昔飛衛と言う者あり◆F0cKheEiqE



『 ある日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。
確かに見憶えのある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。
老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ品物で、また何に用いるのかと。
主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。
老紀昌は真剣になって再び尋ねる。
それでも相手は曖昧な笑を浮べて、客の心をはかりかねた様子である。
三度紀昌が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。
彼は客の眼を凝乎と見詰める。
相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、
また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、
彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。

「ああ、夫子が、――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? 
ああ、弓という名も、その使い途も!」 』

中島敦『名人伝』


「新八…人を斬らない剣があり得ると思うか?」
そんな柳生十兵衛の問いに、志村新八は思わず渋い顔をした。
「人を決して斬らない」と言う自身の心持を述べた事に対する返答がこれだったからである。

今二人がいるのは「ろノ肆」の橋の上で、彼ら以外に人影は見えない。
ただ月だけが、天上より彼らを照らしていた。

「武士は…」
十兵衛は、腰に差した打刀の柄に右手を添えながら、一人言のように呟いた。

「つまるところ、こういうモノだ」
そう言って引き抜かれたのは、腰間の秋水である。
中空に屹立した氷面(ひも)に、月影がヒラリと煌めく。

十兵衛はなおも言った。

「武士とは凶器そのものだ…何せ人を斬るのが仕事だからな」
「ましてや剣客という生き物は…」

「・・・・・・」
十兵衛の横顔を無言で見つめていた新八だったが、
十兵衛の視線につられる様に輝く刀身に眼を移した。

十兵衛に支給された打刀は、別段優れた名刀という訳ではなかったが、
研ぎ澄まされ、磨き上げられた刀身は、使い手が十兵衛であるためか、
ある種の妖気、鬼気と言えるような空気を発しているように見える。
鎬に写る月光が、キラリと反射して目に入ったとき、思わず新八は寒気の様な物を体に覚えた。

感じるはずの無い、錆びた鉄の様な血臭を、確かにその鼻に感じたからであった。
果たしてそれは、抜き身の刀から漂って来たのか、それとも十兵衛の体から漂って来たのか…
新八には如何にも判然としなかった。

「でも…」
明らかに歴戦の戦士たる十兵衛の言葉は、新八の心にズシリと響いたが、
それでもなお、新八はそれに反論せんとする。
しかし…

「…まあ、例外と言う物もあるにはあるのだがな」
「えっ?」

「新八…」
十兵衛は新八に向き直りながら言った。

「飛衛と紀昌の話を知っているか?」


昔、唐土(もろこし)に飛衛という者あり。
飛衛は射術の名手で、当今弓矢をとっては及ぶ者がないと思われた。
百歩を隔てて柳葉を射るに、百發百中する達人であったという。
その飛衛の元に、趙の邯鄲の都に住む紀昌なる青年が訪ねてきた。
天下第一の弓の名人になろうと志を立て、己の師と頼むべき人物を物色する所、
この飛衛において他無しと思ったそうだ。
飛衛はこの野心溢るる青年の弟子入りを許した。

五年と半年ほど経ったころ、尋常ならざる鍛錬の結果、
紀昌は射術の奥儀秘伝を剰すところなく飛衛に授けられ、
遂に、師より学び取る事がなくなるまでに至った。

ここで、紀昌は邪心を抱いた。
自分が唯一無二の当代無双の弓の使い手になるために、
ただ一人自分と比肩しうる師、飛衛を弑せんとする邪心である。

そして遂に、ある時不意を討って紀昌は飛衛を弓で襲い、飛衛も弓でこれに応じた。
しかし両者の実力は全くの互角で、二人互いに射れば、
矢はその度に中道にして相当り、共に地に墜ちてしまい、落ちた矢は軽塵をも揚げなかった。

結局、双方矢が尽きてしまい、決着は付かなかった。
結果、紀昌はかくも偉大な師を弑さんとした己を恥じ、
飛衛は弟子の技がここまでの域に達していたこと、そしてそれを退けた己の技量に感動し、
二人は互いに駈寄ると、野原の真中に相抱いて、しばし美しい師弟愛の涙にかきくれた。

しかれども、紀昌の邪心を知った飛衛は、この危険な弟子の気を転ぜさせるために、
新たな目標を紀昌に与える事にした。

飛衛は言った。
『もはや、伝うべきほどのことはことごとく伝えた。
汝がもしこれ以上この道の蘊奥(うんのう)を極めたいと望むならば、
ゆいて西の方、大行(たいこう)の嶮(けん)に攀(よ)じ、霍山(かくざん)の頂を極めよ。
そこには甘蠅(かんよう)老師とて古今を曠(むな)しゅうする斯道の大家がおられるはず。
老師の技に比べれば、我々の射のごときはほとんど児戯に類する。
汝の師と頼むべきは、今は甘蠅師の外にあるまい』
と。


