『こちらヘルシング!!こちらヘルシング本部、状況を説明しろ!!アーカード』
 満月の夜、女の声が響く。何らかの通信機越しなのか、多少ノイズが混じっているようだ。
それに対し、『アーカード』と呼ばれた赤コートの男は答える。
「ん…ああ、スマン。月を見てた」
 通信相手の女が返す。
『しっかりしてくれアーカード!!お前だけが頼りなんだぞ!!』
「分かってる。あんまりにいい夜だったから」
 そしてアーカードは歩き出す。眼前に見える、今は人間のほとんど尽きた村へと。
…中で二人の少女が、化物を相手に孤軍奮闘しているとも知らずに。
「本当にいい夜だ…こんな夜だ、血も吸いたくなるさ。静かで本当にいい夜だ」

第一話『VAMPIRE』

 英国北部の小村、チェーダース村。6月14日、水曜日。
この小さな村の教会に、一人の牧師がやってきた。奇妙な牧師だった。
昼間、ほとんど外に出ることは無かった。いつも薄暗い礼拝堂にいた。
たまに出ることがあったとしても、その日は雨や曇り、そして夜間だけだった。外に行くときはフード付きの修道服を目深く着込んでしまう。
まるで太陽を嫌っているかのように。
最初の事件が起きたのは、それから一週間後の事だった。隣村へつかいに行った青年が次の日になっても帰ってこなかった。
その後も事件は続いた。10日間の間に次々と、村民10名が消えた。
村は恐怖のどん底に陥れられた。そんな中、命からがら近くの家に逃げ込み、助かった少年が警察に証言したのだ。
暗闇の中そいつは立っていたと。最初は暗くてわからなかったが、雲が晴れて月が照ると…
はっきりと見えたのだと。口から血をしたたらせた牧師様を。
警官と村人達は、すぐさま牧師を問いただそうと教会に押しかけてきた。運の悪いことに夕方、それも夜近くに。
…それから数時間後、村は地獄と化した。

 そして2日後。
「三時間前、突入した警官隊が連絡を絶った。所持カメラで写した映像を見てもらったと思うが…あれは一体?」
 チェーダース村へと続く街道、そこにあるテントの中。警察が詰めているここには不似合いな、金髪の女性がいる。
彼女が何者か、なぜいるのかは後述としておこう。その女性に対して指揮官が話を聞いている。
話の前に見せられていたビデオ。それに映っていたのは、人間の姿をした、人間とは違う何かだった。
「喰屍鬼(グール)です。村の中はグールでいっぱいですよ」
「…一体何の話だ?話が見えんのだが」
「あれは吸血鬼(ヴァンパイア)に襲われた非処女、非童貞の人間の末路です。」
 ―――――は?
「吸血鬼に操られているゾンビ共、そんな所です。ですから、あの村には吸血鬼がいると考えられます」
 グール?吸血鬼?そんなオカルト小説の中にしかいないようなものがいると聞かされても、普通の人間は信じないだろう。
「グール!?吸血鬼だと!?」
「はぁ」
「そんなバカな話があるか!?そんなオカルト話を信じろと!?」
 やはり、である。指揮官は全く信じていない。そしてそれは他の警官も同じようだ。
…無理もない。普通に現実を過ごしている人々にとっては、このような非現実そのものを信じるということが出来ないのだろう。
「事実ですよ。しかし信じなくても結構。あなた方の仕事は終わったのですから。
貴方方のような木っ端役人は知らなかったろうし、知らなくていいんですが…我々『王立国教騎士団』、通称『HELLSING機関』は随分と昔から化け物と戦ってきました。」
 そろそろこの金髪の女性の名を明かしてもいいだろう。
彼女の名は『インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング』。大英帝国とプロテスタントの敵である反キリストの化物を討つための組織『HELLSING機関』の長である。
今回のチェーダース村の事件、それに吸血鬼が絡んでいると断定。そして吸血鬼退治のために動いた。それが彼女がここにいる理由だ。
「村の中にグールを操っている吸血鬼がいます。相手は化け物です。普通の軍隊や警官を投入したところで、奴らに餌を与えてるに過ぎません。
男吸血鬼(ドラクル)は処女を、女吸血鬼(ドラキュリーナ)は童貞の血液を吸った時のみ吸血鬼として『繁殖』しますが…それ以外はただの餌に過ぎず、グールとなって吸血鬼の下僕となってしまう。
母体である吸血鬼本体を殺れば全滅する。奴はHELLSINGが殺ります」
「馬…鹿な…!」
 こんなB級オカルト物の小説のような出来事が、今現実に起こっている。
警官はその事実に驚き、そして信じられない様子でだ。当然といえば当然か。
…警官がその現実を受け入れた頃を見計らい、インテグラが話す。
「既に我々の中でも特に対吸血鬼のエキスパートをチェーダース村に送り込んであります。数時間で…ケリが付くでしょう」
「…一体どんな奴なのだ?大丈夫なのかねそいつは」
「彼の名前はアーカード。化け物…特に吸血鬼に関してなら…そう、誰よりもエキスパートですよ」

