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ストーリー 神話 Episode-1
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1章 ~魂の器~
魔法書がいっぱいに積まれたダインの魔法研究所に、午後の日差しが長い影を作っている。 その日差しが眩しかったダインは、読んでいた本から顔を上げ、そっと目を閉じた。
リル「相変わらずですね。」
部屋の片隅から聞こえてきた声に、ダインは驚いたように目を開いて立ち上がった。
ダイン「陛下?いつの間にいらしたのですか?」 リル「もうしばらく経ちますわ。本に夢中だったようですね。わたくしが入ってきたことにも気付かないのだもの。」 ダイン「申し訳ございません。」
ダインは顔を赤らめた。しかし、リルは少しも怒っていないらしく、笑みを浮かべてダインのほうへ近寄った。 彼女は自分には読むことのできない、古代の文字で書かれた資料を見つめながら尋ねた。
リル「それで、何か判りましたか?」 ダイン「いえ、まだ・・・」 リル「そうですか・・・」
それきり、二人とも何かを考えているように口を開こうとはしない。気まずい沈黙を破ったのはダインだった。
ダイン「私の力不足です。」 リル「王立魔法師団の団長がそんなことを言ってはいけませんわ。誰がやっても難しい作業なのです。」 ダイン「申し訳ございません。」 リル「わたくしこそ、謝らなければなりませんね。お邪魔をしてしまったようだわ。わたくしは戻るといたしましょう。」
リルは笑みを浮かべながらゆっくりと部屋を後にした。ダインは彼女の後姿を見つめながら低くため息をつく。 平気な振りをしているものの、リルがどんなに「それ」を見つけ出すことを願っているかを、ダインは誰よりもよく知っていたのだ。 「それ」、つまりエイル復活への手がかり。 2年前のリゲル事件のあと、エイルは人形のような肉体のみノ存在になってしまった。粉々に砕け散った魂を彼女に戻さなければならない。 リゲルの後任として王立魔法師団の団長となったダインは、ただひたすらにその方法を探し続けていた。 しかし、いくら資料を読み、研究を重ねても魂を戻す方法は見つからなかった。 このまま終わってしまうのか?本当に不可能なのか?ダインはその場にうずくまった。 その拍子に机の上に積まれていた資料が崩れ落ちる。疲れ果てたダインはそれを片付ける気にもなれず、その様子をただ眺めていた。 その時だった。一枚の紙切れが目の前にふわりと舞い降りたのは。
ダイン「これは?」
ダインはその紙切れに手を伸ばした。恐らく、本の間に挟まっていたもののようだが、どこから落ちてきたのかは判らなかった。 紙切れには古代文字で何かが書かれている。ダインは無意識のうちにその内容を翻訳し始めた。
『魂の器は生命体の魂を宿し、肉体と繋げるものである。』
ダインは思わず目を見開いて、その紙切れの内容をじっくりと読み始めた。
『魂が肉体を離れても、魂の器さえあればそこに魂を宿すことで復活させることができる。魂の器を作る方法は・・・・・・』
ダインはそれ以上読むこともできずに立ち上がり、リルが出て行ったドアをじっと見つめる。心臓が弾んでいた。 彼が捜し続けていたものが、そしてリルが望むものがついに見つかった。それも、こんなに突然・・・。
ティアは唇をかみ締めて、沸き上がる苛立ちを無理やりに抑えた。
ティア「なんなのよ、こいつは!」
彼女の目の前には不気味な笑みを浮かべたアンリが立っていた。 彼は自分の手下と機械を連れてティアとジークが活動する傭兵団のもとにやって来ては、もう何時間もティアに自分たちと一緒に来いと説得を続けていた。 もちろんティアは「死んでもあんたなんかと一緒に行かないわよ!」と断ったが、アンリのしつこさは常識をはるかに超えていた。
アンリ「仲間が戻ったら一緒に来るんだろう?」
アンリは勝手に解釈をしてその場に居座り続けた。 いつものティアならば、そしてジークがその場にいたならば、恐らくとっくに力で解決しようとしていただろう。 しかし、パートナーのジークがいない時に、傭兵団の前庭で騒ぎを起こしたくはなかったのだ。
ティア「ジークの奴、どこで油を売ってんのよ!」
ティアは罪のないジークを心の中で罵っていた。そして、用途不明の機械に乗っているアンリをにらみつけて怒鳴った。
