第9の座――観測する者


 時刻は午後4時半を回り、間もなく夕暮れが見えるかというところ。
 部活動の活気の中、穂群原学園の屋上に、ひっそりと降り立つ影があった。
 それはさながら幽鬼のような。
 虚空からすうっと姿を現し、黒い両翼を広げながら、ゆっくりと着地したものは、全身漆黒の魔人だった。
 大きくアーチを描くように、後頭部に突出された二本角は、さながら伝承の鬼の姿だ。
「―――」
 一呼吸と共に、姿が変わる。
 黒き鬼の姿は消えて、人間の姿が露わになる。
 異形の変身を解いて現れたのは、黒いロングコートを羽織った、十代後半ほどの青年だった。
 短く切られた紫の髪が、鋭く怜悧な眼差しの上で、午後の風に揺られている。
「今更この力を使うことになるとは、な」
 誰にというわけでもなく、独りごちた。
 アサシンのサーヴァント――輝島ナイトは、自らの行使したその力を、ため息をつくようにしてそう振り返った。
 大宇宙より飛来した、7つの超能力を持つ鉱石・セイクリッドセブン。
 体にその片鱗を宿した、セイクリッドテイカーの力――セイクリッドナイトの姿。
 かつて研美悠士との戦いで、力を根こそぎ吸い取られ、失ったはずの姿だった。
 仮に取り戻したとしいても、戦いに明け暮れた日々から抜け出したからには、二度と使うこともないだろうと思っていた。
 それが死んだ後になって、こうして再び使うことになるとは、全くよく分からない因果もあったものだ。
(少なくとも、副作用がなくなったのは助かるが)
 本来セイクリッドテイカーの力は、人間の手には余る力だ。
 暴走するエネルギーを制御するには、他のセイクリッドテイカーから抽出した、血清剤が必要だった。
 ところがサーヴァントとして呼ばれた今は、そのリスクがなくなっているらしい。
 死んでから暴走現象に悩まされるというのも、それこそ想像してみれば、今更の一言に尽きる光景だったが。
(まぁいい)
 とはいえ、それは今となってはどうでもいいことだ。
 癪な話だが、今の自分には役目がある。
 サーヴァントとして召喚されたからには、マスターの力とならなければならない。
 聖杯などには興味はないが、だからとて自由の利く体ではないのだ。諦めて仕事をするしかないだろう。
 そう考えるとアサシンは、下へと降りる階段へ向かった。


