二本の刀が正しく音速を、神速を超えて振るわれる。一刀振るわれる毎に鋭さと速度を更に更に更
に増し、まるで限界と呼ばれるものが最初から存在せぬと言わんばかりだ。
 僅かでも集中を切らせば即座に首を刎ねられる。初動を見逃そうものならば理解する間もなく唐竹
に割られる。下手に柄で受け止めようものならばデバイスごと両断される。騎士甲冑による防御など
この斬撃の前には役に立つまい。故に捌き、躱す。
 一秒の内に槌と刀、剣と刀が何十回と交錯し、空中に火花を咲かせるその様はまるでダンス。時に
優雅で、時には激しく、時には停滞する。
 ヴィータは焦っていた。リミッターが掛かっているとは言え、二人掛りであるにも拘らず目の前の
サムライは自分達と拮抗しているのだ。否、明らかに押されている。
 しかしそんなことよりも気に掛かるのは全く連絡の付かないはやてたちだ。次第に焦りが増大して
ゆき、槌を振るう速度にも陰りが出始めたその時、ザフィーラからの思念通話が入った。

「『シグナム、ヴィータ。先程から主たちと連絡が付かない。一体何があった!?』」
「『すまねぇザフィーラ、はやてたちの様子見てきてくれ! こっちはイカレサムライの所為で手が
離せねえんだ!』」
「『心得た。主たちのことは任せておけ』」
「『助かる!』」

 実に短い会話であった。だが、ヴィータにとってはそれで十分だった。同じ時を過ごして来た仲間
であり、家族であるザフィーラは信用できるし信頼できる。もう焦る必要は無い。グラーフアイゼン
を握り直し、ムライへと切り込んでいった。
 ザフィーラ一人に任せたその判断が、大きな間違いであったことを知らぬまま。



第七話 望むところだ、ケッチャコ



 繰り返されるのは先程の焼き増しのような一進一退の攻防。
 響くのは刃が風を切る音、鋼が撃ち合わされる金属音。そして己の呼吸音のみだ。
 百戦錬磨である彼女らを以ってしても、目の前のサムライを無力化するのは至難の業であった。
 しかし彼女らとて伊達に騎士を名乗ってはいない。サムライが二刀を振りぬいた極々僅かな間隙に
ヴィータが全身全霊の威力を以ってグラーフアイゼンを打ち込む。
 一際大きな轟音が響く。ヴィータの振りぬいたグラーフアイゼンがティトゥスを吹き飛ばしたのだ。
 防御こそされたものの、大きく間合いが開いた。
 ヴィータとシグナムは肩を上下させながら呼吸を整えようとしている。
 しかしサムライを見てみれば平然とした表情。汗こそ僅かに出ているが呼吸は平静そのもの。
 そのサムライは唐突に構えを解き言葉を掛けてきた。彼女達に向けていた視線を一瞬空へとやり、
そして再び彼女らに視線を向ける。

「素晴らしい。
 ただの童女と女とは思ってはおらなんだが、よもや拙者の剣がここまで捌かれようとは……。実に
素晴らしい。これほどの充足感を与えてくれる存在が、かの執事以外にも居ようとは……まこと世界
とは広きものよ。
 だが惜しむらくは、この愉しき死合もこれまでということか」

 ティトゥスは再び高き空を行く流れ星を見る。その瞳は確かにそれを認識していた。
 大気との摩擦により炎の如き赤を身に纏った、刃金で象られし人型――鬼械神アイオーン。

「そう言えば、お主らの名を訊いていなかったな。訊かせてはくれぬか?
 先程も其処な童女に名乗ったが、今一度名乗ろう。
 拙者は逆十字が末席、ティトゥス」

 ヴィータはティトゥスの突然と言えば余りに突然な行動――戦闘の真っ只中で有るにも拘らず敵を褒め
た上に、空を見上げるなどと言う隙を晒し、あまつさえ名まで問うて来る――を疑問に感じた。
 それもその筈、戦いの主導権はティトゥスが握っていた筈だ。その主導権を放棄し一方的に戦闘の
終了を告げることに、一体どれ程の価値がある?
 いくら疑問を感じようと、名乗られたのであればそれに応じるのが騎士としての礼儀。

「烈火の将、シグナム」
「鉄槌の騎士、ヴィータ」

 戦っていた者が名乗りあうと言うそれは、余りにも時代錯誤な光景だった。
 だが、それだけに尊いとも言えるだろう。

「で、なんでいきなり戦闘終了なんだ? 訳を言えよ」 
「それに関しては私も訊きたい」

 ヴィータが当然と言えば余りにも当然の疑問を投げかけ、シグナムもそれに同乗する。

「何、間もなくこの辺りは焼滅する。ただそれだけの事よ。
 生憎、今の拙者には鬼械神(アレ)に対抗する術を持たんのでな」

 そう言って空の一点を指差す。
 思わず指差された方向を向いたヴィータたちの目にもしっかりと視えた。鱗を束ねたような鋼鉄の
翼を広げ、降臨する模造神の姿が。
 ソレはここから見れば小さな点でしかないが、しかし距離を考えれば余りにも巨大な隻腕の人型だ。

