でにをは、そして正しすぎる拳(前編)◆CFbj666Xrw
灰原哀は……いつの間にか、目覚めていた。
薬の不眠症の効果も有り、失神から睡眠へと移行しない意識の喪失は短い物だった。
梨花と一休のやり取りも全て聞こえていた。
まだ聴覚その他諸々は鋭敏なままだった。
耳障りな雑音や声が耳に響きわたっていたが、その全ては無視する。
そんなのはどうでも良い事なのだ。
………………。
少女の目の前には一つの支給品が転がっていた。
古手梨花のランドセルから転げ出たそれは、ある種の『武器』――
(……いいえ。普通は武器と考えないわね、これは)
説明書きも一緒に転がっている。
その内容からして、これを武器と考えるのは極めて難しいだろう。
説明書きからしてふざけているし、使える状況は極々限定される。
――ように見えた。
(でも……そうじゃない……?)
ある思考に陥っていた灰原はそれ故にその使い道に気づく。
手には手錠を掛けられていたが、体の前で掛けられたこの程度なら支給品は使える。
顔を上げると、目に映るのはとんでもない格好をした小坊主と、モップを突きつける少女。
先程、その見た目からは想像できないテクニックで彼女を気絶させた少女。
少女は灰原に無防備な背中を向けて小坊主と対峙していた。
…………その事が少し、腹立たしかった。
薬の不眠症の効果も有り、失神から睡眠へと移行しない意識の喪失は短い物だった。
梨花と一休のやり取りも全て聞こえていた。
まだ聴覚その他諸々は鋭敏なままだった。
耳障りな雑音や声が耳に響きわたっていたが、その全ては無視する。
そんなのはどうでも良い事なのだ。
………………。
少女の目の前には一つの支給品が転がっていた。
古手梨花のランドセルから転げ出たそれは、ある種の『武器』――
(……いいえ。普通は武器と考えないわね、これは)
説明書きも一緒に転がっている。
その内容からして、これを武器と考えるのは極めて難しいだろう。
説明書きからしてふざけているし、使える状況は極々限定される。
――ように見えた。
(でも……そうじゃない……?)
ある思考に陥っていた灰原はそれ故にその使い道に気づく。
手には手錠を掛けられていたが、体の前で掛けられたこの程度なら支給品は使える。
顔を上げると、目に映るのはとんでもない格好をした小坊主と、モップを突きつける少女。
先程、その見た目からは想像できないテクニックで彼女を気絶させた少女。
少女は灰原に無防備な背中を向けて小坊主と対峙していた。
…………その事が少し、腹立たしかった。
* * *
「……警戒を解いてはもらえませんか?」
「へんた……そんな変な格好の人はすぐには信用できないのですよ」
「おや、これは困りました。この頭の物ならかぶるのはやめますが」
「被るのをやめたらどうするのですか?」
「履きます。それが正しいのでしょう」
「………………」
(……何か変な事を言ったのでしょうか)
降参のポーズを取る一休に、少女は以前警戒を解かないでいた。
こんな小坊主が手を上げて降参の意志を示しているのだ。
少なくとも無力と考えてくれても良いはずだが、一向にその気配は無い。
(確かにわたしにだって奥の手は有りますけどね)
「さもないと石」なる怪力乱神を呼び寄せる宝石。
これを使えば人間一人程度は殺めてしまえるのだろう。
(いやはやおそろしい物です)
出来る限り使いたくはない物だ。誤解による諍いならば尚更だろう。
他は体の力が抜けてしまう粉末状の毒に、気付け薬。
焚く事で嘔吐感と気怠さを感じさせたり、激しい幻覚を見せたりする焚薬などだ。
(脱力させる『“わぶあぶ”の粉末』とやらは効果的なのでしょうが、
取りだして撒く前に叩かれてしまいますし、不意を打たなければ吸い込んでもらえるか判りません。
これはなかなか困りましたね)
やはりどうにかして信用を得るのが一番だろう。
(それにしても変な格好という事はこの頭に被っている物のせいでしょうか?
確かに下履きを頭に被るというのは妙な図ですからね。
でもそれを直すと言ったのにあまり評価が芳しくありません。
そこまで最初の見た目で判断されてしまうとは困ったものです)
一休はどうすれば良いか考える事にした。
こういう時は少し考えれば良いとんちが閃くものだ。
しかし自慢の頭までいつもより冴えが悪く、良いとんちが出てこない。
集中できないのだ。
……理由は判っている。
(この『音』が無ければ……諸行無常とはいいますが…………)
内心の歯痒さを押し殺し、一休は梨花と対峙する。
「へんた……そんな変な格好の人はすぐには信用できないのですよ」
「おや、これは困りました。この頭の物ならかぶるのはやめますが」
「被るのをやめたらどうするのですか?」
「履きます。それが正しいのでしょう」
「………………」
(……何か変な事を言ったのでしょうか)
降参のポーズを取る一休に、少女は以前警戒を解かないでいた。
こんな小坊主が手を上げて降参の意志を示しているのだ。
少なくとも無力と考えてくれても良いはずだが、一向にその気配は無い。
(確かにわたしにだって奥の手は有りますけどね)
「さもないと石」なる怪力乱神を呼び寄せる宝石。
これを使えば人間一人程度は殺めてしまえるのだろう。
(いやはやおそろしい物です)
出来る限り使いたくはない物だ。誤解による諍いならば尚更だろう。
他は体の力が抜けてしまう粉末状の毒に、気付け薬。
焚く事で嘔吐感と気怠さを感じさせたり、激しい幻覚を見せたりする焚薬などだ。
(脱力させる『“わぶあぶ”の粉末』とやらは効果的なのでしょうが、
取りだして撒く前に叩かれてしまいますし、不意を打たなければ吸い込んでもらえるか判りません。
これはなかなか困りましたね)
やはりどうにかして信用を得るのが一番だろう。
(それにしても変な格好という事はこの頭に被っている物のせいでしょうか?
