一期一会は世の常なれど―◆L0v/w0wWP.





「ふはは。なんだこれだけ酒があれば浴びるほど飲んでも飲み足りないくらいじゃないか!」

断りも無しに酒蔵あがりこみ、樽を叩き割って枡で酒をまさに浴びている
この褌一丁の小山のような男に、先客である石川五ェ門、細谷源太夫は辟易していた。
特に源太夫は、なまじ見事斬り死にする覚悟を固めた後だけあって、口を開けて呆けてしまっている。
もっとも、五ェ門は重症を負い、源大夫はかつての剛健ぶりは露ほどにも伺えぬほど衰えている。
問答無用で切りかかられなかっただけましと言うべきか。

「どうした?君たちも飲まんのかね?安物のドブロクだがなかなか美味いぜぇ、これは」
「―!!!」

蔵の隅で息を潜めていた二人はおずおずと暗がりから姿を現す。

「なぜ分かった…」
「フン、これほど酒と血の臭いをプンプンさせてれば嫌でも分かるわな」

巨漢はその面相に似合わぬ人懐っこい、それでいてからかいを多分に含んだ笑みを浮かべる。
もっとも五ェ門たちもこのまま、隠れ通せるとは最初から思っていなかったが…。

「まぁ、なんだ…こんなところで話し込むのもアレだからな。蔵の裏手に屋敷があった筈だ。そこへ来たまえ
 この格好では寒くてかなわんしな…グァハハハハハハハ!!!」

勝手に一人で決めると男はその場にあった大徳利二つを酒樽に静めた後、
笑いながら乱暴に引き戸を開け放って、男は蔵から出て行った。
傍若無人ぶりに顔を見合わせた二人は仕方なくそれに従った。

◇ ◇

酒蔵の裏手に備え付けられた小屋の板間で、車座になっていた。
芹沢は、やや丈の足りない町人の着流しを身にまとい、ふてぶてしくも
上座にどっかと腰を下ろしている。その向かって左に源太夫、右に五ェ門。
細谷がまずは各々を素性を知りたいと細谷が述べた事から、
言いだしっぺの細谷から簡単に己らの素性を話そうという事になっていた。

しかし、細谷の話の長いこと長いこと。
主家が取り潰された敬意から、青江たちとの騒々しくも懐かしい日々、
妻や子供たちとの思い出、再び禄を失い、無様に老いさらばえている事等等。
細谷の見栄っ張りな性分から多少の潤色はまじっているのだが、それらを熱っぽく語る
細谷はついに感極まって泣き出してしまった。これには芹沢が細谷に勧めた酒のせいもある。
はじめは最早醜態は晒せぬと頑なに拒んだ細谷だったが、もはや全身に酒毒が回ってしまった身。
誘惑に勝てず杯に口をつけてから、もう十回はそれを干している。当然、先ほどの決意が曇ったわけではないのだが
五ェ門はその姿にやや呆れてしまった。しかしそれは別に五ェ門は口には出さねど
大いに首を傾げていたのだが…。

「…たのだ!それを馬鹿にしくさったのだぞ、あの生臭坊主は!許せん!断じて許せん!」
「あ~もうわかったわかった。そのくらいで良かろう御老体。」
「なにをっ!まだ話は終わっていないぞ!」
「俺が聞きたく無いと言ってるんだよ!」
「――ッ!!!」

突如語気を荒げた芹沢が始めて見せた鋭い目つきに源太夫はすごすごと引き下がってしまう。
伝鬼坊相手に見せた漢気はどこへやら…五ェ門はさらに頭を抱えた。

「次、君話が給え」

これまたここで調達した粕漬けを齧りながら芹沢が顎で五ェ門に促した。
この態度にはさすがに五ェ門も腹を立てる。自分と腐れ縁のあの男も
傍若無人な性分だが、ここまでではなかった。

