高町家の末っ子、高町なのはの朝は早い。
なのはは寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がった。

「おはよう、レイジングハート」

レイジングハートに朝の挨拶をすませ、着替えを始める。
今日は寒そうなので暖かい服を選んだ。

着替え終えた後、魔法の練習を行うため桜台・登山道を目指す。
まだ日も昇っていない薄暗い海鳴市を一人歩く。

(う~、もうちょっと服を着てくれば良かったかな?)

予想を越える寒さになのはは体を震わせつつ先を急ぐ。

それから15分後、ようやく登山道に辿り着く。ここまで来れば残りは少しだ。

なのはは元気良く登山道を登り始める。
それと同時に日が昇り始め薄暗かった海鳴市が段々と明るくなっていく。
その光景を登山道が眺めるなのは。

(……綺麗だなぁ)

なのははこの景色が大好きだった。
日光の反射によりキラキラと光る宝石のような海鳴市。
まるで、早起きした自分への神様からのプレゼントのように感じる。

そんな景色を見ながら歩を進めていくといつもの場所についた。
そして、いつものようにエリアサーチを行う。
エリアサーチを行いながらなのはは思う。

(ヴァッシュさんを見つけた時も今日みたいに寒かったなぁ……)

――早いものでヴァッシュさんが高町家で生活するようになって一週間がたった。
ヴァッシュさんも段々と翠屋での仕事にも慣れ、なかなか楽しそうにアルバイトをしている。
でも片腕が無いのであまりお客さんの前出る仕事はしていない。もっぱら、厨房で皿洗いやケーキの装飾などをしている。
……それと、これはお姉ちゃんから聞いたことだけど、ヴァッシュさんは最近、翠屋に来る女子高生の間で人気になっているらしい。
なんでも『厨房にいる隠れ美男子』と呼ばれ密かに思いを寄せる人までいるらしい。
そのことをヴァッシュさんに言ったら、手を叩いて喜んでいた。

なのはは、その時のヴァッシュの様子を思い出し、おもわず笑ってしまう。
『周辺に人の反応はありません』

そんななのはにエリアサーチを終えたレイジングハートが声をかける。

「よし、それじゃ頑張ろっか。それで、今日はどんな訓練するの?」
『今日は広域防御魔法の練習をしましょうか』
「うん、分かった」

なのははコートとレイジングハートをベンチの上に置き、広場の中央へと進む。

そして、立ち止まり目をつぶる。

深く息を吸い、集中力を高めていく。
魔法を使用する上で大事なことは集中すること。
集中力が切れれば魔法が暴発することだってあり得る。
――それは分かっている。分かっているんだけど、どうも上手く集中出来ない。
最近はいつもそうだ。何故か集中することができない。それは魔法に限ったことでは無く、勉強の時や遊んでいる時もそうだ。
この前もアリサちゃんやすずかちゃんに心配された。
――何でだろう?
いや、分かっている。
自分はあることで悩んでいる。

『……今日は止めときましょう、マスター』
「えっ?」

いつの間にか全く違うことを考えていたなのはに飛んできたレイジングハートからの言葉。
その意味が分からずつい聞き返してしまう。

『今の状態で魔法を使用しても失敗するだけです』
「そ、そんなこと……」
『いえ、失敗します』
なのはの言葉を遮りレイジングハートは続ける。
『先程のマスターは明らかに集中力を欠いていました。そんな状態では成功するわけがありません』

