服がない。
 一週間以上も経過して初めて気がついたことだった。
 制服と元々着ていたシャツとジーンズ。下着も貰ったのを含めて二組しかない。何故これでまともに生活が送れたのか不思議に思うほどだ。
 それを相談して最初に反応したのが何故か、ティアナだった。



     リリカル×ライダー

     第六話『覚醒』




 俺がその事態に気付いたのはこんな経緯があったからだ。
 あれはなのはからの特訓が終わった後のことだった。
「動きが甘かったぜ。あれじゃ狙撃されちまうぞ?」
 隊舎のドアに手をかけた直後、背中から声がかかった。
 六課では数少ない男性の声。心当たりがあったので振り向けば見事に的中していた。
「ヴァイスさん、驚かさないでくださいよ」
「悪りぃ、悪りぃ。がら空きの背中が目に付いちまったんで思わず、な?」
 彼はヴァイス・グランゼニック。六課では数少ない男性の前線要員だ。とはいえなのは率いるスターズ分隊でも、フェイトが指揮するライトニング分隊に所属しているわけではなく、彼はフォワード陣を運ぶヘリパイロット兼スナイパーなのだ。
 今はほとんどスナイパーとして活躍しているらしい。非殺傷設定という便利な機能がある魔法と狙撃は相性が良いとして、質量兵器が禁止されている管理局では重宝されているそうだ。
 ちなみに俺はこの人に不思議な懐かしさを覚えたことがある。先輩というところや射撃が得意というところに。親しくしているのはそれも理由の一つなのかもしれない。
 加えて、下着をくれたのもこの人だ。無論、新品を。
「しっかしカズマもお疲れだな。あそこまでシゴキ上げられるなんて」
「いえ、俺がまだまだなだけですよ」
「ちげぇねぇ」
 ヴァイスさんが笑う。彼とは外見的な年齢はほとんど変わらないのだが、本人がベテランだからか、先輩みたいにして付き合っている。
「そういえばカズマが着てる服ってそのシャツとジーンズしか見ないな」
「これしか持ってないですから」
 俺の台詞に、ヴァイスさんは目を吊り上げた。
「買えよ!」
 当然と言えば当然の台詞が返ってきたのだった。



     ・・・



「――てなわけで、どこに買いにいけばいいんだ?」
 あれから約30分経つ。ヴァイスさんは今から仕事とかで何処かに行ってしまい、仕方なく食堂に来ていた。そしてそこにいた隊長陣とフォワード陣に説明していた所だった。
「それは大変ですー。今からリィンがお店を検索してあげるのです!」
 騒がしい喋り方をするこいつはリィンフォース・ツヴァイという。妖精みたいな身長で飛び回っている奴で、もちろん人間ではない。彼女はユニゾンデバイスなんだそうだ。
「ありがとう、リィン」
「でもそれなら誰か案内してあげた方がええな」
 はやてが腕を組んだ状態で発言する。確かに機動六課の敷地から出たことがない自分には案内人がいた方が良いだろう。
「それならヴァイスさんを――」
「ヴァイス君はいないよ。確か三日間出張だって」
 魔導師として復帰してから忙しいんだよ、と続けるなのは。
「なら私が案内しようか? クラナガンに用事あるし、先日の詫びも含めて」
 そう提案するのはフェイトだ。彼女も前に俺のことをあれこれ勘繰っていたことをこっそり謝ってきたのだが、ティアナやスバルのような必死の形相みたいな感じではなかったからか、応対もしやすかったのを覚えている。
 彼女なら用事と重なるみたいだから問題ないか。
「じゃあお願――」
「あたしが行きます!」
 いきなり大きな声が鼓膜を揺さぶった。
 出したのは意外な人物だった。
「ティア?」
「あたし、クラナガンのお店とか結構詳しいですし、その、迷惑もかけましたし……」
 途中で尻すぼみになっていくティアナ。だんだん恥ずかしくなってきたのか頬が赤い。隣でスバルも唖然としていた。
 しかし何故にティアナが?
「わ、わかった。じゃあティアナ、頼むよ」
 俺もここで断るのは悪いと思ったので、その好意に甘えることにした。
 これが冒頭に至るまでの経緯だった。



