狩人と獲物(後編) ◆CFbj666Xrw
霧が細く、ほんの僅かに細く裂けた。
小指の先ほどの太さで白い霧が乱される。
一筋、二筋。そして三筋。
三度目のそれは振り返ったレックスの露出した足に当たる。
呻き声を上げてレックスは突き刺さった矢を引き抜くと、焦ったように周囲を見回す。
血が一筋、たらりと流れる。
四度目のそれは衣服に当たり、突き刺さらずに跳ね返った。
レックスは足を引きずり歩き出した。
五度目のそれは外れた。
歩いて逃げ出した。
六度目のそれは再びレックスの腕に当たる。
すぐに引き抜き、また一筋の血が流れ落ちた。
レックスは病院北の廃墟へと逃げていく。
一転、それは惨めな獲物の姿――。
一筋、二筋。そして三筋。
三度目のそれは振り返ったレックスの露出した足に当たる。
呻き声を上げてレックスは突き刺さった矢を引き抜くと、焦ったように周囲を見回す。
血が一筋、たらりと流れる。
四度目のそれは衣服に当たり、突き刺さらずに跳ね返った。
レックスは足を引きずり歩き出した。
五度目のそれは外れた。
歩いて逃げ出した。
六度目のそれは再びレックスの腕に当たる。
すぐに引き抜き、また一筋の血が流れ落ちた。
レックスは病院北の廃墟へと逃げていく。
一転、それは惨めな獲物の姿――。
(元の病院の入り口に向かうと距離が近くて当たりやすくなるから、
別の建物に逃げ込むつもりかな? 僕も侮られたものさ)
狙撃手は病院の二階に居た。
タマネギ頭の少年、永沢は薄ら笑いを浮かべてボウガンに次の矢を装填する。
七度目のそれはまた外れた。
八度目のそれは振り払うかのように振られたレックスの左腕に当たった。
九度目のそれは再びレックスの右足に当たった。
十度目のそれは外れた。
十一度目のそれは、再び左腕に当たった。
永沢は矢が残り一本になっている事に気づいた。
手元を見て他の矢を探す。無い。無い。…………無い。
間違いなくこれが最後の一本だ。
「……チッ、まあいいさ。至近距離からならこれでも十分だね。重いけど剣も有るし」
再び窓から獲物を見ると、レックスは刺さった矢を全て抜き、廃墟をよろよろと歩いていく。
たらたら、たらたらと腕や足から血を流し、その足取りは微妙に震えている。
そして一つのまだ原型を保った廃ビルに飛び込んだ。
間違いない、痺れ薬はちゃんと効いている。
これなら彼にだって十分に殺せるだろう。
「フフフ……狩人は僕なのさ……」
再び薄ら笑いを浮かべた永沢は、レックスを追跡した。
別の建物に逃げ込むつもりかな? 僕も侮られたものさ)
狙撃手は病院の二階に居た。
タマネギ頭の少年、永沢は薄ら笑いを浮かべてボウガンに次の矢を装填する。
七度目のそれはまた外れた。
八度目のそれは振り払うかのように振られたレックスの左腕に当たった。
九度目のそれは再びレックスの右足に当たった。
十度目のそれは外れた。
十一度目のそれは、再び左腕に当たった。
永沢は矢が残り一本になっている事に気づいた。
手元を見て他の矢を探す。無い。無い。…………無い。
間違いなくこれが最後の一本だ。
「……チッ、まあいいさ。至近距離からならこれでも十分だね。重いけど剣も有るし」
再び窓から獲物を見ると、レックスは刺さった矢を全て抜き、廃墟をよろよろと歩いていく。
たらたら、たらたらと腕や足から血を流し、その足取りは微妙に震えている。
そして一つのまだ原型を保った廃ビルに飛び込んだ。
間違いない、痺れ薬はちゃんと効いている。
これなら彼にだって十分に殺せるだろう。
「フフフ……狩人は僕なのさ……」
再び薄ら笑いを浮かべた永沢は、レックスを追跡した。
* * *
それを見ていた人形、真紅は怪訝に考え込む。
獲物の姿がそれまでに見たレックスの姿と重なってくれないのだ。
(何かがおかしいのだわ。
……でも、ワンダーランドの中で方向感覚が狂っていればあんな物なのかしら?)
方向感覚が狂えば矢が飛んでくる方向にもぶれが有る。
取ろうとした回避運動で逆に当たっている様子も見受けられた。
何にしろ、レックスを殺すなら今だろう。
自分の手で殺せば“ご褒美”の足しにする事も出来る。
あの邪魔なタマネギ頭も仕留めてしまえばいい。
何かが引っかかっていた。だけど、それについて考える時間も惜しかった。
あのタマネギ頭がトドメを刺す前に仕留めなければならない。
(………………直前まで隠れて様子を見れば良いのだわ。
様子を見て、どうしてもおかしければ見送れば良い)
少し迷った末にそう決めると、真紅は二人の後を追跡した。
(狩人は――私)
蝶の羽が濃霧の中を舞った。
獲物の姿がそれまでに見たレックスの姿と重なってくれないのだ。
(何かがおかしいのだわ。
……でも、ワンダーランドの中で方向感覚が狂っていればあんな物なのかしら?)