確かに下履きを頭に被るというのは妙な図ですからね。
でもそれを直すと言ったのにあまり評価が芳しくありません。
そこまで最初の見た目で判断されてしまうとは困ったものです)
一休はどうすれば良いか考える事にした。
こういう時は少し考えれば良いとんちが閃くものだ。
しかし自慢の頭までいつもより冴えが悪く、良いとんちが出てこない。
集中できないのだ。
……理由は判っている。
(この『音』が無ければ……諸行無常とはいいますが…………)
内心の歯痒さを押し殺し、一休は梨花と対峙する。
* * *
一方の少女、梨花から見た一休の危険性を再確認しよう。
まず、どうやら着物を着たお坊さんらしい。頭も剃っているから本職だろう。
お坊さんらしい生活によってか同年代の子供よりは鍛えられているのが見てとれる。
まず、どうやら着物を着たお坊さんらしい。頭も剃っているから本職だろう。
お坊さんらしい生活によってか同年代の子供よりは鍛えられているのが見てとれる。
一休自身はブルーに手痛い目に合わされたり理科室に怯えたりで強みとは考えていないが、
同年代の少女の肉体から見ると押さえ込まれれば危ない相手には変わらない。
梨花は自分自身の脆弱さをよく知っているのだから。
しかし梨花が危惧していたほどに脅威が無いのもまた事実だった。
(幸い大した相手じゃないわね。捕まりさえしなければなんとでもなる。
変な道具を持っていなければだけど)
梨花とて異常にスペックの高い部活メンバーの中で鍛えられた身だ。
自分の未熟な肉体でどう戦えば勝利を掴めるかはよく知っている。
要は正面から戦わなければ良い。
相手の油断を誘い、隙を作り、不意を打ち、手段を選ばずに戦えば良い。
――それとは別に正面から戦わなければならない時も知っていたが、今は置いておく。
同年代の少女の肉体から見ると押さえ込まれれば危ない相手には変わらない。
梨花は自分自身の脆弱さをよく知っているのだから。
しかし梨花が危惧していたほどに脅威が無いのもまた事実だった。
(幸い大した相手じゃないわね。捕まりさえしなければなんとでもなる。
変な道具を持っていなければだけど)
梨花とて異常にスペックの高い部活メンバーの中で鍛えられた身だ。
自分の未熟な肉体でどう戦えば勝利を掴めるかはよく知っている。
要は正面から戦わなければ良い。
相手の油断を誘い、隙を作り、不意を打ち、手段を選ばずに戦えば良い。
――それとは別に正面から戦わなければならない時も知っていたが、今は置いておく。
そういう意味で言えば不意打ちでモップを突きつけた状態はもう勝ちに等しい。
相手が時間を止めて殴ってきたりする可能性はどうしようもないので除外。
(問題は……あのヤク女ね……)
今は背後で気絶しているが、あんな少女(?)を変態少年の前に残して逃げられる筈がない。
だが古手梨花の幼く弱い肉体ではあの少女を持ち運ぶのはあまりに困難だ
よって、連れて逃げようと思えば目の前の変態少年を邪魔出来ないよう叩きのめす必要がある。
正直これが一番手っ取り早く、確実だ。
モップを突きつけている現状ならさして難しくないだろう。
問題は目の前の変態少年がどこまで危険か判断しづらい事にある。
もし悪人でも危険人物でもないのなら、話し合いの余地がある。
話し合いで解決するならそれに越した事は無い。
古手梨花は改めて目の前の少年の姿をじっと観察した。
相手が時間を止めて殴ってきたりする可能性はどうしようもないので除外。
(問題は……あのヤク女ね……)
今は背後で気絶しているが、あんな少女(?)を変態少年の前に残して逃げられる筈がない。
だが古手梨花の幼く弱い肉体ではあの少女を持ち運ぶのはあまりに困難だ
よって、連れて逃げようと思えば目の前の変態少年を邪魔出来ないよう叩きのめす必要がある。
正直これが一番手っ取り早く、確実だ。
モップを突きつけている現状ならさして難しくないだろう。
問題は目の前の変態少年がどこまで危険か判断しづらい事にある。
もし悪人でも危険人物でもないのなら、話し合いの余地がある。
話し合いで解決するならそれに越した事は無い。
古手梨花は改めて目の前の少年の姿をじっと観察した。
「………………みぃ、やっぱりどこからどう見ても変な人なのです」
「し、失敬な!」
頭に被った赤ブルマがやはり最大のチャームポイント。
着物の隙間から見えるのは体操服だ。多分ブルマとセットの女生徒用。
更に懐から覗く先程の打撃を受け止めた本は保健の教科書。
真面目な意味ではあるが言ってみれば『からだのお勉強』の本である。
更に梨花は目敏く気づいてしまったが、手に握られたリコーダーは……。
「その笛は……『吹いた』のですか?」
動詞を強調して確認する。
「え? …………い、いいえ、そんな事は全く」
一休はしらばっくれる事にした。
(吹いてはいけない物だったのでしょうか。これは参りました。
うそだと気づかれなければ良いのですが。
いや、この少女もやはり神仙の類で既にお見通しだという可能性も有りますね。
もしそうだとすれば……どうしたものでしょう)
などといった動揺だ。
そして一休が内心警戒する一方で、梨花もまた警戒を強めていた。
しらばっくれたのを見破ってしまったのが警戒する理由の一つ。もう一つは……。
(『吹いた』にも動揺したようね。でもちょっと『吹いた』だけでそんな濡れ方するわけが無い)
梨花が偶然にも気づいたのは、リコーダーの吹く所がよくよく見ると妙に湿っている事だ。
実はこれは水道を弄った時にかかった水が僅かな湿り気を残していただけ、全くの偶然だ。
また、水が掛かったそれは吹いたという湿り方ではなかった。