 穂群原学園新聞部。
 とはいってもその部室に出入りしているのは、部長を自称している生徒1人だけだ。
 活動実績こそあるものの、部員の最低人数は明らかに満たしていない。
 それでも部活として成立しているからには、何か汚い手を使ったのではないかと、校内でも度々噂されていた。
 そういう設定だ。
(といっても、現実とさほど変わりませんけどね)
 そんなことを考えながら、新聞部の部室では、1人の少女がパソコンに向かっていた。
 1人だけの部屋の中で、無機質なキーボード音とクリック音だけが、かちゃかちゃと鳴り続けている。
 静寂の中で彼女が見るのは、画面に映された無数のデータだ。
 文書ファイルには人物名や日付と共に、いくつかの画像データが添付されている。
 そしてそのいずれにも、この現代日本には似つかわしくない、異様な風貌の者達が映されていた。
「戻ったぞ」
 その時、不意に声が響いた。
 少女の背中に向けられたのは、先ほど屋上にいた男の声だ。
 いつからそこに立っていたのか。
 過程の一切を省略し、黒いコートのアサシンが、新聞部の部室に姿を現していた。
「新たに召喚されたサーヴァントは1騎だ。ついでに別の場所で、1騎のサーヴァントが敗退していた」
 言いながら、アサシンがパソコンのデスクに手を伸ばす。その手に握られていたのは、銀色に光るデジタルカメラだ。
「ご苦労様です」
 そう言って少女はカメラを受け取り、デスクに置かれていたケーブルを取って、慣れた手つきでパソコンに繋いだ。
 まとめられていたデータは、サーヴァントの情報だったのだ。
 聖杯戦争の参加資格を得た瞬間から、彼女とアサシンは情報収集に徹し、隠れて他のサーヴァントを探っていたのである。
 1騎が増えて、1騎が減った。これで彼女の把握しているサーヴァントは、合計7騎ほどになった。
 もちろん彼女らが知らないサーヴァントも、何組かは存在するだろうが、これだけの数を知っているのは大きな強みだ。
「ははぁ、アッテンボローが脱落ですか」
 マスターの名前を呟きながら、入力していたデータを消す。
 身辺調査は済ませていたが、落ち着きがない印象を受ける男だった。どの道長く生き残れるタイプではなかっただろう。
「本戦も始まっていないというのに、血の気の多い連中だ」
「ええ。だからこそ私達も、気を引き締めなければなりません」
「分かっている」
 少女の言葉に、アサシンが肩を竦めた。
 特殊能力こそ便利だが、暗殺者として召喚されたアサシンは、直接戦闘能力に乏しい。
 もし仮に三騎士のサーヴァントなどと激突すれば、即座に倒されてしまう可能性もある。
 故に情報が必要だ。
 敵の行動パターンを探り、確実にマスターを仕留められるよう、準備する必要があった。
 それにそうした用途に使えずとも、情報とは立派な財産だ。使いようはいくらでもあった。
「窮屈な思いをするかもしれませんが、そこは私のサーヴァントになったのが運の尽きです」
「そのようだ」
「ですから、諦めて付き合ってもらいますよ」
 そう言って少女は振り返ると、にっこりと笑みを浮かべたのだった。


 参加者データの整理を終え、学校を出ようとする頃には、既に日が傾いていた。
 自分が普段使っているものよりも、いくらか新しいパソコンの電源を切り、荷物を通学鞄にまとめる。
(こんな所まで来ても学生生活とは、奇妙な縁もあったものですね)
 そんな風に思考しながら、マスターの少女――結崎ひよのは、苦笑気味な表情を浮かべた。
 厳密に言うとこの少女は、「少女」と呼べるような年齢ではない。若いどころか幼く見えるが、既に立派に成人している。
 高校2年生・結崎ひよのという身分は、彼女がある任務を遂行するために、不正にでっち上げたものだ。
 この聖杯戦争においても、偽名であるひよのの名で登録されていたのは、ある意味ありがたい話ではあったが。
(願いを叶える聖杯、か……)
 鞄を手に持ちながら、思いにふける。
 戦いの先に待ち受けている、万能の願望器の存在を思う。
 願いを叶えるアイテムと聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、自分が受け持っている少年の顔だ。
 神の弟、鳴海歩。
 類稀なる才能を持ちながら、それをも超える兄の影に隠れ、卑屈に背中を丸めていた少年。
 それでも度重なる戦いの中で、前を向き立ち上がる覚悟を決め、運命に対峙した少年だ。
 常に彼の傍らに立ち、最大の味方として協力する――それがひよのの名と共に、彼女に与えられた任務だった。
 同時に任務という枠を超え、歩という少年に期待し、心から力になりたいと思うようにもなっていた。
(鳴海さんは必要としないかもしれませんが)
 歩が頼りにするものは、何も持たざる者の力だ。
 あらゆる可能性も信じないかわりに、あらゆる絶望も信じない。
 全ての障害を疑い、誰にも弱みにつけ込ませることなく、真実に手を伸ばすための力だ。
 そんな彼の進む道には、聖杯というとてつもない力は、むしろ不要なものであるかもしれない。
(それでも)
 だとしても、ひよのが何よりも願うのは、彼の勝利と幸福なのだ。
 この戦いに必ず勝つ。
 たとえ不利な手札であっても、その特性を使いこなし、必ず聖杯を持ち帰ってみせる。
 そう覚悟したひよのは、部室の鍵を手に握ると、新聞部の部屋を後にした。