方向感覚が狂えば矢が飛んでくる方向にもぶれが有る。
取ろうとした回避運動で逆に当たっている様子も見受けられた。
何にしろ、レックスを殺すなら今だろう。
自分の手で殺せば“ご褒美”の足しにする事も出来る。
あの邪魔なタマネギ頭も仕留めてしまえばいい。
何かが引っかかっていた。だけど、それについて考える時間も惜しかった。
あのタマネギ頭がトドメを刺す前に仕留めなければならない。
(………………直前まで隠れて様子を見れば良いのだわ。
様子を見て、どうしてもおかしければ見送れば良い)
少し迷った末にそう決めると、真紅は二人の後を追跡した。
(狩人は――私)
蝶の羽が濃霧の中を舞った。
* * *
血痕は左右に振れながら廃ビルの奥に続いていた。
永沢はそれを追う。足音を立てずに浮遊して更に真紅もそれを追う。
追跡の終着点は大きな部屋だった。
レックスの姿はその壁際に有った。
か細い息を吐きながら俯き、壁にもたれて立っている。
窓は近いが、ここは4階くらいまで上がっている。
全身が痺れた状態で飛び降りればただではすまないだろう。
しばらく様子を見てその動きが緩慢な事を確かめてから、永沢は目前に姿を表した。
「ふふふ…………痺れ薬は思いの外よく効いているようだね」
その声でようやく気づいたかのように、レックスはゆっくりと顔を上げる。
しかし目線が合うまでは上がりもせずに、半端なところで頭は止まる。
細い息が、漏れる。
俯く顎から一筋の汗が滴って、埃っぽい床を湿らせる。
「これで終わりさ。悪いけど、恨むなら簡単に崩れてしまう“毎日”を恨むんだね」
レックスがピクリと震える。
永沢がビクリと震える。
だけどそれ以上に動く様子は無い。
永沢は安堵の息を吐くと、ボウガンをしっかりとレックスの胸に照準して。
「それじゃさよならだね。フフフ、狩人は僕なのさ」
…………ゆっくりと、引き金に力を篭めた。
レックスが顔を、上げた。
永沢はそれを追う。足音を立てずに浮遊して更に真紅もそれを追う。
追跡の終着点は大きな部屋だった。
レックスの姿はその壁際に有った。
か細い息を吐きながら俯き、壁にもたれて立っている。
窓は近いが、ここは4階くらいまで上がっている。
全身が痺れた状態で飛び降りればただではすまないだろう。
しばらく様子を見てその動きが緩慢な事を確かめてから、永沢は目前に姿を表した。
「ふふふ…………痺れ薬は思いの外よく効いているようだね」
その声でようやく気づいたかのように、レックスはゆっくりと顔を上げる。
しかし目線が合うまでは上がりもせずに、半端なところで頭は止まる。
細い息が、漏れる。
俯く顎から一筋の汗が滴って、埃っぽい床を湿らせる。
「これで終わりさ。悪いけど、恨むなら簡単に崩れてしまう“毎日”を恨むんだね」
レックスがピクリと震える。
永沢がビクリと震える。
だけどそれ以上に動く様子は無い。
永沢は安堵の息を吐くと、ボウガンをしっかりとレックスの胸に照準して。
「それじゃさよならだね。フフフ、狩人は僕なのさ」
…………ゆっくりと、引き金に力を篭めた。
レックスが顔を、上げた。
* * *
真紅はもうしばらく様子を見るはずだった。
レックスが容易く殺されるとは思えないからだ。
かなりの手傷を負ったとはいえ、まだ戦う力は残っているはずだ。
戦闘になった、あるいは終わった隙を突いた方が良い。
しかしレックスは、タマネギ頭の少年が目の前に現れてもなお動こうとはしない。
思い悩む真紅の前でタマネギ頭から答えが明かされる。
「ふふふ…………痺れ薬は思いの外よく効いているようだね」
(痺れ薬? 矢に毒が塗ってあったのね)
それなら納得できる気がした。
方向感覚が狂わされている中で正確な狙撃を受ければ如何に彼でも避けられないだろう。
更にそれに痺れ薬が塗られていたのなら、動きは鈍り逃げきれないだろう。
その身を次々と狙撃が襲ったのならば、ハリネズミのようになりながら隠れるしかないだろう。
そうだとすれば、敗北はどうしようもない必然だ。
(……気のせいなのだわ。何も可笑しくはないもの)
苦戦したレックスに対する畏怖の感情と、あまりに小物なタマネギ頭への蔑視の感情が食い違う。
だけどそれはただの感情で、何の理屈にも沿ってはいない。
それに時間がない。既にボウガンの照準はレックスに向けられている。
真紅の撃墜数としてレックスを数える為には、今殺すしか他に無い!
(獲物は頂くのだわ!)
静かな気迫と共に真紅は必殺の花弁を撃ち放つ。
同時にボウガンの矢も放たれた。
ボウガンの矢を追い越して真紅の花弁が宙を裂く。
永沢の先は越した。そうなれば真紅の花弁がレックスの命を奪うことは必然だ。
――だが。
真紅は、いつの間にかレックスが顔を上げている事に気が付いた。
その顔に浮かぶ表情を目にした。
真紅はその瞬間に直感した。
自分が何かの罠の中に捕らわれた事を。
蝶を捕らえる蜘蛛の巣が張られていた事を。
そしてレックスの発した声が、真紅の耳に届いた。
レックスが容易く殺されるとは思えないからだ。
かなりの手傷を負ったとはいえ、まだ戦う力は残っているはずだ。
戦闘になった、あるいは終わった隙を突いた方が良い。
しかしレックスは、タマネギ頭の少年が目の前に現れてもなお動こうとはしない。
思い悩む真紅の前でタマネギ頭から答えが明かされる。
「ふふふ…………痺れ薬は思いの外よく効いているようだね」
(痺れ薬? 矢に毒が塗ってあったのね)
それなら納得できる気がした。
方向感覚が狂わされている中で正確な狙撃を受ければ如何に彼でも避けられないだろう。
更にそれに痺れ薬が塗られていたのなら、動きは鈍り逃げきれないだろう。
その身を次々と狙撃が襲ったのならば、ハリネズミのようになりながら隠れるしかないだろう。
そうだとすれば、敗北はどうしようもない必然だ。
(……気のせいなのだわ。何も可笑しくはないもの)
苦戦したレックスに対する畏怖の感情と、あまりに小物なタマネギ頭への蔑視の感情が食い違う。
だけどそれはただの感情で、何の理屈にも沿ってはいない。
それに時間がない。既にボウガンの照準はレックスに向けられている。
真紅の撃墜数としてレックスを数える為には、今殺すしか他に無い!
(獲物は頂くのだわ!)
静かな気迫と共に真紅は必殺の花弁を撃ち放つ。
同時にボウガンの矢も放たれた。
ボウガンの矢を追い越して真紅の花弁が宙を裂く。
永沢の先は越した。そうなれば真紅の花弁がレックスの命を奪うことは必然だ。
――だが。
真紅は、いつの間にかレックスが顔を上げている事に気が付いた。
その顔に浮かぶ表情を目にした。
真紅はその瞬間に直感した。
自分が何かの罠の中に捕らわれた事を。
蝶を捕らえる蜘蛛の巣が張られていた事を。
そしてレックスの発した声が、真紅の耳に届いた。
「――キアリク」
* * *
放たれたボウガンの矢は瞬時にレックスの目前に迫り。
放たれた薔薇の花弁は瞬時にレックスの目前に迫り。
紡がれた呪文の力は瞬時にレックスの自由を取り戻した。
全ては刹那の一瞬。
力を溜めていた腕は瞬時に跳ね上がり、薔薇の花弁とボウガンの矢を打ち払う!