そのために一休もそこから梨花が推理(誤解)した事までは気づかなかった。
(あの湿り方は『吹いた』んじゃない。あれは……)
「し、失敬な!」
頭に被った赤ブルマがやはり最大のチャームポイント。
着物の隙間から見えるのは体操服だ。多分ブルマとセットの女生徒用。
更に懐から覗く先程の打撃を受け止めた本は保健の教科書。
真面目な意味ではあるが言ってみれば『からだのお勉強』の本である。
更に梨花は目敏く気づいてしまったが、手に握られたリコーダーは……。
「その笛は……『吹いた』のですか?」
動詞を強調して確認する。
「え? …………い、いいえ、そんな事は全く」
一休はしらばっくれる事にした。
(吹いてはいけない物だったのでしょうか。これは参りました。
うそだと気づかれなければ良いのですが。
いや、この少女もやはり神仙の類で既にお見通しだという可能性も有りますね。
もしそうだとすれば……どうしたものでしょう)
などといった動揺だ。
そして一休が内心警戒する一方で、梨花もまた警戒を強めていた。
しらばっくれたのを見破ってしまったのが警戒する理由の一つ。もう一つは……。
(『吹いた』にも動揺したようね。でもちょっと『吹いた』だけでそんな濡れ方するわけが無い)
梨花が偶然にも気づいたのは、リコーダーの吹く所がよくよく見ると妙に湿っている事だ。
実はこれは水道を弄った時にかかった水が僅かな湿り気を残していただけ、全くの偶然だ。
また、水が掛かったそれは吹いたという湿り方ではなかった。
そのために一休もそこから梨花が推理(誤解)した事までは気づかなかった。
(あの湿り方は『吹いた』んじゃない。あれは……)
恐らくは女生徒の物である体操服を着て、頭に赤ブルマを被り、懐に保健の教科書を入れた少年が、
吹く部分がちょっと吹いた程度ではなく湿ったリコーダー(体操服やブルマと同じ出所?)を持っている。
これらの情報からどういった答えを連想するか。
それは現時点まだ純真である一休には如何にとんちでもひねり出せない答えである。
吹く部分がちょっと吹いた程度ではなく湿ったリコーダー(体操服やブルマと同じ出所?)を持っている。
これらの情報からどういった答えを連想するか。
それは現時点まだ純真である一休には如何にとんちでもひねり出せない答えである。
(そう考えると……所々に付着している『微かな白い汚れ』もまさか…………)
それは本当は白いチョークを回収した時に付いてしまった汚れだ。
手に付いた汚れは水道を弄った時に洗い落としたが、衣服に僅かな汚れが残ってしまった。
きっぱりそれだけだ。
それだけなのだが梨花がそんな事を知る由も無く、位置もこれまた絶妙な位置だったりする。
(…………考えすぎよ。
大体、唾液の臭いもいわゆるアレの臭いも別に……
くっ、さっきの女のあれでまだ臭って、これじゃ別の臭いが混ざっても判らないじゃない。
疑心暗鬼に囚われるのは愚かだけれど、後ろの女の事も考えると慎重に動かなきゃ……。
当たり前だけど思考が落ち着かない。胸騒ぎが止まらない。
……リンク。
早く、この『音』を止めて。あなたが止めて……)
梨花は内心の焦燥を押し込めて考えていた。
どうすれば良いのかを。
それは本当は白いチョークを回収した時に付いてしまった汚れだ。
手に付いた汚れは水道を弄った時に洗い落としたが、衣服に僅かな汚れが残ってしまった。
きっぱりそれだけだ。
それだけなのだが梨花がそんな事を知る由も無く、位置もこれまた絶妙な位置だったりする。
(…………考えすぎよ。
大体、唾液の臭いもいわゆるアレの臭いも別に……
くっ、さっきの女のあれでまだ臭って、これじゃ別の臭いが混ざっても判らないじゃない。
疑心暗鬼に囚われるのは愚かだけれど、後ろの女の事も考えると慎重に動かなきゃ……。
当たり前だけど思考が落ち着かない。胸騒ぎが止まらない。
……リンク。
早く、この『音』を止めて。あなたが止めて……)
梨花は内心の焦燥を押し込めて考えていた。
どうすれば良いのかを。
* * *
灰原は、梨花に対して少しだけ腹立たしく思った。
(どうして……殺してくれなかったの?)
汚れ乱れて、愚かに、そして惨めに殺されて死に果てる。
それが灰原の望みだった。
それなのに灰原は梨花に……いかされた。
生を選ばされた。
死に全てを委ねようとしていたのに、強引に生へと進み行かされた。
(…………馬鹿ね。本当に馬鹿)
今、灰原の手の中には一つの支給品が有る。
それは『武器』……いや、こう言い換えた方が良いだろう。
『凶器』と。
灰原は多少なりとも江戸川コナンの周囲で頻発する殺人事件を見てきた。
その経験から言えば、人を殺すには少しくらい無茶に見える物でも十分だ。
流石に複雑すぎて動かし方の見当すら付かない『あるるかん』は無理と判断したが――
実現できるかどうかは別の問題として、要は殺し方をこじつければ様々な物が凶器に変わる。
そんな目で見れば、梨花が使えないと考えたこの支給品でも実は人を殺せる。
――灰原自身の命を奪うことが、出来る。
(自分の手で私を殺していればご褒美の糧となったのにね)
いつの間にか『夢』である筈のこの世界を現実のように考えている事に苦笑する。
これが夢なら自らの死により全ては終わるはずなのに。
灰原はそっとその『凶器』を身につけて、自らの胸に押し当てた。
後は一言でいい。
たった一言の憤りをぶつけるだけで、この『凶器』は灰原の命を奪う。
灰原哀は灰原哀を殺せる。
罪を殺せる。
そう、今も死に瀕しているであろうこの『音』のように。
(せっかく助けてもらったのに悪いわね。でも私には……生きている権利すら、無い)
そして――
(どうして……殺してくれなかったの?)
