ヴァッシュさんはあれから少しするとすぐにまた眠ってしまった。今もベッドの中で気持ちよさそうな寝息をたてながら寝ている。

――でも、すごいなぁ。
なのはは感嘆の眼差しでヴァッシュを見る。

ヴァッシュさんを手当てをしている時、お父さんは目が覚めるまで三日はかかると言っていたのに、ヴァッシュさんは三日どころか五時間くらいで目を覚ましていた。
びっくりする程丈夫な人だ。

なのははそんなことを考えながらヴァッシュに布団をかけ直す。

今日、なのはは学校を休みヴァッシュさんの看病をしている。
両親は翠屋の仕事で忙しいし、兄たちも学校がある。
自分が勝手に拾ってきた人のせいで家族に迷惑をかける訳にはいかない。
そう思い、アリサちゃんとすずかちゃんには悪いけど学校を休ませてもらった。
その甲斐もあってか、ヴァッシュさんの様子も落ち着いて来た気がする。最初の頃は苦しそうだった寝顔も、今では穏やかな顔になっている。

――それにしてもこの人はどんな人なんだろう?

ふと、なのはの頭に疑問が浮かぶ。

痛々しい古傷が山のようにある体。
さらには、左腕も無い。
それぞれ治療はしてあっても一生消えることの無い痕をヴァッシュさんに刻んでいる。
その穏やかで優しそうな顔に反するように存在する傷跡。

――そんな傷だらけになってまで何がしたかったのだろう?
――この人はどんな人生を送って来たのだろう?
分かるわけの無い疑問が頭に浮かぶ。

なのはは知らず知らずのうちにヴァッシュ・ザ・スタンピードという男に興味を持っていた。

■□■□

ボーっとしながらヴァッシュについて考えていると、ドアの開く音がした。

なのはが驚きながら音のした方を振り返るとなのはの父――高町士郎が立っていた。

「どうだい、なのは。彼の様子は」
士郎は微笑みながらなのはに話しかける。
どうやら暇を作って、ヴァッシュさんの様子を見に来たみたいだ。

「うん。大分良くなってきたみたい」

なのはも笑顔で答える。

「それは良かった」
「それに、さっき目を覚ましたんだよ。名前はヴァッシュ・ザ・スタンピードさんだって」
「ふ~ん、ヴァッシュ君か……。外国の人なのかい?」

士郎はヴァッシュを見ながら、顎に手を当て何かを考えるような仕草をする。

「う~ん……。多分そうだけど、日本語しゃべるの凄く上手かったよ」

へぇ、と士郎は呟く。
すると、いきなり、驚愕の表情を顔に張り付かせなのはの方に振り向いた。

「ちょっと待て。……この男は目を覚ましたのか?」
「うん。一時間くらい前かな。私が昼ご飯を食べ終わった後、部屋に戻ったら目を覚ましてたよ」

そんな士郎の様子に少し驚きながらなのはが答える。

「……そうか」

士郎は再びヴァッシュの方を向くとポツリとそう呟き、また何かを考えだす。
その表情はいつものような優しそうな表情と違い、真剣そのもの。

なのははそんな士郎の様子に困惑する。
――とこか様子が変だ。

「……あ、あの、それがどうかしたの?」
そんな士郎の様子に疑問を持ったなのはがおずおずと士郎に話しかける。

「……いや、なんでも無いよ。彼のこと、頼んだよ」

ようやくヴァッシュから目を離した士郎はそう言い、部屋を出ていってしまう。

――どうしたんだろう、お父さん……。
ヴァッシュさんがお父さんの予想よりずっと早く目を覚ましたことに驚いたのかな?
それにしては怖い顔をしていたけど……。
やっぱり迷惑だったのかな……ヴァッシュさんを助けたこと……。

――でも、自分は間違ってないと思う。あのまま放って置いたらヴァッシュさんは死んでたかもしれない。
それだけは絶対にダメだと思った。

そして何をしてでも絶対助けなくちゃいけないと思った。だから人目もはばからず魔法を使った。それ以外の方法が思い浮かばなかったから。
結果――ヴァッシュさんは助かった。

