彼女は彼にチョコレートをあげるのだろうか……
今日は2月14日、バレンタインデー。世間では女の子が想い人に気持ちを伝える絶好の機会だ。
お菓子メーカーの陰謀という人もいるが、そんなのは知ったことじゃない。
自分の気持ちを伝える為なら、そんな陰謀など利用してやろう。女の子はたくましいのだ。
「佐々木さん、佐々木さん。佐々木さんはキョンさんにチョコをあげないんですか?」
「ああ、橘さん。いや、恥ずかしい話だが、迷っているんだ。」
目を伏せて喋る彼女からは、いつもの余裕のようなものが感じられなかった。
「……告白……するんですか?」
彼女は何も答えなかったが、その沈黙が言外に私の問いを肯定していた。
「……佐々木さんなら……きっと、大丈夫なのです。」
「でも、僕のよな男女が告白したところで、気持ち悪がられるだけのような気がしてね……怖いんだ。」
「佐々木さんは十分可愛いです!」
私は意図せずに叫んでいた。
「何で自分に自身を持ってあげないんですか!そんなの、佐々木さん自身が可哀想じゃないですか!」
彼女が驚いたように私を見つめるが、私の言葉は止まらない。
「貴女が好きなキョンさんは、貴女のことをそんな風には思ったりしません!それはキョンさんへの侮辱です!何より、そんな人を好きになってしまった貴女自身への冒涜に他なりません!」
私は頭に血が上るのをはっきりと感じたが、自分の口を付いて出る言葉を止めることが出来なかった。
「橘さん…………」
落ち着きを取り戻すと、笑顔で彼女の背中を押そうと言葉を紡ぐ。
「もし――そんなことは絶対にあり得ませんが――万が一にでも駄目だったときには、私が一緒に食べてあげます。いいえ、食べさせてください。佐々木さんの作ったチョコが美味しくないはずないのです。」
「…………ありがとう、橘さん。」
「……こういうのは、決心が鈍らないうちに、すぐ行動に移すものです。」
「……うん。」
少し逡巡するような仕草を見せたが、彼女はもう一度ありがとうと言い残すと、彼の下へと行ってしまった。
頭のいい彼女のことだ、私の気持ちなんてとっくにお見通しなんだろう。
「あーあ、無駄になっちゃったなぁ……」
彼女が去ったあと、後ろ手に回していた紙袋を弄びながら一人呟いていると、急に後ろから声をかけられた。
「―――それは―――なに……?」
「うひゃぅ!?くっくく、九曜さん!?い、一体いつからそこにいたんですか?」
「―――ずっと―――いた……」
「そ、そうですか……」
「―――それは―――なに……?」
「これですか?これはチョコレートですよ。」
「―――ちょこ―――れいと……?」
「よかったら食べますか?」
「―――いい―――の……?」
「構いませんよ。もう必要なくなってしまったみたいですし……丁度、一人で食べるにはちょっと多いと思ってたところです。」
包装を全て剥がしてから、彼女に一口サイズのチョコレートを渡してあげる。
包みのまま渡したら、そのまま食べてしまいそうな気がしたからというのは内緒だ。
「――――――……。」
彼女は暫らく手のひらに乗せてチョコを眺めていたが、ゆっくりと口の中に放り込んだ。
「―――美味しい……」
「お口に合いましたか?」
「―――意外と……」
「…………。九曜さん、一言余計なのです。」
「よう、橘に九曜。お前ら、こんなとこで何やってんだ?」
振り返ると、佐々木さんが彼を連れて戻ってくるところだった。
彼のコートのポケットからは佐々木さんのチョコが覗いていたのには後から気が付いたが、そんなものは見なくとも彼女の幸せそうな表情から、私は結果が分かってしまった。
もっとも、結果が違っていたところで、私の想いが叶うはずもなかったろうが。
そう、これは負け戦。最初から勝負など決まっていた。今更どうこう言っても仕方がないのに……
「美味しそうだね。」
彼女が私のチョコを見てそう言った。
「本当だな。一つ貰ってもいいか?」
「ええ、どうぞ。」
私はそう答えるのが精一杯だった。
「悪いな。」
彼がチョコを口にすると、途端に目を見張る。
「ほぉ、こりゃ美味いな。」
それはそうだ。だって、とっても頑張ったんだもの。そこら辺の女子高生が作るものと一緒にして欲しくない。
込めた想いだって負けてはいない自身があった。
「ほら、佐々木。お前も食えよ。」
彼は私のチョコを一つ掴んで、彼女の口の中に放り込む。
私は少しむっとしたが、頬を染める彼女を見ると、何かを言う気が失せてしまった。
「本当だ、美味しいね。」
そう言って微笑んだ彼女は、この世のものと思えないくらい美しかった。
まるで、女神のようだった。
少なくとも、私にとってはそれそのものに見えた。
今までずっと見ていたはずなのに、どうして私は彼女がこんな表情ができることに気が付かなかったのだろう……
いや、理由は分かっていた。彼のおかげなのだろう。彼が彼女をこんなに素敵にするのだ。
彼女の笑顔のおかげで、先程まで恨めしく思っていた彼のことが少しだけ好きになった。
どうやら私は、自分が思っていたよりも単純な人間ようだ。
でも、私はそれで満足だった。
彼女が幸せなら、それが私の幸せだ。