汚れ乱れて、愚かに、そして惨めに殺されて死に果てる。
それが灰原の望みだった。
それなのに灰原は梨花に……いかされた。
生を選ばされた。
死に全てを委ねようとしていたのに、強引に生へと進み行かされた。
(…………馬鹿ね。本当に馬鹿)
今、灰原の手の中には一つの支給品が有る。
それは『武器』……いや、こう言い換えた方が良いだろう。
『凶器』と。
灰原は多少なりとも江戸川コナンの周囲で頻発する殺人事件を見てきた。
その経験から言えば、人を殺すには少しくらい無茶に見える物でも十分だ。
流石に複雑すぎて動かし方の見当すら付かない『あるるかん』は無理と判断したが――
実現できるかどうかは別の問題として、要は殺し方をこじつければ様々な物が凶器に変わる。
そんな目で見れば、梨花が使えないと考えたこの支給品でも実は人を殺せる。
――灰原自身の命を奪うことが、出来る。
(自分の手で私を殺していればご褒美の糧となったのにね)
いつの間にか『夢』である筈のこの世界を現実のように考えている事に苦笑する。
これが夢なら自らの死により全ては終わるはずなのに。
灰原はそっとその『凶器』を身につけて、自らの胸に押し当てた。
後は一言でいい。
たった一言の憤りをぶつけるだけで、この『凶器』は灰原の命を奪う。
灰原哀は灰原哀を殺せる。
罪を殺せる。
そう、今も死に瀕しているであろうこの『音』のように。
(せっかく助けてもらったのに悪いわね。でも私には……生きている権利すら、無い)
そして――
* * *
時の将軍様をも唸らせた程のとんち。
あるいは数千の死を超えた元魔女の経験。
それはどちらも、とても優れたものだった。
その両方が戦いを望まないでいた。
争いを起こさないためにはどうすれば良いのか、その答えに気づき、あるいは知っていた。
あるいは数千の死を超えた元魔女の経験。
それはどちらも、とても優れたものだった。
その両方が戦いを望まないでいた。
争いを起こさないためにはどうすれば良いのか、その答えに気づき、あるいは知っていた。
それでも、それを実行する事が出来るかはまた別の問題だった。
現実の障害はいつも多い。
例えば……『音』だ。
その音はずっと聞こえていた。
灰原は、それが悪夢を構成する欠片の一つに過ぎないと聞き流していた。
梨花は、リンクがそれを止めてくれると願っていた。
一休は、可哀想だが触らぬ神に祟り無しを通していた。
現実の障害はいつも多い。
例えば……『音』だ。
その音はずっと聞こえていた。
灰原は、それが悪夢を構成する欠片の一つに過ぎないと聞き流していた。
梨花は、リンクがそれを止めてくれると願っていた。
一休は、可哀想だが触らぬ神に祟り無しを通していた。
「みなざ『ピーーーーガガガッ』ば3人も、死なせでし『ガガガピーッ』を申し上げたく……」
ずっと聞こえていた。
その音は梨花や一休の耳に響きわたり思考を掻き乱していた。
目の前の人間に対する不安を増幅させていた。
その音は。
その音は梨花や一休の耳に響きわたり思考を掻き乱していた。
目の前の人間に対する不安を増幅させていた。
その音は。
「うる『ガガッ、ピー』もう」
「ごめんなゴフッ!?」
「キミはもういらないから『ピー、ガガガ』」
「ごめんなゴフッ!?」
「キミはもういらないから『ピー、ガガガ』」
どこまでも無邪気で残酷な声に壊された。
微かに、液体が勢いよく降り注ぐ音がして。
それから、湿った柔らかい物が覆い被さるくぐもった音がして。
それを最後に、響いていた音は途切れた。
微かに、液体が勢いよく降り注ぐ音がして。
それから、湿った柔らかい物が覆い被さるくぐもった音がして。
それを最後に、響いていた音は途切れた。
「ひぃ…………っ」
一休はおそらくその形で放送が終わる事を予想していた。
それでも恐ろしかった。
今この瞬間に自分と同じ年頃であろう少年が殺されたのだ。
恐れずにいられるものか。
だから一休はこの張りつめた状況の中で思わず一歩、二歩と後ずさり――
一休はおそらくその形で放送が終わる事を予想していた。
それでも恐ろしかった。
今この瞬間に自分と同じ年頃であろう少年が殺されたのだ。
恐れずにいられるものか。
だから一休はこの張りつめた状況の中で思わず一歩、二歩と後ずさり――
「リンク――!」
梨花はその形で放送が終わった意味を理解していた。
これはリンクの戦いの始まりを示す音だ。
あの哀れな少年を使って罠を仕掛けた別の少年が、戦いを始めた合図。
おそらくはリンクが戦場に到着した合図。
その合図に思わず押し殺した声が漏れ、意識が逸れる。
その瞬間。
目の前の少年、一休が一歩二歩と後ずさった。
(まずい)
梨花は一休を不意打ちで追い込む事が出来ていた。
それはつまり一休がどんな武器を隠し持っていようと封じ込めていたという事で、
逆に言えば距離を取られ危険な武器、例えば銃器を取り出されれば梨花の勝機は消え失せる!
だから反射的に、踏み込んだ梨花は一撃を見舞っていた。
その打突は一休の胴を打ち、教科書に止められながらも痛みを届ける。
「ヒ、ヒィッ!!」
一休は怯えながらも必死に、同じくモップを振り回す。
梨花はそれを受け止めそして……辛うじて受け流す!
「お、重――!?」
「この、この!!」
焦った思考ながらも穏便な話し合いを断念した一休は更に連撃で押し込んでくる。
火事場の馬鹿力という言葉がある。
一休は喧嘩はからっきしだったが、それだけにこの状況では目の前の少女にすら死の脅威を感じていた。
だからこそ、その一撃は必死の重みを持つ事になる。
(この変態小坊主が!)