     ・・・



 クラナガンというミッドチルダの首都に行く方法は、なんとバイクだった。ヴァイスさんのバイクを借りて行くらしい。無論、ティアナは免許を持っているそうだ。
「あたしの後ろでしっかり捕まってなさいよ」
 そう言いながら真紅のバイクに跨がるティアナ。自分の知識とは違う独特なハンドル。独特な形状。
 やはり俺はこの世界に住んでいた訳ではなさそうだ。
 ゴーグルと帽子を投げ渡される。着けろということか。
「ヘルメットとかないのか?」
「あるけど、あたしは持ってないわよ?」
「なら仕方ないな」
 頼りないが無いものはどうしようもない。
 俺はゴーグルとヘルメットを付けるとティアナの後ろに飛び乗った。
 セクハラで訴えられたくないのでバイク側面のグラブバーを掴む。
「二人とも、気を付けてね」
 声をかけてきたのはフェイトだ。なのはは今訓練中で送りにはこれなかったのだ。代わりにフェイトは自分が外出の用事もあるのでセットで見送りに来てくれたわけだ。
「はい、行ってきます!」
 ティアナが彼女に返事を返す。俺は片手を挙げてそれに応えた。
「行くわよ」
 ティアナの掛け声と共に、思ったよりもずっと軽やかなエンジン音が鳴りながら真紅のバイクは疾走を開始した。



     ・・・



「ふむ、ようやくか」
 男の見る先、モニターに緑色の怪人が移る。半透明の羽根と特徴的な足からバッタを連想させる外見。画面の隅には【Spade 5】と表示されていた。
 他のモニターには様々な外見の怪人が映っている。
「記憶は再生する。君は私を恨むだろうな」
 男が呟く。その壮年の顔は何所か笑っているようにも、泣いているようにも見える。
 コンソールを弄ると彼の目の前に広がる巨大なモニターに市街らしき俯瞰図と座標が表示される。青い光点と、赤い光点。それはいったい何を指しているのか。
 二つの点は、今一つになろうとしていた。



     ・・・



「広かったな~」
 カズマが感心したよいに声を上げる。その両手に買い物の跡は全くない。ミッドチルダ転送魔法を応用した輸送システムが手ぶらの買い物を可能としている。
「まぁ、首都だしね。あそこのショッピングモール、良いのが置いてあったでしょ?」
「値段見ないで決めたけど良いのか?」
「アンタの給料から天引きされるだけよ」
「それを早く言えよ!」
 カズマとティアナ、二人は騒ぎ合いながら目的地へと向かっていく。ビル一つ丸ごと駐車場にした巨大な建物に。
 入った中は螺旋式構造になっており、二人はその中央を貫くエレベーターに入った。
「三階だったよな」
「当然でしょ」
 ティアナの言い方にカズマは顔をしかめるが、慣れたのか何も言い返さない。
 程なくして到着を知らせる鐘の音が鳴った。
「着いたわ。さ、行くわよ」
「ああ、どこに停め――」

 ――ドクン。

 今、カズマの何かが警鐘を掻き鳴らした。
「ティアナ! 何かいるぞ!」
「はぁ?」
 呆れたようにカズマを見つつも自らのデバイス、クロスミラージュを起動させて索敵を行うティアナ。彼女の相棒はすぐに回答を導き出した。
『There is unknown on this floor.』
「何ですって!?」
 己のデバイスの発言にティアナが目を見開く。
「なんで分かったの?」
「こっちだ!」
 ティアナの発言を無視し、カズマは何かに取り付かれたかのように走る。ぐるぐると、螺旋式の建物を回り込むように。
 そして到着した現場には、胸から血を吹き出す人間と、異形の怪人が存在した。
 昆虫を思わせる半透明の羽根、緑色の肢体、バネのような脚。
 怪人はカズマを見ると即座に羽根を展開して外に飛び出していった。

 ――ドクン。

「ティアナはそこの人を頼む! 俺はあいつを追う!」
「何言ってるの!? アンタは実戦に出たことすらないでしょ!」
「今あいつを追えるのは俺だけだ!」
 カズマはベルトに下げたウェストポーチからチェンジデバイスを取り出す。即座に変身して、背中のブースターを展開しながら怪人を追うために飛翔した。
 ティアナはそれを、口惜しげに眺めるしかなかった。