【マスター】結崎ひよの
【出典】スパイラル~推理の絆~
【性別】女性

【参加方法】
『ゴフェルの木片』による召喚。新聞部の備品に木片が混ざっていた。

【マスターとしての願い】
歩を助けるために使いたい

【能力・技能】
諜報活動
 情報を収集するための能力。
 合法・非合法を問わず、ありとあらゆる手段を駆使して、必要な情報をたぐり寄せる。

工作技術
 手先が器用。
 安物の手錠をこじ開けてみせたり、スタンガンを違法改造したりしていた。

【weapon】
なし

【人物背景】
神と謳われた青年・鳴海清隆の下で働くエージェント。
現在は私立月臣学園に入学し、高校2年生の少女・結崎ひよのを演じている。
その目的は清隆の弟である、鳴海歩を補佐することで、清隆に立ち向かう力を与えること。
しかし、「土壇場で裏切らせて歩を絶望させる」という最終的な目的は、この時点では知らされていない。
本名や正確な年齢は不明だが、少なくとも19歳以下ではないとのこと。

天真爛漫で騒がしく、何かと甲斐甲斐しく世話を焼くタイプ。
正体が露見した最終話においても、こうした態度で歩に接しているため、元からこういう性格なのではないかと思われる。
一方で荒事となった時には、日頃の様子が信じられないほどに、冷静な表情を見せることも。

【方針】
優勝狙い。他のマスター達の情報を収集し、状況に合わせて有効活用する。



【クラス】アサシン
【真名】輝島ナイト
【出典】セイクリッドセブン
【性別】男性
【属性】混沌・善

【パラメーター】
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:D 宝具:B

【クラススキル】
気配遮断:C
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を断てば発見する事は難しい。

【保有スキル】
仕切り直し:B
 戦闘から離脱する能力。
 逃走に専念する場合、相手の追跡判定にペナルティを与える。

単独行動:C
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

対魔力:-(D)
 『輝石の黒騎士(セイクリッドナイト)』発動時にのみ発動する。
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【宝具】
『輝石の黒騎士(セイクリッドナイト)』
ランク:C+ 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
筋力:C+ 耐久:C 敏捷:B 魔力:C 幸運:D
 宇宙より飛来した、特殊な力を宿す7つの石――セイクリッドセブン。
 アサシンはその力により、黒き超人・セイクリッドテイカーへと変身することができる。
 セイクリッドナイトが保有する力は、「物質を変化させる力」。
 これにより手で触れた物質(生体は不可)を自在に変形させることができる。
 また、背中に生えた翼により、飛行することも可能。
 生前のアサシンは更なる力として、セイクリッドナイト・リベレイターという姿にも変身することができたのだが、
 そのためには藍羽アオイの協力が必要となるため、聖杯戦争にて用いることはできない。

【weapon】
なし

【人物背景】
セイクリッドテイカーの力を持って生まれた少年。
両親に売られて研究機関に引き取られており、セイクリッドセブンの力を分析するための実験台にされていた。
しかしその責任者である研美悠士が、研究成果を悪用しようとしていることに気付き、研究機関を脱走する。
以降は研美の命を狙い、同じセイクリッドテイカーの丹童子アルマと共に、遂にこれを打倒した。

性格は無愛想でぶっきらぼう。その境遇からか、警戒心が非常に強い。
しかし同じ研究機関からの脱走者である、劉翡翠にだけは、優しさを垣間見せている。

持って生まれたセイクリッドセブンの力は、「物質を変化させる力」。
劇中では主に手持ち剣の生成、壁抜けなどに用いられていた。
素早い身のこなしから放たれる、剣術・体術の数々は、セイクリッドアルマ・リベレイターにも引けを取らない。
一方で生前は、本来不安定であるセイクリッドテイカーの力を制御するために、血清剤を投与しなければならないという制約があった。

【サーヴァントとしての願い】
特になし



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最終更新:2015年02月15日 15:13