辛辣な言葉を飛ばしてくるレイジングハートになのはは一言も言い返せない。

『どうしたんですか、マスター?最近様子が変ですよ』

普段レイジングハートはこんなに喋る子ではない。
そのレイジングハートがここまで言うということは自分は相当な状態なのだろう。

『……ヴァッシュ・ザ・スタンピードのことですか』

その言葉に驚くなのは。
「なんで分かったの……?」
『マスターの様子を見ていれば分かります』

その言葉になのはは顔を歪める。そしてうつむき、ポツリと呟く。

「……分からないの。管理局にヴァッシュさんのことを伝えた方がいいのか、伝えない方がいいのか……」

――なのはは悩んでいた。
ヴァッシュに管理局のことを伝えるべきか、伝えないべきか。

――ヴァッシュさんは高町家に残ってくれた。
それはとても嬉しいことだ。……でも、それはずっとでは無い。
管理局にヴァッシュさんのことを伝えたらすぐにではないにしろ、ヴァッシュさんの世界は見つかると思う。
そして、自分の世界へ戻る方法が分かればヴァッシュさんはあの時と同じように悩むだろう。元の世界に戻るか、このまま高町家に残るか、を。
あの時のヴァッシュさんはとても苦しそうだった。
――あんなヴァッシュさんを見るのはもう嫌だ。
でも、管理局にヴァッシュさんのことを伝えなかったら、ヴァッシュさんは一生元の世界に戻ることはできないと思う。異世界に帰るということはそれほどのことだ。
――それをヴァッシュさんが喜ぶのか?
もちろん自分にとっては喜ばしいことだ。

でもヴァッシュさんがそれを望むのか。それが分からない。
あの時は高町家に残る道を選んでくれたけど、あの時のヴァッシュさんには並々ならぬ覚悟を感じた。
その覚悟がヴァッシュさんを辛い世界で命を賭けた旅をさせているんだと思う。

その覚悟のことを知らない自分がヴァッシュさんの道を閉ざして良いのか?

――それがなのはには判断出来ない。

『……マスター、家に戻りましょう。今日は休日です、ゆっくりと休んで下さい』

レイジングハートは何も答えてくれない。
それはそうだ。これは自分が考えなくてはいけないことだ。
そう、ヴァッシュさんを引き止めた自分が。

「……そうだね。戻ってからゆっくり考えよっか」

なのはは笑みを作る。
レイジングハートを心配させないように。
だが、その笑みを見てレイジングハートの不安はつのる。

なのははそんなレイジングハートに気づくことなく、歩き始める。
ヴァッシュのことで頭を悩ませながら。

■□■□

「おはよう!」

家に着いたなのはが最初に見たのは笑いながら片手をあげるヴァッシュの姿だった。
まだ朝早くなのに元気な人だ。

「……おはよう、ヴァッシュさん」

陽気なヴァッシュとは対称的になのはは暗い。
そんななのはにヴァッシュが心配そうな顔をする。

「どうしたんだい?何か元気がないみたいだけど」
「な、なんでもないよ!」
なのはは慌ててごまかし笑いを浮かべる。

「……だったらいいんだけど」

訝しげな眼でなのはを見つめるヴァッシュ。

「そ、それよりヴァッシュさん、早起きですね!」
そんなヴァッシュを見てなのはは話題を変える。
「まぁね。前の生活で馴れちゃったからかなぁ、つい早起きしちゃうんだよ」
なのはの気持ちを察したのかヴァッシュもその話題にのる。
「へ~そうなんですか?」
「まぁ、早起きは三文の得ってね。早起きは良いことだよ」

ヴァッシュはヘラヘラと笑いながらそう言う。
だが、なのははこの言葉に対し――
「……ヴァッシュさん、お年寄りみたい」
――爆弾を落とした。
しかも、恐ろしい事にこの天然娘は自分が爆弾を放ったことに気付いていない。

「ヴッ!」

ヴァッシュの動きが止まる。
そりゃあ百数十年も生きてはいる。こんなことを言われたことが無いわけではない。……だが、これだけ純粋な子に言われるとショックだ。
――負けるなヴァッシュ!幾度となく死線をくぐり抜けてきたお前だったら耐えられるさ!

自分自身に活を入れ、何とか気持ちを立て直すヴァッシュ。
だが、それも――
「あ、そーいえばお兄ちゃんとお姉ちゃんも言ってたよ。ヴァッシュさんがお年寄りみたいだって」
――再び投下された爆弾に粉砕された。
まさに会心の一撃。
何とか耐えていたヴァッシュもその言葉に崩れ落ちる。

「わ、わ、どうしたの!?ヴァッシュさん!」

いきなり机に突っ伏したヴァッシュを見て、なのは驚く。

「……いやいや、全然気にしてないよ……うん」
それから数分間ヴァッシュが立ち直ることはなかった。

■□■□
「……あ、そういえばなのは宛てでこんなのが届いてたよ」
ようやく立ち直ったヴァッシュはそう言い、懐からある物を取り出した。
「フェイト……って書いてあるのかな?」