「いい夜だな。こんな夜は血を吸いたくなる…そうは思わんか?小娘ども」
 今回の事件を起こした牧師が現れ、グール相手に応戦していた少女達へと言う。
「そんな事思うのなんて…吸血鬼くらいしかいないよ」
 それに対し、ナックル『リボルバーナックル』とローラーブレード『マッハキャリバー』で応戦していた青髪の少女『スバル・ナカジマ』がグールと戦いながら答える。
「クク…俺がその吸血鬼だとしたら?」
 それを聞き、スバルが戦慄する。確かに吸血鬼ならこのようにグールを操ることや、何発魔法を食らっても平然としていられるのも納得がいく。
それを聞いた銃を持つ少女『ティアナ・ランスター』が、両手の銃『クロスミラージュ』で牧師を撃つ。
「いい事を聞いたわ…それならあんたを何とかすれば、周りのグールも全滅するって事ね!」
「ティア、それってどういう事?」
「ほら、少し前に『ブラム・ストーカー』って本貸したでしょ?あれに書いてあったのと同じよ!」
 ティアナはそう言って牧師への攻撃を続行した。
「ブラム・ストーカー…何だっけ?」
「…あんたねえ!読みたいって言ってたから貸したっていうのに、忘れてたって言うの!?」
「ご、ごめん…訓練漬けで読む時間がなくて…」

 ところで、何故この二人がここにいて、この状況に巻き込まれているのか…時間は少しさかのぼる。

「スバル、そろそろ帰るわよ。準備しなさい」
「ちょっ、待ってよティア~!」
 スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター。この二人はともに『時空管理局』と呼ばれる組織の機動六課、スターズ分隊のメンバーである。
先日、第二段階の終了見極め試験を通り、その時に数日ほどの休暇が取れた。彼女達はその休暇を利用し、地球のイギリスへと旅行に来ていたのだ。宿泊先はチェーダース村の小さな宿である。
そして休暇の最終日。すなわち…村が地獄と化した日。そうなっているとはいざ知らず、帰り支度をする二人。
ふと、外が騒がしいことに気付き、スバルが窓から外を見ると…グールの群れという非現実が村一面に広がっていた。
自分の目がおかしくなったかと思い、目をこすって再び見るが…やはり変わらない。無数のグールが村にいる。
もっともスバルはゾンビだと思っているようだが、たいして変わらないので訂正しない。
「…ねえ、ティア。ゾンビって…現実にいると思う?」
「はぁ?そんなのいるわけ…あったみたいね」
 スバルの問いに答えようとして、窓の方にいるスバルを見るティアナ。その窓からティアナにも見えた。何がかはもはや説明不要だろう。
「嘘でしょ…?第97管理外世界にはこういうモンスターとかはいないはず…って、そんな事言ってる場合じゃないわね」
 そう言うと、ティアナは一枚のカードをクロスミラージュへと変形させ、バリアジャケットを纏う。
「スバル、あいつらは多分この宿に入ってくる…その時に備えてウイングロード用意して。それでこの村を脱出するわ」