放たれた薔薇の花弁は瞬時にレックスの目前に迫り。
紡がれた呪文の力は瞬時にレックスの自由を取り戻した。
全ては刹那の一瞬。
力を溜めていた腕は瞬時に跳ね上がり、薔薇の花弁とボウガンの矢を打ち払う!
固い物が床に叩き落とされるような音が、二度。
花弁は粉砕され、矢は天井まで跳ね上がり、跳ね返って床に落ちて二度だ。
床に落ちた矢は折れ曲がって、転がりも突き刺さりもせずに地に伏する。
驚愕に満ちた4つの視線がレックスに集まる。
レックスは引き続けて唱えた。
「ベホイミ」
中程度の回復魔法。元の世界ならともかくこの世界で大した傷は癒せない。
だがたった一度のそれだけで、レックスの矢傷は全て塞がった。
傷はたったのそれだけで、流れた血は傷の数の比べてあまりにも少なかった。
ようやく狩人達は自分達こそが獲物だった事を理解する。
「スクルトを重ね掛けしておかないで良かった。
一度で服も貫かれなくなったんだもん。その武器、威力が低すぎるよ」
子供らしい自慢が、彼らしくもない感情を押し殺した声で紡がれる。
畏怖すべき事実に永沢も真紅も凍り付く。
狙撃が始まると同時にかけておいた防御魔法スクルトはレックスの防御力を高めた。
更にレックスは反撃を捨てて筋肉を固める事で『身を守った』。
無数の戦いを抜け鍛え上げられた強靱な肉体でだ。
その上、永沢の使ったボウガンは痺れ薬が塗ってあるだけで威力は極めて低かった。
ここまで重なれば攻撃が通用する方がおかしい程だ。
真紅は気が付いた。
先程の狙撃で放たれた矢が、正確に手や足だけに突き刺さっていた事に。
回避行動すらも裏目に出て当たっていた事に。
確かに方向感覚が狂っている中で正確な狙撃を受ければ避ける事は難しいかもしれない。
だがここに一つの見落としが有った。
――どうして、永沢にそんな事が出来るのだ?
レックスと同じく完全にワンダーランドの影響を受けていた永沢に。
答えは一つ。レックスは“わざと当たっていた”。
全ては真紅を誘き出すその為に。
花弁は粉砕され、矢は天井まで跳ね上がり、跳ね返って床に落ちて二度だ。
床に落ちた矢は折れ曲がって、転がりも突き刺さりもせずに地に伏する。
驚愕に満ちた4つの視線がレックスに集まる。
レックスは引き続けて唱えた。
「ベホイミ」
中程度の回復魔法。元の世界ならともかくこの世界で大した傷は癒せない。
だがたった一度のそれだけで、レックスの矢傷は全て塞がった。
傷はたったのそれだけで、流れた血は傷の数の比べてあまりにも少なかった。
ようやく狩人達は自分達こそが獲物だった事を理解する。
「スクルトを重ね掛けしておかないで良かった。
一度で服も貫かれなくなったんだもん。その武器、威力が低すぎるよ」
子供らしい自慢が、彼らしくもない感情を押し殺した声で紡がれる。
畏怖すべき事実に永沢も真紅も凍り付く。
狙撃が始まると同時にかけておいた防御魔法スクルトはレックスの防御力を高めた。
更にレックスは反撃を捨てて筋肉を固める事で『身を守った』。
無数の戦いを抜け鍛え上げられた強靱な肉体でだ。
その上、永沢の使ったボウガンは痺れ薬が塗ってあるだけで威力は極めて低かった。
ここまで重なれば攻撃が通用する方がおかしい程だ。
真紅は気が付いた。
先程の狙撃で放たれた矢が、正確に手や足だけに突き刺さっていた事に。
回避行動すらも裏目に出て当たっていた事に。
確かに方向感覚が狂っている中で正確な狙撃を受ければ避ける事は難しいかもしれない。
だがここに一つの見落としが有った。
――どうして、永沢にそんな事が出来るのだ?
レックスと同じく完全にワンダーランドの影響を受けていた永沢に。
答えは一つ。レックスは“わざと当たっていた”。
全ては真紅を誘き出すその為に。
「行くよ!」
レックスの咆哮が空気を揺らす。
二人の獲物が我に返った時にはもう遅い。
レックスはその手の内にある杖を掲げて、叫んだ。
「ドラゴンの杖よ、ボクに力を!」
瞬間、大気が溢れた。
膨れ上がった体積に押し出され、溢れた大気が風となって戦慄を奏でる。
吹きすさぶ風が薄く漂い始めた霧すらも一時的に吹き飛ばす。
恐怖が全身を駆け抜ける。
そして、薄明かりの中にそれは顕現した。
レックスの咆哮が空気を揺らす。
二人の獲物が我に返った時にはもう遅い。
レックスはその手の内にある杖を掲げて、叫んだ。
「ドラゴンの杖よ、ボクに力を!」
瞬間、大気が溢れた。
膨れ上がった体積に押し出され、溢れた大気が風となって戦慄を奏でる。
吹きすさぶ風が薄く漂い始めた霧すらも一時的に吹き飛ばす。
恐怖が全身を駆け抜ける。
そして、薄明かりの中にそれは顕現した。
それは金属的な光沢すら誇る硬質な鱗。
人を握りつぶせようかという程に強靱で巨大な鍵爪を備えた腕。
獰猛な肉食獣のような、いや、そのものの脚。
薄暗い部屋でよく判らないがその背には翼も生えているように思えた。
人を睨み殺しそうな、同時に知性を秘めた矛盾する爬虫類の瞳が、開く。
その強靱な顎の奥には刃のような牙がずらりと並んでいる。
「ド、ドラゴン……!?」
恐れるべき呼称が捧げられた。
だがそれら全ては、余剰だ。
剣の如き牙に意味は無い。その強靱な腕に意味は無い。
何故なら、ドラゴンにはそれら全てを凌駕する最強の武器が有るからだ。
レックスが変身したドラゴンはその強靱なあぎとを開き。
――灼熱の劫火を吐き出した。
人を握りつぶせようかという程に強靱で巨大な鍵爪を備えた腕。
獰猛な肉食獣のような、いや、そのものの脚。
薄暗い部屋でよく判らないがその背には翼も生えているように思えた。
人を睨み殺しそうな、同時に知性を秘めた矛盾する爬虫類の瞳が、開く。
その強靱な顎の奥には刃のような牙がずらりと並んでいる。
「ド、ドラゴン……!?」
恐れるべき呼称が捧げられた。
だがそれら全ては、余剰だ。
剣の如き牙に意味は無い。その強靱な腕に意味は無い。
何故なら、ドラゴンにはそれら全てを凌駕する最強の武器が有るからだ。
レックスが変身したドラゴンはその強靱なあぎとを開き。
――灼熱の劫火を吐き出した。
「うわあああああああああああああああっ」
永沢は自分でも意外な程に早く反応し、走り出していた。
恐怖に立ちすくむのではなく、恐怖に逃げ出すという常識的な反応に進めた。
それは小さな奇跡だったのかもしれない。だが。
彼が生き残るにはその数倍の奇跡が必要だった。
地面を踏みしめた筈の脚が宙を舞う。
(くそ、どうしてこんな時に……!)