梨花はそれをとにかく必死に受け流しながら反撃に出た。
攻撃を受け流すだけなら力は要らない。
力がちょっと強いだけで単純な打撃なんて体力が尽きるまで避ける自信が有った。
これに倍する力と速度で巧妙さと豪快さを併せ持つ大鉈の連撃でも時間を稼ぐ位は出来たのだから。
だが問題は……。
「えい!」
掛け声と共に振り下ろされたモップの柄は見事一休さんの頭を叩いた。
赤ブルマに覆われた頭を。
「やっ!」
突きは教科書に護られた胴に吸い込まれ。
「く……っ!」
足払いは仮にも山寺育ちの足を揺るがすには至らない。
攻撃される合間の反撃はどうしても軽くなる。
(あと5年分も尺が有れば……!)
元々、梨花の力は喧嘩をするには弱すぎる。
催涙スプレーのような腕力に関係無い武器でも無ければまるで相手を止められない。
このままでは必死に暴れる一休との根比べになる――いや。
僅かな隙に一休が懐に手を突っ込み、粉末を撒いた!
「しま……ケホッ! ケホコホッ」
梨花は完全に粉末に突っ込んでいた。
後ずさりながらも幾らかを吸い込んでしまうのは避けられない。
(まずい……)
一休は距離を取り、慎重に様子見の体勢を取る。
一休は激しく動揺する中で一抹の冷静さを取り戻していたのだ。
梨花も焦燥に駆られながらそうするしかない。
(まずい、まずい、まずい! 何かの毒!? それなら一体何を撒いて……!)
「“わぶあぶ”という虫を乾燥させた粉末だそうです」
梨花はその形で放送が終わった意味を理解していた。
これはリンクの戦いの始まりを示す音だ。
あの哀れな少年を使って罠を仕掛けた別の少年が、戦いを始めた合図。
おそらくはリンクが戦場に到着した合図。
その合図に思わず押し殺した声が漏れ、意識が逸れる。
その瞬間。
目の前の少年、一休が一歩二歩と後ずさった。
(まずい)
梨花は一休を不意打ちで追い込む事が出来ていた。
それはつまり一休がどんな武器を隠し持っていようと封じ込めていたという事で、
逆に言えば距離を取られ危険な武器、例えば銃器を取り出されれば梨花の勝機は消え失せる!
だから反射的に、踏み込んだ梨花は一撃を見舞っていた。
その打突は一休の胴を打ち、教科書に止められながらも痛みを届ける。
「ヒ、ヒィッ!!」
一休は怯えながらも必死に、同じくモップを振り回す。
梨花はそれを受け止めそして……辛うじて受け流す!
「お、重――!?」
「この、この!!」
焦った思考ながらも穏便な話し合いを断念した一休は更に連撃で押し込んでくる。
火事場の馬鹿力という言葉がある。
一休は喧嘩はからっきしだったが、それだけにこの状況では目の前の少女にすら死の脅威を感じていた。
だからこそ、その一撃は必死の重みを持つ事になる。
(この変態小坊主が!)
梨花はそれをとにかく必死に受け流しながら反撃に出た。
攻撃を受け流すだけなら力は要らない。
力がちょっと強いだけで単純な打撃なんて体力が尽きるまで避ける自信が有った。
これに倍する力と速度で巧妙さと豪快さを併せ持つ大鉈の連撃でも時間を稼ぐ位は出来たのだから。
だが問題は……。
「えい!」
掛け声と共に振り下ろされたモップの柄は見事一休さんの頭を叩いた。
赤ブルマに覆われた頭を。
「やっ!」
突きは教科書に護られた胴に吸い込まれ。
「く……っ!」
足払いは仮にも山寺育ちの足を揺るがすには至らない。
攻撃される合間の反撃はどうしても軽くなる。
(あと5年分も尺が有れば……!)
元々、梨花の力は喧嘩をするには弱すぎる。
催涙スプレーのような腕力に関係無い武器でも無ければまるで相手を止められない。
このままでは必死に暴れる一休との根比べになる――いや。
僅かな隙に一休が懐に手を突っ込み、粉末を撒いた!
「しま……ケホッ! ケホコホッ」
梨花は完全に粉末に突っ込んでいた。
後ずさりながらも幾らかを吸い込んでしまうのは避けられない。
(まずい……)
一休は距離を取り、慎重に様子見の体勢を取る。
一休は激しく動揺する中で一抹の冷静さを取り戻していたのだ。
梨花も焦燥に駆られながらそうするしかない。
(まずい、まずい、まずい! 何かの毒!? それなら一体何を撒いて……!)