ティア「どこに行くっていうのよ!あんたのことなんか、信じられるわけないでしょ!」 アンリ「傭兵は金を払えば雇えるんだろう?」 ティア「あんたにお金をもらうほど困ってないから、さっさと消えてくれない?さもないと、ジークにひどい目に遭わされるわよ。」 アンリ「ほぉ。それは仲間が戻ってから相談しても遅くないんじゃないか?」
アンリは話の通じる相手ではなかった。だったら、力で追い出すしかないわね。 ティアが腰に下げたナイフを抜こうとしたその瞬間、懐かしい声が彼女を呼んだ。
ダイン「ティア?アンリ?どういうことですか?」 ティア「え?」
驚いたティアはナイフを握っていた手を離し、声がした方を振り返った。そこには2年ぶりに会うダインが立っていた。
ティア「ダイン?どうしてここに?」 ダイン「用があって来たんですよ。それより、どうしてアンリがここにいるのですか?」 アンリ「フッフッフ。ついに仲間が現れたようだな。では、出発するとしよう。」 ティア「勝手なこと言わないで!」
ティアはアンリを怒鳴りつけ、ダインの元へ駆け寄った。
ティア「ダイン、久しぶりね!」 ダイン「本当にお久しぶりですね、ティア。ところで、ジークはどこに?」 ティア「今、出かけているわ。あのギルリングとかいうドワーフ王に会いに行ったはずよ。」 ダイン「では、そこにいるアンリは?」 ティア「知らない。いきなり現れて、太古時代に行こうとか訳の分からないことを言ってあそこに居座ってるのよ。ダイン、一緒にあいつを追い出して、美味しいものでも食べに・・・」 ダイン「ちょっと待ってください。今、なんと言いました?」
急にダインが顔色を変えてティアに尋ねた。そして、面食らっているティアが答える前に、アンリの方へ駆けて行った。
ダイン「太古時代へ行くというのはどういうことだ?」 アンリ「やっとわしの話に興味を持ったようだな。」 ダイン「いいから、詳しく話せ。」
ティアはダインらしくない態度に少々驚いていたが、ダインはあくまでも真剣だった。 彼のそんな態度にアンリは気を良くしたのか、腰をまっすぐに伸ばして答えた。
アンリ「言葉の通りだ。太古時代に用があるんだが、一人ではどうしようもなくて同行者を探しているのだよ。」 ダイン「太古時代へどうやっていくというのだ?」 アンリ「それは一緒に行って自分の目で確認したほうが早いだろう。さあ、出発するぞ。」 ティア「ちょ、ちょっと待って、ダイン。本当にあいつに付いて行くつもり?」
見かねたティアが割って入り、ダインに問いただすと、ダインは静かにうなずいた。
ティア「太古時代が何だって言うのよ?」 ダイン「ジークが来たらお話します。もしも二人が行かないならば、私一人でも行くつもりですよ。」
そして、彼は低い声でティアにささやいた。
ダイン「エイルを蘇らせる方法を見つけたのです。」
彼の言葉に、ティアは身体を凍りつかせた。二人はそれきり一言も話さず、それぞれの思いに沈んだ。
ティア「だったら、ジークに聞く必要なんてないわね。」
長い沈黙の末に口を開いたティアが面白そうに笑いながら言った。
ティア「ジークなら一緒に行くに決まってるでしょ。もちろん、私もね。」 ダイン「ありがとうございます。」
ダインの顔に、久しぶりの笑みが浮かんだ。あとはジークを待つのみ。ダインとティアにはその時間が無性に長く感じられた。 ジークが戻ったのは、夕食時になってからだった。
ジーク「一体どういうことだ?」
エイルを蘇らせることができるという話に、ジークは目を丸くした。ダインは複雑な説明は省き、 ジークとティアにも理解できそうな部分をかいつまんで話した。
ダイン「先日、魂の器というものの存在を知りました。その名の通り、魂を宿す器です。それを作れば、エイルの肉体にまた魂を戻すことができるかもしれません。」 ジーク「魂の器?どうやって作るんだ?」 ダイン「とりあえずはいくつかの材料が必要です。『魂』と呼ばれる石なのですが・・・・・・。太古時代に存在したものらしくて、現在は手に入らないものなのですよ。それで、太古時代へ行かなければならないのです。」 ジーク「だったら、当然行くに決まってるだろ!アンリと一緒っていうのは気に食わないけどな。」
それ以上話す必要は無かった。ジークはその場でダインと共に旅立つことを決めた。しかし、すぐにアンリと出発するわけにはいかなかった。 ダインは王立魔法師団の団長である以上、女王であるリルに報告しなければならなかったからだ。ティアやジークも遣り残した仕事がある。