こんな時に無様に転んだ不運を嘆きながら立ち上がろうとして、再び転んだ。
床に頭を打ち付けた。痛みは感じなかった。
「ど、どうして……」
永沢は気づかない。
自分の膝から下が劫火の直撃を受けて炭化して、あっさりと砕けてしまった事に気づかない。
もうどうしようもなくなっている事に気づかない!
何も判らず気づけずにただ満面に恐怖を浮かべて振り返った彼を、二度目の劫火が迎えた。
「か……か、か…………」
視界全てが真っ赤な劫火に包まれた。
永沢は否応なしに思い出す。自分があまりに多くを失ってしまった日の事を。
平穏な暮らしを送っていた永沢の心にあまりにも暗い影を落とした悪夢の記憶を。
あの火事の日の記憶を。
再び訪れた炎は永沢の命をも焼き尽くした。
「火事はいやだあああああああああああああああああああああああああああ」
それが、永沢少年の最期の言葉だった。
永沢は自分でも意外な程に早く反応し、走り出していた。
恐怖に立ちすくむのではなく、恐怖に逃げ出すという常識的な反応に進めた。
それは小さな奇跡だったのかもしれない。だが。
彼が生き残るにはその数倍の奇跡が必要だった。
地面を踏みしめた筈の脚が宙を舞う。
(くそ、どうしてこんな時に……!)
こんな時に無様に転んだ不運を嘆きながら立ち上がろうとして、再び転んだ。
床に頭を打ち付けた。痛みは感じなかった。
「ど、どうして……」
永沢は気づかない。
自分の膝から下が劫火の直撃を受けて炭化して、あっさりと砕けてしまった事に気づかない。
もうどうしようもなくなっている事に気づかない!
何も判らず気づけずにただ満面に恐怖を浮かべて振り返った彼を、二度目の劫火が迎えた。
「か……か、か…………」
視界全てが真っ赤な劫火に包まれた。
永沢は否応なしに思い出す。自分があまりに多くを失ってしまった日の事を。
平穏な暮らしを送っていた永沢の心にあまりにも暗い影を落とした悪夢の記憶を。
あの火事の日の記憶を。
再び訪れた炎は永沢の命をも焼き尽くした。
「火事はいやだあああああああああああああああああああああああああああ」
それが、永沢少年の最期の言葉だった。
「む、むちゃくちゃなのだわ……」
真紅は必死に心の平静を保って周囲の状況を把握する。
逃げ道は二つ。入ってきた扉と、壁際の窓だ。
だが入ってきた扉は無理だ。
ただでさえ扉は限定された空間で、その上に異臭を放ち燃え残る人間だった物が邪魔だ。
あそこを通ろうとすれば確実に二度は燃やされる。
そして壁際の窓は……そのすぐ横にレックスが居た。
最初からその位は考えた場所で待っていたのだ。
駆け抜ければ一度で済むかもしれないが、その一度は確実に至近距離の直撃になる。
(それならば戦うしか……ダメ。これは勝てない……!)
レックスは立ちつくす真紅に狙いを向けて、再び灼熱の劫火を噴きかける。
「クッ……!」
薔薇の花弁を叩きつけた。だが炎は一瞬で花弁を燃やし尽くして迫る。
やはり効かない。火力の差は圧倒的だ。
さっき奪ったバットで戦うか?
……無理だ。接近戦でレックスに敵わない事は散々に証明された。
(残るのはアリス・イン・ワンダーランド密集状態で幻覚をぶつける位しか……)
だがそんな隙が何処に有る?
劫火は部屋の全てを嘗め尽くし、燃える物の殆ど無い廃ビルすらも火の海に変えていく。
逃げ道は無く避ける事すら難しい。屋内に制限された空間では飛行能力も意味が薄い。
この状況で真紅が辛うじて避け続けていられるのはアリス・イン・ワンダーランドのおかげだった。
拡散状態で放出を続けているチャフがレックスの方向感覚や距離感に僅かな狂いを与え、
その僅かな隙に滑り込む事で辛うじてレックスの攻撃を避けしのぐ。
密集状態にしようものならその瞬間に焼き尽くされる。
だがその頼みのチャフさえも、劫火に薙払われ吹き飛ばされ、焼き尽くされて減っていく。
あと何分保つ? いや、あと何秒保つ!?
(無理だわ、避けに徹してももう限界……!)
劫火がドレスを掠めて火を付けた時、真紅は遂に覚悟を決めた。
真紅は必死に心の平静を保って周囲の状況を把握する。
逃げ道は二つ。入ってきた扉と、壁際の窓だ。
だが入ってきた扉は無理だ。
ただでさえ扉は限定された空間で、その上に異臭を放ち燃え残る人間だった物が邪魔だ。
あそこを通ろうとすれば確実に二度は燃やされる。
そして壁際の窓は……そのすぐ横にレックスが居た。
最初からその位は考えた場所で待っていたのだ。
駆け抜ければ一度で済むかもしれないが、その一度は確実に至近距離の直撃になる。
(それならば戦うしか……ダメ。これは勝てない……!)
レックスは立ちつくす真紅に狙いを向けて、再び灼熱の劫火を噴きかける。
「クッ……!」
薔薇の花弁を叩きつけた。だが炎は一瞬で花弁を燃やし尽くして迫る。
やはり効かない。火力の差は圧倒的だ。
さっき奪ったバットで戦うか?
