ファースト・ラウンド
頭とはいえ9月ともなれば、夜風も涼しくなってくる頃だ。
ましてや未遠川のせせらぎを耳にし、対岸に新都を望む河川敷では、なおのことの話だった。
「しっかし何とも笑える話だわなぁ」
それでも超越者たるサーヴァントは、寒さに震えることもない。
帽子頭のアーチャーは、焚き火に当たるマスターを見下ろしながら、からからと笑い声を上げて言った。
「こんな所に閉じ込められてまで、与えられた役目がホームレスだもんな。うちのマスターは」
「外の世界でも似たようなものだ。今更気にするつもりもない」
眉ひとつ動かす素振りも見せず、ヴィラルは事も無げに言い放つ。
襤褸から手を伸ばし、焚き火で焼いていた川魚を取ると、鋭い牙で貪った。
マスター・ヴィラルには家がない。この河川敷の周辺で、段ボールを被って眠る浮浪者だ。
どういう経緯でそうなったのかはボカされていたが、海外から流れ着いた人間だったので、身分を特定する戸籍もない。
彼が結崎ひよのの探索を逃れ、個人情報を掴ませていなかったのには、そういった理由が存在していた。
「といっても、これはこれで便利なもんかもなぁ」
言いながら、アーチャーが足元の石を拾い上げ、川に向かってひょいと投げる。
ぼちゃんと響いた音と共に、水面には小さな波紋が生じた。
ホームレスであることのメリットは、戸籍がないことだけではない。
社会的立場を持たないということは、一日の全てを聖杯戦争に費やし、自由に行動することができるということだ。
おまけに知り合いもいないから、態度の変化や令呪の出現を、誰かに見咎められることもない。
事実として、予選で他のサーヴァントを葬るという、派手な行動を起こしてなお、今日まで何の襲撃も受けなかった。
あとは下手を打たない限りは、このまま身軽さを活かして、のらりくらりと立ち回れるはずだ。
「そろそろだな」
その辺で手に入れた時計を見ながら、ヴィラルがそう独りごちる。
深夜0時を間近に控えてなお、彼の顔色に変化はない。生体改造を受けた彼は、睡眠を必要としないのだ。
これもまた、彼のフットワークの軽さに拍車をかけている要素だ。
あとは本人のやる気と、魔術師適性さえあれば、完璧なマスターだと言えるのだろうが、どうやら贅沢は言えないらしい。
「で、どうする? 本戦が始まったとあれば、他のマスターも一斉に動き出すぜ」
「何事も先手必勝だ。こないだの戦いと同じように、こちらを認識されるより早く、遠距離からの狙撃でケリをつける」
「サーヴァント同士で戦ってるところに、横からこっそり忍び寄れば、警戒されることもないってわけね」
こないだ、というのは言うまでもなく、アーチャーが力を示すために、他のサーヴァントを襲った戦いだ。
あの時は他陣営同士の交戦を目印に、ターゲットを探し出し殺害した。
あの手を継続して使えるのなら、確かに楽に事を運べるだろう。元よりアーチャーは遠距離戦が本分のクラスだ。反対する理由もなかった。
「――そっか。なら残念だけど、その作戦はご破産だな」
と。
その時だ。
不意に夜風の向こうから、知らない声が響いてきた。
はっとそちらの方を向く。ヴィラルとアーチャーの双方が、同時に声の主を睨む。
「なんたって先手を取るのは、お前らじゃなく俺の方だからな」
いつからそこにいたというのか。
土手からこちらを見下ろしているのは、黒コートを羽織った若い男だ。
闇の奥から湧き出るように、突然姿を現した男は、両手に双剣を握り締めていた。
サーヴァントの気配だ。それほど強そうには見えないが、生身では何の力もないアーチャーよりは、いくらか動けそうではある。
「ライダーのサーヴァントか……」
「ご名答。もうすぐ0時を回るからな。さっそく第1戦、取らせてもらうよ」
律儀に本戦開幕の時間を狙ってきたということか。
