それは四月も半ば、三寒四温の中三日に突入した肌寒い休日の事だった。
ぶらぶらと出かけた帰り道、俺は軽く空腹を訴える腹を満たす為にふと目に入ったコンビニへと立ち寄る。
このコンビには俺の家や通学路とは線路を挟んだ反対側にあるため、普段は滅多に利用しない。今日みたいに出かけた帰りによる程度だ。
自転車を止めて店に入る。快適空間温度とかそういうのを心がけているのだろう、店の中は心地よい温度が保たれていた。
レジ脇の控え室で休憩していたのだろう、店員が姿を見せる。俺は別段構う事無く店を徘徊すると、食欲に加え外気で冷えた身体を暖める意味も兼ね
レンジで暖めるタイプの惣菜パンとペットボトルを手に取った。
ついでに妹へ菓子の一つでも買ってやるかとスナック菓子を追加し、脳内でどんぶり計算をしながらレジへと商品を差し出した。
「いらっしゃいませ。こんにちは」
店員がバーコードを読ませてレジを打つ。さて財布はとポケットに手を突っ込んだその時
「105円が一点、199円が……くすっ、ふふふ」
商品の確認の間にそんな笑い声が混ざってきた。何だ、人の買う物がそんなに可笑しいのか。それにしてもバイトの教育がなってないぞ。
と目の前の失礼な店員に視線で不満の一つでも訴えてみようかと顔を起こせば、そこには
「こんにちは。ようやくあたしの事に気づいてくれましたね」
店のカラーである原色豊かな制服を着てツインテールを踊らす、朝比奈さん誘拐犯にして超能力者である少女の姿があった。
ぶらぶらと出かけた帰り道、俺は軽く空腹を訴える腹を満たす為にふと目に入ったコンビニへと立ち寄る。
このコンビには俺の家や通学路とは線路を挟んだ反対側にあるため、普段は滅多に利用しない。今日みたいに出かけた帰りによる程度だ。
自転車を止めて店に入る。快適空間温度とかそういうのを心がけているのだろう、店の中は心地よい温度が保たれていた。
レジ脇の控え室で休憩していたのだろう、店員が姿を見せる。俺は別段構う事無く店を徘徊すると、食欲に加え外気で冷えた身体を暖める意味も兼ね
レンジで暖めるタイプの惣菜パンとペットボトルを手に取った。
ついでに妹へ菓子の一つでも買ってやるかとスナック菓子を追加し、脳内でどんぶり計算をしながらレジへと商品を差し出した。
「いらっしゃいませ。こんにちは」
店員がバーコードを読ませてレジを打つ。さて財布はとポケットに手を突っ込んだその時
「105円が一点、199円が……くすっ、ふふふ」
商品の確認の間にそんな笑い声が混ざってきた。何だ、人の買う物がそんなに可笑しいのか。それにしてもバイトの教育がなってないぞ。
と目の前の失礼な店員に視線で不満の一つでも訴えてみようかと顔を起こせば、そこには
「こんにちは。ようやくあたしの事に気づいてくれましたね」
店のカラーである原色豊かな制服を着てツインテールを踊らす、朝比奈さん誘拐犯にして超能力者である少女の姿があった。
「……どういう事だ、橘。このシチュエーションは何だ、なぜお前がレジなんかしてる。これも何かの策略か」
この状態で橘が現れたとなると話は大きく違ってくる。誰もいない店内はただ単に客の谷間かと思っていたが、まさかこいつは狙っていたのか。
俺以外に客がいない店内を見回しつつ矢継ぎ早に質問を投げかける俺に対して、橘は動じもせず答えてくる。
「とりあえず落ち着いてください。それと、できたらまずあたしの質問に答えて欲しいんですけど」
何だ質問って。またハルヒや佐々木関連なのか。
そう警戒する俺に対し橘は首を横に振ると、俺がレジに置いた商品からパンを取り上げ
この状態で橘が現れたとなると話は大きく違ってくる。誰もいない店内はただ単に客の谷間かと思っていたが、まさかこいつは狙っていたのか。
俺以外に客がいない店内を見回しつつ矢継ぎ早に質問を投げかける俺に対して、橘は動じもせず答えてくる。