ダイン「じゃあ、二日後にアンリの研究室で会いましょう。」
ダインは王宮へ、アンリは自分のアジトへと帰って行った。ジークも長旅に疲れたと部屋へ戻り、 騒がしかった傭兵団の前庭は急に静まり返った。ティアは一人その場に座り込み、暗い夜空を見上げた。
それが新しい冒険の始まりだった。
・・・次章へ続く。
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2章 ~出発~
ダイン「……そのため、太古時代へと旅立つつもりです。」
ダインは説明を終え、リルの反応を待った。しかし、リルは口を閉ざしたまま、何も言おうとはしない。 ただ、ダインにはリルの瞳が激しく揺れるのが見えた。
リル「ジークとティアも共に行くのですか?」 ダイン「ええ。」 リル「ならば、私も連れて行ってください。」
断固とした女王の言葉に、ダインは驚いて声を荒げた。
ダイン「いけません!」 リル「エイルがあんな風になってしまったのは、わたくしのせいでもあるのです。だから、わたくしが行かなければ。」 ダイン「そのこととは関係ありません。絶対にお連れする訳にはいきません。」 リル「何故です?」 ダイン「あなたは他の誰でもない、この国の女王ではありませんか。」
リルは答えなかった。しかし、彼女が納得するはずもない事はダインにも分かっていた。彼女の瞳はまだ揺れ続けている。
ダイン「陛下。」
ダインは心を込めて彼女を呼んだ。
ダイン「私は行かなければなりません。しかし、陛下はここにお残りください。」
ダインは答を待たず、挨拶だけを残して部屋を後にした。リルはそんな彼の後姿を見て、うなだれるようにうつむいた。 自分にできることが何もない事が悔しかった。こうしてじっと玉座に座って待っているわけにはいかない。 どうにかして自分がエイルを助けに行くのだと、リルは心の中で誓っていた。
アンリ「来たのか?」
アンリが研究所と呼ぶアジトに到着すると、アンリ本人が待ちわびたかのようにダインを迎えた。
アンリ「他の仲間はとっくに来ているぞ。」
アンリに案内された場所ではジークとティアが待ちくたびれた表情で座っていた。 これで全員集合とばかりに、アンリが:出発の準備を始めた。
ジーク「あのさ、一つ聞きたい事があるだけど。」
何に使うのか見当もつかない機械を整備するアンリの背後からジークが尋ねた。
ジーク「あんた、なんで太古時代に行きたいんだ?」 アンリ「良い質問だな。ほら、これを見てみろ。」
アンリはお手製の機械をいとおしそうに撫でた。
アンリ「美しいだろう?だが、このわしの美しい作品が、栄養上の問題で実力を発揮できずにいるのだ。」 ジーク「栄養?」 ティア「つまり、燃料がないってことでしょ。」
ティアが口を挟んだ。彼女の説明に、アンリは何も語らず、ただ不気味な笑い声をあげた。 そしてまたジーク達にはガラクタにしか見えない機械のあちこちをいじりはじめる。 すると、すぐに大きなエンジン音が響き渡り、アンリがジーク達をその巨大な機械の下に招き入れた。
アンリ「膨大な量の光が発射されるぞ。目を閉じろ!」
みな、アンリの言葉を合図に、目と耳を塞いだ。 そして爆発音のようなエンジン音とまぶたを突き刺すような光が彼らを包み込んだかと思うと、 今度は急降下するような感覚に襲われた。 驚きの余り座り込もうにも、床が無い。悲鳴をあげてもエンジン音にかき消され、何も聞こえなかった。 ・・・そして、全てが消え去った。
目を開けても何も見えなかった。強い光にさらされた目が、まだその機能を取り戻していないのだろう。 だが、見えなくても全員が太古時代に来たことを実感していた。 まず、空気が違う。べた付くほどに濃度が高く、重みのある空気だった。
ジーク「ここが……太古時代?」
早くも視力が戻ったのか、ジークが目を見開いて空や地面を見回していた。何もかもが現代とは異なっていた。 山も木も巨大で存在感があり、まるで巨人の世界にでも迷い込んだかのような気分だった。 ジークの後を追うように、ダインとティアも視力を取り戻し、太古時代の風景に圧倒されていた。
アンリ「すごいだろう?」
もう慣れているかのように、アンリは呆然と立ち尽くす一行を見てケラケラ笑った。 だが、すぐにアンリの顔から笑みが消えた。
アンリ「誰だ!」
鋭い一声に気を取り戻したジーク達がアンリの視線の先に目を向けた。少し離れた所で、 誰かが震える膝を押さえながら立っていた。 その人物に目を留めたダインが悲鳴のような声を上げる。