……無理だ。接近戦でレックスに敵わない事は散々に証明された。
(残るのはアリス・イン・ワンダーランド密集状態で幻覚をぶつける位しか……)
だがそんな隙が何処に有る?
劫火は部屋の全てを嘗め尽くし、燃える物の殆ど無い廃ビルすらも火の海に変えていく。
逃げ道は無く避ける事すら難しい。屋内に制限された空間では飛行能力も意味が薄い。
この状況で真紅が辛うじて避け続けていられるのはアリス・イン・ワンダーランドのおかげだった。
拡散状態で放出を続けているチャフがレックスの方向感覚や距離感に僅かな狂いを与え、
その僅かな隙に滑り込む事で辛うじてレックスの攻撃を避けしのぐ。
密集状態にしようものならその瞬間に焼き尽くされる。
だがその頼みのチャフさえも、劫火に薙払われ吹き飛ばされ、焼き尽くされて減っていく。
あと何分保つ? いや、あと何秒保つ!?
(無理だわ、避けに徹してももう限界……!)
劫火がドレスを掠めて火を付けた時、真紅は遂に覚悟を決めた。
一つだけ、可能性は見つけていた。
拡散状態のアリス・イン・ワンダーランドは方向感覚と距離感を狂わせる。
レックスの選んだこの廃ビルは一つだけ真紅に有利な特性を備えていた。
それでもレックスを倒せる可能性は限りなく零に等しい。
ただ逃げ延びるだけでさえ成功率は万に一つだ。
そして失敗すれば、確実に真紅は炭と化す。
(それでもこの万が一に賭けるしか生き残る術は無い)
だからそうするしかない。
真紅は拡散状態のチャフを一気にレックスに叩きつけた。
方向感覚や距離感が少しでも大きく狂うように。
そしてレックスへと……その背後の窓へと走った。
レックスは大きく息を吸い込み大量の劫火を溜め込む。
恐怖。そして追いつめられた絶望。それでももう走るしかない。
ワンダーランドの羽と自らの飛翔力の全てを纏めて推力に叩き込んで突き進む。
前へ。ドラゴンの目の前へ。唯一の逃げ道へ。窓へとひた走る。
遂にレックスの目前を通り過ぎる。
その瞬間、レックスは灼熱の劫火を吐き出した――!
凄まじい爆炎が真紅に襲い掛かる。
「うくっあぁああああああああああああああああああああああああああぁっ!!」
真紅はそれを背中で受けた。出来る事はそれだけだ。
基本支給品のたっぷりの水まで含まれるランドセルを盾にする。
だが当然、十分に溜め込んだ灼熱の劫火はその程度では防ぎきれない。
一瞬にしてランドセルが消し飛び、水の入ったペットボトルが弾けて水が水蒸気に爆発する。
その爆発すらも推力となって真紅に味方する。
それでも本来ならまだまだ足りない。一人分の飲料水では壁としてあまりに不足。
しかしここで一つの幸運が真紅に味方した。
真紅はジュジュを殺した時にその支給品を奪い取っていた。それは食料も含めてだ。
つまり真紅の背にある飲料水は……二人分。
更なる強烈な衝撃が真紅を打ちのめす。
二人分の水が蒸発する水蒸気爆発は真紅をビルの外へと叩き出した!
拡散状態のアリス・イン・ワンダーランドは方向感覚と距離感を狂わせる。
レックスの選んだこの廃ビルは一つだけ真紅に有利な特性を備えていた。
それでもレックスを倒せる可能性は限りなく零に等しい。
ただ逃げ延びるだけでさえ成功率は万に一つだ。
そして失敗すれば、確実に真紅は炭と化す。
(それでもこの万が一に賭けるしか生き残る術は無い)
だからそうするしかない。
真紅は拡散状態のチャフを一気にレックスに叩きつけた。
方向感覚や距離感が少しでも大きく狂うように。
そしてレックスへと……その背後の窓へと走った。
レックスは大きく息を吸い込み大量の劫火を溜め込む。
恐怖。そして追いつめられた絶望。それでももう走るしかない。
ワンダーランドの羽と自らの飛翔力の全てを纏めて推力に叩き込んで突き進む。
前へ。ドラゴンの目の前へ。唯一の逃げ道へ。窓へとひた走る。
遂にレックスの目前を通り過ぎる。
その瞬間、レックスは灼熱の劫火を吐き出した――!
凄まじい爆炎が真紅に襲い掛かる。
「うくっあぁああああああああああああああああああああああああああぁっ!!」
真紅はそれを背中で受けた。出来る事はそれだけだ。
基本支給品のたっぷりの水まで含まれるランドセルを盾にする。
だが当然、十分に溜め込んだ灼熱の劫火はその程度では防ぎきれない。
一瞬にしてランドセルが消し飛び、水の入ったペットボトルが弾けて水が水蒸気に爆発する。
その爆発すらも推力となって真紅に味方する。
それでも本来ならまだまだ足りない。一人分の飲料水では壁としてあまりに不足。
しかしここで一つの幸運が真紅に味方した。
真紅はジュジュを殺した時にその支給品を奪い取っていた。それは食料も含めてだ。
つまり真紅の背にある飲料水は……二人分。
更なる強烈な衝撃が真紅を打ちのめす。
二人分の水が蒸発する水蒸気爆発は真紅をビルの外へと叩き出した!