十兵衛と新八が、「ろノ肆」の橋の上で兵法談義をしていたのと丁度同じ頃、
「とノ漆」、「血七夜洞」のある離れ小島と、本島を結ぶ自然の橋の上で、
実に奇怪な立ち合いが展開されていた。

対峙しているのは、
袖口に山形の模様を染め抜いた独特の羽織―新撰組の制服―を纏った、
精悍な顔をした三十の頭と思しき男と、
色のくすんだ帷子一枚しか着ていない、年の頃六十ぐらいの汚い爺である。

五条大橋で対峙する弁慶と牛若丸の様に、
本島と小島を結ぶ松の並木が続く隘路で、周囲の空気を歪める程の剣気を辺りに放出しながら、
四、五間ほどの距離を取って対峙しているのである。

上で、この立ち合いを奇怪と評したが、
何故かと言えば立ち合っている二人のうち一方しか刀を手にしていないのである。

刀を構えているのは新撰組の男の方で、
構えは左の肩を引き右足を前に半身に開いた『平青眼』の構え、
得物は一目で名刀と解る大業物、古備前派の刀工、包平が作、『大包平』であった。

一方爺の方は完全な無手で、両手はおろか腰にすら寸鉄一つ帯びている様子がない。
しかも、何か構えているわけでもなく、高い背をピンと伸ばし、大股で棒立ちしているだけだ。
新撰組の男が斬り込めば、忽ち大根の様にブツ切りされてしまいそうだが、
どういう訳か、新撰組の男は爺に斬り込む様子が見えない。

否、「斬り込まない」のでは無く、「斬り込めない」のだ。

新撰組の局長、近藤勇は、その精悍な顔に冷や汗を浮かべ、老人を凝視していたが、
不意に、痛みを感じたがごとく顔を歪めた。
当然の事ながら、両者に接触は一切無く、双方ともに何もしていない様にか見えない。
が、

(このジジイ・・・ッ!)
近藤は内心で毒づいた。
(『またも』俺を殺しゃぁがった…)


『紀昌はすぐに西に向って旅立つ。
その人の前に出ては我々の技のごとき児戯にひとしいと言った師の言葉が、彼の自尊心にこたえた。
もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指す彼の望も、まだまだ前途程遠い訳である。
己が業が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って、
腕を比べたいとあせりつつ彼はひたすらに道を急ぐ。
足裏を破り脛を傷つけ、危巌(きがん)を攀じ桟道を渡って、
一月の後に彼はようやく目指す山顛(さんてん)に辿りつく。

気負い立つ紀昌を迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。
年齢は百歳をも超えていよう。腰の曲っているせいもあって、白髯は歩く時も地に曳きずっている。

相手が聾(ろう)かも知れぬと、大声に遽だしく紀昌は来意を告げる。
己が技の程を見てもらいたいむねを述べると、あせり立った彼は相手の返辞をも待たず、
いきなり背に負うた楊幹麻筋(ようかんまきん)の弓を外して手に執った。
そうして、石碣(せきけつ)の矢をつがえると、
折から空の高くを飛び過ぎて行く渡り鳥の群に向って狙いを定める。
弦に応じて、一箭(いっせん)たちまち五羽の大鳥が鮮やかに碧空を切って落ちて来た。

一通り出来るようじゃな、と老人が穏かな微笑を含んで言う。
だが、それは所詮「 射 之 射 」というもの、好漢いまだ「 不 射 之 射 」を知らぬと見える。』


「“不射之射”?」
新八は十兵衛に尋ねた。
「何なんですか、それ?」
新八は、自分の傍らを歩く男に、話の先を促す視線を送るが、

「新八、剣術とは何だ」
「何ですか急に」
逆に尋ねてきた十兵衛に対し、新八は少し面食らった顔をする。
「話の筋に関わりがあるんだ・・・・で、新八ならどう答える?」
「急にそんな事言われても…」
新八は視線を宙に向けながら頭をポリポリ掻いた。