     ・・・



(俺はあいつを、あの化け物を知っている……?)
 カズマが胸中で自問する。その内容は彼の目の前を飛ぶ飛蝗似の怪人について。怪人はヘリポートらしい広いビルの屋上に降り立っていた。
 カズマも追随する形で屋上に降り、腰からナックルガードが不自然に喪失している剣を引き抜く。彼はその剣を構えながら、じりじりと距離を詰めていく。
(こいつは、俺の記憶の手掛かりなのか?)
 カズマの疑問は晴れない。だがやるべきことは変わらない。その剣を迷い無く構えたまま、怪人に向かって走り出した。
 怪人は小さな飛蝗を大量に発生させ、カズマの行く手を防ごうとする。だがカズマの進行は止まらない。
「うあぁぁぁぁ――!」
 剣を振り回して飛蝗を叩き落とす。例え斬撃を免れようと、それらが彼を阻むことは決して出来ない。カズマの強固なバリアジャケットの装甲は、そんなひ弱な飛蝗を全て弾いていく。
 怪人は飛蝗達での迎撃を諦めたらしく、カズマに蹴りかかった。
 激しい回し蹴り。
 だがカズマはその脚を避けながらカウンター気味に斬り返す。
「ギィィィィィ!」
 怪人の金切り声に近い叫び声が響く。鼓膜を揺らすそれにも怯むことなくカズマは剣を振り上げる。
『Slash』
「うぉあぁぁぁぁぁ!」
 青白い光を纏った剣が、怪人の腹を横断した。
「ギィィィアァァァ!」
 鼓膜が破れそうな断末魔と共に怪人は崩れ落ちた。
 バックルのような腰の装飾が二つに割れる。
「た、倒した……」
 ようやく倒した、とため息混じりにぼやきながら、すぐに通信の準備を始めるカズマ。だが――――
「ギィィイィィ!」
 ――――怪人は、再び脚を振り上げていた。
「な、ぐぁ!」
 カズマのがら空きの背中に怪人の蹴りがヒットし、吹き飛ぶ。その足の傷はすでに治っている。
 カシャン、とバックルが閉まる音が無惨に響いた。
(倒せなかった……!?)
 カズマが仮面の下で驚愕の表情を浮かべる。今完全に倒したと思い込んでいた怪人が、たった数十秒で再生するなど考えられなかった。
(いや、本当にそうか?)
 カズマが怪人を凝視する。
 特徴的な緑色の昆虫じみた肌。半透明の虫を思わせる羽根。そして、何らかの装飾品らしきバックル。
 そのバックルに、カズマの視線は吸い寄せられていた。

 ――アンデッドは絶対に死なない。

(何!?)
 自らの頭に浮かぶ知識。だが記憶を失っている彼には知る由もないもの。
 だが知っている。かつての自分が持ち得た知識。そう知っているはずだ。
「くっ!」
 再び蹴り飛ばされて剣を落とす。だがそんなことに構ってはいられなかった。

 ――アンデッドはカードに封印するしか倒す方法はない。

 次々と泡のように浮かび上がる知識。知っている。記憶を失ったから忘れたわけじゃない。これは、自ら封印した“知識”だ。

 ――そして封印できるのは仮面ライダーと……

 そして知識と共に断片的な記憶が蘇る。そう、それは最も封印しておきたかった記憶。
 知ることは罪だ。何故なら、知ればもう知る前には戻れないのだから。

 ――……ジョーカーだけだ。

 そうだ、俺は。

「うぁぁぁぁぁ!」
 カズマがベルトをむしり取り、変身を解く。だがそこには、新たなベルトが出現していた。
「あああああっ!」
 緑色の宝石を抱くハート型のバックルと金属質な帯で構成されたベルト。
 そこを起点に、一瞬にしてカズマの体が変わった。
「あぁぁぁぁあぁぁぁ!」
 透明なフェイスガードに守られた凶悪な吊り目。血肉を喰らい尽くすためだけにあるような鋭い歯牙。頭から伸びる噛み切り虫のような一対の触覚。緑色のしなやかな肢体。腕から生えた鋭利で長い刃物のような突起物。
 そんな外見に変貌したカズマが怪人に襲い掛かる。
 勝負は、一瞬だった。