しかし尚、依然、真紅が生き残るにはまだ足りない。
水蒸気爆発は炎の熱を軽減して、しかし零距離の爆発として真紅を襲った。
更に真紅の全身は軽減しても尚消えきらない灼熱の劫火に包まれている。
こんな状態で炎に包まれて耐えられる時間はほんの僅かしかないだろう。
……だから真紅は、落下速度を殆ど緩めなかった。
廃ビルの四階から廃ビルの周囲に残っていた霧の中を突っ切って遥か下へと落下する。
ギリギリで耐えられる程度に緩和した速度で、真紅は“水面に叩きつけられる”。
そう、この廃ビルは湖岸に建っていた。
それこそがこの廃ビルにおいて唯一、真紅に有利な条件だった。
高々と水柱が上がり、真紅の姿は湖面へと……消えた。
水蒸気爆発は炎の熱を軽減して、しかし零距離の爆発として真紅を襲った。
更に真紅の全身は軽減しても尚消えきらない灼熱の劫火に包まれている。
こんな状態で炎に包まれて耐えられる時間はほんの僅かしかないだろう。
……だから真紅は、落下速度を殆ど緩めなかった。
廃ビルの四階から廃ビルの周囲に残っていた霧の中を突っ切って遥か下へと落下する。
ギリギリで耐えられる程度に緩和した速度で、真紅は“水面に叩きつけられる”。
そう、この廃ビルは湖岸に建っていた。
それこそがこの廃ビルにおいて唯一、真紅に有利な条件だった。
高々と水柱が上がり、真紅の姿は湖面へと……消えた。
丁度、ドラゴンの杖によるドラゴラムの効果も切れた。
元の少年の姿に戻りつつ、レックスは眼下に広がる湖を見おろした。
廃ビルを選びはしたけれど、湖に向かって、それも湖際まで来ていた事は気づかなかった。
その失策がトドメを逃した。
再びドラゴンの杖を使った所で炎で水は焼き尽くせない。
どうしようもない。逃げ切られた。
(そしてあいつは再びボクを襲う。あるいは……タバサを襲う!)
激情はレックスを咄嗟の攻撃に走らせる。
レックスは遥か下方の水面を睨み付け、天高くその手を掲げて。
元の少年の姿に戻りつつ、レックスは眼下に広がる湖を見おろした。
廃ビルを選びはしたけれど、湖に向かって、それも湖際まで来ていた事は気づかなかった。
その失策がトドメを逃した。
再びドラゴンの杖を使った所で炎で水は焼き尽くせない。
どうしようもない。逃げ切られた。
(そしてあいつは再びボクを襲う。あるいは……タバサを襲う!)
激情はレックスを咄嗟の攻撃に走らせる。
レックスは遥か下方の水面を睨み付け、天高くその手を掲げて。
「まだだぁっ! ライデイン!!」
一筋の落雷が波打つ水面に突き立った!
一筋の落雷が波打つ水面に突き立った!
* * *
真紅は水面に沈んでいく自分の体を、感じた。
そう、感じた。まだ体は壊れていない。
両腕も両足も、胴体も、お腹も、頭も、全て痛みはしたものの砕けてはいない。
(散々……だったのだわ…………)
ドレスは背中から無惨に焼けこげている。
肌も背中は酷いことになっているだろう。
どういう因果かパピヨンマスクが残っているのは不幸中の幸いだが、淑女の身だしなみとしては失格だ。
……そんな事を考えられるだけ幸運なのだと自分を慰める。
(とにかく、ワンダーランドを核鉄に戻し……)
そう思った次の瞬間、水面で何かが光って。
全身を駆け抜けた衝撃が真紅の意識を刈り取った。
そう、感じた。まだ体は壊れていない。
両腕も両足も、胴体も、お腹も、頭も、全て痛みはしたものの砕けてはいない。
(散々……だったのだわ…………)
ドレスは背中から無惨に焼けこげている。
肌も背中は酷いことになっているだろう。
どういう因果かパピヨンマスクが残っているのは不幸中の幸いだが、淑女の身だしなみとしては失格だ。
……そんな事を考えられるだけ幸運なのだと自分を慰める。
(とにかく、ワンダーランドを核鉄に戻し……)
そう思った次の瞬間、水面で何かが光って。
全身を駆け抜けた衝撃が真紅の意識を刈り取った。
* * *
「…………やった……のかな?」
レックスは少し自信なさげに呟く。
激情に任せて放ってしまったが、考えてみれば雷撃呪文だって水中では拡散しそうだ。
直前に与えたダメージを思えば十分な威力にも思えたが、確信は持てない。
まだ生きているかもしれない。
(今のもギガデインならもしかしたら……またケチっちゃった。なんでこう踏ん切りが付かないんだろ)
だけど追う事は出来ない。レックスは水際で戦った経験は有るけれど、逆に言えばそこまでだ。
水中ではまともに戦う事が出来ない。
どうせギガデインを使っていたとしてもあの人形の生死を確認する事は出来なかっただろう。
だからこれで十分な戦果だと自分を納得させる事にした。
迷いの霧を作っていた人形はそのまま壊れたかもしれないダメージを与えて撃退した。
更に確実に一人を殺し……その支給品を手に入れたのだから。
「良い剣だね、これ。天空の剣……ううん、メタルキングの剣みたいだ」
永沢は振り返って劫火を受けた。
大量の水分を含む人体と、飲料水の蒸発で熱量を緩和したランドセルは燃え尽きなかった。
いや、こちらの剣に至っては例え素で劫火の中に有ったとしても燃えなかっただろう。
それほどの秘剣。あるいは聖剣か、魔剣かだった。
レックスは彼の最後の支給品も自分のランドセルに放り込み、エーテルを一本取りだす。
ごくごくと一気に飲み干すと、全身に魔力が漲っていくのを感じられる。
(それに、消耗も少なくできたんだ)
これほどの激戦になりながらも魔法力は節約出来た。
最後にあんなに不確かな状況で撃ったライデインはもしかしたら無駄かもしれない。
だけどそれだけだ。
本当に上手くやれた。上手くできた。上手く戦って勝てた。
方向感覚も距離感も狂う霧に包まれて、常に追われ、狙撃されながらも一人で戦い抜き、勝利した。
だから。
(だから……もう怯えるな、ボクの心!)