――本当に助かって良かった。

お父さんに助かると言われた時は体中に張り詰めていた緊張が解け、みんなの前だというのに少し泣いてしまった。
今、思いだすとちょっと恥ずかしい。

――改めて考えると今日は朝から大変なことばかりだったな……。

なのははそんなことを考えながら窓の外を見る。
綺麗な夕焼け空がなのはの目に映る。

それを見ていると疲労が出てきたのか、急に眠気がおそってくる。

――なんだか疲れちゃった……

そして数分後、部屋にはヴァッシュとなのは、二人の寝息が響いていた。

■□■□
なのはが眠りに落ちてから数十分後、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは目を覚ました。

見えたのは先ほどと同じ四角い天井。
ゆっくりと上半身を起こす。横を見ると椅子に座って寝ている女の子がいた。さっき居た子だ。たしかなのはという名前だったきがする。
ヴァッシュは立ち上がりなのはに毛布をかける。

ふと、窓を覗くと真っ赤に染まった空が見える。
そしてそれと一緒に街路樹やコンクリートの大地も目に映る。

――やっぱり夢じゃなかった……か。

試しに頬をつねってみる。
うん、痛い。やっぱり夢ではないみたいだ。

――やっぱり違う世界なのか?

目に映る光景はそうとしか思えない。

この窓から見える範囲でさえ、自分がいた惑星では存在しない、または存在したとしても限られた場所にしかないものばかりだ。
どうやら本当にあの砂の惑星とは違う星に来てしまったみたいだ。

ヴァッシュは深くため息をつきベッドに腰を下ろす。

今まで色々なことを経験して来たがさすがにこれには声が出ない。まさか、別世界に飛んでしまうなんて。

――ここはどんな世界だ?
――どうすれば元の世界に戻れるんだろう?
――なんでこの世界に来てしまったんだ?
――やはりあの時の白い光と蒼い光のせいか?

疑問が止めどなく溢れてくる。
だが、その全てに答えが。

――どーすりゃいいんだ……。
ヴァッシュは頭を抱え悩む。
すると、あることを思い出す。自分が窓から映る光景と、とても良く似たものを見たことがあったことを。

――地球(ホーム)

この世界はずっと昔に船の中で見たホームについての映像資料ととても似ている。

緑溢れる豊かな自然。
窓からの景色からでも分かるほど、発達した文明社会。
その全てが映像資料にあったホームと酷似している。

――まさか……な。
そんな訳は無いか、とヴァッシュは窓の外を眺める。

騒ぎながら歩く子供達。
笑いあいながら歩く親子。

それらを見ただけでここが争いとはほど遠い平和な世界だということは分かる。

「目を覚ましたのかい」

そんな穏やかな光景に見とれていると、後ろから声をかけられた。振り向くと一人の男が立っている。

「俺は高町士郎。そこで寝ているなのはの父親だよ」

男――士郎はなのはを指差しながらそう言った。
ヴァッシュも笑いながら返事を返す。

「いやぁ、ご迷惑かけてスミマセン。僕はヴァッシュ・ザ・スタンピードって言います」

ここでヴァッシュはここが本当に違う世界なのか確証を得るため一つ実験をした。

『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』とは、自分の世界の人間だったら知らない者のいない名前。
本物かどうか信じるにせよ信じないにせよ何らかのアクションを起こす。
アクションを起こせば、ここはヴァッシュのいた世界。アクションがなければここはヴァッシュの知らない未知の世界。
どちらにせよ、これで分かる。

そして士郎は――
「いやいやそんなこと無いよ。ヴァッシュくん」
――何もアクションを起こさなかった。

決まりだ。ここは自分の知っている世界では無い。
ため息をつきそうになるのを我慢する。

「それにしてもヴァッシュ君はあんな所で何をしてたんだい?」
「いや~ちょっと山登りしてたら道に迷っちゃいまして……」

本当のことを言える訳もなく、顔を引きつらせながら適当な嘘をつくヴァッシュ。

「山登り……。あんな恰好でかい?」
「ハハハ……まぁそういう事にしといて下さい」

ヴァッシュの額には冷や汗が浮かんでいる。
――苦しいなぁ……。

士郎から見た自分はさぞ怪しく見えることだろう。

「まぁ、いいさ。話したくなかったら無理して話さなくてもいいよ」

やっぱり、嘘だってバレてる……。
ヴァッシュは苦笑いを浮かべ士郎を見る。
そんなヴァッシュの様子が面白かったのか士郎も笑う。

「あぁそうだ。ヴァッシュ君はご飯を食べれそうかい?そろそろ夕食にするんだが」

その瞬間、タイミングよくヴァッシュの腹の虫が鳴く。

そういえば丸一日くらい飯を食べていない気がする。
ジュネオラ・ロックに着いてからは連戦で飯を食べてないし、その後も山の中で倒れてしまい何も食べてない。
こうしていると、どんどん空腹感が強くなる。