芸が細かいというべきか、余裕ぶっているというべきか。どうせこれ以上マスターは増えないのだから、さっさと襲ってしまえばよかったのに。
そう思いながらもアーチャーは、懐のアイテムへと手を伸ばす。
相手が開戦まで待ってくれるというのは、ありがたい話には違いないのだ。
何せ自分が戦うには、宝具発動のプロセスが要る。それも何もない所から、突然取り出すわけにはいかない物なのだ。
「やれやれ。俺なんか正面から来れば余裕だってか?」
取り出したのは金属の光と、月光に透けるクリアーパーツだ。
赤と銀色のメタリックは、腰に巻かれてベルトとなる。
水色の透明な錠前に備わった、桜桃の模様が光を放つ。
『Cherry Energy!』
音声と共に、夜空が裂けた。
さながらジッパーを下ろすかのような、独特な現象を伴って、空間に穴が空いたのだ。
そこから姿を現したのは、巨大なサクランボとしか言いようのない、何とも奇妙な物体だった。
「ひゅう」
これにはさすがに驚いたのか、ライダーのサーヴァントが口笛を鳴らす。
驚くなかれ、これこそが、アーチャーのサーヴァント――シドの宝具だ。
異界の果実・ロックシードを、人の纏う鎧へと変えた、「赤き眼光の狩人(チェリーエナジーアームズ)」なのだ。
「変身」
『Lock on!』
帽子を目深にかぶり直し、宝具の発動を宣言する。
腰へと巻いたベルトが光り、頭上のサクランボを誘導する。
『Soda.』
けたたましい電子音声と共に、それが落ちた先はアーチャーの頭部だ。
巨大なサクランボが光を放ち、すっぽりとアーチャーの頭を飲み込んだのだ。
これだけなら冗談で終わったかもしれない。しかし彼が戦った舞台は、神話であって喜劇ではない。
ルビーの光を放つ果実は、神秘の鎧へと姿を変える。
『Cherry Energy Arms!』
文字通りの変身だった。
鋼のサクランボは変形し、鎧のような形に展開されたのだ。
アーチャーの全身をフィットスーツが多い、更にその上に鎧が重なる。
サクランボの下から現れた頭部は、異形の複眼を備えた、フルフェイスの兜へと変貌する。
パラメーターが跳ね上がった。更に手には弓矢が現れた。
アサシン・輝島ナイトがカメラに収めた、赤い鎧の男の姿だ。
これこそがシドの戦闘形態――アーマードライダー・シグルドである。
「あんま調子に乗ってると、足元掬われて怪我するぜ」
挑発に挑発で返しながら、赤い瞳は周囲を探る。
黒服のサーヴァントのマスターは、未だ姿を現していない。ということはどこかに隠れて、こちらを窺っているということだ。
「千里眼」なるスキルの恩恵なのだろうが、サーヴァントとして召喚されてから、えらく目が冴えている。
であれば近距離に隠れていれば、十分に目視での捜索は可能だ。
「……そこだ!」
標的はすぐに見つかった。
すかさず真紅の弓を構え、エネルギーの矢を放った。
強化型アーマードライダーの共通装備・ソニックアロー。その光の鏃が唸りを上げて、街路樹目掛けて殺到する。
瞬間、着弾。そして炸裂。
轟然と響く爆発音と共に、赤い炎が光を放つ。
「っ!」
刹那、飛び出す影があった。
爆炎の逆光を浴びながら、はためく黒髪を視界に捉えた。
ライダーのマスターは生きている。
赤い長袖を纏った、ツインテールの少女が飛び出してくる。
この瞬間、まさしく0時00分。
聖杯戦争本戦の開幕と同時に、第1回戦の火蓋が切って落とされた。
◆
さすがに狙撃を得意としているだけあって、大した眼力と注意力だ。
爆風に煽られ跳躍しながら、遠坂凛はアーチャーを睨む。
このまま隠れて指示を出し、事を安全に運ぼうかと思ったのだが、それはご破産に終わったようだ。
ライダーが言った先ほどの言葉が、そのまま跳ね返ってきたことになる。
(冗談じゃない!)