レックスは少し自信なさげに呟く。
激情に任せて放ってしまったが、考えてみれば雷撃呪文だって水中では拡散しそうだ。
直前に与えたダメージを思えば十分な威力にも思えたが、確信は持てない。
まだ生きているかもしれない。
(今のもギガデインならもしかしたら……またケチっちゃった。なんでこう踏ん切りが付かないんだろ)
だけど追う事は出来ない。レックスは水際で戦った経験は有るけれど、逆に言えばそこまでだ。
水中ではまともに戦う事が出来ない。
どうせギガデインを使っていたとしてもあの人形の生死を確認する事は出来なかっただろう。
だからこれで十分な戦果だと自分を納得させる事にした。
迷いの霧を作っていた人形はそのまま壊れたかもしれないダメージを与えて撃退した。
更に確実に一人を殺し……その支給品を手に入れたのだから。
「良い剣だね、これ。天空の剣……ううん、メタルキングの剣みたいだ」
永沢は振り返って劫火を受けた。
大量の水分を含む人体と、飲料水の蒸発で熱量を緩和したランドセルは燃え尽きなかった。
いや、こちらの剣に至っては例え素で劫火の中に有ったとしても燃えなかっただろう。
それほどの秘剣。あるいは聖剣か、魔剣かだった。
レックスは彼の最後の支給品も自分のランドセルに放り込み、エーテルを一本取りだす。
ごくごくと一気に飲み干すと、全身に魔力が漲っていくのを感じられる。
(それに、消耗も少なくできたんだ)
これほどの激戦になりながらも魔法力は節約出来た。
最後にあんなに不確かな状況で撃ったライデインはもしかしたら無駄かもしれない。
だけどそれだけだ。
本当に上手くやれた。上手くできた。上手く戦って勝てた。
方向感覚も距離感も狂う霧に包まれて、常に追われ、狙撃されながらも一人で戦い抜き、勝利した。
だから。
(だから……もう怯えるな、ボクの心!)
レックスは天空の勇者だ。
過酷な戦いの末に家族や仲間と共に大魔王ミルドラースを打ち倒した英雄だ。
その腕力と体力は父が仲間とする怪力無双の魔物にすら匹敵し、
伝説の武具を身に纏う資格を持ち、最強の攻撃魔法を放ち、最高の回復魔法を使いこなす。
他の強力な力を持った参加者も……いや、きっとジェダですら、
レックスが元の世界で戦い抜いた巨悪より特別強い敵だとは言えないだろう。
過酷な戦いの末に家族や仲間と共に大魔王ミルドラースを打ち倒した英雄だ。
その腕力と体力は父が仲間とする怪力無双の魔物にすら匹敵し、
伝説の武具を身に纏う資格を持ち、最強の攻撃魔法を放ち、最高の回復魔法を使いこなす。
他の強力な力を持った参加者も……いや、きっとジェダですら、
レックスが元の世界で戦い抜いた巨悪より特別強い敵だとは言えないだろう。
だけどあの時は一人じゃなかった。
レックスは制限で全力を減じられてはいなかった。
伝説の天空の武具がレックスの身を包んでいた。
タバサも居たし、父に母、召使いのサンチョや父の連れた強く優しい魔物達が居た。
その全てを結集してようやく勝利したのだ。
レックスは制限で全力を減じられてはいなかった。
伝説の天空の武具がレックスの身を包んでいた。
タバサも居たし、父に母、召使いのサンチョや父の連れた強く優しい魔物達が居た。
その全てを結集してようやく勝利したのだ。
元から方向音痴のレックスをしっかりと道案内してくれた妹のタバサは離ればなれだ。
霧は払ったけれど、それでも道に迷ったら今度は自分で道を見つけないといけない。
(迷わないようにしないとダメなんだ)
多種多様で強力な回復魔法は使えるけれど、それも全て自分で使わなければならない。
斬り結びながら回復なんて芸当は難しいだろう。
(あの矢傷から痺れが走った時だって、本当は怖かった)
霧は払ったけれど、それでも道に迷ったら今度は自分で道を見つけないといけない。
(迷わないようにしないとダメなんだ)
多種多様で強力な回復魔法は使えるけれど、それも全て自分で使わなければならない。
斬り結びながら回復なんて芸当は難しいだろう。
(あの矢傷から痺れが走った時だって、本当は怖かった)
元の世界でもキアリクはレックスの他に父の仲間の魔物にしか使えなかった。
他の誰かが麻痺した時はレックスがキアリクを使ってあげればよかったけれど、
レックスが麻痺してしまって馬車も近くに無い時は本当に怖かったのだ。
指一本動かせず、父達が急いで敵を倒してくれるまでずっと見ている事しか出来ない。
もしもみんなが倒れてしまえば意識を保ったままなぶり殺されるしかない。
だからスクルトを掛けて安堵して受けた小さな矢傷から痺れが走った時、本当に寒気がした。
そして痺れが即効性なだけでとても弱いものである事に気づいて、考えを決めた。
弱い物だけど痺れる矢は確かに恐ろしい。
他の誰かが麻痺した時はレックスがキアリクを使ってあげればよかったけれど、
レックスが麻痺してしまって馬車も近くに無い時は本当に怖かったのだ。
指一本動かせず、父達が急いで敵を倒してくれるまでずっと見ている事しか出来ない。
もしもみんなが倒れてしまえば意識を保ったままなぶり殺されるしかない。
だからスクルトを掛けて安堵して受けた小さな矢傷から痺れが走った時、本当に寒気がした。
そして痺れが即効性なだけでとても弱いものである事に気づいて、考えを決めた。
弱い物だけど痺れる矢は確かに恐ろしい。
『だからこそ放っておけない。誘き出して殺してしまおう』と。
慎重に痺れの具合に注意して三発に一発だけ腕や足に当てて逃げ出した。
そして目的の場所に辿り着いたら、場所を選んで待ち受けた。
顎から滴り落ちる程に冷や汗が流れていた。
(わかってたんだ。恐がる必要なんてぜんぜん無い。
不思議な霧の中でスクルトをかけたからって、全然当たらなくて当たっても痛くない攻撃なんだもん)
だけどそれでも怖かった。
だから恐怖を抑えて強がって、相手をコケにして強がって。
戦いが始まったら真っ先に、ボウガンの少年を焼き尽くした。
先に人形の方を壊してしまえば、素人の子供なんて後からでも追いついて殺せたのに。
そして目的の場所に辿り着いたら、場所を選んで待ち受けた。
顎から滴り落ちる程に冷や汗が流れていた。
(わかってたんだ。恐がる必要なんてぜんぜん無い。
不思議な霧の中でスクルトをかけたからって、全然当たらなくて当たっても痛くない攻撃なんだもん)
だけどそれでも怖かった。
だから恐怖を抑えて強がって、相手をコケにして強がって。
戦いが始まったら真っ先に、ボウガンの少年を焼き尽くした。
先に人形の方を壊してしまえば、素人の子供なんて後からでも追いついて殺せたのに。
これまでに三度使ったライデインの時だってそうだ。
どうして、ギガデインを使わなかった?