「お願いしちゃっていいですか?」
「分かったよ。沢山作ってもらうから遠慮しないで食べてくれ」
「いや~ありがとうございます!」
「それと……なのは、起きなさい。そろそろ夕飯だよ」
「ふぇ!?あれ私いつの間に寝ちゃったんだろう?」

士郎に肩を揺さぶられなのはは慌てた様子で目を覚ました。
それを見た士郎はご飯の用意をするから、と言い部屋を出ていった。

「おはよう」

二人きりになった部屋でヴァッシュはなのはに話しかける。

「あ、ヴァッシュさん起きたんですか?」

「おかげさまでね、ありがとう。本当に助かったよ」

なのはの様子を見ると着きっきりで看病してくれていたことが分かる。
ヴァッシュは頭を下げ礼を言う。

「いえいえ、そんなことありませんよ」

そんなヴァッシュになのはは、何でもないと言うように微笑む。

「体の方はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、だいぶ元気になったよ」
「にゃはは……良かった。本当にびっくりしたんですからね!山の中で倒れてるなんて」

なのはが頬を膨らませながら言う。
そして更に続ける。

「助かったから良かったけど……危なかったんですからね」

真剣な顔でヴァッシュを見つめ、そう呟くなのは。
どうやら少し怒っているらしい。

ヴァッシュは苦笑しながら口を開く。

「大丈夫さ。僕はこう見えても結構頑丈にできてるんだよ」
「なに言ってるんですか!私が見つけなかったら本当に死んでたかもしれないんですよ」
「いや、ゴメンよ。今度から気をつけるよ」
「約束ですよ」
「ああ、約束する」

ヴァッシュがそう言うと、ようやく機嫌が直ったのかなのはの顔に笑みが戻る。
互いに顔を見合わせ笑いあう。

――良い子だな……。
ヴァッシュは心の底からそう思った。
見ず知らずの自分を助けてくれ、看病までしてくれた、それどころか赤の他人の体を気遣って怒ることも出来る――まだ子供なのにとても大人びていて優しい子だ。

「なら、そろそろ下に行きましょうか。みんな待ってるだろうし」

なのははそう言うと立ち上がりヴァッシュを見上げる。

「それにしても楽しみだなぁ。なのはのお母さんの料理」
「ふふ、期待していて下さい」

そして、二人は一緒に階段を降りていった。

■□■□

「うんまぁ~い!」

それから数分後、高町家のリビングにヴァッシュの喜びの声が響き渡った。
よほどお腹が減っていたのか、ヴァッシュは手を休めることなくご飯を口の中へと運んでいる。

なのはの母――桃子はさながら子供を見守る母親のような暖かい目でそれを見て、微笑んでいる。

「ふふっ。そんな慌てて食べなくてもいいですよ。ヴァッシュさんのために沢山作ったんですから」

「いや~なんか悪いですね~。ホント、何から何までしてもらっちゃって」

ヴァッシュは口に食べ物を含みながらに器用に喋る。

「外国人のヴァッシュ君でさえ分かる美味しさ!さすがは桃子の料理だ!」
「いや~、本当に美味しいですよ!」

ヴァッシュと士郎が次々に桃子を褒めちぎる。
それに調子をよくした桃子は、どこに置いてあったのか、さらに料理を出してくる。

そのあまりの量になのは、恭也、美由希の三人は軽く絶望したが、流石と言うべきかヴァッシュと士郎がもの凄い勢いで食べ尽くしていく。

――なんで張り合ってるのお父さん……。
お母さんのことになるとすぐにこれなんだから、まったく……。

なのはが呆れた様な表情で二人を見ていると、隣に居たなのはの姉――高町美由希が感嘆の声をあげた。

「……スゴ。……ねぇ、ヴァッシュさんってホントにケガ人なの?」
「ハハ……そのはずなんだけどな……」

美由希と恭也は、重症のケガ人と聞いていた男の元気っぷりに驚きを通り越して呆れを感じていた。
実際に見つけたなのはでさえ、朝の状態は演技だったんじゃないかと疑ってしまう。