だからとて終わりにはさせない。
このままやられてやるわけにはいかない。
「はっ!」
指先から黒き光を放った。
凛の得意とするガンド撃ちだ。超高濃度の魔力により、物理的破壊力を伴ったそれは、フィンの一撃と呼称される。
もっとも、一撃で終わらせるつもりなどない。文字通り雨あられを食らわせてやる。
連続発射した魔力の弾は、アーチャーの背後に立つ男へと向かう。
すなわち襤褸布に身を包んだ、金髪のマスターに向かってだ。
「ふっ!」
しかしながら、相手も素早い。
最小限のバックステップで、ガンドの一斉掃射をかわす。
あまつさえ弾け飛ぶ光を掻き分け、こちらへと突っ込んできたほどだ。
「させるか!」
「そりゃこっちの台詞だわなぁ!」
ライダーの剣が敵マスターを狙った。
しかし双剣が触れるよりも、アーチャーが動くのが早かった。
素早く間合いを詰めた鎧が、弓を振り回し攻撃を阻む。先端に備わった刃が、ライダーの斬撃を受け止める。
そしてその脇をすり抜けるように、マント姿のマスターが迫った。
低く構えたその姿勢は、まるで肉食獣のようだ。
「ちぇりゃぁぁっ!」
奇声と共に、鋭く一閃。
鈍色に光る斬撃を、反射的な動作で回避。
「たぁっ!」
跳び退る勢いで体をひねり、空中回し蹴りでカウンターを仕掛けた。
それを左腕で防がれる。掴まれる前にすぐ飛び退く。
河原に着地しながら標的を見やった。一瞬のやり取りを繰り広げた、敵マスターを見定めた。
右手で振り下ろした刃は、ホームセンターで買ったような鉈だ。どうしてそれを選んだのは不明だが、危険な刃物であることは間違いない。
身体能力に物を言わせた、ラフな格闘戦スタイルは、魔術師のそれには見えなかった。
持久戦に持ち込めば、魔力で勝るこちら側が、サーヴァント戦で勝利できるだろう。
しかし、それには距離が詰まりすぎている。
生憎と拳法はかじった程度だ。まともにあのスピードを相手していては、いずれ追い詰められてしまうだろう。
「ライダー! 全宝具の解放を許可するわ! 一気に仕留めてやりなさい!」
であれば狙うは短期決戦だ。
生憎とアーチャーのパラメーターは、生身のライダーを凌駕している。
あれを速攻で叩き潰すには、宝具の解放が不可欠だ。賢い手とは言えないが、ここはそうする他に安全策はない。
「了解だ!」
言いながら、ライダーが四肢に力を込めた。ふんばりで瞬発的に力を引き出し、アーチャーの刃を弾き飛ばした。
バックステップで下がると同時に、両手の刃を高く掲げる。頭上でぐるりと円を描き、天空に白い軌跡を描く。
光るゲートから飛び出したのは、銀色一色の甲冑だ。
それらがまたたく間に装着され、最後に狼の面が頭部を覆った。
アーチャーのそれとは対照的に、変身は一瞬で完了した。
その名も銀牙騎士・絶狼(ゼロ)。宝具「銀牙騎士・絶狼(ゼロのよろい)」を纏って顕現する、退魔の魔戒騎士である。
「おっとぉ!」
一瞬驚くような声が上がった。
それでもやはり慣れているのか、アーチャーの動作に淀みはなかった。
すぐさま弓矢を構え直し、再び光の矢を放つ。
吹き荒れる閃光の嵐の中、しかしライダーはものともせずに、その渦中へと飛び込んだ。
「はっ! うらっ!」
双剣・絶狼剣が唸りを上げる。
白銀に煌めく双刃が、迫る赤熱を切り払う。
斬斬斬、と音を立て、閃光の矢を叩き落としていく。
あっという間に距離は詰まった。近距離戦はライダーの間合いだ。
「らぁぁっ!」
両の刃を振り上げて、跳躍と同時に叩き下ろす。
速度と重力を従えた、文字通り渾身の一撃だ。同格の敵が相手であれば、おいそれと受け止められるものではない。
アーチャーもそれを察したのだろう。最小限の動作でそれを回避し、追撃の刃で斬りかかった。
「ふん!」
真紅の斬撃を受け止める。火花と共に反発し合う。
無論それだけでは止まらない。闇夜に走る銀の剣閃は、次の瞬間流星雨と化した。
横薙ぎ、縦斬り、続いて突きだ。二刀流の手数を活かした、目にも留まらぬ連続攻撃だ。
手数の差もある。適性もある。ライダーの怒涛の攻撃を前に、たちまちアーチャーは防戦一方となった。
「舐めてくれんなよ……!」
『Cherry Energy Squash!!』
その瞬間何が起きたのか。敵マスターの攻撃をかわしながら、ちらちらと戦況を見ていた凛には、完全な把握はかなわなかった。