 そして今に至るというわけだ。ちなみにウイングロードの準備が終わる前にグールが踏み込んできたため、やむを得ず走っての脱出となった。
「いい?周りにいるグール…いや、あんたに分かる様に言えばゾンビね。それはこいつが作ったもの。グールはそれを作った吸血鬼が倒れれば全滅するの。分かった?」
 だが説明したところで状況が好転する訳ではない。
グールの数も相当のもの。さらに母体である吸血鬼は三流とはいえ化け物。何発食らっても再生している。
「ククククク…説明したところで無駄なことだ。吸血鬼は銃なんかじゃ死なん」
 そう言って、近くにいたスバルの方へと素早く近づき、そしてその手がスバルを捕らえた。
「俺は忠実な奴隷がほしいだけでな、自由意志のドラキュリーナなんぞ作りたくも無い。
おそらくその歳なら処女だろうからな…犯してやろう。その後でゆっくりと吸ってやる。グールの仲間入りをさせてやろう」
 そう言ってスバルを片手で持ち上げ、グールへと変えようとする。
だが、スバルがグールになることは無かった。ティアナが攻撃魔法『クロスファイアシュート』を牧師の腕に撃ち込み、そのダメージでスバルから手が離れたのだ。
「スバルを…放しなさい!」
 多少頭に来たのか、牧師の注意がティアナへと向く。
「ほう、そんなにグールになりたいか。いいだろう。まずはお前からだ」
 その一言とともに、先ほどのスバルの時同様にしてティアナを捕らえた。
そして同じようにティアナをグールへと変えようとするが…同じように邪魔が入る。
「待て…そのへんにしておけよ、お前」
 突然響く男の声。その声に驚き、振り返る3人。
振り返った先にいたのは、赤いコートを羽織り、赤い帽子をかぶり、赤いサングラスをかけた赤ずくめの大男だ。
「最近の若造どもは全く…下衆だ。モラルもへったくれもあったもんじゃない。町のチンピラと変わらんな」
 突然現れた赤ずくめの男が牧師を罵倒する。『若造』という単語が少し気にはなったのだが。
というのも、その男よりも牧師の方が歳を食っていたように見えたからだが。
「何だお前は?紛れ込んだおのぼりさんかい?」
「私の名はアーカード。特務機関『HELLSING』の手先のゴミ処理係…お前らみたいなの専門の殺し屋だ」
「殺し屋?殺し屋だ?本気か?正気かお前?クククククク…殺せ」
 牧師の号令とともに、グールが銃を構え、アーカードを容赦なく撃つ。撃ち抜く。撃ち貫く。撃ち倒す。
無数の弾丸により、あっという間に蜂の巣へと早変わりするアーカード。そのままミンチのような状態になり、崩れ落ちた。
目の前で起こった惨劇に、スバル・ティアナ両名も顔を青くし、絶句している。
「もう終わりか殺し屋!ハハハハハハハハ!!」
 だが次の瞬間、恐るべきことが起こる。
「クク…ク…ククク…ククククハハハハ…」
 牧師とは別の笑い声。ミンチにされて死んだはずのアーカードの声。
「銃なんぞ撃ったって無駄だ。吸血鬼は銃なんかじゃ死なん…ただの銃ならな」
 そう言い終える頃には、アーカードは撃たれる前の人間の形に戻っていた。傷も残っていない。

「きゅ…吸血鬼だと!?」
 その頃の指揮テント。インテグラが話した対吸血鬼の戦力のことを説明している。
「そう…対吸血鬼のエキスパートが人間では心許ない。すぐに傷つく。すぐに死ぬ。心すら弱い。
吸血鬼を滅ぼすのに一番効率がいいのは、吸血鬼なのです。
そして我々HELLSING機関が飼いならしている吸血鬼、アーカード…奴らの中でも極上の部類に入ります」
 HELLSING最強の戦力にして、極上レベルの吸血鬼『アーカード』…どうやら牧師は最悪の存在を敵に回したようだ。