「とりあえず落ち着いてください。それと、できたらまずあたしの質問に答えて欲しいんですけど」
何だ質問って。またハルヒや佐々木関連なのか。
そう警戒する俺に対し橘は首を横に振ると、俺がレジに置いた商品からパンを取り上げ
「こちら、暖めますか?」
少し楽しそうに笑いながら尋ねてきた。
橘の後ろでは駆動音を鳴らしつつレンジが俺のパンを暖めている。
「合計482円です。500円お預かりしまして、18円とレシートのお返しです」
俺の手を包み支えるように橘の左手が添えられる。そのまま釣り銭を出すかと思えば少し動きを止め、
「あれ。手、凄い冷たいですね、外はそんなに冷えますか?」
そう言って曇り掛かった薄灰色の空へと視線を投げた。自転車で来たからもあるだろうが、まあ今日は四月にしては冷える方だな。
ふうんと答えつつ橘は手にレシートと釣り銭を乗せ、レンジからパンを出し袋に入れると差し出してくる。
何だか妙な気分だ。関わらずにとっとと帰ろう。そう決意しさし出された袋を受け取ろうする。
だが、その手はむなしく空を掴んだ。
目が悪い訳でも距離感が掴めなかった訳でもない、単に橘がすっと差し出されていた袋を引いたせいだ。
俺は少しむっとしながらもそのまま惰性的に手を伸ばして袋を取ろうとする。だが今度は逆にその伸ばした手を橘に掴まれてしまった。
暖かい人肌の温もりを感じたとほぼ同時に俺の手を自分の両手で今度はしっかり包みこんで来ると、すっと顔を近付けて先ほどのような
営業スマイルでない、ほんの少しだけ暖かみを含んだ微笑みを浮かべて聞いてきた。
「合計482円です。500円お預かりしまして、18円とレシートのお返しです」
俺の手を包み支えるように橘の左手が添えられる。そのまま釣り銭を出すかと思えば少し動きを止め、
「あれ。手、凄い冷たいですね、外はそんなに冷えますか?」
そう言って曇り掛かった薄灰色の空へと視線を投げた。自転車で来たからもあるだろうが、まあ今日は四月にしては冷える方だな。
ふうんと答えつつ橘は手にレシートと釣り銭を乗せ、レンジからパンを出し袋に入れると差し出してくる。
何だか妙な気分だ。関わらずにとっとと帰ろう。そう決意しさし出された袋を受け取ろうする。
だが、その手はむなしく空を掴んだ。
目が悪い訳でも距離感が掴めなかった訳でもない、単に橘がすっと差し出されていた袋を引いたせいだ。
俺は少しむっとしながらもそのまま惰性的に手を伸ばして袋を取ろうとする。だが今度は逆にその伸ばした手を橘に掴まれてしまった。
暖かい人肌の温もりを感じたとほぼ同時に俺の手を自分の両手で今度はしっかり包みこんで来ると、すっと顔を近付けて先ほどのような
営業スマイルでない、ほんの少しだけ暖かみを含んだ微笑みを浮かべて聞いてきた。
「丁度お客もいませんし、これも何かの縁です。もしよろしかったら、あなた自身も暖まっていきませんか?」
どうにもこうにも俺はトラブルとは関わらずにはいられない体質らしい。
橘はあくまで尋ねてきているが、どうせこのシーンに選択肢なんてものは出ていないんだろうよ。
そんな商品いらんと捨て台詞を残し帰るという選択肢を作り出してやろうかとも考えたが、それはそれで何かに負けた感じが残る。
俺は去年秋から封印したいと常日頃思っている人生の妥協とも言える口癖を溜息と共に吐くと、しぶしぶ橘の意見を承諾してやった。
橘はあくまで尋ねてきているが、どうせこのシーンに選択肢なんてものは出ていないんだろうよ。
そんな商品いらんと捨て台詞を残し帰るという選択肢を作り出してやろうかとも考えたが、それはそれで何かに負けた感じが残る。
俺は去年秋から封印したいと常日頃思っている人生の妥協とも言える口癖を溜息と共に吐くと、しぶしぶ橘の意見を承諾してやった。
さて俺は今、橘と二人っきりの部屋にいる。
