半人半霊の半人前 ◆b8v2QbKrCM



 物憂げな溜息が一つ、海沿いの林の中に落ちた。
 梢の隙間から見え隠れする満天の星空。
 二重にも三重にも重なり合った緑の破れ障子は、時折風にさざめき、不気味な音を響かせている。
 ざざぁ、と波飛沫が宙を舞う。
 冷たい海は、夜空を映して巨大な墨汁溜りのようにも見えた。

「妙なことに巻き込まれてしまった……」

 そう呟き、溜息の主――年端も行かぬであろう少女は空を仰いだ。
 首元で切り揃えられた白髪が微かに揺れる。
 如何なる秘術によってか、突如としてこの島へ呼び寄せられた怪異。
 程度の大小の違いこそあれ、今は誰もが心の内に動揺を抱えていることであろう。
 その最中に、少女が漏らした反応は溜息一つだけだった。

「でも犯人の顔が分かっているのは幸いかな。
 犯人探しで片っ端から斬る手間が省けた」

 物騒な独り言を続けながら、少女は林の外へと歩を進めた。
 肩から荷を下げたまま、片手で広げた地図と周囲の風景を見比べる。
 幸か不幸か村から程近い場所にいるようだ。

「とりあえず大体の位置はよし、と。
 ……当面の目的は犯人を斬って楼観剣と白楼剣を取り戻すことだな。
 これも良い刀みたいだけど、やはりあの二振りでないと」

 少女は口惜しそうに朱色の鞘を撫でる。
 黒い紐で背に負った、刃渡り三尺に迫るであろう古刀。
 それが此度彼女に与えられた得物だった。
 銘こそないものの、九字兼定と呼ばれる名刀である。
 仮に真作であれば五百年もの歴史を重ねた逸品に相違ない。
 比較的最近に拵えられたと思しき鞘と柄、そして笹折図の鍔も、紛れもなく一流の高級品だ。
 そんな代物が華奢な少女の背に負われているのだから、不釣合いにも程がある。
 ――そう、少女の体躯はあまりにも幼かった。
 あくまで見かけだけで語るならば、十を越えて十五に届かぬ程度だろうか。
 もはや銀と呼んでも差し支えのない白髪に、萌葱色の洋服。
 深い青の眼と極端に色の薄い肌。
 頭を飾るリボンから簡素な黒い靴に至るまで、徹頭徹尾、刀というものが似合いそうにない容貌だ。
 しかし当の本人はといえば、慣れ親しんだ重みだと言わんばかりに、軽やかな足取りで先を急いでいた。
 先程からの独り言といい、実に少女らしからぬ立ち振る舞いだ。
 だがそうした違和感も、彼女の姿をよくよく見れば腑に落ちることだろう。
 月明かりの下、少女の後ろを奇怪なものが棚引いている。
 輪郭がはっきりした雲、と表現すれば分かりやすいか。
 それとも端的に――巨大な人魂と呼ぶべきか。
 とにかく、ソレは懐いた子犬のように、あるいは昼下がりの影のように、少女の周囲から離れない。
 幻とするには現実味が有り過ぎて、風船か何かと思うには自在に動き過ぎている。
 誰が見ても即座に理解するに違いない。
 彼女は、尋常ではないと。

 幻想郷と呼ばれる土地がある。
 日本という島国の、どこか深い山の中。
 現代文明に忘れられた幻想が息衝く、数多くの妖怪達と少しばかりの人間が住まう秘境である。
 巨大な結界で隔絶されたそこには、吸血鬼、天狗、更には神々までもが当たり前のように存在している。
 そして少女、魂魄妖夢もまた、幻想郷の住人の一人であった。
 彼女は妖怪ではないが、さりとて純粋な人間というわけでもない。
 半人半霊。
 人間と幽霊のハーフという、実によく分からない区分をされる人物である。
 つまり、刀を背負った少女の肉体が、魂魄妖夢の半分。
 ふわふわと浮かんでいる大きな幽霊が、魂魄妖夢のもう半分に相当するのだ。
 彼女がこの状況にさほど動じていないのも、そうした出自に由来する。
 多くの妖怪が集まる土地柄、年に数回という頻度で異変や怪異が発生している。
 加えて、過去には彼女も異変の片棒を担いだことがあった。
 要するに、慣れである。

「犯人が分かってるならそいつを斬れば解決ね。
 問題は、どうやって見つけ出すかだけど……」

 少女はもう一度地図に視線を落とした。
 北へ向かえば仁七村。
 南へ向かえばへろな村。
 どちらの村にも近いというのは、便利なようで困りものだ。
 夜半の空気は冷たいが、息が白むほどではない。
 少女は再び嘆息し、無表情な月を見上げた。
 思い描くは屋敷に残る主人の横顔。
 暫く自分がいなくても何とかやっていけるだろうが、それでも心配なものは心配だった。

「申し訳ありません、幽々子様。帰りは遅くなりそうです」


【ほノ漆 林の西端/一日目/深夜】

【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】健康
【装備】無名・九字兼定
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する
一、とりあえずどちらかの村へ向かう
二、愛用の刀を取り戻す

【備考】
東方妖々夢以降からの参戦です。


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試合開始 魂魄妖夢 暗雲

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最終更新:2009年04月16日 19:31