「断る!」
「なにぃっ!?」
「お主が何者かは存ぜぬが、人に名を訪ねるのならば自らなのるのが礼儀というもの」

芹沢と五ェ門が睨み合い、源太夫が心配そうな顔で両者の間で目線を泳がせる。
だがその睨み合いは芹沢が突如破顔した事により終わった。

「ヘヘッ…死に損ないにしてはいい度胸じゃないか!」
「なにっ!?」
「いちいちいきり立つんじゃねえよ。傷に触るぜ」

どこまでも人を馬鹿にした態度に五ェ門は怒りを露にした。

「いいだろう。その度胸を買って名乗ってやろうじゃないか!俺…いや
 我輩は新撰組筆頭局長!尽忠報国の壮士!芹沢鴨だ!」

「かも?新撰組…?」
「なんだとっ…!?」

源太夫は首をかしげ、五ェ門は目を見開く。

「なにかね?どこかで会ったかな?」
「いや…思い違いだ」
「そうかい」

芹沢は怪訝な表情を浮かべ、それ以上追求をしなかった。

「で、言うとおり俺は名乗ったぜ?お前さんも名乗るのが礼儀だろう」
「うむ、拙者は石川五ェ門と申すもの…」
「石川…ご・え・も・ん~ッ!?プハハハハハハッ!!!なんだ、おめぇ盗賊か?」
「せ、拙者はそのようなものではない!」

五ェ門は頬を紅潮させ否定するが、悲しいかな鴨の指摘は殆ど当たっていたりする。

「まぁ、冗談だ。許してくれたまえ、石川君」
「む、むぅ」
「それにしても君も随分大胆だな。まぁ、俺…いや我輩の鴨という名乗りも奇妙だ奇妙だと言われるがね」

そう言って鴨は再び大笑した。


「で、なんなのだ。その新撰組とは?」

その間に源太夫が疑問を差し挟んだ。

「なんだ、御老体はしらねぇのかね?まぁ、それも当然か。名前を変えたばかりだからな。
 まぁ、俺としては誠忠組の方がよかったと思うのだが…会津公からの拝命というならば致し方あるまい」
「ほぉ、貴殿は会津の出か」
「いや、俺は水戸脱藩よォ。今は都で真の尊皇攘夷をおこなうべくだな…」
「そんのーじょーい…?」

首を傾げる源太夫に、鴨は飽きれた顔をして語った。

「なんだ御老体。いくら隠居とはいえそのようなこともわからぬか。
 酒ばかり飲んで引きこもっていてはいかんよ」
「わ、わしとて無位に日々を送っているわけではないぞ!確かに以前ほどの腕はもう無いが用心棒としてだな…」
「あー、わかったわかった!どの道御老体は存ぜぬようだから、教えて進ぜよう。」

大徳利の底が抜けんばかりに床に叩きつけ、芹沢が熱っぽく語りだした。

「掻い摘んで言うとだな…かの唐土の忠臣・岳鄂王、文天祥、袁崇煥、鄭成功のようにだな、
 今危急存亡の日ノ本を犯さんとする南蛮紅毛の夷狄どもを打ち払い帝を守り立てんとするのが我らの指名よ!」
「…な、南蛮人が日ノ本を!?なんと、そんな大それたことになっておるのか?!」
「ほれみろ、やはり何も知らないじゃないか」

酒が入っているせいか、二人はそのままギャーギャーとお互いの主張をぶつけ始めるが、
とても収拾の尽きそうな事態ではない。五ェ門にはその理由もわかるのだが、それはあえて告げない。

「まぁ、お二人とも一旦矛を納められい。まずは、今この状況を把握するのが先ではないか」

◇ ◇ ◇

「まず某は、この下らん殺し合いを打ち砕く。どこの誰が仕組んだ事は知らぬがこのような無益な殺生許される筈もない!」
「わしのような半病人では足手まといにしかなれんだろうが…できれば、わしも石川殿に協力したい…。
 せめて最期だけは武士として戦い散りたいのだ!」

ただならぬ決意で告げる二人に対して芹沢は相変わらず酒を喰らっていた。

「芹沢殿、お主はどうなさるおつもりか」
「さぁな…」

五ェ門に一瞥もくれずに芹沢は答える。その言葉の意味する事に関して
考えを巡らせた源太夫

「まさか、『これ』に乗り気なのではあるまいなっ!?」
「ふむ…それも悪かぁねぇ…」

物騒な言葉に思わず構えを取る五ェ門。

「やめておきたまえ、石川君。死に底無いの君がそんなボロ刀で我輩とやりあったところで
 御老体ともどもぶったぎられるのがオチだぜ。グフフフッ…」

芹沢が浮かべた笑みは下卑ているとも、不敵とも取れる複雑なものだった。

「それに安心したまえ。酒も持たせず、人を素っ裸でほっぽりだすような野郎においそれ
 従うつもりはないからなッ!ウハッ、グァハハハハハハッ!」
「ではどうするというのだ?」