「う~ん!美味い、美味い!」

そんな三人の視線を気にもせずヴァッシュはご飯を食べまくる。

――それから二十分間、ヴァッシュの「美味い」コールは止むことがなかった。

■□■□
「うう……。調子に乗って食べ過ぎた……」

深夜――誰もいない高町家のリビングにてヴァッシュが苦しそうな声を上げた。

桃子さんの料理はとても美味しかった。
さすがは喫茶店のパティシエというだけはある。
自分の世界で食堂を開いても大盛況だろう。

心の底からそう思えるほど美味しかった。

――いや~こんな料理を毎日食べられるなのは達が羨ましい……。……できればもう一回食べたかったけど……。

ヴァッシュは明かり一つついていないリビングにて、ボンヤリと天井を眺める。

「……さてと」

どれほどそうしていただろうか、ヴァッシュは一つ呟くと近くにあったメモ帳から一枚紙を拝借する。
そして、そのメモに何かを書いていく。

数分後、何かを書き終えたヴァッシュはメモを机の上に置き、立ち上がろうとして――リビングの電気がついた。

驚きながらヴァッシュが振り向くと、士郎が電灯のスイッチを押した状態で立っていた。
右手には中身の入ったビール瓶が数本、握られている。

「士郎さん……起きてたんですか?」

ヴァッシュは少し驚いた顔をしている。
まさか、起きているとは思っていなかったのだろう。

「どうだい、まだ寝ないんだったら一杯やらないかい?」

そんなヴァッシュに笑いながらビール瓶を掲げる士郎。

「……いいですね~」

ヴァッシュは士郎に見えないようメモをポケットにいれ握りつぶすと、そう言った。

□■□■
それからさらに一時間ほどたった深夜一時――ヴァッシュと士郎はリビングにて向かい合って座り、酒を飲んでいた。

すでに、士郎が始めに持ってきたビール瓶は空になり床に転がっている。今は、士郎がどこからか持って来た日本酒を飲んでいる。

「いやぁ~士郎さん、お酒つよいですね~」

すっかりできあがっているヴァッシュが士郎に向けて笑いながらそう言う。

「いやいや、そうでもないさ」

対する士郎もヴァッシュ程ではないが酔っているのか、少し顔が紅い。
二人は互いのグラスに酒をつぎあいながら笑いあう。

「い~んですかぁ、明日もお仕事あるんでしょう?」
酒臭い息を吐きながら士郎に聞くヴァッシュ。
「大丈夫、大丈夫。桃子が何とかしてくれるって」
こちらもアルコールが回ってきたのか、だいぶ投げやりだなことを言っている。

「駄目じゃないですか~士郎さ~ん」

「何とかなる、何とかなる……っと、あれ?酒がなくなっちゃったな……」

「えぇ!?もうですかぁ!?僕はまだまだ飲めますよぉ!」

威勢の良く叫ぶとヴァッシュは机に突っ伏し、ピクリとも動かなくなる。
どうやら、限界みたいだ。

「……士郎さんはお酒をよく飲むんですかぁ?」
「いや、普段はそうでも無いんだけどな……。今日みたいに飲める人が居ると、飲みたくなるんだ……」

その言葉を最後に静寂が訪れる。
眠ってしまったのか、ヴァッシュは机に突っ伏した状態から動かない。
対する士郎はというと、どこか遠くを見てボーっとしている。

「……なぁ、ヴァッシュ君、起きてるかい?」

ポツリと士郎が呟く。

「……起きてますよ」

相変わらず、机に突っ伏した状態でヴァッシュが返答する。

「一つ、質問をしていいかな?」
「いいですよ~」
「君はどこから来たんだい?」
「……僕ですか~。いや~、根無し草っていうんですか?ぷらぷら世界中を旅してるんですよ」

さっきまでと変わらない調子でヴァッシュが答える。

「……それは楽しいかい?」
「えぇ、辛いこともあるけど基本的には楽しい……ですね」

ヴァッシュの頭の中に砂の惑星での旅が思い描かれる。

――楽しいことも辛いこともあった騒々しい旅。

だが、その旅はある男との出会いにより終わりを告げた。
その男の名はレガート。
レガートは俺の旅の目的――ナイブズへの手掛かりを知っていた。
レガートは告げた。
「必ずあの方の前に君を連れて行こう、死体にしてな」と。
そしてその日を境にレガートの手駒であり、異常な能力を持った殺人集団・GUNG-HO-GUNSとの死闘が始まった。
圧倒的な火力を用いて全てをなぎ払うという、単純だが凄まじい戦略で戦う第一の刺客。これには左腕の義手を破壊されつつも、何とか勝利する。
次に現れた第二の刺客も退け、旅を続ける。
途中で立ち寄ったジュネオラ・ロックで遭遇した第三の刺客との戦い。
催眠術を使うトリッキーな相手だったがこれにも何とか勝利した。
そしてその晩、遂に果たされた長旅の目的。
大事な人の命を奪った兄弟との再開。自分はそいつに向け銃を突きつけた。
そして、記憶が曖昧になる。