「別に難しい事を聞いてるんじゃない。剣術という言葉の意味は何だ、と聞いてるだけだ」
「言葉の意味って…そりゃ、「剣」の「術」なんじゃないんですか?」
「そうだ、新八。剣術とは詰まる所…」
言うや否や、十兵衛は鞘に戻していた刀をスラリと引き抜き、
ヒラリと一つ、舞うように型を一つ演じて見せた。
月の光の魔力故か、白刃は宙で煌めき、それは大層美しく見えた。

「いか様に勿体付けても、百の言葉を重ねようようとも…」
「この世に数多ある剣術流派の殆どは結局…」
一通り舞って見せた後、再びスラリと刀を腰に戻し、
「『剣』の『術』…つまり太刀をどう振るか、体をどう運ぶか、と言う実に単純な小手先の技に過ぎん」
新八に向き直った。
「つまり…「射之射」、俺達が使うのは剣だから『剣之剣』かな?まあ、そういうものだ」
「“剣之剣”・・・・」
「でもな…それを、『剣之剣』を極めた先には、凡百の剣を超えた極致がある。それが…」
「それが…」
「『不射之射』、剣で言えば『離剣之剣』。これを柳生新陰流では「活人剣」、あるいは「無刀取り」と言う」


近藤勇が、この老人と出会ったのは完全な偶然である。
この離れ小島から本島へと向かう唯一の道でたまたま擦れ違ったのだ。

初めは、脇差すら帯びぬ、薄汚い格好の爺さんと、無視してすれ違う積りであった。
だがしかし…

(このジジイ…ただモンじゃねぇな…)
優れた剣客という者は、如何にそれを隠そうとしても、
その技の冴えが、何気ない立ち居振る舞いに現われてしまう物である。

自身も天然理心流の達人たる近藤勇は、眼前のこの老人が内に秘めた物をたちどころに見抜いていた。

「おい」
前を歩く老人を、近藤は乱暴に呼びとめた。
老人が振り向いた時には、近藤は既に大包平を構えていた。

(さあ、得物はねぇみてぇだが…どうするよ?)
視線でそう、老人に問いかけながら、近藤は獰猛な笑みを浮かべた。
そうして、八相の構えのままズリズリと間合を詰める。

「・・・・・・・」
老人は動かない。構えすらとらず、ただジッと此方を見つめているだけである。

六間、五間、四間、三間…

もはやあと一歩踏み出せば斬り込める間合にまで近藤は踏み込んだが、
依然、老人に一切の反応は無かった。

(見込み違いか…)
老人をかなりの達人と見た近藤だったが、ここまで反応が無いと、
ひょっとする勘違いだったかも知れないと、少し失望する。

(どれ、ちょいと試して…)
近藤が、一足飛びに老人に仕掛けようとした正にその時であった。

『近藤の頭部は真っ向唐竹割にされていた』

「!」
近藤は確かに自分の『死』を感じ、一瞬正体を失うも、
すぐにはっと気付いて後方へバッと飛び退った。

もし仮に、この立ち合いを、剣術に何の心得の無い者が見ていれば、
何が起こったか理解できず、ただぽかんと口を開けて見てるだけだろう。
逆に、剣術に長じた者が見れば近藤と同じ光景…つまり斬られた近藤の幻を見ただろう。

「ジジイっ!」
近藤が歯ぎしりをしながら老人を見た。
老人の様子は依然不変である。

(このジジイ…)
近藤は我が身に何が起こったかを理解した。
(殺気で俺を殺しやがった!)
ギリリと近藤の口の中で異音が響いた。


『ムッとした紀昌を導いて、老隠者は、そこから二百歩ばかり離れた絶壁の上まで連れて来る。
脚下は文字通りの屏風のごとき壁立千仭、遥か真下に糸のような細さに見える渓流を、
ちょっと覗いただけでたちまち眩暈を感ずるほどの高さである。
その断崖から半ば宙に乗出した危石の上につかつかと老人は駈上り、振返って紀昌に言う。
どうじゃ。この石の上で先刻の業を今一度見せてくれぬか。
今更引込もならぬ。老人と入代りに紀昌がその石を履んだ時、石は微かにグラリと揺らいだ。
強いて気を励まして矢をつがえようとすると、ちょうど崖の端から小石が一つ転がり落ちた。
その行方を目で追うた時、覚えず紀昌は石上に伏した。
脚はワナワナと顫え、汗は流れて踵にまで至った。
老人が笑いながら手を差し伸べて彼を石から下し、
自ら代ってこれに乗ると、では射というものをお目にかけようかな、と言った。
まだ動悸がおさまらず蒼ざめた顔をしてはいたが、紀昌はすぐに気が付いて言った。
しかし、弓はどうなさる? 弓は? 老人は素手だったのである。
弓? と老人は笑う。
弓矢の要る中はまだ射之射じゃ。不射之射には、烏漆の弓も粛慎の矢もいらぬ。