     ・・・



「ティアナ? うん、うん……分かった。すぐ行くから」
 ティアナとの通信を切る。彼女からのエマージェンシー。カズマが一人で殺人未遂の犯人を追いかけているらしい。近くにいる私がすぐに救援に向かわなくては。
(でも、化け物ってどういう……ううん、今は目の前のことに集中しないと)
「バルディッシュ、行くよ」
『Yes, sir.』
 自らのデバイスであるバルディッシュを起動、一瞬でバリアジャケットを装着する。三角形の飾りから戦斧へと変化したバルディッシュを片手に空に飛び上がる。
「はやて、緊急事態だから飛行許可を――」
『――もう取っとるよ。早くカズマ君を助けに行ってあげてな』
 はやての判断の迅速さは流石だ。現場が必要としているものを素早く用意出来る能力は、指揮官として無くてはならないものだろう。それをはやては若くしてすでに獲得していた。
「うん、ありがとう」
 もはや何の憂いもなく空を舞うように飛ぶ。六課最速の魔導師と言われるのだから、その名前に恥じぬよう早くカズマの元に駆けつけなければ。デバイスを起動しているのだろう、魔力反応も拾うことが出来た。
「見えた!」
 そこはミッドでもそれなりに大きい方のビル。頂上に広大なヘリポートがあり、そこにカズマの反応があった。……もっとも、数瞬前には反応が消えてしまったのだが。
(無事、かな)
 先程送っていったばかり故に、やはり気になる。
「カズマ!」
 ようやく辿り着いた屋上で、カズマは倒れていた。何か、カードらしいものを握り締めて。
「大丈夫? しっかりして」
 揺らしてみるが反応はない。けれど動脈を調べたらきちんと脈はあった。安心した。
(でも、どうして外傷もないのに気絶してるの?)
 追っていたらしい犯人も見当たらない。カズマが無事なのと犯人の不在という矛盾。まさかあの短時間でカズマを気絶させて逃走したというのか。なら何故カズマをわざわざ生かして……?
 だが考えにふけってばかりもいられない。私はカズマを抱き上げチェンジデバイスを拾うと、その場を後にした。



     ・・・



 ――来ないで、来ないで!

 ――よるな、化け物!

 ――近寄っちゃダメよ!

 ――知らない、お前なんぞ知らない!

 頭に響く怨嗟の声。老人、若人、男性、女性、その全てが俺を拒絶する。彼等は悲痛な叫び声を上げながら必死に逃げていく。追いかければ怖がられ、いるだけでも拒絶される。

 ――お前なんぞ消えろ!

 ――この化け物め!

「違う、違う! 俺は、化け物なんかじゃない!」
「か、カズマ君?」
「うわぁぁぁあぁぁぁ!」
 ベッドからカズマが飛び上がる。それを傍にいたシャマルが慌てて押さえ付けた。
「大……丈夫?」
 柔らかな金髪を揺らしながらカズマの顔を覗き込み尋ねる。その顔はすでに医師としてのものに切り替わっていた。
「違う、違うんだ……」
「分かってる。分かってるわ」
 シャマルがカズマの背中を擦る。しばらくそうしている内に、カズマは落ち着いていった。
「――シャマル、さん?」
「ようやく分かった?」
 彼の問いに柔らかな笑みを湛えながら彼女は答える。彼女はベッドから立ち上がり、デスクのチェアに腰掛けた。
「ここは、医務室、ですか」
「これで三度目よ。もう常連さんになってるわね」
 くすりと微笑みながら彼の状態をカルテに書き記していく。個人情報保護には電子媒体より紙の方が優れているため、彼女は紙のカルテに書き込んでいた。
「うなされてたみたいだけど、もう大丈夫?」
 その質問に表情を強張らせながらも答える。
「はい、もう大丈夫、です」
 シャマルはちらりと彼を覗きながらすらすらとペンを走らせていく。
 その時、唐突に医務室の扉が開いた。
「シャマル、カズマは……って、起きたの?」
「あ、ああ、今さっきな」
 入ってきたのはフェイトだ。
 カズマもシャマルも少し驚いた表情を浮かべる。特にカズマは意外な来訪者に戸惑い、応対もぎこちないものになっていた。
 もっとも、当人はおろかフェイトですらそのことに気付かないほど二人とも冷静ではなかったのだが。
「そっか、良かった。私が着いた時はすでに倒れてたから心配してたんだ」
 フェイトはここに来た経緯を話す。
 本当は事件の処理は執務官であるフェイト自身がすべきなのだが、ティアナは執務官志望であり、経験などを付けた方が良いとの判断で今回の事件の報告などはティアナが行うことになったらしい。
 そして手が開いたフェイトは気掛かりだったカズマの元へ来たと言うわけだった。
「ところで、どうしてあそこで倒れてたの?」
「それは……」
 口を開こうとしてそれが出来ず、顔を背けるカズマ。寝ていたにも関わらず彼の顔にはうっすらと隈が浮かび上がっており、表情は沈痛なものに歪められている。普段とはまるで別人になってしまったようだ。
「答え、たくない」
 いつものカズマからは考えられない変化。
 二人は、何も聞くことが出来なかった。



     ・・・



 自らの正体を思い出し、過去に押し潰されるカズマ。だが彼を嘲笑うように不死の怪人達は彼を奈落へ誘う。
 一方の六課も、本局から大事件の知らせが届いていた。

   次回『逃走』

   Revive Brave Heart

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最終更新:2009年06月14日 13:15