しかし電子音声が響いた次の瞬間、アーチャーの握る弓の刃が、ただならぬ光を放ち始めたのは、正確に視認することができた。
「おっらぁ!」
「どわっ!」
力任せに、刃を振り抜く。
炸裂する光が破壊力を伴い、絶狼剣へと襲いかかった。
爆発的に上がった威力は、刀ごとライダーを吹き飛ばす。眩い赤光が周囲に満ち、膝をつく甲冑を照らし出す。
「ハハッ! どうした、それで終いかぁ!」
アーチャーはなおも追撃を仕掛けた。
矢を放ちながらライダーに駆け寄り、更なる斬撃を仕掛けんとした。
態勢を立て直しながら、ライダーは辛うじて矢を叩き落とす。振り下ろされるアーチャーの刃を、両の剣を構えて防ぐ。
攻勢に変わったことに気を良くしたのか、アーチャーは更に追撃を仕掛ける。
乱暴な構えで斬りつける様は、チンピラが木刀を振り回すかのようだ。
「来い、マスター!」
斬撃を耐え凌ぎながら、ライダーが凛に向かって叫んだ。
「銀牙騎士・絶狼(ゼロのよろい)」には制限がある。タイムリミットの99.9秒は、間もなく消化しきってしまうだろう。
その状況で、この指示だ。であればライダーはもう1つの手を――最大宝具を発動する気だ。
「はぁぁっ!」
雄叫びと共に振るわれる、敵マスターの刃をかわす。
そのままライダーの元へと、脇目もふらず駆け抜ける。
「――『魔導馬・銀河(ギンガ)』 ァッ!!」
刹那、叫びと共に光が奔った。
ライダーの絶叫に呼応し、銀色の閃光が炸裂した。
「ぬおっ!?」
吹き荒れる莫大な魔力が、アーチャーの攻め手を吹き飛ばす。
よろめく複眼に映るのは、唸りを上げる霊獣の姿だ。
白銀の甲冑を全身に纏い、ライダーを乗せて吠え猛る、銀色の巨大な一角獣だ。
「Whinnyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyッ!!」
これぞ「魔導馬・銀河(ギンガ)」。
100体の魔獣・ホラーを断ち、その力を示した魔戒騎士のみに与えられる、魔戒騎士専用の騎馬である。
同時にこの魔導馬こそが、ライダーとして召喚された涼邑零を、騎兵(ライダー)たらしめている宝具でもあった。
ライダーの後方につく形で、「魔導馬・銀河(ギンガ)」の背中へと飛び乗る。
銀牙騎士の背中を見やり、改めてそのステータスを認める。
確認できた筋力値はA。耐久値はB+へと向上していた。
この馬に乗ったライダーのステータスは、更に1ランクのパワーアップを果たすのだ。
加えて「魔導馬・銀河(ギンガ)」自体の力もある。この奥の手を使ったからには、もはや狙撃手など敵ではない。
「んの野郎っ!」
ようやく態勢を立て直したアーチャーが、再び例の矢を放った。
身をかわすまでもない。正面はサーヴァントが守ってくれる。
馬上で振り回された絶狼剣が、迫る光を次々と切り裂く。
「はっ!」
両足が腹を叩いた瞬間、一角獣は唸りを上げた。
夜を駆け抜ける彗星のように。
一条の光明とかした「魔導馬・銀河(ギンガ)」が、敵目掛けて猛然と突進した。
「どわぁっ!」
100体のホラーを狩った末に得られ、1000体のホラー相手にも立ち回った名馬だ。
ユニコーンの突撃を止めるには、アーチャーは役者が足りなかった。
竜巻のごとき勢いをまともに受けて、弓兵はみっともなく吹き飛ばされる。未遠川へと落ちた赤い鎧が、ばしゃんと盛大な水音を立てる。
それを見逃すライダーではない。ばしゃばしゃと足音を立てさせながら、「魔導馬・銀河(ギンガ)」を川の方へと向ける。
次は突進だけではない。刃を伴う本気の一撃だ。
「はぁああああっ!」
二刀を連結した刀が唸る。
銀牙絶狼剣と化した刃が、渦を巻いて闇夜に吼える。
その斬撃は過たずして、アーチャーの赤い鎧を捉えた。
「がぁああっ!」
斬――と降ろされた一撃が、深々とその装甲を抉る。
赤い破片をばら撒きながら、悲鳴と共に膝をつかせる。
一瞬の交錯の末に放たれた一撃。たった一打の剣閃であっても、その破壊力は十二分だ。
速度も重量も何もかも――全てを増した渾身の技は、先ほどまでの比ではない。
「後退だ! 退くぞアーチャー!」
そして敵のマスターも、勝敗が決したことを悟ったのだろう。
川岸から自らのサーヴァントへ、大声で撤退命令を下す。
「チッ……悪いなマスター、こっちも奥の手使うぜ!」
意外にも、アーチャーの行動は素早かった。
意地の悪そうな様子に反し、素直に引き際を見極めると、鎧は新たなアイテムを取り出した。