「な、なんだありゃ……」

 視認した瞬間に彼女達を襲ったは激しい悪寒。それは警告だ。あれに込められた力は尋常の世界に
収まるものではないことを知識ではなく、智慧でもなく、本能で理解したのだ。
 それが人知を超えた存在であることを。それが人風情に抗える代物ではないことを。その右手には
膨大な――膨大と言う表現すら生温いほどの――魔力が込められていることを。
 彼女達の、騎士としての部分が危険を告げる。

「さらばだ。拙者以外の誰にも斃されてくれるなよ」

 ティトゥスはそう言うと、目にも止まらぬ速度で何も無い空間を十字に斬り裂く。
 斬り裂かれた空間は音ならぬ悲鳴をあげ、さらに傷口を広げてゆく。
 その広がった傷口にティトゥスは身体を滑り込ませた。

「転移魔法!?」

 ティトゥスの身体が『傷口』に埋没するや否や、それは自然と、しかし、恐ろしいほどの速度で修復
されてゆく。
 其処に残ったのは何も無い空間と、二人の騎士だけ。
 そして機械の神が降臨した地で爆ぜた閃光が、彼女達を襲った。



 ※~~・~~◎~~・~~※



 ヴィータの言う別働隊、ルーテシアとゼストは鬱蒼とした森の中を移動していた。ガジェットを連れ
る事もなく、魔力を隠しひたすらに歩く。
 本来ならば彼らがホテルに近づく必要性は全く無い。しかし彼らがホテルへ向かっているのは紛れも
無い事実である。何故か?
 それはルーテシアがドクタースカリエッティから請けた依頼にある。その依頼の内容とは”――ホテ
ル内のとある書物を盗ってきて貰いたい、無論陽動はこちらでやる――”と言うものだった。
 ゼストは難色を示したが請けた当人であるルーテシアは承諾。ホテルにガリューを差し向けたのだが、
そのガリューからの連絡が突如として途絶えたのだ。今までこんなことは全く無かったため、流石のル
ーテシアも焦りゼストを促して反応が消えた場所へと向った。
 更にガリューの反応消失後、しばらく経ってから突如として顕れた巨大な閃光も彼女の不安を煽って
いる。とどのつまりは、心配になって探しに来たということなのだ。
 ここまで発見されることなくホテルにまで辿り着けると言うことは、陽動役であるアンチクロスが上
手くやっている証拠なのだろう。
 そしてホテルまで後数百メートルのところに接近した時、有り得ぬ声が響いた。

「やぁ、ゼスト君にルーテシア君じゃないか」

 果たして其処に居たのは、黒いパーティドレスを身に纏った――この世ならざる美貌と雰囲気を当た
り前のように振り撒いている――美女、ナイアだった。
 ナイアを見た瞬間にルーテシアはその端正な顔を恐怖に歪め、ゼストに至っては恐怖と憎悪そして殺
意が綯い交ぜになった鋭い視線で睨み付けている。

「そんなに睨まないで欲しいんだけどなぁ。流石の僕も、君に睨まれると生きた心地がしないよ。
 ま、そんな君の気性も僕は割と気に入ってるんだけどね」

 女のおどけたような、巫山戯たような口調。しかしその貌に浮かぶのは紛れも無い嘲笑。

「何の、用だ?」

 苛立ちと怒り、そして言葉の裏側に隠された紛れも無い恐怖。それらが篭ったゼストの短い問に、女は
くすくすと笑いながら哂いながら答える。

「ああ、僕の用事はね、君達の探し物を持ってきただけさ。ほら、そこに」

 女が指し示す場所にあったのは、言うなれば寸分の狂いもなく精巧に造られた彫像だ。余りにも生々
しく造られているがために、今にも動き出さんばかりの躍動感をそれから感じてしまう……。

「真逆……」

 ぽつりと言葉を漏らしたルーテシアは、彫像から目を離しナイアへと振り向く。その瞳に篭った感情
は怒りだろうか、それともこの絶対者に対する恐怖なのだろうか。
 何故ならばその彫像こそが彼女が探していた存在、ガリューそのものだったからだ。

「おやおや、駄目じゃないか。ルーテシア君までそんな目をしちゃさ。
 それともそんなに僕からの届け物が御気に召さないのかい? 嗚呼、もしそうなら僕の繊細な心は深
く傷ついてしまうよ。
 …………まぁそんな冗談は置いておくとして、先ずは彼とホテルを元に戻さないとね。
 それからそこの出歯亀君。出てらっしゃいな」

 女はそう言うと唐突に、ぽん。と間の抜けた音の柏手を一つ。
 それを合図にしたかのようにガリューとホテルの停滞は解け、そして何も無い空間から突如として引
き摺り出されてきたのは――盾の守護獣、ザフィーラだった。