それは小さな小包だった。
それを見てなのはは目を輝かせる。

「フェイトちゃんからだ!」
「フェイト?誰だい、それ?」
「私の友達です。……今は遠くにいて会えないけど」

なのははヴァッシュから小包――フェイトからのビデオメールを受け取ると嬉しそうにそれを見つめる。
ヴァッシュはそんななのはを見て理解した。
フェイトという子となのはがどれほど深い友情で結ばれてるかを。

「……僕も会ってみたいなぁ」
「なら今度遊びに来る時紹介しますよ!」
「本当かい?いや~楽しみだなぁ」

ヴァッシュはそう言い机の上に置いてあった朝刊を広げ読み始める。

――今では楽々と新聞を呼んでいるが、ヴァッシュさんは全くと言っていい程、日本語の読み書きが出来なかった。
聞いたり話したりは日本人と見紛うくらい上手いんだけど、何故か読み書きになるとサッパリになってしまう。
まぁ、異世界の人なんだから仕方がないのかもしれないけど……。
それとお金の単位も元の世界と違うらしく、その事にも四苦八苦していた。
だが、驚いたのはここからだった。
何と、ヴァッシュさんは二週間で日本語の読み書きをほぼマスターしてしまったのだ。
これにはお父さんやお母さん、お兄ちゃん達も驚いていた。
当のヴァッシュさんも驚いていて、「いや~僕には勉強の才能があるのかもね」などとお気楽なことを言っていた。
今では新聞を読んだり、テレビを見たりしながらメキメキとこの世界の知識を身に付けている。

(フェイトちゃんもヴァッシュさんと会ったら喜んでくれるかな?)

黙々と新聞を読むヴァッシュを見ながらなのはは考える。
フェイトちゃんは少し内向的だけどヴァッシュさんとなら直ぐに仲良くなれる気がする。

ふと新聞から顔を上げたヴァッシュさんと目があった。微笑みかけてくる。
見ているものも和やかな気持ちになる笑み。
それを見てなのはは嬉しくなる。
――ヴァッシュが毎日を楽しそうに過ごしている。
――あの時のつらそうな顔はもうしていない。
それが嬉しい。
それどころか、ヴァッシュさんが来てくれたお陰で騒がしかった高町家ももっと騒がしく、そして楽しくなった。

――ずっとこの日々が続いてくれれば。
心の底からそう思う。

そこまで考えなのはの顔に暗い色が灯る。
――でも、分かってもいる。ヴァッシュさんは異世界の人だ。いつかはこの楽しい日々も終わりを告げる。
だけど、私が管理局に伝えなければ?この日々は終わらないかもしれない。

――ヴァッシュさんはそれで良いと思うのか?

先ほど、レイジングハートに話した悩みがまた頭の中に浮かんでくる。
さっきまでのとても楽しい気分が段々と暗くなっていく。

「どうしたんだい?」

いきなりヴァッシュさんに話しかけられた。
その顔はどこか心配そう。

「別に何でもないよ」
それに対しなのはは何でもない、と言うように笑いかける。
その心配させないための微笑みが他人を余計心配させることを知らずに。

■□■□

「お使い……ですか?」
昼飯を食べ終わり束の間の休憩を味わっていたヴァッシュはそんな言葉を発しながら士郎を見た。
士郎から告げられたことは単純明快。
午後は厨房に入らなくていいのでお使いに行ってきてくれないか?とのこと。

別段断る理由もないが、何故この忙しくなる休日の午後から?

「でも、これから忙しくなるんじゃないんですか?」
その質問に士郎は手を振り答える。

「大丈夫さ。ヴァッシュ君はこの三週間、頑張ってくれたんだ。たまには休暇をあげようと思ってな」
そこで士郎は言葉を切ると台所で桃子の手伝いをしているなのはの方を見る。

「……それに最近なのはの様子が変だろ?出来れば元気づけて欲しいんだが……」
どうやら、そっちが本命らしい。

「そういうことなら任せといて下さい!」
ヴァッシュはドンと胸を叩き、にこやかな笑みを浮かべ承諾する。
(そうと決まれば善は急げだ)

