「あれ…?ここは…」
 次にティアナが見たのは、何もないただ真っ白い空間だった。
状況を把握しようとまわりを見る。だがそんな間は無い。地面が吹き飛び、何かが現れた。
「わー魔法使いだー!」「マージだー!」「魔導師だー!」「魔女だー!」
 地下から現れたのは無数のグール。それも本来ありえない人並みの移動速度と言葉を持った。
「!?」
 …まあ、いきなりこんな非常識を見ることになれば、ここまで驚くのも納得がいく。
慌ててクロスミラージュを取り出そうとするが…そこで異変に気付いた。
「クロスミラージュが無い!それに、この服…パジャマ!?」
 そう、何故かクロスミラージュが手元に無く、着ている服は旅行でも使った愛用のパジャマ。ついでに言うと右胸に大穴が開いている。
こんな状態でグールに太刀打ちできるはずも無い…よって逃亡。
この後ティアナは、夢から覚めるまでの10分間もの間、グールとの鬼ごっこをする羽目になった。

第二話『MURDER CLUB』

 目が覚めたティアナが思い切り目を開く。擬音をつけるとしたら「バチィ」といった感じだろう。
その直後に思い切り跳ね起きる。今度は擬音ではなく、実際の音で「ゴチィ」と鳴った…って、ゴチィ?
…音の正体は、跳ね起きたティアナの額と覗き込んでいたスバルの額の激突音だった。両者ともに額を押さえている。
「「痛った~~~…」」
 とりあえずこの痛みで目は覚めた。そして覚醒した意識で周りを見渡そうとする。
「ここ…どこ?」
 そう言いながら周りを見渡すティアナ。すると視界に、涙目になっている親友が映る。
「ティア…よかった、生き返ったんだね!」
 突如スバルが抱きつく。突然のことにティアナは混乱しているようだ。
「ちょっ、スバル!いきなり何!?『生き返った』って…どういう事?」
「え…?ティア、あの村で起こったこと覚えてないの?」
「あの村で起こったこと…」
 そう言われて、ゆっくり思い出そうとする…その意思に反し、記憶が一気に脳に流れ込んできたのだが。
思い出したのは、無数のグールとの戦いと、吸血鬼に人質にされたこと。そして別の吸血鬼によって殺され、自らもまた吸血鬼となったことである。
一応あれが全て夢である可能性も考慮し、鏡を見てみるが…彼女の口元には吸血鬼特有の鋭い牙がキラリと光っている。
全て現実と認識したところで、先ほどは無かったはずの気配がすぐ近くから現れた。
「思い出したようだな…吸血鬼になった気分はどうだ?」
 気配の主である吸血鬼アーカードが問う。
ちなみに先ほどまで気配が無かったのは、壁を抜けて入ってきたからである。彼クラスの吸血鬼ならその程度は造作も無い。
「…えっと、アーカードさんでしたっけ。あなたが私を吸血鬼にしたんですよね?やっぱりマスターって呼んだほうがいいですか?」
「仮にもお前は使役されている身だ。その方がいいだろう」
 答えたのはアーカードではなく、聞き覚えの無い女性の声だ。
その声の方を向くと、HELLSING機関局長のインテグラがいた。一緒にいるのは執事の『ウォルター・クム・ドルネーズ』だ。
「しかし驚いたな。吸血鬼になったと知ったら、もう少し驚くかと思ったが」
「それはまあ、自分で選んだことですから…あの、ここは?」
 それを聞くのが多少遅いのではないかと思ったが、まあいいだろう。聞かれたインテグラが答えを返す。
「王立国教騎士団、通称HELLSING機関。化け物どもを駆逐する化け物どもの吹き溜まりだ」
「それで、私は…」
「もちろんHELLSING機関の一員として働いてもらう」
 ウォルターがティアナにHELLSING機関の制服を渡す…って、何だって?
「待ってください!私にはやることが…」
「管理局の仕事ならば心配は要らん。先ほど円卓会議を通じて管理局に謝罪した際に、お前をHELLSING機関に出向させるという決定が下った。
その制服と一緒に渡した紙、それはお前への辞令だ…協力機関の人員を傷つけた件を不問にした上にこの処置というのも解せんがな」
 そう言われ、制服を調べると封筒が出てきた。
その封筒を開いてみる。出てきたのは辞令の書かれたA4半紙。目を通す。あの事件の翌日に出されたらしく、日付が事件の翌日となっている。
『本日付でティアナ・ランスター二等陸士をHELLSING機関へと出向とする』
 …確かに管理局からの辞令だ。封筒と半紙なのはこちらの技術力に合わせた結果だろう。
また、冴えてきた今の頭でならば管理局を知っている理由も理解できる。円卓会議とやらに管理局の関係者がいるという事だろう。
「辞令は見たな?ならば今からは我々HELLSINGの命令系統に従ってもらおう。
ここの所怪しげな化け物(ミディアン)達による事件が続発している。吸血鬼を倒せ、魔導師」