そうすればその幾つか、あるいは全て殺せていた筈なのに。
考えるまでもない。一人旅でマジックポイントが無くなるのが恐かったのだ。
レックスの世界において魔法力を回復する道具はどれも貴重な物だった。
大抵の場合において宿屋で眠るしか魔法力を回復する手段は無い。
安全な街も護ってくれる仲間も居ないレックスにとって眠りは恐怖でしかない。
(だけど今、ボクはエーテルをこんなにたくさん持っているのに。
この点だけは元の世界より恵まれてるくらいなのにさ)
たとえ魔法力が切れたとしても鍛え抜いた肉体が残るのに。
それなのに魔法力を使い果たす事が、恐い。
どうして、ギガデインを使わなかった?
そうすればその幾つか、あるいは全て殺せていた筈なのに。
考えるまでもない。一人旅でマジックポイントが無くなるのが恐かったのだ。
レックスの世界において魔法力を回復する道具はどれも貴重な物だった。
大抵の場合において宿屋で眠るしか魔法力を回復する手段は無い。
安全な街も護ってくれる仲間も居ないレックスにとって眠りは恐怖でしかない。
(だけど今、ボクはエーテルをこんなにたくさん持っているのに。
この点だけは元の世界より恵まれてるくらいなのにさ)
たとえ魔法力が切れたとしても鍛え抜いた肉体が残るのに。
それなのに魔法力を使い果たす事が、恐い。
…………なんだか自分が情けなく思えてきた。
「なにやってるんだろ。勇者なのに、こんなに怖がっちゃうなんて」
妹以外の全ての参加者を殺し尽くすという非情の道を選んだ。
慎重になるのは必要だろう。
だけど怯えてどうする。今更迷ってどうする。
それは弱さにしか繋がらない。
だから最後にもう一決意をしなければならない。そう。
「早く、からないといけないよね。ボクの……弱い心」
自らの強さで自らの弱さをかりとろう。
その時には今度こそ、理想の狩人になれるだろう。
「なにやってるんだろ。勇者なのに、こんなに怖がっちゃうなんて」
妹以外の全ての参加者を殺し尽くすという非情の道を選んだ。
慎重になるのは必要だろう。
だけど怯えてどうする。今更迷ってどうする。
それは弱さにしか繋がらない。
だから最後にもう一決意をしなければならない。そう。
「早く、からないといけないよね。ボクの……弱い心」
自らの強さで自らの弱さをかりとろう。
その時には今度こそ、理想の狩人になれるだろう。
レックスは再び旅を再開した。
狩人の旅へ向けて、歩き出した。
狩人の旅へ向けて、歩き出した。
【永沢君男 死亡】
死体は黒こげでG-6湖畔の廃ビルの一室に有ります。
死体は黒こげでG-6湖畔の廃ビルの一室に有ります。
【G-6/湖底/一日目/昼】
【真紅@ローゼンメイデン】
[状態]:昏倒、背中に火傷及び打撲(人形だけど)、電撃のダメージ
[装備]:パピヨンマスク@武装錬金、核金LXX70(アリス・イン・ワンダーランド)核鉄状態@武装錬金
[道具]:マジカントバット
[服装]:背中を中心に大部分が焼けこげたドレス、パピヨンマスク
[思考]:あ………………
[備考]:ランドセルは吹き飛んでいます。マジカントバットは正確にはすぐ近くに沈んでいます。
第一行動方針:生き延びる。
第二行動方針:参加者と接触し、情報を得た後殺害する。
基本行動方針:最後の一人になる
【真紅@ローゼンメイデン】
[状態]:昏倒、背中に火傷及び打撲(人形だけど)、電撃のダメージ
[装備]:パピヨンマスク@武装錬金、核金LXX70(アリス・イン・ワンダーランド)核鉄状態@武装錬金
[道具]:マジカントバット
[服装]:背中を中心に大部分が焼けこげたドレス、パピヨンマスク
[思考]:あ………………
[備考]:ランドセルは吹き飛んでいます。マジカントバットは正確にはすぐ近くに沈んでいます。
第一行動方針:生き延びる。
第二行動方針:参加者と接触し、情報を得た後殺害する。
基本行動方針:最後の一人になる
【G-7/廃墟/一日目/昼】
【レックス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:若干疲労/精神的疲労も有り
[装備]:ドラゴンの杖@ドラゴンクエスト5 (ドラゴラム使用回数残り3回)、ラグナロク@FINAL FANTASY4
[道具]:基本支給品、エーテル×4@FINAL FANTASY4、不明支給品×1
[思考]:まずは……どっちから捜そうかな。
第一行動方針:梨々、さくら、アリサを探して殺す。見つからなかったら諦める。
第二行動方針:タバサの居場所を知るために、三人殺してご褒美を得る。
第三行動方針:タバサ以外の参加者を全て殺し、最後に自殺してタバサを優勝させる。
第四行動方針:もしタバサが死亡した場合、自分が優勝を目指し、タバサの蘇生を願う。
基本行動方針:兄妹どちらかの優勝(タバサ優先) できれば二人でグランバニアの両親の元に帰る。
参戦時期:エンディング直後
[備考] エンディング後なので、呪文は一通り習得済み
【レックス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:若干疲労/精神的疲労も有り
[装備]:ドラゴンの杖@ドラゴンクエスト5 (ドラゴラム使用回数残り3回)、ラグナロク@FINAL FANTASY4
[道具]:基本支給品、エーテル×4@FINAL FANTASY4、不明支給品×1
[思考]:まずは……どっちから捜そうかな。
第一行動方針:梨々、さくら、アリサを探して殺す。見つからなかったら諦める。
第二行動方針:タバサの居場所を知るために、三人殺してご褒美を得る。
第三行動方針:タバサ以外の参加者を全て殺し、最後に自殺してタバサを優勝させる。
第四行動方針:もしタバサが死亡した場合、自分が優勝を目指し、タバサの蘇生を願う。
基本行動方針:兄妹どちらかの優勝(タバサ優先) できれば二人でグランバニアの両親の元に帰る。
参戦時期:エンディング直後
[備考] エンディング後なので、呪文は一通り習得済み
※:ラグナロクと不明支給品は永沢の死体から回収しました。
≪090:狩人と獲物(前編) | 時系列順に読む | 091:紅楼夢≫ |
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≪075:這い上がるくらいで丁度いい | 真紅の登場SSを読む | 103:不思議の国のアリスゲーム≫ |
≪090:狩人と獲物(前編) | レックスの登場SSを読む | 114:はやてのごとく!~at the doll's theater~(前編)≫ |
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