「S」の一文字が刻み込まれた、錠前のような物体だ。それを弓へと接着させると、今度は別のものを放り投げる。
『Connecting.』
電子音声と共に放たれた矢は、ライダーではなくそちらへと向いた。
『スイカアームズ! 大玉・ビッグバン!』
刹那、ふざけた音声と共に、投げたアイテムが巨大化した。
馬鹿でかいスイカが現れたかと思いきや、それががちゃがちゃと変形し、鎧武者のような形へ変貌したのだ。
「はぁ!?」
思わず、そう叫んでしまった。
一体何なのだこいつは。サクランボときて今度はスイカか。
どうしたらそんなふざけたものばかり、次々と繰り出すことができるのだ。
ばしゃんと盛大に水しぶきを上げ、眼前に立ちはだかるロボットを前に、凛はくらくらとした目眩を覚える。
「悪いがずらからせてもらう!」
そうしている間にもアーチャーは逃げ出し、みるみると遠ざかっていく。
やがてマスターを抱えると、そのまま土手へと飛び上がり、街頭へと消えていってしまった。
「待てこの!」
ライダーが「魔導馬・銀河(ギンガ)」を走らせて、その影を追いかけようとする。
しかしそこに立ちはだかったのが、先ほど現れたスイカ武者だ。
ロボットは巨大な刀を振り上げ、猛然と斬りかかってくる。
それを何とかいなしたものの、さすがに敵の奥の手もしぶとい。返された刀を構え直し、なおも追撃を仕掛けてきた。
「どうする!?」
「鎧の時間が残ってない! 悔しいけどここはこっちも撤退するわよ!」
ライダーの問いかけに対して、凛が下した決断が、それだ。
「銀牙騎士・絶狼(ゼロのよろい)」の制限時間は僅かだ。それが解かれれば戦力は落ちるし、「魔導馬・銀河(ギンガ)」を維持することも不可能になる。
そうなれば敵を追いかけることも、鎧武者を退けることもできない。であればこんな奴相手に、いちいち構ってもいられないということだ。
「仕方ない、了解だ!」
そうと決まれば話は早かった。元よりライダーの方も、そのつもりで構えていたのだろう。
騎馬に踵を返させると、そのまま川を下るようにして、水面を勢いよく走らせた。
そうして大きく迂回しながら、巨大なスイカ武者をやり過ごすと、鎧を解き戦線を離脱したのだった。
「まったく、幸先が悪いわね……!」
着地と同時に凛が走る。武者の視界から逃れるように、馬から降りて道路を走る。
口に出すのは簡単だが、実際とんでもない痛手だ。
奴は本戦が始まる前、地上で戦うマスター達を、ビルの上から狙撃したという。
そんな奴にこの戦いで、顔を覚えられてしまったのだ。であれば、町を歩いている最中に、報復を受ける可能性は、十分に有り得ると見ていいだろう。
(これがアーチャーを相手にするということか)
我ながら、改めて思い知る。
敵に回したことで初めて、かつて使役していたサーヴァントの――弓兵(アーチャー)の恐ろしさを理解する。
第5次聖杯戦争の際には、イレギュラーたる士郎を守ることに気を取られて、ろくな立ち回りができなかった。
故にあの赤コートのアーチャーも、アーチャーらしい使い方をしてやることが、ほとんどできなかったのだ。
そのつけが回ってきたということか。
知っていれば最初から、全開で奴を叩き潰し、逃げる機会など与えていなかった。
優勢に事を運んでいたというのに、こちらが敗北したような心地だった。
(こんなミスは繰り返せない)
これ以上無様な失敗はできない。
がんじがらめになる前に、確実に結果を出さなければ。
失敗の味を苦く噛み締め、凛は決意を固め直しながら、ライダーを伴い家路へと向かった。
【1日目・深夜/深山町・未遠川周辺】
【遠坂凜@Fate/stay night】
[状態]:魔力消費(2割)、疲労(小)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:宝石魔法セット一式、本聖杯戦争に関する調査メモ一式
[所持金]:貧乏(ギリギリ一人暮らしを維持できるレベル)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い
1.今回の聖杯戦争に違和感。その正体を知りたい
2.ひよのと同盟を組み、情報を提供してもらう
3.アーチャー(シド)を警戒。狙撃に対して注意を払う
[備考]
- アサシン(輝島ナイト)のパラメーターおよび宝具を確認済。