――迫る手。
――白い極光。
――蒼い光。

そして――この世界に来た。

つい昨日の出来事の筈なのに遠い過去のように感じる。

「……そんなに……」

思い出の海を泳いでいたヴァッシュに対し、士郎が何かを呟いた。

「……はい?」
「……そんなに傷だらけになっても……楽しいと言えるのか?」

その言葉にヴァッシュは顔を上げる。
ヴァッシュの目にどこか悲しげな顔をしている士郎が映った。

「君を治療した時、君の体の傷跡を見させてもらった……自分も昔、危険な仕事をしていたから分かる……。君の持つ傷跡がどれほど酷いものなのか……」

ポツリポツリと言葉を紡ぐ士郎。
その口調は重い。
そして、士郎はヴァッシュに問う。

「……ヴァッシュ君、君はどこで何をしていたんだい?」

■□■□

――初め、ヴァッシュの傷跡を見た時、士郎は我が目を疑った。

一つ、二つならまだしも、体中に存在する、異常な量の傷跡。
何をすれば、ここまでの傷になるのか見当もつかなかった。
さらには、治療中に見つけたヴァッシュが持っていた、ある『モノ』。
それを見て士郎はヴァッシュに対し警戒心を持った。

そして、なのはから告げられたヴァッシュの目覚め。

なのはがヴァッシュを連れてきた時、ヴァッシュはとても衰弱していた。
もし、家に着くのが後一歩遅かったら、命にも関わっていた程の衰弱。だが、ヴァッシュはそれ程の衰弱状態からたった半日で意識を取り戻した。
異常――そうとしか言えない回復力。
士郎はヴァッシュに対する警戒心をさらに高めた。

――だが、目を覚ましたヴァッシュと対面した時、その警戒心は解かれた。

この男は悪い男ではない。
笑いながら目の前で礼を言うヴァッシュに士郎はそう思った。

根拠は無い。しいて言うなら勘だ。
だけど、どうしてもヴァッシュが悪人には見えなかった。
夕食の時の様子を見て、その気持ちは更に高まっていった。
いや、それどころか士郎はヴァッシュのことを気に入っていた。
飄々としていて常に笑みを絶やさない。一日と一緒に過ごしていないのに、家族と馴染んでしまっている。
今まで士郎が会ったことの無いタイプの人間だった。

だが、士郎がヴァッシュを気に入っていくと同時に、違う気持ちが強くなっていった。
その気持ちは疑惑。
――この男は何をしていたのか?
――あんな『モノ』を持ち、体中を傷だらけにして、どこで何をしていたのか?
その答えを知りたかった。

そして遂に士郎はヴァッシュに対し、その疑問をぶつけた。

だが、士郎の思いに反するように、ヴァッシュは何も言わない。
その顔はいつものような笑みでは無く、真剣な顔だ。
一秒、二秒――時間だけが過ぎていく。
ヴァッシュも士郎もどちらも何も言わない。
静寂が場を包んだ。

どれだけそうしていただろうか、ヴァッシュが笑いながら唐突に口を開いた。

「……いや~大したことはしてないですよ。旅先でちょっとしたドジをよくしましてね~。それで良くケガしちゃうんですよね」

ヴァッシュは嘘をついた。
こんな嘘を信じる訳が無いだろうがそれでも嘘をついた。

――知らない方がいい。

その気持ちがヴァッシュに本当のことを言わせない。

そんなヴァッシュに対し士郎は重々しくため息をつく。
と、懐から布に包まれた何かを取り出す。

「……なら、これは何なんだ?」

布に包まれているそれが何なのか、ヴァッシュはすぐに気付いた。
――何故ここにそれがある?
驚きながら『何か』をみつめるヴァッシュ。
士郎はそんなヴァッシュを尻目に巻かれている布を取る。
すると、銀色の光沢を放つリボルバー銃――何千何万と共に戦ってきたヴァッシュの相棒とも呼ぶべき銃が出てきた

