バトルファイト。
 それは地球で太古から行われてきた殺し合い。
 生物の祖として生まれた五十三体の不死生物、アンデッドが自らの種族の繁栄をかけて争い合う。
 倒された者は審判である統制者によって封印され、最後の一人になった者には一族繁栄の栄光、『万能の力』が渡される。
 その中にただ一人、どんな生物の祖先でもない“はぐれ者”が一人いた。それには何の目的もなく、ただ争いたいという欲望のままにバトルファイトに参加していた。
 その縦横無尽で傍若無人な殺戮鬼を、アンデッド達は畏怖と侮蔑を込めて『ジョーカー』と呼んだ。



   リリカル×ライダー

   第七話『逃走』




 カズマが自分の部屋に閉じ込もってから三日の月日が流れていた。
「カズマ君、ええかげんに部屋出らんと体に悪いで?」
「そうですよー! 皆で食べないとご飯も美味しくないですぅ!」
 はやてとリィンがドアに向かって話しかける光景もすでに三日続いている。それでもドアは開かない。
 そして誰も、彼が閉じ込もっている理由を知らなかった。
「……まいったなぁ。よっぽど前回の戦闘が堪えたんかなぁ」
 はやてからすればこの件は頭痛の種だった。期待していた新人が初戦でダメになっては頭も痛くなるだろう。隣でリィンも小さい体で精一杯悩んでいるらしかった。あまり切迫感は感じられないが。
 もっとも、はやての想像と現実には天と地ほどの差があるのだが。
「六課の皆が嫌いになっちゃったんですかねぇ」
 ずれた発言をしているのはいずれもリィンだ。飛んでいるだけあって頭も“飛んでいる”ようだ。
「とにかく、何とかせなあかんな」
 はやては気合いを入れ直し、解決策を考えることにした。



     ・・・



『はやて、新しい情報が入ったよ』
 部隊長室に戻って私を待っていたのは、再び別事件で出向していったフェイトちゃんからの通信だった。
『はやて、これを見て』
 自分の大きなデスクに浮かび上がる二つのモニター。片方にはフェイトちゃんが、もう一つには五十代前後の壮年の男性の写真と彼についての履歴データが表示されている。
 その顔を見て、私は声を上げそうになった。
「これ……」
『やっぱり、似てるよね』
 その画面に映る顔は、正しくあのジェイル・スカリエッティそのものだった。正確には彼より大分歳は取っていたけれど。
『でも彼はスカリエッティじゃないよ。「ロウエル伯」と名乗っているらしいんだけど』
 確かに彼のデータを見れば違うのは明らかだった。
 同じ違法研究をやっている共通点はあるが、第一級次元犯罪者のスカリエッティと違って彼は第三級。テロリズムも全く行っていない。
 人格面の項目にも「研究以外にも医療、開発によって多くの人間に貢献しており、悪人と断定することは出来ない」と書かれている。
「違法研究って、何をやっとったん?」
『彼はリンカーコアについて研究を行っているらしくて、そのために人体実験をやったみたい』
「重罪やないか!」
 人体実験は大抵の次元世界で重犯罪クラスになる罪だ。やる者の人格など狂気以外の何物でもない。それをやって第三級程度なんて悪い冗談としか思えなかった。
 しかしこの時は珍しくフェイトちゃんの方が冷静だった。
『彼は第一級クラスの次元犯罪者を自力で捕まえて人体実験に使っていたんだって。逆に一般人には一切手を出していないって。それに彼の人体実験でも肉体的な致命傷を負った人はいないらしいし、そんな訳だから本局は彼を泳がせてるみたい』
 フェイトちゃんが冷静に述べる。彼女も複雑そうな顔をしつつ、口を開いていた。
「……ま、人材不足は海も陸も一緒やからな。だから第三級で済んどるのか」
 人格的に凶悪犯罪に手を出す可能性が低く、しかも管理局が手を焼くような犯罪者を捕まえてくれるならわざわざ手を出す必要性はないと、そう思っているのだろう。
 それだけでなく、第一級クラスを自力で捕まえられるその実力も警戒しているのだろうし。
「ところでフェイトちゃん、何でこれを?」
『実はチェンジデバイスの開発者を探していたの。それでシャーリー曰く、スカリエッティ以外で開発出来そうなのは彼くらいじゃないかって言ってたから調べてたんだ』
 ……チェンジデバイスは、間違いなくロストロギアではない。
 何故なら材質、状態、機能等から最近作られたものであることは明らかだからだ。
 ロストロギアは古代遺失物。かつて栄えた超文明の遺産だ。例え驚くべき性能があっても、現代で作れるものならロストロギアにはならない。
 だからこそ、チェンジデバイスの調査は開発者、開発した組織などが重要視されるわけだ。
「そっか、分かった。ありがとな、フェイトちゃん」
『じゃあ私はこれで』
「気をつけてな」
『あ、待って』
 慌ててフェイトちゃんが押し止める。モニターに映る彼女の顔も、さっきの真剣な空気が変化している。
『カズマは……どうなの?』
 代わりに纏う雰囲気は、不安。この心優しい閃光の魔導師は、どうやら出向する前に会ったカズマ君の様子を心配しているらしい。
 なら安心させるのが部隊長の勤めだろう。
「大丈夫や、私に任せて」
 にっこり笑顔で言ったのに彼女の顔は引きつっていた。おかしいな、安心させるつもりだったのに。
『変なことしちゃダメだよ……?』
「任せなさい!」
 最後まで疑わしい視線を送っていたフェイトちゃんの顔が映ったウィンドウが消える。
 デスク上には、年老いたスカリエッティの顔だけが残った。
「さて、カズマ君を引き摺り出すとしますか」
 秘策はある。
私は早速、彼女に会いにいくために「ロウエル拍」のデータを保存して部屋を出て行った。