- アーチャー(シド)のパラメーター、宝具、スイカアームズを確認済。
- 本会場と現実の冬木市との差異を調査済。
【ライダー(涼邑零)@牙狼-GARO-シリーズ】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:魔戒剣×2
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:特になし。マスターに従う
1.凜ちゃんを守る
[備考]
無し。
◆
拾った灰色の錠前は、立ちどころに姿を消してしまった。
恐らくは持ち主の元へと戻ったのだろう。アサシン――輝島ナイトはそう仮定する。
(あれがライダーの宝具か……)
なるほど凄まじい力だと、手にしたデジタルカメラで確認しながら、先の戦闘を回想する。
遠坂凛のことは知っていたが、実際に戦闘を目の当たりにしたのは、この戦いが初めてだ。
故にアーチャーとの戦いの様子は、一部始終を逃すことなく、空中からカメラへと納めさせてもらった。
本音を言うなら逃がすことなく、この場でアーチャーを仕留めてもらいたかったが、この際贅沢は言わないようにしよう。
それを言うなら、逃げた彼らを追いかけて、とどめを刺すことをしなかった自分も悪い。
(奴はここへは戻らないだろう)
随分と派手な戦いになった。
あるいは自分だけでなく、他のマスター達にも知られたかもしれない。
そうなればアーチャーのマスターは、ここには戻ってこないだろう。
追手を振り切ることを考え、縄張りを別の場所へと移すはずだ。逃してしまったということは、それも調べ直しということだ。
生前根無し草だったアサシンの言えることではないが、ホームレスの身軽さとは面倒臭い。
(まぁいい)
それについてはどうせ後から、己がマスターからも指示されるはずだ。それから考えればいいだろう。
そうやって思考を打ち切ると、アサシンは自らの宝具を発動し、翼持つ黒鬼へと姿を変えた。
そのまま透明な霊体と化すと、気配を断った隠密は、文字通り世界から消え失せたのだった。
【1日目・深夜/未遠川上空】
【アサシン(輝島ナイト)@セイクリッドセブン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デジタルカメラ
[思考・状況]
基本行動方針:特になし。マスターに従う
1.ひよのを護衛する
2.ひよのの元へ情報を持ち帰り、指示を仰ぐ。
[備考]
- アーチャー(シド)のスイカアームズを確認済。
- ライダー(涼邑零)の宝具を確認済。
- 今後アーチャーのマスター(ヴィラル)は、縄張りを別の場所に移すだろうと考えました。
◆
「やれやれ、とんでもない目に遭ったぜぇ……!」
ぜいぜいと息を切らす様子には、普段の余裕は見られない。
まさに命懸けの逃避行だったわけだ。汗を浮かべるアーチャーを見やり、ヴィラルは状況を分析した。
(今後こんな展開が、山ほどあるということか)
狼の鎧を纏ったライダーは、恐ろしいまでの強敵だった。最後に召喚した馬を含めれば、宝具の性能はこちら以上だ。
奴が特段に強いのか、アーチャーが特段に弱いのか。あるいはどちらでもないのかもしれない。
しかしこういったケースが、今後二度と起こらないとは、とても断言はできなかった。
聖杯戦争とは、予想以上に厳しい。
改めて認識しなければならないことだ。
この事実を重く受け止めなければ、生き残ることなど夢のまた夢だ。今後は一層気を引き締めて、戦いに臨まなければならなかった。
「……ん?」
と、その時だ。
不意に妙な違和感を生じて、街頭の電柱を見上げた。
そこには特に何もない。3羽のコウモリが留まっているだけだ。
しかし3羽並んだそれらのうち、真ん中にいた1羽だけが、自分と目を合わせていた。
何故か知らないが、そのことが、妙に気がかりな気がした。
「おい、どうした大将?」
「いや……何でもない」
大したことではないだろう。あるいは追い詰められたおかげで、ナーバスになっているのかもしれない。
その時はそんな風に考え、道端の石ころを拾うと、投げてコウモリを追い払った。
紛らわしい奴め、と思いながら、ヴィラルは襤褸を翻すと、そのままその場を後にしたのだった。
【1日目・深夜/深山町南部】
【ヴィラル@天元突破グレンラガン】
[状態]:魔力消費(3割)