「……これは君のズボンにささっていたものだ。二発だけだが、弾も入っている……」

これが、士郎がヴァッシュの治療中に発見した『モノ』だった。

初めに見た時は驚いた。
昔の仕事で拳銃なんて腐るほど見てきたが、このタイプの拳銃は見たことが無かった。
少なくとも普通に生活している分には絶対に必要の無い物だ。

「……普通の旅をするならこんな物、必要ないだろう?」
士郎は真っ直ぐにヴァッシュを見つめる。

ヴァッシュは再度押し黙る。
再び、静寂が二人を包み、また時間だけが過ぎていく。

「……かなわないなぁ、士郎さんには」

ここで静寂を破ったのはまたしてもヴァッシュだった。
両手を上げ、観念したという様なポーズをするとヴァッシュは口を開く。
――本当のことを話すために。

「……今から本当の事を話します。多分、士郎さんは嘘だと思うかもしれない。けど、これから話すのが真実です」

そしてヴァッシュは話した。
自分がいた砂と渇きに満ちた世界のことを。
そして、自分がその世界で『人間台風』の異名を持つ賞金首だということを。

それを士郎は一言も口を挟まずに黙って聞いていた。

「――ということです。分かりましたか?」

士郎は驚愕した。
ヴァッシュの話は自分の想像を遥かに越えていた。だがヴァッシュが嘘をついている様には見えない。
それに、ヴァッシュに抱いた疑惑のそのほとんどに説明がついてしまう。

「……少し質問させてくれ……」
士郎はそう呟くと椅子の背もたれに寄りかかり、質問をする。

「……何故君はそんなにも辛い旅を続けるんだ?」

信じる信じないは別としてヴァッシュの世界がどれだけ酷いのかは分かった。
銃が世界に浸透していて荒くれ者がのさばる世界。治安は悪く殺人など日常茶飯事。
そんな世界で世界最高額の賞金首として旅を続ける。それは自殺行為といっても過言ではない筈だ。

――なのに何故?

「……それは言えません」
だが、ヴァッシュは答えない。

「……そうか」
士郎もそれ以上問い詰めない。
ヴァッシュの様子から理解した。この質問の答えがどれだけ重いものかを。だから士郎はそれ以上聞かなかった。

「……もう一つ、これが最後の質問だ。……君は何故、賞金首になんてなってしまったんだ?」

士郎の世界でも賞金を賭けられている者はいる。
そのどれもが連続殺人犯や過激なテロ組織の首領だったり凶悪な犯罪者だ。
だが、どう見ても目の前にいるヴァッシュがそれらに属するとは思えない。

何故そんな男が賞金首になる?

その問いにヴァッシュは力無く微笑みながら答えた。
「……一つの大都市を消してしまったから、だそうです……」
これまた予想の斜め上をいく答えが返ってきた。頭が痛くなってくる。

「……どうやって?」
「……覚えてません。何故かそこでの記憶がごっそりと無くなってしまっているんです。……気付いたら、瓦礫の山の中に立ってた。そこで何が起きたかは全く思い出せないんです……」

ヴァッシュは呟くように語る。
士郎は言葉を失う。

想像を遥かに越えている。まるで漫画の世界だ。だが、それでもヴァッシュが嘘をついている様には見えない。

士郎は頭を抱える。

ヴァッシュはそんな士郎を見ながら、立ち上る。
そして、机に置いてある銃を掴むと、玄関に向け歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待て、ヴァッシュ君!どこに行くんだ!?」

その行動に驚いた士郎はヴァッシュを呼び止める。
ヴァッシュは士郎の方を見ずに言葉を飛ばす。

「……出ていきます。俺は元の世界に戻らなくちゃいけない」
そこで言葉を切り、振り返る。
その顔にはどこか寂しげな笑顔が張り付いていた。

「それに僕みたいな厄介者いない方がいいですって!このままここに居たら士郎さんやなのはに迷惑かかっちゃいますし……」
ヴァッシュは明るくそう言う。

瞬間、士郎は理解する。
この男の旅を続ける理由がどれほどヴァッシュを縛っているのかを。
そして、腹が立った。この心優しい男を傷つける世界に対して。
この男を縛る『旅を続ける理由』に対して。
だが、それでも引き止めることが出来なかった。
それほどまでの覚悟を感じる。