ダイン「リル様!どうしてあなたがここに?」
リルは時間移動の衝撃で蒼白になった顔を上げて、決まり悪そうに笑った。 しかし、その笑顔にもダインは呆れるばかりだった。
ダイン「笑っている場合ではありません!すぐにお戻り下さい!」 リル「イヤ!ここまで来たのです。連れて行ってください!」 ダイン「いけません。アンリ、急いで女王様を元の時代に戻してください。」
しかし、アンリは首を横に振った。
アンリ「一度時間を超えてしまえば、戻ることはできん。」 ダイン「どういうことですか?あなたは何度も時間移動を経験しているのでしょう?」 アンリ「わし一人だったからな。こうして大人数で来た以上、わしの望むものを手に入れるまでは帰れないのだ。帰るには強力なエネルギー源が必要でな。」 ジーク「なんだって?!やっぱり騙したんだな!」
ジークが悔しそうにわめいたが、アンリは平然としていた。
アンリ「何を言う。わしはお前たちを傭兵として雇ったのだ。傭兵ならば仕事は最後までやりとげるべきだろう?」 リル「いいのです。わたしは戻りませんから。」
リルはふらつきながらも自力でジーク達のところへ合流した。
結局、彼女を受け入れるしかなかった。ジークはむしろ喜んでいるようだし、ティアも歓迎しているようだ。 アンリはどうでもいいというように一行に尋ねた。
アンリ「さて、じゃあどこに行こうか?」
みんなの視線がダインに注がれた。しかし、ダインも太古時代について知っていることなどほとんど無かった。 彼は自分に分かる範囲のことをゆっくりと語り始めた。
ダイン「我々が捜さなければならないのは、『魂』と呼ばれる鉱石で神々の宝石とも呼ばれるらしいので、神々が持っている可能性が高いでしょう。」 アンリ「フン。では、わしが捜しているものはどうなる?」
アンリが口を挟んだ。すると、ティアが呆れ果てたというように、彼をにらみつけた。
ティア「ちょっと、おっさん。あんた、自分が捜しているものがどこにあるのかも分からないんでしょ?だったら黙って付いて来れば?途中で発見できたら幸運だし、できなくてもしょうがないでしょ?」 アンリ「さっきも言っただろうが。わしらは強力なエネルギー源が見つからなければ帰れないのだぞ。」 ダイン「とりあえず『魂』から捜しましょう。『魂』も強い力を持つ石なので、何か役に立つかもしれません。それに、神に会えればアンリが捜すものを見つけ出す可能性も高まるでしょう。」
ダインの提案にとりあえずは全員が納得した。
ダイン「問題は、どこに神がいるのかということですが……」 リル「それならば、わたくしがお役に立てるかもしれません。」
リルが一歩前に出て、懐からなにかを取り出した。
ダイン「それは?」 リル「人間族の宝石です。」
その宝石にエイルの笑顔を思い出した一行はしばらく言葉を失った。 リルは宝石を手のひらに載せ、静かに精神を集中させた。 彼女の身体が淡い光に包まれた化と思うと、宝石もキラキラと輝き出し、手の上にふわりと浮かび上がった。 次の瞬間、宝石に集まった光が一方向へ向けて真っ直ぐにスッと伸びる。
ダイン「ルニア女神の力が彼女を捜しているのですね。」
ダインが感嘆したようにつぶやいた。リルの血に流れるルニア女神の力が、宝石を通じて本来の主に向かっていた。
ジーク「西か。行くぞ!」
ジークがみんなを引っ張るように歩き出した。 リルは自分の力が役に立ったことに安心し、ようやく緊張の解けた表情を見せた。 ダインは彼女をそっと後ろから支えながらささやいた。
ダイン「意地っ張りなところは姉妹でよく似ていらっしゃいますね。」
…次章に続く。
コピペ用
ジーク「」 ダイン「」 エイル「」 ティア「」 デイシー「」 クレイグ「」 リル「」 アンリ「」
神話の書 ~3ページ~
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3章 ~返さなければならないこと~
クレイグは隣で食事をする男達の言葉に、思わず耳を傾けた。
「つまり、王立魔法師団の団長がアンリと一緒に旅に出たってことか?おい、それはあり得ないんじゃないか?」 「いや、確かだぞ。ほら、アンリが時間移動装置を作ったって噂は聞いてるだろう? それに乗って過去へ行くと珍しい宝がゴロゴロしてるらしい。それを取りに行ったんじゃないか?」 「お前は本当に頭が悪いな。王立魔法師団長があんな狂った科学者と一緒に過去へ旅立つと思うか? お金が必要なら、女王陛下に給料を上げてくれって頼めば済むだろうに。」
