非エロ:提督×大井15-754


「吹雪に魚雷の扱い方を教えてやれ」

重雷装艦となって間もない私たちが、提督に呼び出された。
早速重雷装艦の戦力が理解される時が来たかと思ったが、提督は私のそんな期待を切り捨てる命令を吐いた。
なんでそんな雑用のような任務をしなければいけないのか。
私はこの男に聞こえないよう小さく舌打ちした。

「うーん……」

北上さんが唸る。
こんなかったるい任務、断っちゃって。お願いよ。
心の中でそう念じたのが通じたのか、北上さんは横目で私に目配せする。
通じた? 通じたの? 通じたのよね!?
しかし都合の悪いことに、北上さんが二の次を告げる前にこの男は動きやがったのだ。

「教えてやってくれ」

どういうわけか言葉遣いは少し腰の低いものに変わったが、私は一瞬にして憤りを感じた。
なんとその男は北上さんを一心に見つめ、あろうことか北上さんの両手を掴んで懇願してきたのだ。
私にとって存在そのものが気に食わないこの男が、私にとって大切な存在である北上さんに触れる。
そんな光景を見て私が我慢できるはずがなかった。

「なっ、あぁ貴方! 何してけつかる!! です!」

「は?」

思わず素の口調でものを言ってしまった。
この意識は別に上官である提督に対して無礼な態度を、ということではなく、
この男に素で接したくない、という精神的装甲に所以しての意識である。
何を言っているのか分からないことから察するに、この男の生まれは私と同じところではないらしい。
それだけは安心できた。
生まれが同じだと分かったらそれだけで反吐が出る自信がある。
提督は私へ首を回転させ、その顔を唖然とさせているらしい。顔は眉一つ動いていないけど。
ああ、その首が二度と回らないようにしてあげたいわ。

「い、いえ、なんでもありません」

「……嫌だってさ」

北上さんが私の言いたいことを言ってくれた。
そうよ。それでいいのよ。
任務受託を拒否してこの執務室を出て終わり。
そういう流れを期待したが、問屋はそうは卸さないらしい。

「なら大井が教えてやれ」

「……はあ?」

あらやだ。また素で返してしまったわ。
私の顔が、眉間が歪んでいることも自覚できる。
口調がよく崩れる奴だな、などと実は何も考えていないようにのんきに提督が呟いた。

「北上に教えさせるのが嫌ならお前がやれ。お前等なら他の艦より少しは分かるだろ」

「あら提督。この文書、出撃命令が書かれているではないですか。私たちなら簡単に敵を殲滅させられますよ」

艦種の名前が"重雷装巡洋艦"なんてものだから、それは考えなくとも分かっているのだろう。
魚雷を扱うなら私たちの右に出る者はいないと思われること自体は悪くない。
それだけの戦闘力があると分かっているなら使い方を間違えるな。私たちを暇にさせるな。
私は暗にそういう訴えを込めてちょうど執務机に置かれていた一枚の紙を掲げる。

「その任務は他の艦に遂行させる。今のお前等の任務は吹雪への講義であって出撃ではない」

「……なんですって?」

ああ、今魚雷が手元にあったら即座に振りかぶっていると思うわ。
私たちは戦闘としては使い物にならないと? 馬鹿にするな。
どちらかと言えば旧式艦に分類される私たちでもいい戦力を持っているのに、
もはや"特型駆逐艦"とかいう たすきが藻屑塗れになっているあの役立たずの詐欺艦は、教えたって無駄よ。
しかし口には出さない。
私が抑えて黙っているのをいいことに、この男は私を睨むかのように真顔で見つめ調子に乗り始める。

「大井は教える事自体が嫌だと言うなら、お前のこれからの処遇を少し厳しく検討せねばならなくなるのだがな」

こんな無能な男の下に配備されるとは、運命とはとても残酷なものだ。
艦隊を組んでも鎮守府周辺海域を徘徊させる事しかできないこの男も
"提督"という たすきが煤塗れになっているくせになんて生意気な。
はっきりと戦果を示せないのに大口を叩くだけの上官は最悪だ。
黒い感情に任せて提督へ目を尖らせる。
しかし提督は張り合っているのかいないのか真顔のまま。
鳥のさえずりさえ入ってこない険悪な睨めっこが続く。
それを中断させたのは傍らの北上さんだった。

「……あーもうやめやめ! 大井っちは少し協力しないと駄目だよ。吹雪にはあたしが教えて……」

「私がやります」

即座に私は北上さんの言葉を遮るように被せた。
ごめんなさい北上さん。でもここは私に任せて。
不本意ながら気に食わないこの男に協力する形になってしまうが、背に腹は変えられない。
提督の言う"処遇"がどういったものか鋭く推測はできないけど、
将来的にこの男が私を残して北上さんだけ艦隊に組み込むような事でもあれば私は発狂する。

「北上さんの手を煩わせるくらいなら、私がやります。……提督のさっきの言葉、覚えておきますからね?
下手な指揮で負けておめおめと帰投させるような事があれば、ただじゃおきませんから」