といってもムードある喫茶店の一室や移動中のバンの中、ましてや橘のプライベートルームだなんて事はもちろんなく、先ほど橘と遭遇した
コンビニの、その一角に設けられたイートインコーナーに向かい合って座っているだけだ。
「ちょうど休憩中だったんですけど、お客があなただって解ったから店長に代わって出てきたんですよ。あ、ちなみに店長さんはあたしたちとは
何の関係も属性も背景もない普通の人ですから安心してください。というより、例の関係者はここにはあたししかいません」
そう言うと、先ほどセルフで会計を済ませていたネコの顔が刻印された中華まんを机に並べだした。
正直中華まんにネコのイラストはどうかと首を傾げる。何だかネコ味がしそうで食欲が全くそそらない。
といってもムードある喫茶店の一室や移動中のバンの中、ましてや橘のプライベートルームだなんて事はもちろんなく、先ほど橘と遭遇した
コンビニの、その一角に設けられたイートインコーナーに向かい合って座っているだけだ。
「ちょうど休憩中だったんですけど、お客があなただって解ったから店長に代わって出てきたんですよ。あ、ちなみに店長さんはあたしたちとは
何の関係も属性も背景もない普通の人ですから安心してください。というより、例の関係者はここにはあたししかいません」
そう言うと、先ほどセルフで会計を済ませていたネコの顔が刻印された中華まんを机に並べだした。
正直中華まんにネコのイラストはどうかと首を傾げる。何だかネコ味がしそうで食欲が全くそそらない。
「あれ? もしかして食べた事無いんです? ネコまん」
直球ストレート見たまんまのネーミングだな。もう少しひねろうと思わなかったのか商品営業戦略部。
「結構美味しいんですよ、コレ。多分今年の中華まんで一番です。まぁ見てくれがコレなんであまり広まってませんけど」
そう言うと橘はネコまんを縦に真っ二つにする。胸中で断末魔の叫びを勝手に再生しながらその様子を眺めていると、裂いた片方のネコまんを
こちらにはいっと差し出してきた。中の具から暖かさを示す湯気が立ち上り、食欲をそそる美味しそうな香気がこちらへ流れてくる。
「半分どうです? 騙されたと思って食べてみてください」
そんな施しはいらん。大体何でそんなにフレンドリーなんだお前は。俺を本当に騙そうとしていないか?
「そんな事ありませんって。あたしは自分が気に入ったモノはみんなに広めるべきだと思ってるだけですから」
布教活動かよ。佐々木教のお前が言うと全く洒落になってないぞ。
「あはは、そうかもしれませんね。でも自分のお気に入りはどんどんまわりに勧めますよ。だってそうしていけば、いつの日にか自分を囲む世界が
お気に入りで埋まるかもしれないじゃないですか。そうなったら楽しいでしょ?」
橘はお母さんと買い物に来た子供のように少しテンションをあげて話してきた。そして今日の寒さを吹き飛ばすかのように軟らかく暖かな眼指しを
俺に投げると、今一度手にしたネコまんを差し出してくる。
「と言う訳で改めて。ネコまん、半分どうですか?」
俺は毒気を抜かれた気分で頭を掻くと、そのまま手を伸ばして中華まんを受け取った。
直球ストレート見たまんまのネーミングだな。もう少しひねろうと思わなかったのか商品営業戦略部。
「結構美味しいんですよ、コレ。多分今年の中華まんで一番です。まぁ見てくれがコレなんであまり広まってませんけど」
そう言うと橘はネコまんを縦に真っ二つにする。胸中で断末魔の叫びを勝手に再生しながらその様子を眺めていると、裂いた片方のネコまんを
こちらにはいっと差し出してきた。中の具から暖かさを示す湯気が立ち上り、食欲をそそる美味しそうな香気がこちらへ流れてくる。
「半分どうです? 騙されたと思って食べてみてください」
そんな施しはいらん。大体何でそんなにフレンドリーなんだお前は。俺を本当に騙そうとしていないか?