「……本当にありがとうございました。桃子さんのご飯の味、士郎さんと飲んだ酒の味、そしてみなさんのことは一生忘れない……」
ヴァッシュはそう言うと士郎に背を向ける。
そして、最後に呟く。

「……本当にありがとうございまし「ダメー!!」

そして、それを遮るように一人の女の子――高町なのはが飛び出した。

■□■□

なのはがヴァッシュの話を聞いていたのは偶然だった。
トイレに行こうと目を覚ましたら、なぜか一階から声が聞こえる。気になったなのはは階段を降り、一階へ向かった、そしてそこに居たのは真剣な表情で何かを話しているヴァッシュの姿。
何故か入ってはいけないと思ったなのははドアの影に隠れヴァッシュの話を盗み聞いた。

そして聞いた。
ヴァッシュの世界のことを。
その世界でヴァッシュがどんな生活を送ってきたのかを。

士郎と違い、なのはは異世界があることを知っている。
だから、ヴァッシュの話しが嘘じゃないと分かった。
だから、悲しかった――こんなにも優しいヴァッシュさんがそんな辛い世界を生きていたことが。

そしてヴァッシュが出ていこうとした時、体が勝手に動いた。
何故かは分からない。――でも、絶対に行かせちゃダメだと思った。

だからヴァッシュの腰に腕を巻きを精一杯引き止める。絶対にヴァッシュを行かせないように。

ヴァッシュもまた動けなかった。
引き剥がそうとすれば簡単に引き剥がせるのに体が動かない。

――どうしよう?
泣きながら必死に自分を止めようとする、なのはを見ていると決意が揺らぐ。
望んでしまう。ずっと昔に心の中に封じた筈の願いを。

――ここで過ごすのも良いんじゃないか。
そう考えてしまう。

「私……ヴァッシュさんが居て迷惑なんて全然思わない!ヴァッシュさんが傷つくなんて絶対にやだよ!」
「……でも、俺は……」
「さっき約束しましたよね!?もう、危ないことはしないって!」

なのはが叫ぶ。
その言葉がヴァッシュの心に突き刺さる。
それでも、迷うヴァッシュに士郎が近づき告げる。

「……君は元の世界に戻りたいのかい?」

ヴァッシュはこの問いに答えられない。

――帰りたいのか自分は?また、あの争いの絶えない世界に?
いや、自分は望んでいない。ここにいたいと本心が叫んでいる。
――どうすればいい……どうすれば……。
自分の『目的』と『願い』。この二つが心の中で揺れ動く。

「俺には分からない……。……何もかも忘れてこの世界で暮らして良いのか……。元の世界に戻らなくちゃいけないのか……」

ヴァッシュの中で起こる葛藤。
自分の『目的』と『願い』、どちらをとればいいのか?
ヴァッシュは悩む。

「……ならこういうのはどうだい?」
そんなヴァッシュに士郎が口を開いた。

「……元の世界に戻る方法が分かるまで、住み込みのバイトとしてここで生活をする。それなら良いんじゃないか?」

士郎から告げられた内容は、これ以上ないほど最適に聞こえる。
それでも、ヴァッシュは悩む。

「……いいんですか?そんな勝手なマネをしちゃって」
ヴァッシュの心配そうな言葉に、士郎は笑いながら答える。
「全然かまわないさ。それどころか、これからのクリスマスシーズンは人手が足りなくてね。こちらとしても、その方が助かるんだ。……どうだい?」

三度目の静寂が三人を包む。

「……本当にいいんですか?俺なんかを……」
「何回、同じことを言わせるつもりだい?」

ヴァッシュの言葉を士郎はイラついたように遮る。
そしてヴァッシュは、ちらりと、必死に自分を引っ張るなのはを見て――
「……お願いします」
――言った。
なのは達が待ち望んだ答えを。

パッとなのはの表情が明るくなる。
ここで暮らす――それがヴァッシュの答えだった。

「やったぁ!」
歓声を上げ振り向いたなのは。

そんななのはを見つめながらヴァッシュは思う。

――この選択が正解か、不正解かは分からない。どうなるかも分からない。
でも絶対に後悔はしない。
これが自分の選んだ道だから。

――こうしてヴァッシュの高町家での生活は始まった。

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最終更新:2008年02月15日 17:29