 ※~~・~~◎~~・~~※



 ザフィーラには何が起こったのか、現在進行形で理解が出来ない。
 怪しげな三人を発見し聞き耳を立てていた所、その三人の内一人がどうやらホテルに起こった異常に関
して何かを知っていると言うところは理解が出来た。問題はその後だ。
 彼の主観を借りれば、唐突に目の前の景色が全く違うものになった。と言うところだろうか。実際には
景色が変わったのではない。闇を纏った女が、尋常ならざる手段を以って――女にとってはそれこそ造作
も無い、という言葉以前の手段ではあったが――ザフィーラを引きずり出したに過ぎない。ただそれだけ
のことだ。
 彼は己の身に何が起こったかは理解できずにいたが、これだけは理解が出来た。

 ――目の前にいる女に、否。目の前にいる存在に関わるな。全力で逃げろ! ――と。

「男と女の秘め事を覗き見るなんて、本当に君はいい趣味をしているね。ザフィーラ君」

 女の姿をした存在の聲を聞いた途端、ザフィーラの総毛が立った。それは間近に迫った死の恐怖、などと
言う生温いものではない。もっともっと恐ろしい何かなのだ。もっともっと悍ましい何かなのだ。
 ああ、しかし彼はこの女から目が離せない。この恐ろしい女から逃げ出したい。本能が喧しいほどに警告
を発している。
 だが身体が動いてくれない。射竦みを掛けられた訳でもないのに、身体が命令を全く聞き入れてくれない。
どれだけ力を込めようとその身体はただ小刻みに、まるで初夜を経験する未通女のように震えるのみ。

「おやおや、そんなに震えることは無いじゃないか」

 その存在の言葉が、ザフィーラを構成する根幹そのものに語りかけてくる。余りにも甘美な艶を含んだ
聲が彼の存在そのものを冒してゆく。

「ぐ、おおお……っ!」

 彼は苦悶の声を上げつつ抵抗する。震えるばかりで力の入らぬ四肢に渾身の力を込め奮い立たせる。
 ヴォルケンリッターとしての、盾の守護獣としての誇りを込めて。
 そして鋼の軛を発動させた。
 それは一切の慈悲もなく女の姿をした存在を貫いた。確かに砕いた。頭を、首を、胸を、腹を、足を。
 だがソレは平然としている。それどころか喜悦すら浮かべて語りかけてくるのだ。

「ああ、温いなぁ。君の求愛はこんなものなのかい?」

 ソレの言葉と共に、鋼の軛は内側から“生えた”鋼の軛によって呆気なく崩壊した。まるで最初からそ
んな物など無かったかのように。
 その後、いくら鋼の軛を発動させようとしても発動しない。まるで最初からそんな物など無かったかの
ように。
 それでもまだ彼には残された手段がある。獣の如き敏捷性を誇る己の肉体を利用した格闘攻撃だ。
 彼は果敢にもソレに飛び掛った。
 その時彼が見たものは、途轍もなく巨大な何かの顎門。そしてその中に飛び込む自分の姿だった。


 何処かで、夜鷹が啼いた。


 ※~~・~~◎~~・~~※



 盾の守護獣が現れた時と同じような唐突さで消えてから音が聞こえてくる。咀嚼音だ。
 聞こえてくる方向は一方ではない。空からも、地面からも、前後左右からも、斜めからも、それ以外の
本来有り得ぬ異常極まる方向からも聞こえてくる。
 最初こそ『何か』を噛み砕く様な音であったのだが、やがて水分の混じった音へと変化していった。
 その悍ましい、余りにも悍ましい音にルーテシアは耳を押さえ地面に蹲り、まるで赤子にまで退行した
かの如く泣きながら、母の名を呼びながら助けを求める。
 年齢にそぐわぬ大人びた外見と雰囲気を持つ普段の彼女からは、とてもではないが想像も出来ないほど
の有様だった。

「ああ、可愛いルーテシア。そんなに怖がらなくてもいいじゃない。まるで僕が悪者みたいじゃないか」

 女は哂う。くすくす、くすくすと。

「ああ、それからこれを渡しておくよ。頼まれ物なんだろう? ドクタースカリエッティからのさ」

 何処からともなく女が取り出したのは一冊の本。
 人間の皮膚で装丁された――何故か腐った海の臭いがする――本。
 その余りの臭い、もしくは気配にゼストは顔を歪め、ルーテシアに至っては吐き気まで催したらしく青白
い顔で口を押さえている。
 女はゼストにその本を渡した。

「ぐっ……」
「確かに渡したよ。じゃあね」

 女はそう言うと踵を返し、おもむろにその豊かな胸の谷間から十数枚の紙片を取り出して、それを空へ
と撒いた。
 紙片は風に逆らい、とある方向へと流れてゆく。ティアナ達が居るクレーターの中心部へと。

「さて、勝利者へのご褒美もこれでできたかな?」

 何処か満足そうな女の聲が響いた。



 つづく。

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最終更新:2007年11月22日 18:32