「そんな事ありませんって。あたしは自分が気に入ったモノはみんなに広めるべきだと思ってるだけですから」
布教活動かよ。佐々木教のお前が言うと全く洒落になってないぞ。
「あはは、そうかもしれませんね。でも自分のお気に入りはどんどんまわりに勧めますよ。だってそうしていけば、いつの日にか自分を囲む世界が
お気に入りで埋まるかもしれないじゃないですか。そうなったら楽しいでしょ?」
橘はお母さんと買い物に来た子供のように少しテンションをあげて話してきた。そして今日の寒さを吹き飛ばすかのように軟らかく暖かな眼指しを
俺に投げると、今一度手にしたネコまんを差し出してくる。
「と言う訳で改めて。ネコまん、半分どうですか?」
俺は毒気を抜かれた気分で頭を掻くと、そのまま手を伸ばして中華まんを受け取った。
「あたしがここでバイトしていてあなたと会ったのは、正直に言ってただの偶然です」
ネコまんを頬張りながら橘の話を聞く。ネコまんの味付は確かに絶妙で、橘が広めたがるのも頷けた。
「あたしが住んでる場所、この近所なんですよ。だからここでバイトしてるだけです。だいたいあたしがバイトしている理由があなた狙いだとして、
どうやってこの店にあなたを引き込むことができるんですか? 本気でそんな事したいならあなたの家のそばに新しいコンビニを一軒開きますよ」
コンビニを開くとかさらりと言うな。島に別荘建てるやつらといい、これだから妙に力を持つ組織団体って奴は手に負えない。
俺の口に出さないぼやきが伝わったのか橘は苦笑している。ところで今日は妙に一般人っっぽいな。前みたいな勧誘とかはしないのか。
「今は私的時間ですから。でもあなたがして欲しいのでしたら、いくらでもしてあげますけど」
「いや結構」
「泥臭い事をしている人ほど重要なんですよ、公私の区別は。常に任務に対し活動し続ける事ができる人なんてほんのの一握りだけです。
ましてやたった三、四年前までは一般人という肩書きこそ相応しい人たちが殆どです。だからこそ、徹底した自己管理が必要なんです。
自己管理を怠り身を滅ぼした人や集団をあたしはいくつも知っています。結果、涙を流し慟哭した事だって何度もありました」
橘が手にしたネコまんに静かでいて深い色を乗せた視線を落とす。朝比奈さんの一件だけであの騒動だ。俺が頭を必死になってひねり考えついた
絶望の想像図すら生ぬるい状態というぐらい深く暗い世界と時間をこいつや古泉たちは生き抜いてきたのかもしれない。
だからと言ってあの朝比奈さんの一件を許す気には到底なれないがな。
俺の棘を含ませた突っ込みに橘が顔をあげる。そのままただただまっすぐな強い意志をブラウンの瞳に灯してこちらを見つめ返してきた。
正直それだけまっすぐに見つめられると動揺してしまう。やましい気持ちとかではなく、純粋に照れてしまいそうだ。
「あれは……いえ、今は言い訳しません。あなたの気分的にも、そしてあたしたちとあなたたちの状況的にも、このタイミングは最悪ですから。
ですからもう少し時間と、あなたと会う回数を経てから弁明させてください。あなたと、もちろん朝比奈さんにも」
ネコまんを頬張りながら橘の話を聞く。ネコまんの味付は確かに絶妙で、橘が広めたがるのも頷けた。
「あたしが住んでる場所、この近所なんですよ。だからここでバイトしてるだけです。だいたいあたしがバイトしている理由があなた狙いだとして、
どうやってこの店にあなたを引き込むことができるんですか? 本気でそんな事したいならあなたの家のそばに新しいコンビニを一軒開きますよ」
コンビニを開くとかさらりと言うな。島に別荘建てるやつらといい、これだから妙に力を持つ組織団体って奴は手に負えない。
俺の口に出さないぼやきが伝わったのか橘は苦笑している。ところで今日は妙に一般人っっぽいな。前みたいな勧誘とかはしないのか。
「今は私的時間ですから。でもあなたがして欲しいのでしたら、いくらでもしてあげますけど」
「いや結構」