「なのは、ちょっといいかい?」
「どうしたの、ヴァッシュさん?」
いきなり呼ばれたことに少し驚きながら洗い物から顔を上げるなのは。

「店長からの指示でね。ちょっとお使いに付き合ってくれないかい?」
「別にいいですけど……」
少し戸惑った顔でなのははそう呟く。

「よし!なら早速行こうか」

威勢良くヴァッシュは立ち上がる。そして二人は休日の海鳴市に繰り出していった。

■□■□

「え~っと、士郎さんから頼まれたのは……と」
「出来るだけ安いのを選んで下さいね!」
「大丈夫、大丈夫」

カートを押すなのはの横で、ヴァッシュが楽しそうに、野菜や食料をカゴの中へと入れていく。
鮮やかな金髪と左腕が無いことも重なり、相当他の人に注目されているが、ヴァッシュはそんなことを気にせずにポイポイと商品を手に取る。

なのははヴァッシュに合わせカートを押して行く。

「それにしてもこのデパートっていうのは面白いねぇ」
周囲を眺めヴァッシュは感嘆の声を上げる。
「これくらいのデパートだったらどこにでもありますよ」

「そうなのかい!?いや~スゴいなぁ!僕の世界にはこういうのが無かったからね」
楽しそうに歩くヴァッシュが、なのはにはまるで子供みたいに見えた。

「それに魚なんて見たこともなかったし」
ヴァッシュがカゴに入っている魚を指差しそう言う。
「そうなんですか?」
「うん。僕の世界では海っていうもの自体が存在しなかったからね」
「それなら今度、お母さんにお魚料理作ってもらいましょう!」
「いいねぇ~」

そんな他愛もない事を話ながら二人は買い物を続けていった。

――楽しい。
なのはは正直にそう思った。
ヴァッシュさんの笑顔を見ているだけでこちらもつられて笑ってしまう。
こうしていると本当にヴァッシュさんをあの時引き止めていて良かったと思う。

――だが、それと同時に再びあの悩みが頭の中に浮かんでくる。
『ヴァッシュさんのことを管理局に伝えるか、伝えないか』

(ダメだよ……!ヴァッシュさんもいるのにそんなこと考えてちゃ!)
せっかくの楽しい気分が台無しになってしまう。
なのははその考えを振り払おうと頭を振る。

――でも、いいの?
心の中で声が響く。
――このまま答えを出すのをズルズルと引き伸ばして、本当にいいの?
それはもう一人の自分が語りかけているかのように感じた。
――そ、それは……。
――ちゃんとヴァッシュさんに聞かなくちゃダメだよ。
――で、でも、それじゃあ、またヴァッシュさんが苦しむんだよ!そんなの見たくない!
――……そうやって逃げるの?
――え?
――それは逃げてるだけだよ。それじゃあダメ。ちゃんとヴァッシュさんに聞かなくちゃ。ヴァッシュさんは悩むかもしれない、苦しむかもしれない。だけどその苦しみを通らなくちゃヴァッシュさんは先には進めないんだよ……。
――で、でも……。