ふむ、と芹沢は顎を撫でながら人別帳を取り出した。

「まぁ、さっきも言ったとおり俺の部下がここには五人呼ばれているらしい。
 動くのも面倒だしな。ここでそいつらが来るのを待つさ。近藤君伝家の宝刀(笑)も
 借りっぱなしじゃ悪いからな。あいつらも馬鹿じぇねえんだから俺の寄りそうな場所ぐらい検討がつくだろうよ。」

そういうと脇に置いていた近藤に目をやった。

「それからが問題だな―――まぁ、そいつらが何か面白いことを言ってきたらその通りにしてやるさ。
 その時は、まぁ…悪いがお前ら…いや、君たちををぶった切る破目になるかもしれんが、杯を酌み交わした誼だ。
 よほど俺の気にでも触らんかぎり、次くらいは見逃してやるさ、安心したまえ。ハッハハハハハ!」
「貴様ッ!!」
「なんだ、今死ぬか?」

芹沢の声のトーンが落ち、先ほどからふざけっぱなしの男とは思えないくらいの眼光を帯びた。
これに対して五ェ門も、これに源太夫も気おされながら睨み返す。

「まぁ、焦るんじゃねえよ。今、どうこうしようなんて気は俺にはねぇ。
 御老体も石川君も仲良くやろうじゃねぇか?なぁ」
「…無用の争いはこちらの望むところでもない…」
「わかりゃーいいんだ、わかりゃあ。まぁ、今のところここでまともに他の連中とやりあえるのは
 俺しかいないみたいだからな。俺の知り合いが来る前に乗り込んで来るような輩がいたら、俺…
 いや、我輩が守って進ぜよう!大船に乗ったつもりでいたまえ!」

一人、呵呵大笑して芹沢は姿勢を崩した。源太夫が芹沢に聞こえない声で呟いた。

(図体だけ大きい泥船ではないか…)

◇ ◇ ◇ ◇

さて言葉とは裏腹に、芹沢は大して部下の進言には期待していなかった。ここにいる全員の顔を思い出しても
なにか面白い事を考え付くとは思えなかったからだ。

(近藤君は腕は立つが忠義だの士魂だの、存外、俗な男だ。まぁ、百姓ゆえの負い目ってところだな。
 山南君も理屈っぽいからそう面白いことが思いつくとは思えん。斉藤…君だったか。口を利いた事すら殆ど無いな。
 土方君は論外、あの野郎のことだ。もう、近藤君を生かすために他の連中を殺しにかかってるかもしれん。
 沖田君は他の連中よりは親しいが、頭はガキとかわらんからな。過度の期待はできねぇ。なんだ結局俺が考えるのか。
 まあ、面倒だが、何か思いつくまでこいつらをからかうのも悪くないかも知れんな。しかし…)

行李から乱暴に放り出されている人別帳に目をやる。

「しかし、これを考えた野郎ってのはどんな連中だぁ?この人別帳にしたって随分人を食っていやがるじゃねえか」
「拙者もその事については考えていたところだ」

宮本武蔵だの佐々木小次郎だのは趣味の悪い冗談で済むが、よりにもよって八代将軍の名まで記されている。
仮にいかな身分のある大名がこれの黒幕としても、将軍家を愚弄するような行為、切腹改易は免れない。
さらに腹を切らされて死んだはずの新見錦の名前。新見が死んだのは数日まえであるから、それを知らないのは当然として、
清河八郎の方がわからない。あの男が死んでからけっこう時間がたっているはずだが…。
(ちなみに芹沢と清河は思想的には似通っているところがあったものの、なにかと理屈をこねくりまわし
 さらには芹沢とは違うベクトルで傲岸不遜な彼が大嫌いであった。)

疑問を述べる芹沢と五ェ門に対し源太夫は何を悩むことがあるという風に答える。

「誰だもなにも、このような事をなさるのは御当代しかいらっしゃるまい!
 このような奇矯な振る舞いの上、自らそこに踊り込まれるとは!なんたる暗君!」
「おいおいおいおい…御当代っつったってまだガキじゃねえか。あんなお飾りがそんな大それたこと
 できるとは思えねぇがな」
「ガキ?何をおっしゃる。御当代はとうに三十を過ぎておられるぞ?」
「おいおい、御老体。ついに耄碌なすったか、それとも酒毒が頭にまでまわったか?今の公方はまだ十八だぜ?」
「はぁっ!?」
「あんっ!?」