「泥臭い事をしている人ほど重要なんですよ、公私の区別は。常に任務に対し活動し続ける事ができる人なんてほんのの一握りだけです。
ましてやたった三、四年前までは一般人という肩書きこそ相応しい人たちが殆どです。だからこそ、徹底した自己管理が必要なんです。
自己管理を怠り身を滅ぼした人や集団をあたしはいくつも知っています。結果、涙を流し慟哭した事だって何度もありました」
橘が手にしたネコまんに静かでいて深い色を乗せた視線を落とす。朝比奈さんの一件だけであの騒動だ。俺が頭を必死になってひねり考えついた
絶望の想像図すら生ぬるい状態というぐらい深く暗い世界と時間をこいつや古泉たちは生き抜いてきたのかもしれない。
だからと言ってあの朝比奈さんの一件を許す気には到底なれないがな。
俺の棘を含ませた突っ込みに橘が顔をあげる。そのままただただまっすぐな強い意志をブラウンの瞳に灯してこちらを見つめ返してきた。
正直それだけまっすぐに見つめられると動揺してしまう。やましい気持ちとかではなく、純粋に照れてしまいそうだ。
「あれは……いえ、今は言い訳しません。あなたの気分的にも、そしてあたしたちとあなたたちの状況的にも、このタイミングは最悪ですから。
ですからもう少し時間と、あなたと会う回数を経てから弁明させてください。あなたと、もちろん朝比奈さんにも」
お前の気持ちはわかった。それでも悪いが、俺はあの朝比奈さんの一件を許す気には到底なれない。
「はい」
橘は眉一つも動かさず、視線一つもそらさずに俺の言葉を受け止める。
「……でもまぁあれだ、俺が貰ったこのネコまん半分ぐらいの距離と温度ぐらいは譲歩してやってもいいだろう。今言えるのはそれだけだ」
「……はい。今はそれで、それだけで十分です」
それだけを口にすると橘は肩の力を抜いて大きく息を吐き、そして少し輝かせた瞳を薄く開いて微笑んできた。
「はい」
橘は眉一つも動かさず、視線一つもそらさずに俺の言葉を受け止める。
「……でもまぁあれだ、俺が貰ったこのネコまん半分ぐらいの距離と温度ぐらいは譲歩してやってもいいだろう。今言えるのはそれだけだ」
「……はい。今はそれで、それだけで十分です」
それだけを口にすると橘は肩の力を抜いて大きく息を吐き、そして少し輝かせた瞳を薄く開いて微笑んできた。
「って、結局そちらの話になっちゃいましたね。公私混同、失敗、失敗」
橘は額にげんこつをこつんと当てて、温もりが逃げてしまったネコまんに小さくかじりつく。こうした何気ない仕草だけを見ると、橘のバックにある
ドロドロとした関係とかは実は全部ウソのように思えてくる。実際、今この橘の姿を谷口とかが見れば迷わずナンパに走る事間違いない。
ペットボトルを開け、ほんの少しだけ温くなったお茶を飲みながら俺はそんな姿をただ眺めていた。
「ごちそうさまでした」
ネコまんを全て食べきると指に付いたカスを舐め取り、コブシを合掌するようすり合わせて頭を軽くさげてくる。そのプチムエタイ祈りは何なんだ、
そう思っていたらふと気づいてしまった。橘の頭が上がるほんの一瞬だが自然に出てしまったのであろう、あるサインを。
橘は額にげんこつをこつんと当てて、温もりが逃げてしまったネコまんに小さくかじりつく。こうした何気ない仕草だけを見ると、橘のバックにある
ドロドロとした関係とかは実は全部ウソのように思えてくる。実際、今この橘の姿を谷口とかが見れば迷わずナンパに走る事間違いない。
ペットボトルを開け、ほんの少しだけ温くなったお茶を飲みながら俺はそんな姿をただ眺めていた。
「ごちそうさまでした」
ネコまんを全て食べきると指に付いたカスを舐め取り、コブシを合掌するようすり合わせて頭を軽くさげてくる。そのプチムエタイ祈りは何なんだ、
そう思っていたらふと気づいてしまった。橘の頭が上がるほんの一瞬だが自然に出てしまったのであろう、あるサインを。
「ほら」
「あ、どうも……って、え?」
俺の差し出したペットボトルを自然に受け取ってから橘は目をどんぐりまなこにしたまま軽く首をひねってくる。
「あれ?」
橘はきょとんとしたまま、疑問符を更にもう一つ生み出してきた。