クレイグは食事が終わっても席を立つことができなかった。彼らの話が気になって仕方が無かったのだ。 信じられそうもない噂と推測が入り混じっていたが、少なくとも二つの事実は確かなようだった。
クレイグ「ダインが、ここに来てるのか?」
食堂の窓の外には、アンリの不気味なアジトが見える。大陸のあちこちを放浪しているうちにたどり着いた町だった。 だが、ここに弟がいたとは。クレイグはダインと最後に会った日を思い起こした。もう2年も前のことだ。 2年前、リゲルの陰謀をジーク達が防いだ後、クレイグは弟と一緒に過ごしたいという一言を言い出すことが できなかった。 弟達は大事な仲間を失っていたし、自分は一時であれリゲル側に立って戦った者だからだ。 結局、兄弟はまともに挨拶もできないまま再び別れることになり、それ以降クレイグは大陸を彷徨い続けていた。
クレイグ「だが、なぜダインがここに?」
隣席の男が言うように、お金に困ったということは無いだろう。 ダインのような誠実な人間が仕事もせずにここへ来たのだから、何か特別な事情があるのだろう。
クレイグ「もしかしたら……」
彼の頭に、ダインが魂を蘇らせる方法を捜しているという事実が浮かんだ。 そのためならば、きっとダインは迷わずアンリとも手を結ぶことだろう。間違いない。 それを確信すると、今度は別の思いが彼の頭に沸き上がってきた。
行くぞ。ダインの後を追うんだ。 2年間大陸を彷徨いながらも、クレイグは過去の過ちを忘れることができなかった。それは自分の過ちを 償う方法がなかったからだ。 だが、もしもダインがエイルの魂を蘇らせるために太古時代へ行ったのならば、そして自分が役に立てるならば、 過去の過ちを少しでも償うことができるのではないか。そこまで考えると、クレイグはじっと座っては いられなくなった。 彼は急いで食堂を後にし、アンリの機械城に向かって駆け出した。
主のいないアンリの家は、客に対してこの上なく無関心だった。 建物の中に存在するもののほとんどが機械だから、それも仕方がないのかもしれない。
アンリの助手「申し訳ございませんが、お師匠様は今お留守で……。」 クレイグ「それは知っている。だから、その師匠がいる場所へ俺を連れて行ってくれと言っている。」 アンリの助手「そう言われましても……。ちょっと!勝手に入らないでください!」
たった一人のアンリの助手は話の通じない男だった。クレイグはついに、アンリ邸の中に押し入ってしまった。
アンリの助手「まったく、どうしてみんなお師匠様のいない時に限って騒動を起こすんだ!」
クレイグの背後から嘆くような助手の声が聞こえた。みんな?クレイグが振り返って尋ねると、 ため息をつきながら助手がつぶやいた。
アンリの助手「さっきも別の人が来て、自分を過去に送れって大騒ぎしたんですよ!僕にどうしろっていうんだか。」
それが誰なのかというのは、聞かなくても分かった。ドアを開けて入った先に、見慣れた顔があったからだ。
クレイグ「デイシーか?」
自分の背よりも大きそうな剣を持った小さな少女が巨大な機械の間に立っていた。 少女もクレイグを見るなり驚き半分、喜び半分の表情をして叫んだ。
デイシー「クレイグだ!」 クレイグ「お前がどうしてここに?」 デイシー「ギルリングに頼まれてジークにお届け物があるんだけど、傭兵団に行ったらここに行ったって言うんだもん。」
ジークに届ける物というのは一目瞭然だった。この新品の美しい剣を小さな少女が振り回せるはずもない。 クレイグはうなずいて、またアンリの助手を振り返った。
クレイグ「本当にどこへ行ったのか知らないのか?」 アンリの助手「いえ、そういう問題では……」 クレイグ「そういう問題じゃないなら、さっさと俺たちをそこに送ってくれ。」 アンリの助手「後悔しませんか?僕は責任取れませんからね。」 クレイグ「男に二言はない。さっさと送れ。」
助手は負けたとでも言うように肩をすくめると、機械の方へ進んだ。
アンリの助手「二人とも、その床に文字が書かれた場所に立ってください。ものすごい光と音が出るので、目と耳を塞いでくださいね。三つ数えたら始めますよ。」
助手の手が素早く動いた。クレイグはデイシーを連れて助手に指示された位置に立った。 機械がガタガタと音を立て、歯車の回る音が響き渡ると、助手が数を数え始めた。いち、に、さんっ! 光が溢れた。これが時間旅行か、と思った瞬間、全てが遠くなった。
…次章に続く。