「もしも~し、聞いてるかい?」
「ふぇ!?ど、どうしたの!?」

ヴァッシュに話しかけられなのはは思考の海から急浮上させられた。

「なんかボーっとしてたよ」
「そ、そうかな?」
「あ、もしかして疲れたのかい?だったら言ってくれればいいのに」

そう言うとヴァッシュは買い物リストと山のようなカゴの中身を見比べる。

「……うん。頼まれたものは全部あるね。んじゃ行こうか」

ヴァッシュは微笑みながらそう言いカートを押し始める。
それなりに混んでいるのにそれをものともせずにスイスイと進んでいく。

――どうすればいいんだろう?
ヴァッシュを追わずになのはは考える。

――まるで冷静で大人な自分と会話していたかのようだった。

どちらか正しいのかは分かっている。
でも、拒否してしまう、それが逃げだと分っていても。

「お~い!迷子になっちゃうぞ~!」

ヴァッシュさんがレジに並びながらこちらに手を振っている。
なのはは陰鬱とした気分のままヴァッシュの元へと向かった。

■□■□

会計をすませると、ヴァッシュさんがクレープを食べないかと進めてきた。なんでも自分の世界には無い食べ物なので食べてみたいとのことだ。

「美味しいですか?」

今なのはの目の前には両手に花ならぬ、両手にクレープ状態のヴァッシュがいた。
ヴァッシュは端から見ても分かるほど美味しそうにクレープを頬張っている。

「うん!美味しいねぇ!」

(ヴァッシュさんって花より団子なタイプなんだろうなぁ)
歓声を上げるヴァッシュを見てなのははそう思った。

それから二人で他愛もない話をしながらクレープを食べていると(ヴァッシュさんは追加でもう二つ買った)いきなり後ろから声をかけられた。

「あ、やっぱりいた!」
声のした方に振り向くと馴染みのある二人の女の子がいた。
「アリサちゃん!すずかちゃん!どうしてここに?」
「ん、その子達は誰だい?」

二人がそれぞれ疑問の声を上げる。

「みんなでお出掛けしようと思ってなのはちゃんの家に電話したの。そしたら士郎さんにデパートにいるって言ってたから……」
「そうゆうこと!……でそのトンガリ頭の人は?」
「ト、トンガリ……」

初対面にも関わらず、遠慮知らずのアリサの言葉に怯むヴァッシュ。
「ダ、ダメだよ……アリサちゃん。初対面の人にそんなこと言っちゃ……あのスミマセンでした」
「にゃははは……」

アリサの言葉にすずかはまるで自分が言ったかのように謝る。
それを見てヴァッシュは苦笑する。

「いやいや気にしなくていいよ。え~とすずかにアリサ、だね。僕はヴァッシュ・ザ・スタンピード。よろしく」
「ふーん、ヴァッシュねー。変な名前」
「ア、アリサちゃん!」
「へ、変な名前……」
「で、なんでなのははこのヴァッシュって人と一緒に仲良くクレープ食べてるの?」
「あれ、前に言わなかったっけ?」
なのはは首を傾げる。
「あ、もしかして長期のバイトさん?」
すずかが思いだしたかのように手を叩く。

「あ~あの、『厨房にいる隠れ美男子』って噂になってる」
「そう!その美男子こそ僕、ヴァッ「でもそれ程でも無いわよね」」
「ア、アリサちゃん!」
「何よ。本当のことじゃない」

ヴァッシュ・ザ・スタンピード、撃沈。
どうやらヴァッシュとアリサは予想以上に相性が噛み合うらしく、痛烈な口撃でヴァッシュは攻め立てられていた。
「ヴァ、ヴァッシュさん!アリサちゃん言い過ぎだよ!」
頬を膨らませそう言うなのは。
「ほら、アリサちゃん謝らなくちゃ」
「わ、分かったわよ。すずかはうるさいんだから……」
「何か言った?」
「な、何でもない……」「ほら、早く謝らなくちゃ」
「う~ごめんなさい」
渋々といった感じでアリサが謝る。

「いや……全然気にしてないよ……うん」
それにしてもこのヴァッシュ、押されっぱなしである。

「にゃははは……」
そんな三人を見てなのはは苦笑する。
――とても騒がしく楽しい時間が過ぎていった。

■□■□

「ノォ~~~!ギブ!ギブゥ!」

その光景を一言で言うのなら異常。
公園の片隅にある砂場に五、六人ほどの子供たちが群がり暴れまわっている。
それをなのはとすずかは見守ることしか出来ない。
いや、あまりの気迫に止めようという気もおきない。
その子供たちの中心にいるのは、ド派手な金髪の頭をした一人の男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードだった。

「よ~し、次は卍固めいくわよ~」
「そんなハイレベルな技どこで覚えたの……ってイタイ!イタイ!ギブ!ギブ~~~!」

――そして、そこにはヴァッシュに対し今までにない爽やかな笑顔で関節技をかけているアリサがいた。
更にそれに続くように、他の子供たちが各々に好きな技をヴァッシュにかけている。

――何故こんな事になったのか順を追って説明していこう。

四人はデパートの帰り道公園へと立ち寄る→なぜか、そこに居た子供たちがヴァッシュに群がり始める→最初はまとまりつくだけだったが徐々にエスカレートしていき関節技祭りに突入→見かねたアリサが仲裁に入る→ミイラ取りがミイラ。
そして今にいたっている。