「どうした、飲みたかったんだろ」
「いえ、何ていうかそうなんですけど……何で解ったんです? あたし自身漠然としか思ってなかったのに。単に気を利かせてじゃないですよね」
どんぐりまなこのまま何度も瞬きして聞き返してくる。まるで始めて手品を見たかのような表情だ。そんなに驚くような事なのかね。
手のひらでペットボトルを勧めつつ、俺は些細な謎解きをしてやることにした。
「さっきお前が頭上げる一瞬、ペットボトルに視線がいったんだよ。それでさ」
それは今の状況みたいに俺だけが何か飲んでいる時に妹がよくしてくる「あたしもソレ欲しいなぁ」という欲求のサインだった。
まあ妹の場合はその欲求に忠実なまま「キョンくん何飲んでんの~わたしにもちょうだ~い」と口ではっきりと言ってくるので尚解りやすいが。
「ペットボトルを一瞬ちらりと見ただけなのに、そこまで解るものなんですか……凄い読心術ですね」
読心術というよりは偶々妹の取る仕草に近かったってのが理由だな。返されたペットボトルを受け取り、残り少なくなった中身を飲み干す。
「……あ」
と、橘がこちらを見たまま口元に指を当てて声を漏らす。俺が反応し何だと見返すと、橘は「なんでもない」とだけ呟きそっと視線を外した。
橘は少しの間そうしていたが、頭を少し落としてちょっとだけ上目使いに再びこちらを見つめると少し顔を赤らめながら、
「もしかして、今のあたしの思考も……読まれてます?」
さっきの反応と今の行動、それもまた妹が時々見せるある仕草に似ているが……相手は橘だ、おそらく気のせいだろう。
「あ、どうも……って、え?」
俺の差し出したペットボトルを自然に受け取ってから橘は目をどんぐりまなこにしたまま軽く首をひねってくる。
「あれ?」
橘はきょとんとしたまま、疑問符を更にもう一つ生み出してきた。
「どうした、飲みたかったんだろ」
「いえ、何ていうかそうなんですけど……何で解ったんです? あたし自身漠然としか思ってなかったのに。単に気を利かせてじゃないですよね」
どんぐりまなこのまま何度も瞬きして聞き返してくる。まるで始めて手品を見たかのような表情だ。そんなに驚くような事なのかね。
手のひらでペットボトルを勧めつつ、俺は些細な謎解きをしてやることにした。
「さっきお前が頭上げる一瞬、ペットボトルに視線がいったんだよ。それでさ」
それは今の状況みたいに俺だけが何か飲んでいる時に妹がよくしてくる「あたしもソレ欲しいなぁ」という欲求のサインだった。
まあ妹の場合はその欲求に忠実なまま「キョンくん何飲んでんの~わたしにもちょうだ~い」と口ではっきりと言ってくるので尚解りやすいが。
「ペットボトルを一瞬ちらりと見ただけなのに、そこまで解るものなんですか……凄い読心術ですね」
読心術というよりは偶々妹の取る仕草に近かったってのが理由だな。返されたペットボトルを受け取り、残り少なくなった中身を飲み干す。
「……あ」
と、橘がこちらを見たまま口元に指を当てて声を漏らす。俺が反応し何だと見返すと、橘は「なんでもない」とだけ呟きそっと視線を外した。
橘は少しの間そうしていたが、頭を少し落としてちょっとだけ上目使いに再びこちらを見つめると少し顔を赤らめながら、
「もしかして、今のあたしの思考も……読まれてます?」
さっきの反応と今の行動、それもまた妹が時々見せるある仕草に似ているが……相手は橘だ、おそらく気のせいだろう。
「いいや解らん。トイレでも我慢してるのか?」
「ち、違いますっ! 女性に対して何言ってるんですか!」
顔を真っ赤にして机を叩き大きく否定してきた。これは完全に失言、いくら相手が橘とはいえトイレとか尋ねるのはアレだったようだ。
「そうですよもうっ。何ていうかデリカシーが欠けてます。いえ欠けてるなんて生ぬるいですね、全く足りていません」
額に手を当てて首を大きく振りつつ溜息を吐かれる。動きに合わせて頭の両脇にあるツインテールがひょこひょこと可愛く揺れ動いていた。
