです響… その…」
口ごもる電に雷はもー!と声を荒げた。
「ハッキリ言いなさいよ!んでどうすんのよー」
「あの…あの… 代わりに…由良さんと夕立さんをいれるって」
場の空気が固まった。
「えっ マ、マジ…?」
「マジなのです…」
「………」
「………」
「………」
「………」
どうしよう。四人の頭の中にはその言葉しか浮かばなかった。


翌朝。
暁、響、雷、電の四人はソワソワした気持ちで港で待っていた。集合時間よりも三十分早い。
「ううう…早めに来たけどやっぱり落ち着かないのです」
「でも二人が先にいる方がさらに来にくいだろう」
「それもそうなんだけどー あー!もう何で代わりがあの二人なのかしら!司令官のバカ!」
「雷声が大きいわよ!シーっ」
暁の注意に雷は口を手で押さえた。
「今回の遠征は15時間なのです…ううう 気が重いのです…」
電が不安そうに呟くと周りの三人は黙り込んだ。
「はぁ~……」
四人は同時に溜息をはいた。
「おっ もういたのかお前たち」
低い声が聞こえて四人はビクリッと体を震わせた。振り返ると提督と、その後ろに由良と夕立がついていた。
「今日は遅刻しなかったんだな。偉い偉い」
提督は嬉しそうにすぐ近くにいた暁の頭を撫でた。暁は何も言わずされるがままだ。提督が撫でる手を止めた。
「どうしたんだ暁。調子が悪いのか?」
いつもの暁なら頭を撫でると「子供扱いしないで!」と言って手を払いのける。そしたら雷が司令官私もー!と強請り、電が自分も、と照れながらお願いする。その様子を我関せずといった風に静かに眺める響。しかし今の第六駆逐隊は提督よりも彼の後ろにいる艦娘の方が気がかりだった。
暁がちらりと提督の後ろに目をやると由良と夕立がこちらを見ていた。
「んー何々?不調?大丈夫じゃないっぽい?」
夕立が心配そうに言っていた。その声には何かの含みは感じられない。本当に心配しているように聞こえる。
「あ……暁は大丈夫、なんだから…」
暁はスカートの裾をぎゅっと握った。
「代わりを立てなくていいか?」
濃い紫色の髪がブンブンと横に揺れた。
「一人前のレディーだから大丈夫なのよ司令官」
「そうか…じゃあ作戦の説明をするぞ」
提督は暁から離れた。暁たちと夕立は横に整列した。由良は作戦の説明をしている提督の隣に立っていた。夕立は暁の左にいて居心地が悪かったが、それよりも由良の視界に自分が映っていることの方が落ち着かなかった。暁は下を向いてスカートを握り締める。
「……第六駆逐隊、話を聞いているか」
暁は慌てて顔をあげた。提督が苦々しい表情で暁と右に並ぶ三人に目を向けた。
「私が言っていることは事前に配った書類の内容と変わらない。だからといって遠征前に気を緩められても困るんだ。今回は奇襲だ。お前たち次第で主力艦隊の決戦に影響が出る。重要な作戦なんだ」
嬉しそうに暁の頭を撫でた時とは違い、提督は冷徹な目で第六駆逐隊を見ていた。普段は優しい提督だが、仕事モードに入った時の提督は可愛がっている第六駆逐隊相手でも決して贔屓はしなかった。暁は提督を怒らせてしまったことを後悔し、体が小さく震えていた。他の三人も同じだった。自分たちの事情のことだけを考えていた。言い訳ができないほど提督が怖くなり、ただ無言で提督の叱責を受ける。
「第六駆逐隊は下がれ。他の駆逐艦に…」
「待ってください提督さん」
提督を止める声があがった。由良の声だ。
「この子たちは大丈夫ですよ」
「しかし、由良…」
「いいから、由良に任せて下さい…ね?」
由良は提督に甘えるようにお願いした。提督が何も言わずに腕を組んだのを見て、由良は暁に近づくと響、雷、電を手で招いた。三人は恐る恐る由良の周りに集まる。由良は膝をついて四人と目線を合わせた。
「ごめんなさいね、昨日の夜の内に話をしておけば良かったね」
由良は顔の前に手を合わせて謝罪をした。
「あなた達の部屋に夜行ったんだけどね、…ドアが少し開いてて、そこから由良の話をしているのを聞いちゃったら入りにくくて」
はわわわっ、と電の声がした。電が持ってきたニュースを聞いた後四人であれやこれやと喋っていた。それを聞かれていたのだろう、何とも罰が悪くて暁は顔を伏せた。
「提督さんの話が終わった後に話をしようと思っていたんだけど…あのね、由良は由良だけど、あなた達が知っている由良そのものではないんだよ」
暁は顔をあげた。由良は優しい表情のままだった。
「昔の記憶はあるけどそれはもう昔の話。終わったことなの。今起こっていることじゃない」
「でも、」
暁は震える声で言った。
「また起こらないとは言い切れない」
遠い昔、人間と人間が戦争をしていた時代、軽巡洋艦の由良は雷撃処分された。自分たち、第六駆逐隊が犯した失態のせいで。彼女を軽巡洋艦で一番最初に戦没した軽巡にさせてしまったのだ。あの時第六駆逐隊が失敗しなければ由良はもっと輝かしい最期を迎えられたかもしれない。それほど期待されていた艦船が仲間の失態で泥を被り、仲間に雷撃処分され、どんな気持ちで海に沈んでいったのか。暁にも、響にも、雷にも、電にも、想像することは出来なかった。
由良は首を横に振った。
「大丈夫だよ。由良は昔の由良じゃないから」 
由良は四人と順番に目を合わせる。
「あなた達も昔のあなた達じゃないから」
「でも…」
響はまだ納得していなさそうだった。
「そんなに自分たちのことが信じられない?」
由良の言葉に四人はコクリと頷いた。
「そっか、それなら由良のことを信じて」
四人は目を見開いた。
「由良も暁ちゃんも響ちゃんも雷ちゃんも電ちゃんも大丈夫!」
由良の迷いを感じさせない言葉に暁たちは互いに顔を見合わせた。どう返事をしていいのか分からなかったからだ。
「それに、提督さんにあんな事言われて悔しくない?由良たちでちゃんと出来ること、証明して提督さんを見返そうよ。由良に協力してくれる?」
あとね、と由良は言葉を続けた。
「夕立ちゃんとも仲良くなれたから、あなた達とも仲良くなりたい。……ね?」
由良の甘えるような笑顔に、暁たちは再び顔を見合わせ、そしてしばらくしてから四人同時に首を縦に振った。