「“わぶあぶ”という虫を乾燥させた粉末だそうです」
梨花の手の力が、抜けた。
「あ……!」
「即効性で、粉を吸った者を脱力させてしまうそうです。説明書き通りですね」
カランと音を立てて、梨花の握っていたモップが床に転がる。
握力が低下して手から放してしまったのだ。
「そ、そんな……」
握力はまだ残っている。モップを拾い上げて戦う事は出来るだろう。
しかし屈み込んだ瞬間に叩かれれば、終わる。
拾い上げても握力の低下したこの腕では攻撃を受け流す事もできるかどうか。
「どうやら手詰まりですか。やっぱり落ち着かないといけませんね。
あわてない、あわてない」
一休はふぅと息を吐いた。
どうやら事を納めされそうだという安堵の溜息だ。
(穏便とは言えなかったけれど、後は話し合いでなんとかなりますよね。
本当にあぶないところでした)
一休にはこれ以上彼女達を害するつもりは毛頭無かった。
何故なら。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
一休は自慢のとんちで、この争いの理由は互いの不安によるものだと気づいていたからだ。
(必死になったとはいえわたしが勝ってしまうくらいですから、おそらくは弱いのでしょう。
誰も彼もがとてつもなく強い人々ではないのでしょうね)
その結果、互いの不安から戦いになってしまった。
必要なのは力そのものではなく、安心感だ。
心強い、頼れるといった安心感があれば、こんな争いは起きなかっただろう。
(つまりわたしが敵ではないという事と、わたしを強く……は見せられなくとも心強く感じさせる言葉。
男性的な力強さなどを強調するべきでしょう。
やれやれ、あまり慣れた言葉ではありませんね)
とにかく何と言うべきかは決まった。
だから一休は、真面目な話だからと安堵で緩んでいた顔を引き締めて。
……言った。
「男手を貸しましょう」
「…………え?」
「即効性で、粉を吸った者を脱力させてしまうそうです。説明書き通りですね」
カランと音を立てて、梨花の握っていたモップが床に転がる。
握力が低下して手から放してしまったのだ。
「そ、そんな……」
握力はまだ残っている。モップを拾い上げて戦う事は出来るだろう。
しかし屈み込んだ瞬間に叩かれれば、終わる。
拾い上げても握力の低下したこの腕では攻撃を受け流す事もできるかどうか。
「どうやら手詰まりですか。やっぱり落ち着かないといけませんね。
あわてない、あわてない」
一休はふぅと息を吐いた。
どうやら事を納めされそうだという安堵の溜息だ。
(穏便とは言えなかったけれど、後は話し合いでなんとかなりますよね。
本当にあぶないところでした)
一休にはこれ以上彼女達を害するつもりは毛頭無かった。
何故なら。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
一休は自慢のとんちで、この争いの理由は互いの不安によるものだと気づいていたからだ。
(必死になったとはいえわたしが勝ってしまうくらいですから、おそらくは弱いのでしょう。
誰も彼もがとてつもなく強い人々ではないのでしょうね)
その結果、互いの不安から戦いになってしまった。
必要なのは力そのものではなく、安心感だ。
心強い、頼れるといった安心感があれば、こんな争いは起きなかっただろう。
(つまりわたしが敵ではないという事と、わたしを強く……は見せられなくとも心強く感じさせる言葉。
男性的な力強さなどを強調するべきでしょう。
やれやれ、あまり慣れた言葉ではありませんね)
とにかく何と言うべきかは決まった。
だから一休は、真面目な話だからと安堵で緩んでいた顔を引き締めて。
……言った。
「男手を貸しましょう」
「…………え?」
* * *
そして……灰原が自殺しようとしたその時。
耳障りなほど響いていた少年の放送が終わった。
「リンク――!」
梨花が一瞬だけ視線を逸らし、どこか遠くに意識を向けた。
その時にようやく灰原はもう一人の少年がこの場に居ない事に気が付いた。
あの放送は……違う、あの声は灰原が彼女達に会う前に聞いた覚えがある。
あの放送は東の森にいた別の誰かの声だ。
(別れたの? …………でも、どうして)
答えは朧気ながら、出た。
リンクという少年は、おそらく放送を強要された少年を助けに向かったのだ。
梨花はこの場に残った。灰原と共に。
(……私のせい、ね)
灰原は手錠を填められ概ね無力化されながらも、生かされている。
おそらくは自分のせいで、彼女がここに残ったのだ。
無責任に放り出さない為に。
(私は生きる資格なんてないのに)
だからそれはとてもとても滑稽で。
……もしそれで梨花やリンクが傷付くなら、それは済まないと思った。
一休と梨花が棒術合戦に雪崩れ込んでしまったのを見ながら、思う。
(勝って。お願いだから)
だが願いは虚しく、一休の撒いた毒の粉により梨花は破れてしまう。
後ずさった梨花は偶然にも灰原の目の前に立っていた。
梨花は背後を見る余裕が無く、灰原が起きている事すら気づかない。
一休は梨花に隠れた灰原の様子に気づかない。
「どうやら手詰まりですか。やっぱり落ち着かないといけませんね。
あわてない、あわてない」
勝利を確信したのだろう。
変態小坊主(灰原の認識)はふぅと息を吐いて、穏やかに言った。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
その穏やかな口調がかえって恐ろしかった。
(この坊主……一体何を考えているの?)
背筋が薄ら寒く冷えた。
そして一休は……顔に浮かべていた笑いを、消した。
その瞬間に灰原は確信した。
耳障りなほど響いていた少年の放送が終わった。
「リンク――!」
梨花が一瞬だけ視線を逸らし、どこか遠くに意識を向けた。
その時にようやく灰原はもう一人の少年がこの場に居ない事に気が付いた。
あの放送は……違う、あの声は灰原が彼女達に会う前に聞いた覚えがある。
あの放送は東の森にいた別の誰かの声だ。
(別れたの? …………でも、どうして)
答えは朧気ながら、出た。
リンクという少年は、おそらく放送を強要された少年を助けに向かったのだ。
梨花はこの場に残った。灰原と共に。
(……私のせい、ね)
灰原は手錠を填められ概ね無力化されながらも、生かされている。
おそらくは自分のせいで、彼女がここに残ったのだ。
無責任に放り出さない為に。
(私は生きる資格なんてないのに)
だからそれはとてもとても滑稽で。
……もしそれで梨花やリンクが傷付くなら、それは済まないと思った。
一休と梨花が棒術合戦に雪崩れ込んでしまったのを見ながら、思う。
(勝って。お願いだから)
だが願いは虚しく、一休の撒いた毒の粉により梨花は破れてしまう。
後ずさった梨花は偶然にも灰原の目の前に立っていた。
梨花は背後を見る余裕が無く、灰原が起きている事すら気づかない。
一休は梨花に隠れた灰原の様子に気づかない。
「どうやら手詰まりですか。やっぱり落ち着かないといけませんね。
あわてない、あわてない」
勝利を確信したのだろう。
変態小坊主(灰原の認識)はふぅと息を吐いて、穏やかに言った。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
その穏やかな口調がかえって恐ろしかった。
(この坊主……一体何を考えているの?)