「……まぁ解らないなら解らないでいいんです。その方がこっちも恥ずかしくなくて良いですから」
気を取り直したのか気を紛らわせる為か、橘はお互いでたゴミをレジ袋の中へ集め始めた。
「でもちょっとおかしいですね。超能力者のあたしが心を覗かれるのが恥ずかしいだなんて」
本当だな。ここはあえて突っ込んでやろう。恥ずかしいって、お前だって超能力で佐々木の心を覗いてるじゃないか。
「ええ、全くです。今度からは佐々木さんの気持ちも汲むよう善処します」
そうしてくれ。あんな変な奴でも俺の大事な親友なんでな。俺は立ち上がると荷物を取り、橘はさっき纏めたゴミを持つと店の外へと出た。
やっぱり今日は寒いな、そう考えつつ店の横に止めてた自転車のカギを外し入口に戻る。ゴミは捨て終えたのか、橘は手ぶらとなった両手をさすり
今日の寒さを訴えていた。
「本当、寒いですね。それじゃ気をつけてくださいね。あなたにもしも何かあったら、佐々木さんが凄く心配しますから」
ああ解った。佐々木によろしく伝えておいてくれ。それとお前もバイト頑張れよ。
「はい。今日はありがとうございました、また来てくださいね。ここではただの橘京子として待ってますから」
気が向いたらな、じゃ。そう言い残して俺は自転車をゆっくりとこぎ始めた。
「ち、違いますっ! 女性に対して何言ってるんですか!」
顔を真っ赤にして机を叩き大きく否定してきた。これは完全に失言、いくら相手が橘とはいえトイレとか尋ねるのはアレだったようだ。
「そうですよもうっ。何ていうかデリカシーが欠けてます。いえ欠けてるなんて生ぬるいですね、全く足りていません」
額に手を当てて首を大きく振りつつ溜息を吐かれる。動きに合わせて頭の両脇にあるツインテールがひょこひょこと可愛く揺れ動いていた。
「……まぁ解らないなら解らないでいいんです。その方がこっちも恥ずかしくなくて良いですから」
気を取り直したのか気を紛らわせる為か、橘はお互いでたゴミをレジ袋の中へ集め始めた。
「でもちょっとおかしいですね。超能力者のあたしが心を覗かれるのが恥ずかしいだなんて」
本当だな。ここはあえて突っ込んでやろう。恥ずかしいって、お前だって超能力で佐々木の心を覗いてるじゃないか。
「ええ、全くです。今度からは佐々木さんの気持ちも汲むよう善処します」
そうしてくれ。あんな変な奴でも俺の大事な親友なんでな。俺は立ち上がると荷物を取り、橘はさっき纏めたゴミを持つと店の外へと出た。
やっぱり今日は寒いな、そう考えつつ店の横に止めてた自転車のカギを外し入口に戻る。ゴミは捨て終えたのか、橘は手ぶらとなった両手をさすり
今日の寒さを訴えていた。
「本当、寒いですね。それじゃ気をつけてくださいね。あなたにもしも何かあったら、佐々木さんが凄く心配しますから」
ああ解った。佐々木によろしく伝えておいてくれ。それとお前もバイト頑張れよ。
「はい。今日はありがとうございました、また来てくださいね。ここではただの橘京子として待ってますから」
気が向いたらな、じゃ。そう言い残して俺は自転車をゆっくりとこぎ始めた。
それにしてもあの時の橘は本当は何を考えていたんだろうな。
妹だとあのサインは「あ、キョンくんと間接ちゅ~だ」とはしゃいでる状態なんだが……まさか、な。
仮にも森さんと対峙して一歩も引かない橘が、まさか間接キスで慌てふためくなんて無いだろう。
俺は本物より少し純情的に橘を思い描き、彼女が慌てふためく姿を想像しては声に出しそうな笑いを堪えて自転車を走らせた。
妹だとあのサインは「あ、キョンくんと間接ちゅ~だ」とはしゃいでる状態なんだが……まさか、な。
仮にも森さんと対峙して一歩も引かない橘が、まさか間接キスで慌てふためくなんて無いだろう。
俺は本物より少し純情的に橘を思い描き、彼女が慌てふためく姿を想像しては声に出しそうな笑いを堪えて自転車を走らせた。
「あたしだって……女の子なんですよ」
そう小さく呟きつつ再度唇に手を当てて見送る橘の姿に気づきもせずに。
そう小さく呟きつつ再度唇に手を当てて見送る橘の姿に気づきもせずに。
- 了 -