「それじゃ、行こっか。ティア」
 いつの間にかHELLSING機関の制服に着替えたスバルが言う。
「そうね…過ぎたことを言ってもしょうがないし、今はこっちで頑張るわ」
 ティアナもHELLSING機関の制服へと着替え、クロスミラージュを手に取る。
…ところで、なぜスバルがHELLSING機関の制服を着ているのだろうか?
「…って、ちょっと待ちなさい!何であんたまでその制服着てるの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?私もこっちに出向になったんだよ」
 初耳である。辞令にもそんな事は書かれていなかった。
「こっちには魔法の知識がある人いないし、サポートもかねて何人か貸してって、ここの人たちが頼んだんだって。
それで、ティアがこっちに残るなら私もってことで出向組に立候補したら、何とかOK貰えたってわけ」
 つまりスバルはその「管理局が貸した人員」のうちの一人という事なのだろう。
「そう…でも何でわざわざ立候補したの?」
「だってほっとけないもん。ティアの事」
 普通臆面もなくこんな事言うか?と一瞬思ったが、状況はそれを口に出す間も与えない。
今回の事件の現場へと向かうヘリの準備が出来たようだ。すぐに乗り込み、出撃する。

「もうすでに彼らを追撃に向かわせた。次に襲うであろう家の目星はついている。すぐに追いつくはずだ」
 数時間前、街道沿いの家屋が襲われ、その家族が皆殺しという憂き目に遭った。3家族、11名という犠牲だ。
さらにはその死者の内6名は何者か―おそらく吸血鬼だろうが―によって血を吸われていた。首の吸血痕と血の無い遺体がその証拠である。
そして警察は対応不可能と判断。HELLSING機関を呼び、つい先ほど指揮権を移行したところだ。
「あらかじめ調べておいた家?目星?どういう事ですか!?」
「襲われた家々には共通の事柄がある。敬虔なキリスト教徒だという事、必ず子供がいる家庭、そして広い壁がある家だ。
くびり殺したその血でメッセージを残すための…キリスト教に、キリスト教徒に挑戦するためのだ」
 襲われた家の共通点を探してみると、今インテグラが挙げた事柄が見えてくる。
実際に襲われた家の広い壁には、「地獄の門は開かれた」などという意味の英語だの逆さまの十字架だのが犠牲者の血で描かれている。
それを踏まえると、事件の起こった街道…通称「ルート17号」北部にある、この条件の揃った家で一番近い場所が選ばれるのだろう。
現に襲われた家族の時間や位置関係を調べると、手当たり次第に襲っているのが分かった。
「こいつは我々のプロテスタント、我々の英国、そしてHELLSINGをなめきっている!
クソ化け物共(フリークス)…絶対に生かしておけん」

 そして次の犠牲者宅にて。ちなみに目星をつけた家と一致している。HELLSINGが現れるのも時間の問題だろう。
そんな事にも気付かず、血祭りにあげられた家族のド真ん中でキスシーンを演じる二人の男女。
…カンのいい読者の皆様はお分かりだろうが、この二人が今回の事件を起こした吸血鬼だ。
「これで4家族目だ」
「あと9つね…」
「あと9つ、あと9つ殺せばあいつらに俺たちをもっともっと強くしてもらえる。
そうすりゃずっと永遠に生きられる。永久に俺たち生きられるんだぜ…」
 キスシーンが終わったらしく、女吸血鬼が窓の外を見る。アーカードが例の赤ずくめの服装で近づいているのに気付いていないのだろうか。
無敵の化け物との接触まであと10秒…
「フフ…今頃警察は必死になってるわよ」
 あと7秒…
「ヒハハハハ違いねーや、ハハッ、ヒャハハハハハッ」
 あと4秒…
「俺たちゃもう無敵の吸血鬼サマなんだぜ。警察なんかに止められるもんかよ!」
 あと1秒…ゼロ。家の呼び鈴がなる。これからピンポンダッシュでもやるのではないかという程度に連打しているようだ。
それに気付いた男吸血鬼は舌打ちし、マジンガンを片手に玄関へと向かう。
そして外を見るための穴を覗くと…奴だ。アーカードだ。アーカードがドア越しにカスールを向けている。
こいつはやばい。そう気付いたときには時すでに遅し。数発の爆裂鉄鋼弾が男吸血鬼に叩き込まれ、倒れこむ。
アーカードがドアをぶち抜いて殴りこんできたのはその一瞬後だ。男吸血鬼は慌ててマシンガンを構える。
「やってくれやがったな…倍返しだァァァァァァッ!!」
 マシンガンの引き金を引き、大量の弾をバラ撒く。当然アーカードにも直撃はするが…見たところ全く効いていないようだ。
「高貴さも理念も信念も無く、霧にも蝙蝠にも姿を変えられない。撃たれた傷の回復すら出来ない。
食うためでもないのに女子供まで皆殺し、揚句弾が切れたら戦うことすら出来ない…
貴様それでも吸血鬼(ノスフェラトウ)のつもりか!恥を知れ!」
 トドメを刺そうとカスールを向けて近寄るアーカード。恐れをなした男吸血鬼は逃げるが、逃げ切れるはずも無くキッチンへと追い詰められる。
そしてアーカードはカスールを向け…
「殺(シャー)」
 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、徹底的に撃つ。全弾ぶち込んで蜂の巣にする。だがまだ死んではいない。
そしてトドメの一撃。先日の牧師を屠った貫手での一撃だ。
彼がつけている手袋には、吸血鬼を倒すための陣らしきものが描かれている。それを杭の代わりに叩き込まれると吸血鬼はどうなるか…
答えは簡単、断末魔をあげて爆ぜ飛ぶ。この男吸血鬼も例外ではなく、木っ端微塵になった。