「艦隊帰投しました。こちらが報告書です」
由良は執務机に腰掛けている提督に書類を差し出した。提督は手を伸ばして受け取った。
「お疲れ様。あいつらはどうだった?」
「最初はちょっとぎこちなかったけど、夕立ちゃんも間に入ってくれたお陰でちょっとずつ話をしてくれるようになりました。作戦決行する時もうまく連繋ができて、帰る頃にはすっかり懐いてくれましたよ」
「それは良かった」
提督は嬉しそうに表情を緩ませた。あの厳しい表情とは打って変わって見ていると穏やかな気持ちになる。
「でも提督さんも人が悪いですよ。あの時わざと怒ったんでしょ?」
「さぁ…何のことやら」
「いつもの提督さんなら厳しく注意はしても代わりを出すなんて言わないもの。由良があの子たちを庇い易いように言ったんですよね」
ハハハ、と提督はおもしろそうに笑った。
「由良は俺を買い被り過ぎだ」
「そんなことない。提督さんは優しいもの……遠征前夜だって落ち込んでいた由良を励ましてくれたじゃないですか」
遠征前夜、由良が暁たちの会話を部屋の外から聞いてしまった後、沈んだ気持ちで廊下を歩いていたら提督が声をかけた。司令官室に移動して提督は由良に茶をいれ、話を聞いてあげた。話を聞いた後に内線で夕立を呼び出し、三人で軽いお茶会をして気落ちした由良の心を和らげてくれた。
夕立と由良は同じ頃にこの基地にやってきた縁もあってすぐに仲良くなれたが、第六駆逐隊とは時期がずれており、向こうも由良のことを避けていた節もあり中々話す機会がなかった。だから今回、神通の代わりの旗艦に名乗り出たのだ。まさか夕立も一緒に代わりを申し出たことに驚いたが、夕立がいてくれたお陰で第六駆逐隊と話がしやすくなって有難かった。
「提督さん、ありがとうございます」
由良は頭を下げた。
「…じゃあお礼にお茶を淹れてくれよ」
提督の言葉に由良は首を傾げた。
「いいですけど……秘書の時にやっていることと変わりませんね」
「由良が淹れたお茶が久しぶりに飲みたいんだ、俺が」
「久しぶりって…一昨日飲みましたよね?」
「つべこべ言わない。上官命令だぞ」
由良はクスリと笑った。
「はいはい、今すぐ淹れますね」
由良は隣の給湯室へ入った。電気ポッドに水を入れてスイッチを押した。上の棚からお茶パックを取り出し、湯飲みに一袋いれる。由良の作るお茶というのは、金剛のように水や淹れ方に拘ったものではない。誰にでも出来る簡単な方法で作っている。それでも提督は「由良が淹れたお茶が欲しい」と言うのだ。他の艦娘が提督の秘書をやっている時もきっとこういう感じなのだろう、と由良は考える。それでも特別扱いされているように感じて由良は少し嬉しかった。あと由良と二人でいる時に一人称が「私」から「俺」に変わって口調が少し砕けるのも嬉しかった。
由良はトレイにポッドと湯飲みを載せて司令官室へと戻った。どうぞ、と言って執務机にトレイを置く。
「ありがとう由良」
秘書として当たり前の行動でも提督は常に礼の言葉を忘れなかった。由良は頬を緩ませた。
「遠征で疲れただろう、もう部屋に帰っていいぞ」
「お手伝いをしなくても大丈夫ですか?」
「急ぎのものはないから…ゆっくりおやすみ」
「わかりました。由良は部屋に帰ります」
由良は会釈をするとドアへと向かった。ドアノブを引っ張った時に由良、と呼び声がした。
「何かあったらいつでも俺を頼っていいからな」
由良はハイ、と頷く。
「ありがとうございます提督さん。おやすみなさい」
「おやすみ」
ドアがバタンと閉まり、提督ただ一人が部屋に残された。