背筋が薄ら寒く冷えた。
そして一休は……顔に浮かべていた笑いを、消した。
その瞬間に灰原は確信した。
――この男は、危険だ。
確信の次の瞬間に一休は口を開く。
「オトコデオカシマショウ」
「…………え?」
「オトコデオカシマショウ」
「…………え?」
理解できないという様子で聞き返す梨花に、一休は再びにこやかな笑顔を浮かべた。
「おや、聞き逃しましたか?
オトコデオカシマスと言ったのです」
オトコデオカシマスと言ったのです」
確信は必然たる誤解を呼び寄せる。
灰原は一瞬思った。自分が汚されるなら、それでも良いと。
無惨に汚され、殺されてしまえば良いと思った。
その為に理性を放棄して他の者を汚そうとまでした。
だけど、それでも自分を助けた目の前の少女が汚され殺されるのは…………イヤだと思った。
だから。
灰原は梨花にそっとささやき、手の中のそれを差し出した。
「……これ、使えるでしょう?」
灰原は一瞬思った。自分が汚されるなら、それでも良いと。
無惨に汚され、殺されてしまえば良いと思った。
その為に理性を放棄して他の者を汚そうとまでした。
だけど、それでも自分を助けた目の前の少女が汚され殺されるのは…………イヤだと思った。
だから。
灰原は梨花にそっとささやき、手の中のそれを差し出した。
「……これ、使えるでしょう?」
* * *
「どうやら手詰まりですか。やっぱり落ち着かないといけませんね。
あわてない、あわてない」
落ち着いて息を整える小坊主が憎たらしく、そして恐ろしかった。
梨花の命運はもはや目の前の変態坊主の手の内に有るのだから。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
(……結構な皮肉屋ね)
彼の言うとおり梨花はか弱い女子の灰原と居る所を彼に襲われ敗北した、つまり大変な目に遭った。
灰原は気絶している足手まといなのだから尚更だ。
正直なんで助けてしまったのだろうかという気もしないではない。
だが今更だ。
(それで何をする気? この変態坊主め)
そして一休は……顔に浮かべていた笑いを消して、言った。
「オトコデオカシマショウ」
「…………え?」
(今、こいつは何て言った……?)
戸惑う梨花に一休は再びにこやかな笑顔を浮かべ、繰り返した。
「おや、聞き逃しましたか?
オトコデオカシマスと言ったのです」
オトコデオカシマス。
“男手を貸します”という本来の意味合いは、確信に裏打ちされた誤解に呑まれて消え失せた。
その誤解から代わりに浮かび出た意味合いは、一休には想像すらも出来ないだろう。
一休が坊主でありながら世俗の垢にまみれていくのはまだ先のこと。
目の前に居る少女達(倒れている灰原含む)が見た目にそぐわぬ齢を重ねている事を知る由はない。
彼女達が一休と出会う前にどのような事があったのかも知らない。
彼女達はこの島にはそういう者もいるのだと認識し、
一休もそれだと確信し、更に一休を戦いに突入してしまった敵だと判断していた。
その結果一休の言葉がどう取り違えられたかは、如何なとんちでも計れない事だったのだ。
あわてない、あわてない」
落ち着いて息を整える小坊主が憎たらしく、そして恐ろしかった。
梨花の命運はもはや目の前の変態坊主の手の内に有るのだから。
「あなた達は摩訶不思議な力を持っているわけではないようですね。
いやはやわたしも喧嘩などからっきしですが、大変ですよね。
か弱い女子ばかりで居るなんて。襲われでもしたら大変です」
(……結構な皮肉屋ね)
彼の言うとおり梨花はか弱い女子の灰原と居る所を彼に襲われ敗北した、つまり大変な目に遭った。
灰原は気絶している足手まといなのだから尚更だ。
正直なんで助けてしまったのだろうかという気もしないではない。
だが今更だ。
(それで何をする気? この変態坊主め)
そして一休は……顔に浮かべていた笑いを消して、言った。
「オトコデオカシマショウ」
「…………え?」
(今、こいつは何て言った……?)
戸惑う梨花に一休は再びにこやかな笑顔を浮かべ、繰り返した。
「おや、聞き逃しましたか?
オトコデオカシマスと言ったのです」
オトコデオカシマス。
“男手を貸します”という本来の意味合いは、確信に裏打ちされた誤解に呑まれて消え失せた。
その誤解から代わりに浮かび出た意味合いは、一休には想像すらも出来ないだろう。
一休が坊主でありながら世俗の垢にまみれていくのはまだ先のこと。
目の前に居る少女達(倒れている灰原含む)が見た目にそぐわぬ齢を重ねている事を知る由はない。
彼女達が一休と出会う前にどのような事があったのかも知らない。
彼女達はこの島にはそういう者もいるのだと認識し、
一休もそれだと確信し、更に一休を戦いに突入してしまった敵だと判断していた。
その結果一休の言葉がどう取り違えられたかは、如何なとんちでも計れない事だったのだ。
――――――『男(隠語)で*します』
(この小坊主、やっぱり正真正銘の変態じゃない!!)