ちょうど彼等の真上、空の極めて高い所を一羽の鳶が悠々と輪を画いていた。
その胡麻粒ほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘蠅が、
やがて、見えざる矢を無形の弓につがえ、満月のごとくに引絞ってひょうと放てば、
見よ、鳶は羽ばたきもせず中空から石のごとくに落ちて来るではないか。

紀昌は慄然とした。
今にして始めて芸道の深淵を覗き得た心地であった。』


近藤は再び、開いた間合を詰めなおす。
今度は平青眼の構えで、大股に間合を縮めて行く。

六間、五間、四間…

しかし今度はここで近藤の動きが止まった。
近藤の顔に、ツゥーと一筋の冷や汗が垂れた。

近藤は再び見た。否、見せられたと言うべきか。
斬り込んだ自分の太刀が「切落とし」で逸らされ、次の瞬間には袈裟掛けに斬り殺される光景を。
老人は依然動かない。ただ眼だけが炯々と輝いている。

(あの眼に殺されたか…)
近藤の口元から血筋が一つ落ちた。
思わず口元を噛み切っていたのだ。


無刀にて、剣気にて、殺気にて人を殺しうるか。
意外にも、それを可とする実例は多い。

『「不射之射」という故事が中国には存在するが、類似する技巧は我が国の剣術にも見える。
「武芸叢談」の「無刀トイフ事」の項を見れば、

無刀ニテ人ヲタオシウルカト言ワバ、ソレハ可ナリ
卜伝ハ、己ガ兵法ヲ「無手勝」ト号ス
卜伝と伊勢守ハ伊勢ニテ無刀ニテ試合、終世、勝負ハ付カヌト聞コエニケリ
又、慶長、元和、寛永ニオオイニ栄エシ虎眼流ニハ、「晦シ」ナル技アリ
刀ヲ両手デ持チ、上段ニ構ヘ、片手ノミ放シテ、其ノ方ノ腕、先ニ振リ下ロシニケリ
サスレバ相手、キラレタト感ジ、格下ナレバ気死ニスラ追イ込ムト聞コエケリ
又、二階堂平法ニハ、「心之一方」ナル技アリ
曰ク、見ルダケデ相手ヲ竦マセシメル技ダトイフ
松山主水、鵜堂刃衛ナドガ使ヒ手トシテ著名ナリ
マコト、神妙ナル技ナリヤ…

と、ここ挙げた個所のように、現在では失伝した虎眼流の技など、
幾つかの剣術に跨って詳しく説明されている。
一説によると、柳生新陰流の「活人剣」も、これに類する技法だった言われる。
また、柳生十兵衛は、金春竹阿弥の能舞よりヒントを得、「離剣之剣」なる技を編み出し、
宝蔵院流、丸橋忠弥を無手にて退けたと言うが、必ずしも史実であるとは言えない。』

民明書房刊『剣風録』衛府零史計・著

と、上の引用文にあるように、「武芸叢談」などの史料にも言及されている。

そして、この資料の記述を裏付ける戦いが、
近藤勇と老人の間で行われているのであった。


近藤勇は、大の字になって仰向けに寝転んでいた。
傍らに、地面に突き立てられた大包平がある。

結局、近藤は一太刀も老人に斬り込むこと無く、
十度も『殺される』羽目になった。

相手も真剣を持っていれば、地面では無く、血の海に臥していた事だろう。
完全な敗北と言って良かったが、不思議と近藤は爽やかな心持であった。

「トシぃ・・・」
近藤は、この兵法勝負の会場の何処かにいるはずの、相棒の名前を呼んだ。

「たまんねぇな…あんな化け物…京都でも逢わなかったぜ…」
近藤は、野獣の様な獰猛な笑みを空へと浮かべた。

「楽しぃなぁ…」
「楽しぃなぁ…」
「楽しぃなぁ…」
「楽しぃなぁ…」
「楽しぃなぁ…」

「本当に楽しぃぜぇ」

ムクリと、近藤は立ち上がった。
地面に刺さった業物を引き抜き、鞘に戻す。

「待ってろ爺さん」
近藤は老人が立ち去った方向を見た。

「次会った時は『真剣勝負』だ」

【とノ漆 隘路/一日目/黎明】

【近藤勇@史実】
【状態】健康 左頬、右肩、左足にかすり傷
【装備】大包平
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:この戦いを楽しむ
一:強い奴との戦いを楽しむ (殺すかどうかはその場で決める)
二:老人と再戦する。
三:土方を探す。
【備考】
死後からの参戦ですがはっきりとした自覚はありません。