「ぐがぁぁぁぁぁっ!!」
 先ほどまで一緒にいた男吸血鬼の断末魔が響く。それによって女吸血鬼は悟った。
これはやばい、吸血鬼を殺るほどの化け物が私たちを殺しにやって来た、と。
防衛本能を全開にし、採るべき手段を考える…といっても、とれる手は逃亡しか無いのだが。
その結論に思い至ってからの行動は早い。窓を破ってすぐさま離脱。ルート17を全速力で北上している。
ティアナはそれに気付き、すぐさまクロスミラージュを構える。同じころにアーカードからの念話による命令が入った。
(逃がすなよ、魔導師A、外だ)
「ヤ…了解(ヤー)…って、魔導師Aって私のことですか!?」
(他に誰がいる。文句を言う暇があるなら仕留めろ)
 アーカードに呼び名についての文句を言うのは後だ。ティアナはそう思い再びクロスミラージュを構える…が、その距離は既に数百mにまで広がっている。
「なんて速さ…もう何百mも先に行ってますッ!」
(額にもう一つ目があるような感じで撃て。人間のころの癖は全部忘れろ。大丈夫だ、必ず当たる)
「照準も無しでこの暗さですよ?」
(人間なら問題だ。だがお前はもう人間ではない。)
 さらに言い返そうとするが…
『マスター、早く撃って下さい。このままでは射程から逃げられてしまいます』
 …警告を聞き、言い返すのを止める。クロスミラージュを三度構え、「第三の目があるような感じ」で狙いをつける。
それがトリガーとなり、ティアナの瞳が真紅に染まる。思考が一気にクリアになり、女吸血鬼の姿も動きも鮮明に見える。
今なら当たる。そう確信を持って一発の魔力弾を放った。このままいけば直撃し、女吸血鬼も斃れただろう…だが、斃れない。
ここまで距離が開いてしまっては、ライフル銃ならまだしも拳銃のクロスミラージュでは届かない。射程から出てしまっていたのだ。
失敗か…そう思った時、真横に青い光の道『ウイングロード』が展開される。ティアナが知っている中でこれを使うのは一人だけだ。
そしてその一人…スバルがティアナを路上からさらい、自らの背に負った。
「ティア、しっかりつかまってて!」
「スバル?あんた一体何をする気!?」
「クロスミラージュじゃ届かないんでしょ?だったらマッハキャリバーで追いかけて、届く距離まで近づけばいいんだよ」
 そう言うと、スバルはマッハキャリバーを目いっぱい飛ばし、女吸血鬼との距離をぐんぐん詰めてゆく。
さすがにこうやって追ってくるのは予想外だったらしく、女吸血鬼が驚いた拍子にバランスを崩して転ぶ。好機だ。
再び吸血鬼式のやり方で狙いをつけ、構え、そして撃つ。今度はうまく射程内で直撃し、女吸血鬼を撃ち斃した。

 再びHELLSING本部。
「多すぎる、あまりにも多すぎる」
「…インテグラ卿?どうかしたんですか?」
 管理局からの出向組の一人『シャリオ・フィニーノ』が問う。
「これを見ろ。ここ最近の吸血鬼が起こした事件の件数だ」
「…うわぁ、確かにこれは多すぎますね」
 シャーリーが驚くのも無理はない。昨年のこの時期…いや、例年の一番多く吸血鬼絡みの事件が発生する時期すら遥かに上回る件数の事件が起こっているのだから。
「吸血鬼があまりに事件を起こしすぎる。しかも三流・四流の雑魚の連中。
ただただ無計画に殺人を繰り返すだけ。先の無いチンケで愚かな行為ばかりだ」
「ここまで数が多いと、誰かがガジェットみたいに吸血鬼を量産してるんじゃないかって思えてきますよね」
 吸血鬼の量産。そんなことが本当に出来るのだろうか?他の吸血鬼でもいなければそんな芸当は不可能だろう。
だが、インテグラはその言葉を聞いて何か思い当たる節があったらしく、考え込んでいる。
…まあ、真実が明らかになるのはもうしばらく後のことだから、今は放っておいても問題はないだろう。
(話に聞いていたあの連中か?だが奴らはアーカードとウォルターに潰されたはずだが…)

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最終更新:2007年08月14日 11:08