再び話が噛み合わなくなった二人を静観していた五ェ門。
やはり…この二人は、いや、自分を含めた三人の常識には大いに隔たりがあった。
源太夫、そしてあの大入道と遭遇した時から違和感は感じていたが、この芹沢鴨を名乗る男を見て
核心にいたる。やはり、自分たちはここに人智を超えた力で集められているのだと。

忘れたくとも忘れられないいつもの連中とそういった存在とは何度と無く刃を交えている。
彼らが記憶まで植えつけられた精巧な複製人間(クローン)なのか、未来人に時空航行装置で
拉致された過去の人間なのか。そこまではわからない。もちろん自分が過去に飛ばされた可能性もある。
それらに結論を出すことはまだ出来ないが、この3人のなかで真実に一番近いのは自分であろう。

だが、この事をこの二人にどう伝えるべきか。自分が未来人であるなどと打ち明けたところで
彼らが信じる可能性は限りなく低い。そして、もうひとつ、信じさせたところで彼らは自らの
行く末を大いに気にするはずだ。特に芹沢に関してはその行く末を知っているだけあってどう対処すべきか。
もし芹沢が逆上すれば今の状態で勝ち目は無い。この殺し合いを仕組んだ相手を倒すためにそれだけは
避けたいところなだ。これがルパンであればごまかす事などお手の物なのだが、生憎自分は
そういった事に関しては不向き。この芹沢という男、ふざけているようで存外鋭い勘の持ち主のようだ。
ごまかし通せる自信は無い。果たしていかにすべきか。不毛な口論を続ける二人を前に五ェ門は
知っているゆえの苦悩に陥っていた。


【とノ肆 酒蔵裏の母屋/一日目/黎明】



【石川五ェ門@ルパン三世】
【状態】腹部に重傷
【装備】打刀(刃こぼれして殆ど切れません)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者を倒し、その企てを打ち砕く。
一:いかように伝えるべきか、伝えぬべきか…。
二:斬鉄剣を取り戻す。
三:芹沢を若干警戒
【備考】
※主催者は人智を越えた力を持つ、何者かと予想しました。


【細谷源太夫@用心棒日月抄】
【状態】アルコール中毒
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:勇敢に戦って死ぬ。
一:ええいっ!このわからずやめ!
二:五ェ門に借りを返す。
【備考】
※参戦時期は凶刃開始直前です。
※この御前試合の主催者を江戸幕府(徳川吉宗)だと思っています。



【芹沢鴨@史実】
【状態】:若干酔っている
【装備】:近藤の贋虎徹、丈の足りない着流し
【所持品】:支給品一式 、ドブロク入りの徳利二つ(一つは半ばまで消費)
【思考】
基本:やりたいようにやる。 主催者は気に食わない。
一:耄碌ジジイは糞して寝ろ!
二:新撰組の連中が誰かしら来るのを待つ。それからどうするか決める
三:目ぼしい得物が手に入った後、虎徹は近藤に返す。土方は警戒。
四:今のところ五ェ門と細谷に手を出すつもりはない。
【備考】
※暗殺される直前の晩から参戦です。
※人別帳を信用していません。
※新見錦、清河八郎が参加していないと思っています



三人が去った酒蔵に今一人…血と酒の臭いに誘われて、一つの影が佇んでいた。
その幽鬼のの如き影は、この場で争いが起こったことを即座に把握すると、そこを跡にする。
ここまで漂ってくる潮風が、血の主がどこへ向かったかの手がかりを消し去っていた。

流れている血はそれほど多くはないだろう。探し出して討つという手はあろうが、
手負い、しかもおそらく酔った相手を討ったところでどれほど得るものがあるか。
既にこの血を流させた相手に追いすがられて討たれている可能性も高い。

「外れ………か」

その場を去ろうと踵を返そうとした男・伊良子清玄だったが、
僅か―――ほんの僅かだがやや離れた位置からの物音を察知して――

【とノ肆 酒蔵前/一日目/黎明】



【伊良子清玄@シグルイ】
【状態】健康、強い復讐心
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】:『無明逆流れ』を進化させ、あの老人(勢源)を斬る
一:さてどうするか。
二:とにかく修練する。



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剣を失いし剣士達 石川五ェ門 運命とか知ったり知らなかったり
剣を失いし剣士達 細谷源太夫 運命とか知ったり知らなかったり
壮士呵呵大笑す 芹沢鴨 運命とか知ったり知らなかったり
おのれ、セイゲン!我敗れたり 伊良子清玄 運命とか知ったり知らなかったり

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最終更新:2009年12月05日 13:17