「やれやれ…」
由良が司令官室から出て行った後、提督は腰掛けたリクライニングチェアーをグルグルと回転させる。
「どうもあいつには甘くなってしまうなぁ…」
提督の頭に浮かんでいるのは先ほどまでこの部屋にいた由良だ。真面目で頑張り屋さんで、素直で可愛くて。「ね?」と甘えるようにお願いされるのもたまらない。由良に秘書を頼むことが多いが、由良はその理由に気付いているだろうか?それとも知らないだろうか?先日も落ち込んだ由良を抱きしめたくて仕方なかったが理性が欲望に打ち勝ち冷静さを保った。間違いが起きないように夕立も呼んで保険をかけたのだ。上司と部下のラインを超えなかった自分を褒め称えるべきか、情けない!と自省するべきか。
「さっさと仕事を終わらせよう」
気を取り直す為に提督は湯飲みをとって口へ運んだ。由良の淹れてくれたお茶。自分で淹れたものよりもあったかい。温度ではなく心がそう感じる。
「暁たちとも話さないとな… 明日は間宮さんにデザートを作ってもらうように頼むか」
その時は由良と夕立も一緒に呼ぼう。他の艦娘には内緒で、司令官室でお茶会だ。
提督は湯飲みをトレイに置くと、分厚いファイルを開くのだった。

 

最終更新:2013年10月11日 00:19