序幕――戦端の火蓋


 それは小さな染みだった。
 初めにそこに生まれたものは、ほんの小さな黒点だった。
 やがてそれは数を増やし、少しずつ大きくなっていった。

 ――それが全てを飲み込んだ時、異変は始まったのだった。


 真っ暗な場所だった。
 光源は何一つなく、窓や穴も見当たらない。光が差し込む余地はなく、視認できる物は何一つなく。
 であれば、闇ではなく、黒だ。
 境界すら曖昧になった視野の全てが、黒一色に塗られたような、そんな場所に立っていた。
 唯一確かなものと言えば、自分が「立っている」と認識できる、その身体感覚くらいのものだ。
「――ようこそ、新たなマスター君」
 凜、と響く声と共に。
 不意に視界に白が生まれる。
 さながらスポットライトのように、天井から光が降りてきて、目の前の一点を照らし出した。
 そうした形の光によって、ここが屋内だったのだと、何となくだが今更ながらに認識した。
「急なことで驚いたかもしれないが、だとしても喜ぶといい。君は我らが執り行う、『聖杯戦争』への参加権を得た」
 眼前でライトを浴びているのは、陣羽織を着た長身の男だ。
 ポニーテールのようにまとめた長い緑髪は、武士のちょんまげのような印象を受ける。背負っているのは、身の丈ほどもある大剣だ。
「思い出してみるといい。ここで目を覚ます直前、君は何かに触れていたか、あるいは何かを手にしていたはずだ」
 和装の青年は続ける。
 言われて回想してみれば、確かに彼の言うことには覚えがあった。
 自分は何かに触れた瞬間、眩い光を目に感じたのだ。そこで記憶が途切れているのは、恐らく意識を失ったからだろう。
「それこそが方舟のチケットだ。君を戦いの地へ誘うため、世界にばら撒いた『ゴフェルの木』だ」
 それは木材という姿に限ってはいるが、様々な形で世界に撒かれ、偏在するものであるのだと。
 それに触れた者のうち、資格を得た者だけを選び、今いる場所へと導いたのだと。
「あとはこの『ノアの方舟』が、君の戦うべき地へと、誘ってくれるというわけだ。……さて、詳しい説明をしよう」
 青年が言うには、こうだ。

 聖杯戦争とは文字通り、聖杯と呼ばれる魔術的なアイテムをかけて、参加者達が戦い合う儀式である。
 参加者にはサーヴァントと呼ばれる、歴史上の英霊達の魂を持った使い魔が与えられ、それを用いて戦うことになる。
 聖杯とは万能の願望器と呼ばれるものであり、手にした者のあらゆる願いを叶える機能と能力がある。

「つまりこの戦いの先に、君はあらゆる願いを叶える力を、その手に獲得することになる。万象を実現しうる『王の力』だ」
 そこに至るまでの道のりは険しいが、決して損な話ではないはずだと。
 青年は聖杯戦争の説明を、そのようにして締めくくった。
 自分にだって人並みに、欲望というものは存在する。
 それを叶えることができるというのは、確かに魅力的な話だとは思う。
 しかしその願いを叶えるためには、他の参加者達と戦い、勝ち残らなければならないということか。
「さて……この聖杯戦争には、まず予選というものが存在する」
 いきなり大勢で戦い始めても、収拾がつかなくなってしまうからなと。
 そんな考えはまるきり無視して、和装の男は話を続けた。
 英霊というのはよく分からないが、ひょっとするとこの時代錯誤な男も、そういう存在なのだろうか。
「これから君が降り立つのは、我々が用意した仮想空間だ。
 ここまで辿り着いた時点で、相当な資質の持ち主ではあるが……まずはそこで君のそれを、もう一度見極めさせてもらう」
 そこまで言い終えると青年は、髪を揺らして振り返った。
 視線の先に、光が降りる。
 次なるスポットライトが灯り、部屋の壁らしき場所を照らす。
 そこにあったのは1つのドアだ。
 先ほどまでは気付かなかったが、この暗い部屋に存在する、自分と男以外の唯一のオブジェクトだ。
「君がここでの出来事を、もう一度思い出した時……それが予選突破の合図となるだろう」
 ちょっと待て。それは一体どういうことだ。
 思い出すということは、ここで起きた出来事を、忘れるような事態に追い込まれるということか。
「君の健闘を祈っているよ」
 それすらも尋ねる暇もなく、照らされた扉が開かれた。
 そしてドアの向こうからは、またしても眩い光が走り、意識はその奥へと消えていった。


 かくて物語は始まる。
 王の聖杯を巡るための、戦いの火蓋が落とされる。

 剣を振るいし英霊、セイバー。
 弓を番えし英霊、アーチャー。
 槍を携えし英霊、ランサー。
 手綱を手繰りし英霊、ライダー。
 魔術を唱えし英霊、キャスター。
 闇夜を駆けし英霊、アサシン。
 狂気を叫びし英霊、バーサーカー。
 それら7つのクラスに対して、此度の聖杯戦争に、用意された椅子は11。

 そして11のサーヴァントを取り合う、予選の舞台は偽りの町。
 偽の記憶を植え付けられ、偽の隣人の中で暮らす、仮初ばかりの幻の町。

 その幻を払いし者は、真なる奏者の資格を手にする。
 英霊の魂を従える、マスターとなる資格を得る。

 彼らの本当の戦いは、本当の自分を取り戻した、その時にこそ始まるのだ――







【二次キャラ聖杯戦争・獅子王杯 開幕】







  • 主催
【榊(ルーラー)@.hack//G.U.(小説版)】



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最終更新:2015年02月15日 15:29