[令呪]:残り三画
[装備]:鉈
[道具]:なし
[所持金]:超貧乏(ほとんどゼロ)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る
1.ライダー(涼邑零)の追求を逃れる
2.元の寝床には戻れないだろう。他の行動拠点を探す
[備考]
- ライダー(涼邑零)のパラメーターおよび宝具を確認済。
【アーチャー(シド)@仮面ライダー鎧武】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:ゲネシスドライバー、シドロックシード、スイカロックシード×2(片方充電中)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にして人間を超える
1.今はヴィラルに従う。聖杯を取り合うことになったら裏切る
2.ライダー(涼邑零)およびそのマスター(遠坂凛)に対しての憎悪。次に会ったら今度こそ仕留める
[備考]
無し。
◆
場所は大きく変わり、民家。
そこに住まう少女の部屋は、既に真っ暗になっている。
明かりを落とした住民は、ベッドに体を横たえながら、すやすやと夢の世界に没入していた。
「ほう」
そんな中で異彩を放つのが、床に伏せた雄ライオンの巨体だ。
もう1匹のアサシン――スカー。彼のマスターである呉キリカが、この家この部屋の主だった。
アサシンに相対するのは、1羽のコウモリだ。彼が「偽・百獣の王(キング・オブ・プライド)」によって、支配下に置いていた動物だ。
既に彼は10匹近い獣を、自らの縄張りへとばら撒いている。何か状況が動けば、逐一自分に知らせるよう、彼らに暗示を刷り込んでいる。
そしてそんな密偵の1羽が、遂に情報を掴んだのだ。町の南方で発生した、サーヴァント同士の戦いを見つけ、アサシンへと報告しに来たのだ。
「ご苦労。下がっていいぞ」
前足でジェスチャーをしながら、コウモリを配置へと戻らせる。
ちょうどいいタイミングでちょうどいい情報が手に入った。これなら「手土産」としては申し分ないだろう。
であれば例の「訪問」も、もう少し早めてもいいかもしれない。
幸いにして先方は、夜に活動することを好んでいるようだ。まだ1時を回ったばかりの今なら、きっと起きているだろう。
ならば善は急げというやつだ。今すぐに足を運ぶとしよう。
「おい、起きろマスター。出かけるぞ」
「ん~……? 何だいアサシン、こんな時間に……」
むにゃむにゃと寝ぼけ眼をこするキリカを、無理やりに揺らして叩き起こす。
情報が漏れるようなことをしていない以上、いきなり攻め込まれることもないだろうと、そのまま寝かせておいたマスターだ。
それを反故にしているのだから、機嫌を悪くするのももっともだろう。
それでも、今は起きてもらう。情報が鮮度を保っているうちに、迅速に行動を起こさなければ。
「ほら、さっさと着替えるんだ。向こうまではおれが乗せてってやる。だから早く準備しろ」
自然を離れた動物というのは、こうもだらけてしまうものなのか。
そんなことを考えながらも、未だ覚醒しきっていないキリカを、アサシンは急かしたのだった。
【1日目・深夜/深山町・呉家】
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]:寝ぼけ
[令呪]:残り三画
[装備]:パジャマ
[道具]:なし
[所持金]:貧乏(子供の小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い
1.難しいことはアサシン(スカー)に任せる
2.アサシン(スカー)が出かけたいようなので、ついて行く
[備考]
無し。
【アサシン(スカー)@ライオン・キング】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にしてプライド・ランドに返り咲く
1.真っ向から戦うことはしない。能力を活かし、闇討ちに専念する
2.今はキリカを立てておく。聖杯を手に入れる瞬間には蹴落とす
3.とある人物に会うために出かける
[備考]
- アーチャー(シド)のパラメーター、宝具、スイカアームズを確認済。
- ライダー(涼邑零)のパラメーターおよび宝具を確認済。
最終更新:2014年10月13日 03:42