めくるめく展開の早さになのはもすずかも止める暇さえなく、ヴァッシュは子供たち+アリサの玩具にされているのであった。

「どうしよう?なのはちゃん」
「う~ん、飽きるまで待つしかないのかな……」
「ヘルプミ~!」

アリサたちを止めるのを早々に諦めたなのはとすずかは近くのベンチに腰を下ろす。
何か声が聞こえたが気にしない。
――二人とも良い判断だ。

「アリサちゃんも楽しそうだね」
元気に暴れまわるアリサを見てなのはは心の底からそう思った。
「そうだね」
すずかも相づちをうちその光景を眺める。

(ヴァッシュさんも楽しそう)
所々で本気で痛そうな声を上げているが、まぁ楽しそうだ。
それを見てなのはの顔に自然と笑みが浮かんでくる。

「良かった……」
ふいに隣にいるすずかが声を上げた。
「?何が?」
すずかの言葉の意味が分からずなのはは首を傾げる。
そんななのはを見て嬉しそうに笑いながらすずかが口を開く。

「なのはちゃんが本当に楽しそうな顔してて……」
「ふぇ?そんなことないよ、いつも楽しいよ」
「うそだよ。最近のなのはちゃん、いつも何かに悩んでるような顔してたもん。アリサちゃんなんか、ずっと心配してたんだよ」
すずかは真っ直ぐになのはの目を見て話す。

「今日みんなで遊ぼうって話になったのだって、なのはちゃんに元気になって欲しかったからなんだよ」

すずかの言葉になのはは何も言えなくなってしまう。

「だから良かった!今日のなのはちゃん本当に楽しそうだもん」

微笑みながらすずかはそう言うと、アリサとヴァッシュの方に駆けていく。
(気付かれないようにしてたんだけどな……)
本当にあの二人にはかなわないな……。

――アリサちゃん……すずかちゃん……ありがとう……。

なのはの心に浮かぶのは感謝の気持ち。
二人には心配かけてばかり。いつもこうだ。
(ダメだよね……このままじゃ……)

――なのはは決意した。
それと同時に立ち上がりみんなが暴れている方へ走り出す。
その顔にあるのは笑顔。
――その笑顔は見ただけで人を和ませる最高の笑顔だった。

■□■□
「あ~体中が痛い……」
「にゃはは……」

すっかり暗くなった公園。
そこのベンチにヴァッシュとなのはの二人は座っていた。
もう時刻は六時を回ってる。

子供たちやアリサたちも帰ってしまい、ここにいるのは二人だけ。
「それにしてもアリサは凄いねぇ。将来格闘技でもやった方がいいよ。うん」
この場に本人がいたらかかと落としの一発でも飛んできそうなことをヴァッシュが言った。

「でも、ヴァッシュさんも楽しそうだったよ」
「まぁね。こういうのも久しぶりだしね」
「久しぶり……って前にもあったんですか、こういうの?」
「うん」
ヴァッシュはさも当たり前のように肯定する。
流石に、これにはなのはも呆れてしまう。
「まったくヴァッシュさんは……」

そんななのはを見てヴァッシュは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……いや~良かったよ」
「何がですか?」
「なのはが元気になってくれてさ」
「え?」
「自分で気づいてなかったのかい?最近よく張り詰めたような顔してたよ」
ヴァッシュは優しく語る。
(ヴァッシュさんにもバレているとは……。私ってそんなに顔に出やすいのかな?)
こうしてみると悩んでいるのを必死に隠していた自分がバカみたいだ。

なのはは苦笑する。そして苦々しい笑みはどんどん本当の笑みに変わっていく。
――心が軽くなった気がする。

「ねぇ、ヴァッシュさん」
なのははその笑みのままヴァッシュに語りかける。
「ん、なんだい?」
「この世界は楽しいですか?」
「あぁ!とっても楽しいよ!」
ヴァッシュはなのはの問いに迷うことなく答える。
なのははそんなヴァッシュを見て、決めた。
管理局にヴァッシュのことを伝えない、と。

――せめて……せめてヴァッシュさんの傷が――ヴァッシュさんの心にある大きな傷がが治るまでは管理局に伝えなくても良いんじゃないかな……。

なのははそう思う。

――あんな辛そうな顔で元の世界に戻ろうとするヴァッシュさんは嫌だ……。
戻る時はせめて笑いながら、元の世界に帰って欲しい……。
だから、その笑顔を取り戻せるまでは――

なのはは決意した。

――自分の我が儘かもしれない。
でも、ヴァッシュさんがどちらの道を選ぶにせよ苦しまないで、笑いながらその道を選べるようになるまでは、なのははヴァッシュを守ろうと決意した。


お気楽な笑みを浮かべる人間台風を眺めながら、小さな魔導師はそう決心した。

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最終更新:2008年02月16日 22:06