「何だとぉぉぉぉ!?」
 アーカードが蘇ってから1秒後、残ったグール達が片っ端から斃された。
アーカードが取り出した大型拳銃『454カスール』が一発放たれるたび、グールの頭が消える。心臓に穴が開く。さらにはスバルの攻撃もあり、グールの減少はさらに早い。
そしてカスールを取り出してから数秒後、全てのグールが斃れた。
「なっ、なぜッ、何故貴様…!何故吸血鬼が人間に味方を…ッ!!」
「お前達みたいなクソガキ共がな、好き勝手絶頂に暴れられると困るんだよ。倍々ゲームで人間なんぞすぐ絶滅して共倒れだぞ。先の見えんガキめ…
それに私は人間どもには逆らえんのだ。色々と込み入った事情でな」
 そしてグール殲滅で使い切った弾装を取り替える。その際にグールを潰した弾丸の正体が判明する。
「ランチェスター大聖堂の銀十字錫溶(と)かして作った13mm爆裂鉄鋼弾だ。これを食らって平気な化け物(フリークス)なんかいない…死ね」
 そう言ってカスールを再び構え、牧師を撃ち殺そうとするが、一度中断されることになる。
「動くな殺し屋!そこまでだ!たった二人しかいない生存者の一人だぜ、生かしておきたくないのか!」
 そう言いながら、未だに掴んでいたティアナを盾にし、アーカードを脅そうとする。
「大した事じゃない。俺の脱出に手を貸せ!目をつぶるだけでもいい!」
 ティアナを人質にとられたのを見て、スバルの動きが止まる。だが、アーカードはその程度では止まらない。
「お嬢ちゃん、処女か?」
 突然の質問。聞いた瞬間ティアナの顔が真っ赤に染まる。
「何を…何を言ってやがる!?」
「処女かと聞いている。答えろ!」
「なッ、えッ、あ、野郎!ふざけるんじゃないッ!!」
 アーカードの狙いを察知し、声を荒げる牧師。アーカードはそれを意にも介さず答えを急がせる。
「答えろ!!」
「はっ…はい!そうです!」
 ズドォン…
 カスールから弾丸が放たれ、牧師を撃ち抜いた…ティアナもろとも。
「ティ…ティアァァァァァ!!」
 目の前で親友を撃たれ、スバルが叫ぶ。近寄ってみると、右胸に大穴が開いていた。どう見ても致命傷である。
アーカードがこのような行動に出るのは予想外だったらしく、牧師も大いに驚いている。
「何ぃぃぃッ!?」
「あぁぁぁぁぁ!!」
 貫手にした右腕で牧師の心臓を穿つ。
それが致命傷となり、牧師の体は木っ端微塵に砕け散った。その際に出た鮮血も、いくらかスバルとティアナにかかる。
だが、両名とも気にしない。スバルは親友が死に掛けているという事実に混乱し、ティアナはもはや感覚も無くなり始めていた。
「ティア!ティア!!しっかりしてよ!」
「スバ…ル…?」
 目に生気がない。このままではティアナは間違いなく死ぬだろう…『このままでは』。
その傷を与えた張本人が近づいてくる。スバルは彼を憎しみを込めた眼で睨むが、アーカードは意にも介さない。
「奴の心臓を撃つ為にお前の肺を撃った。悪いが大口径の銃だ。長くはもたん…
どうする?このまま人間として死ぬか、それとも吸血鬼として生きるか」
「私…は…」

 数分後、村の入り口にて。
「帰ってきたぞ!」「あれがHELLSINGの…!?」
 赤ずくめの男が一人の少女を連れ、それとは別に一人抱えて戻ってきた。
「よくやった、アーカード。首尾は?」
「母体は倒した。生存者は一名」
 アーカードはそう報告した。その生存者とは一緒に歩いている少女…スバルの事だろう。
…だが、アーカードが抱えている少女にインテグラ以下警官隊の注意が向く。
「…あれ?その娘は?村人の生き残りじゃないのか?」
「いや、その…死んでるんだな、これが」
 アーカードの言葉に要領を得ないような顔をするインテグラ。すると今まで黙っていたスバルが口を開いた。
「えっと…ティアはアーカードさんに撃たれて、その後吸血鬼になって生き返ったんです」
 その言葉を聞き、インテグラも警官隊も納得がいったようだ…と同時に混乱が巻き起こる。
「何やってんのよバカーッ!」
「仕方が無かったんだ!」
「プラマイ0じゃないのーッ!!」
 言い争うアーカードとインテグラ。逃げ惑う警官隊。
ティアナはそれに気付いていないのか、グッスリと眠りこけていた…

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最終更新:2007年08月14日 11:07