老人、伊藤一刀斎は、立ち合った変わった羽織の男、
近藤勇の姿が見えなくなる所まで離れた事を確認すると、
ヘナヘナと力なく地面に腰を下ろした。
背中は冷や汗でグッショリと濡れている。

(助かった…)
一刀斎は安堵の溜息をついた。

相手が真面目な奴で良かったと一刀斎は心底思った。
あの「無刀勝負」…
あれは相手が剣にある程度通じていて、
尚かつ、剣の勝負と言う物にある程度拘りを持った相手にしか通用しない。

剣が解らぬ素人は、一刀斎の放つ、術としての殺気の意味を理解できず、
ただ単に薄気味悪い程度の印象しかこちらに持たない。

また、例え殺気の意味を理解できたとしても、
其れを意に介さない人間にもまた、やはり意味がない。
剣を人殺しの術としか見ない輩なら、最初は兎も角、二回目以降は構わず突っ込んでくる。
羽織の男がそう言う類の男だったら、自分は斬られていたかもしれない。

あの羽織の男は、剣と言う物にかなり拘りを持った奴だった。
だから、一刀斎の「無刀勝負」に律義に付き合ってくれたのだろう。

「若い時の俺にそっくりな奴だったな…」
羽織の男の顔を思い出しながら、一刀斎はそんな事を思う。
多分、剣が好きで好きで仕様がないのだろう。
抜き身の刀の様な、ギラギラした殺気…
まるで昔の自分を見ているようだった。
だからかも知れない。逃げればいいのに、「無刀勝負」などしてしまったのは…

「俺もまだまだだなぁ…」
一刀斎はポリポリ頭を掻いた。
剣を捨てると言うのに、自分はまだ剣にどこか執着している。
悟りに至るまではまだ遠いのかもしれない。

「行くか」
一刀斎は立ちあがると、再び寺を目指して歩き出した。

【とノ漆 本島と離れ小島の境界/一日目/黎明】

【伊藤一刀斎@史実】
【状態】:健康
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式
【思考】 :もう剣は振るわない。悟りを開くべく修行する
一:俺もまだまだだなぁ…
二:伊庭寺に向かう
三:挑まれれば逃げる
【備考】
※一刀流の太刀筋は封印しました


「俺はな…」
十兵衛は、立ち止まって何処か遠くを見つめるような顔で述懐する。
「少しばかり人を多く斬りすぎた…」
新八は無言でその横顔を見た。

「無論、故あっての事だ。だから後悔はしない」
「俺はあくまで武士さ。だからこの先も故あれば人を斬るだろう」
「だが、出来る限り斬らずに済ませたい」
「だから…」
十兵衛は月を見上げた。

「だから…人を斬らない剣、「活人剣」や「無刀取り」を色々と研鑽してきたんだが…」
十兵衛の脳裏に一人の老剣士、父宗矩の姿が浮かんだ。
「今度ばかりはそれを試している暇もなさそうだ…」

空より視線を前方に戻して、十兵衛は再び歩き始めた。
新八は、どこか悲しみを感じさせるその背中を見た。

何故か、その背中は、彼が何だかんだで敬愛する銀髪天然パーマの男と重なって見えた。

【はノ肆 街道/一日目/黎明】

【柳生十兵衛@史実】
【状態】健康、潰れた右目に掠り傷
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:柳生宗矩を斬る
一:城下町に行く
二:信頼できる人物に新八の護衛を依頼する

【志村新八@銀魂】
【状態】健康、決意
【装備】木刀(少なくとも銀時のものではない)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:銀時や土方、沖田達と合流し、ここから脱出する
一:銀時を見つけて主催者を殺さなくていい解決法を考えてもらう
二:十兵衛と自分の知っている柳生家の関係が気になる
三:「不射之射」か…
【備考】※土方、沖田を共に銀魂世界の二人と勘違いしています
※人別帖はすべては目を通していません
※主催の黒幕に天人が絡んでいるのではないか、と推測しています



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魔境転生 柳生十兵衛 偸盗/藪の中
魔境転生 志村新八 偸盗/藪の中
剣法封印 伊藤一刀斎 有り得ざる邂逅
前だけを向いて進め 近藤勇 日の出

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最終更新:2010年06月05日 19:31