「そうかい。ではそんな事になったら私は暫く雲隠れしておくさ。吹雪の事は頼んだぞ」

渋々ながら任務を受託すると分かったとたん、この男は淡々と踵を返して椅子へ戻っていった。
この男は私の攻撃を回避することが得意らしい。
ああ腹立たしい。気に食わない。
この男がいる部屋には長居したくないので、北上さんの腕を掴んで礼もせず執務室を後にする。

「……行きましょう、北上さん」

「大井っち、痛いってば」




「はあ、はあ……、あ、ありがとうございました……」

「明日もやりますからね」

海上で、満身創痍で息絶え絶えながら頭を下げた吹雪ちゃんに、私は岸壁からそう告げる。
満身創痍といっても、敵が出たとか私たちが相手になって戦闘演習を行ったとかではない。
自分で何度も派手に転覆したり的に衝突しただけだ。
話を聞いただけでも出撃どころか遠征さえ縁がなさそうな艦だと思ってはいたけど。

――やる気はあるし勉強もしているみたいだけど実技では……。特型とは言うけど大丈夫かしら――

「なんだかんだ言って、大井っち途中から熱入ってたよね~」

私は横から飛来した北上さんの言葉で我に返った。
私は無意識に顎から当てていた手を離し、弁明に努める。

「えっ!? だ、だって、提督がどうしてもやれって言うから!」

「明日もやれとは言ってなかったと思うけどね」

「この先一緒に出撃して足を引っ張られるような事にでもなったら困るのよ! 全く!」

……………………
…………
……

「という具合にさ~」

「もう! やめてよ北上さん!」

あの頃とは違い、今や執務室は畳張りとなった。
私は左舷で炬燵の中で胡坐を掻く北上さんを制止する。
恥ずかしいからそんな昔の話は持ち出さないでほしいと訴えかけるばかりだ。
終始話を聞く事に徹していた対面の提督は私へ疑問を投げかける。

「一つ聞きたいのだが、あの時の"何してけつかる"とはどういう意味だ?」

「近畿の方言で、"何してくれてんの"という罵倒です」

そう説明したとたん、提督は顔を歪ませた。
あの頃から見ればこの人は驚くほど感情を露わにするようになった。
嬉しくないといえばそれは嘘になるのだけど、今ばかりはあまりいい気持ちではない。
私は目を細めて問いただす。

「……ニヤニヤしてどうしたんですか、気持ち悪いですよ」

「だそうだ、北上よ」

そこで北上さんに振る意味が分からない。
即座にそちらを見やると、北上さんも提督と同じように顔を歪ませていた。
……何これ。私は見世物?
北上さんは俯いて暗い顔になってしまった。これ、私のせい?

「あたし気持ち悪いのか~。大井っちに嫌われちゃったな~」

「えっ? あっ、気持ち悪くないです! 嫌ってないです!」

ニヤニヤする北上さんも素敵です! 嫌う理由になりません! 嫌う可能性零です!
私の言葉で安心したのか北上さんは調子を戻す。
一つ安堵。したがここでも問屋は卸さないようだった。

「あちゃあ。提督の事は嫌いになっちゃったのか~」

「……そうか……。大井……」

ちょっと北上さん!
提督に自信喪失を移すのやめてください! 面倒臭いじゃないですか!
提督もいい年してそう軍帽が落ちるくらいに背中を丸めて俯くの、みっともないと思いませんか!

「"提督も愛してます"っていつも言ってるでしょう!」

「感情が篭ってないのだが」

「こっ、こういうのはむやみやたらに言うと価値が下がるんです!!」

激しく突っ込み役に回るばかり、私は言葉が矛盾してしまったかもしれない。
私は昂るあまり炬燵の天板に両手を突いて抗議していた。
やだ。少し顔が熱くなってきちゃった……。
炬燵か隅のダルマストーブ、少し焚き過ぎじゃないかしら……。
私が悶々としていると、急に北上さんは吹き出した。

「やっぱりさ。大井っちはからかうと面白いよね」

「分かっているじゃないか」

からかっていたの!?
そして今までの話を私は全て真に受けていたと?
完全に見世物になってしまった。もう嫌だ。数分前の私を魚雷で殴って気絶させてやりたい。
この二人、こんなに意地悪だったかなあ……。
あの頃からは想像つかないが、この二人は意外と相性がいい。
改めて意気投合したらしい提督と北上さんは自然と同時に強く握手を交わした。
私、置物にされていないかしら。いや、見世物だったわね。
それから何故か提督と北上さんから同時に視線を向けられる。
何ですか。その、私が不調に見えるかのような顔は。

「……おや、もう言わないのかな? "何してけつかる!!"」

「"何してけつかる!!"」

「やめてください!!」

好き勝手に振舞う提督と、それに便乗する北上さんを制止する任務を、
やはり不本意ながら遂行させる流れになってしまった。
この二人は、あの頃の私の事を回顧しているんだろう。
でも過去は過去で、今は今。
この人の存在そのものとか、提督が北上さんに触れることが気に食わないとか、
私はそういった思考回路をこの人に改装されてしまった。不本意ではなく本意で。
だから、今の私がこの光景を見て黒い感情を生む事はない。
北上さんだけでなく、提督も大切な人だから。

でも、私で遊ぶのはまた別の話ですからね?
私は引き続きこの二人を制止する任務に取り掛かった。


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提督 大井
最終更新:2015年06月12日 18:50