梨花は確証を持って誤解し一休への抗戦続行を決意する。
だがどうすればいいのか。
梨花の力は萎え、モップを拾い上げる事が出来てもまともに抵抗は出来ないだろう。
加えて変態坊主が持つ毒もあれで終わりではないだろう。
更に一服撒かれてしまえば完全に抵抗できなくなる。
(どうすればいい? どうすれば……)
いっそ殺されないならそれで良いかも知れないと思い始めた時、囁き声が聞こえた。
「……これ、使えるでしょう?」
そっと後ろ手に握らされたそれは……
梨花は確証を持って誤解し一休への抗戦続行を決意する。
だがどうすればいいのか。
梨花の力は萎え、モップを拾い上げる事が出来てもまともに抵抗は出来ないだろう。
加えて変態坊主が持つ毒もあれで終わりではないだろう。
更に一服撒かれてしまえば完全に抵抗できなくなる。
(どうすればいい? どうすれば……)
いっそ殺されないならそれで良いかも知れないと思い始めた時、囁き声が聞こえた。
「……これ、使えるでしょう?」
そっと後ろ手に握らされたそれは……
「…………礼を言うわ。あなたの名前は?」
「灰原哀よ。梨花さん」
「ありがとう、灰原哀。そう、私は梨花。古手梨花」
灰原哀に礼を言い、梨花はそれを腕に填めた。
それは綺麗なブレスレットの形をしていた。
一見すると武器には見えない腕輪。
例えその機能を知ったとしても武器とは考えにくい腕輪。
だがその機能を知れば万人が思い知る。
“この状況において、これは紛れもない武器なのだ”と。
「まだ何か?」
「ええ、一言だけね」
梨花は、もうケリは突いたと思いこんでいる変態坊主に向かって走り。
ブレスレットを付けた拳を突きだして絶叫した。
「灰原哀よ。梨花さん」
「ありがとう、灰原哀。そう、私は梨花。古手梨花」
灰原哀に礼を言い、梨花はそれを腕に填めた。
それは綺麗なブレスレットの形をしていた。
一見すると武器には見えない腕輪。
例えその機能を知ったとしても武器とは考えにくい腕輪。
だがその機能を知れば万人が思い知る。
“この状況において、これは紛れもない武器なのだ”と。
「まだ何か?」
「ええ、一言だけね」
梨花は、もうケリは突いたと思いこんでいる変態坊主に向かって走り。
ブレスレットを付けた拳を突きだして絶叫した。
「この、ド変態坊主ッ!!」
* * *
その支給品の名前は『勇者の拳』という。
普段はお洒落なブレスレットの形をしているが、使用時は巨大な拳に変わる。
それは本来も武器と言うより、勇者である事の証を立てる為の物だ。
入手、そして使いこなすための条件は一つ。
世界に満ちるおかしい事に対して『それはおかしい』と誅す事。
その勇気によって勇者である事を証明する勇者の証なのである。
これらを意訳するとこうなる。
普段はお洒落なブレスレットの形をしているが、使用時は巨大な拳に変わる。
それは本来も武器と言うより、勇者である事の証を立てる為の物だ。
入手、そして使いこなすための条件は一つ。
世界に満ちるおかしい事に対して『それはおかしい』と誅す事。
その勇気によって勇者である事を証明する勇者の証なのである。
これらを意訳するとこうなる。
『勇者のツッコミ』
その意訳や使用例『ツッコミ所のある所で使いましょう』、
『正式名称“恥ずかしの拳”(勇者“ああああ”命名)』などという
頭が変になりそうな説明書きから梨花はこれを外れだと判断した。
実際、相手にツッコミを入れられなければ使えないのだからどうしようもない。
そんな敵に襲われる珍しい事態などそうそうあるわけがない。
命を取り合う危険な島でそんな事をしている奴など居るものか。
ここはとても恐ろしい島なのだから。
『正式名称“恥ずかしの拳”(勇者“ああああ”命名)』などという
頭が変になりそうな説明書きから梨花はこれを外れだと判断した。
実際、相手にツッコミを入れられなければ使えないのだからどうしようもない。
そんな敵に襲われる珍しい事態などそうそうあるわけがない。
命を取り合う危険な島でそんな事をしている奴など居るものか。
ここはとても恐ろしい島なのだから。
…………さて。
突然だがここで、一休さんの状態を整理してみよう。
突然だがここで、一休さんの状態を整理してみよう。
- 頭に被った赤ブルマ
- それから考えて女生徒の物と思しき体操服着用
- 保健の教科書が懐から覗いている
- 手にはリコーダー(女生徒の物と(略))を握り、吹くところは妙に濡れている
- 所々絶妙なポイントに白い汚れ有り
- 怪しい薬で少女を無力化
- オトコデオカシマス(男(***の隠語?)で*します)
………………………………………………………………南無阿弥陀仏。
梨花の手に填められたブレスレットが一瞬で変化。
1mはあろうかという巨大な石のゲンコツと化す。
梨花の手はそれに包まれるが、重みは無い。だが、その威力も腕力では引き出せない。
その威力は全てその時に発現した言葉の力が決定する。
今回は言うまでもなく、殆ど最高値。
――むしろ振り切れていた。
「なんでゴグゲピッ」
声は変な音に叩き潰され、一休は叩き跳ばされた。
背後にあるのは教室の扉。一休は扉に叩きつけられ……
ちゃちな金具は衝撃を止めきれず千切れ弾けて、扉も飛んだ!
そのまま吹き飛ぶ一休と教室の扉は廊下を横断!
廊下の窓に叩きつけられ、窓を破って落下する。
一休は教室の扉と割れた窓ガラスと共に、植え込みの木に向かって墜ちて――
1mはあろうかという巨大な石のゲンコツと化す。
梨花の手はそれに包まれるが、重みは無い。だが、その威力も腕力では引き出せない。
その威力は全てその時に発現した言葉の力が決定する。
今回は言うまでもなく、殆ど最高値。
――むしろ振り切れていた。
「なんでゴグゲピッ」
声は変な音に叩き潰され、一休は叩き跳ばされた。
背後にあるのは教室の扉。一休は扉に叩きつけられ……
ちゃちな金具は衝撃を止めきれず千切れ弾けて、扉も飛んだ!
そのまま吹き飛ぶ一休と教室の扉は廊下を横断!
廊下の窓に叩きつけられ、窓を破って落下する。
一休は教室の扉と割れた窓ガラスと共に、植え込みの木に向かって墜ちて――
騒音は、梨花達の居る教室にまで響き渡った。