     ・・・



――ジョーカー。

 人々が嫌悪の感情を示すように巧妙に形取られた外見と、全ての生命を滅ぼそうとする野蛮な闘争本能を持つ最悪の不死生物。
 アンデッドの中でもイレギュラーな存在であるジョーカーは、あらゆる人々、生命を敵に回してしまう醜悪な力だった。
 曖昧で朧気な記憶の中で、自分は周り全ての人間を敵に回していた。
 無論、俺は一人として人間を殺してはいないし、酷い怪我を負わせたこともない。
 それでも、ジョーカーの姿と力は問答無用で相手から敵と認識されてしまった。
 自分はただ――
「――ただ、何だっていうんだ」
 僅かな記憶の断片には自分が何故戦っていて、そしてジョーカーの姿を晒す必要があったのかの記憶はなかった。そもそも何故自分がジョーカーであるかも分からないのだ。
 だがそれがどうした。例えその目的とやらを思い出した所で何の意味がある。
 そうして再びベッドに潜り込もうとした時、事件は起こった。
「カズマぁー! 遊んでー!」
 いきなり扉を破られて刹那、幼い少女が降ってきた。ベッドの上に。
「え、うわぁぁぁ!」
 思わず受け止める。さすがに体が小さいからか重くはなく、さほどの問題はなかった。
 輝くような金色の髪と、特徴的な翡翠と紅玉の非対称なオッドアイ。そして小学校低学年程の小さな体。
 少女の名は知っている。ヴィヴィオというのだ。
 恐ろしいことに、なのはの“娘”らしい。
「遊ぼー!」
「ち、ちょっと待て……」
 取り敢えずベッドから下ろす。部屋にはもう一人侵入者がいたことに、その時になって気が付いた。
 蒼いふさふさの毛と大型の体、額に傷を持つ狼、ザフィーラだ。はやての家族である守護騎士の一人らしい。人間の姿にもなれるそうだが見たことはない。
 どうやらヴィヴィオは彼に乗ってやってきたようだ。背中の毛が少しほつれていた。
「ねぇねぇ、遊んでー」
「なのはとフェイトは?」
「なのはママとフェイトママはがいしゅつちゅうだって。だからカズマと遊ぶの」
 ……もちろんヴィヴィオは二人の実の娘ではない。
 ヴィヴィオは訳あって六課で保護していた子供らしく、なのはは保護責任者、フェイトは後見人らしい。
 ちなみにJS事件後になのはが正式に引き取ることが決まったそうだ。19歳で五歳児の母、なかなかにシュールである。
「じ、じゃあ外に行くか」
「うん!」
 どうでもいいが、俺は子どもと女性は苦手である。何を考えているかさっぱり分からないし、接し方が分からないからだ。だから本当は嫌なのだが、ヴィヴィオの笑顔を見ていると嫌とはとてもじゃないが言えなかった。
 仕方なく彼女の手を取って、部屋を出た。

――後に、これがはやての策略だったことを知る。



     ・・・



「くふふふ、上手くいったな」
 流石はヴィヴィオ。普段は良い子なのだが本当は寂しがり屋であることを活かして「カズマ君と遊んだら?」と提案したら食い付いていった。あのカズマ君の対応は本当に面白かった。
「おっと、仕事仕事」
 机に積まれた大量の書類から必要なものを引っ張り出す。
 重要な資料は大抵紙になるため、かさばって大変なことになっていた。
 そんな時に、唐突な通信が入った。
『はやてちゃ……部隊長! 報告があります!』
 通信の主はなのはちゃんだった。本局に用事があって出向いていたのだ。
 しかしこの反応、ただ事ではない。
「なのはちゃん、今は誰もおらんから堅苦しい言い方はなしや。――で、何があったん?」
『あ、うん。実は本局に情報が入って、さっき会ったクロノ君に教えてもらったんだけど……』
 クロノ君とはフェイトちゃんの義兄のことだ。管理局では本局勤めで、次元航行艦を一隻預かる提督の立場にある。私達の中では一番の出世頭だ。
 そのため情報が届くのが早い。
『スカリエッティが、ジェイル・スカリエッティが脱走したの!』
「なんやて!?」
 これが、物語の始まりだった。



     ・・・



 結局俺は、ヴィヴィオに付き合わされ、一緒に遊ぶことになった。今は外でボール遊びをやらされている。
 ……別に嫌とまでは思わない。むしろ普段なら苦手でも自分から言うような性格だ。ヴィヴィオに付き合ったのも初めてではない。
 ただ今は、そっとしてほしかった。
「ねぇねぇ、カズマはどうしてお部屋にいたの?」
 唐突なヴィヴィオの発言。考え事をしていた俺は、すぐには反応出来なかった。
 考え事をしていた自分がらしくないな、と思う。そして同時に本当にそうか? とも思う。
 かつての自分について、あれから断片的に思い出すようになったことで起こる違和感だった。
 蘇るのは自分がどんな人間だったかといった、記憶とも呼べないくらいの欠片。しかし今は数少ない手掛かりだった。
「ねぇねぇー」
「ああ、わかったわかった。これからはちゃんと遊んでやるから」
 自分でも下手くそな誤魔化し方だなと思いながらボールを投げる。しかし嬉しそうに笑うヴィヴィオを見て、少しだけ罪悪感が沸き上がった。
「カズマぁー」
「今度はなん――」

――ドクン。

 来た。奴等だ。
(くそっ、こんなときに!)
 あいつらが何故ここにいるかは知らない。自分はアンデッドとバトルファイトについての知識は蘇ったが、それに付随する記憶がないのだ。
 だがそんなことはいい。今は六課から離れなければ。このままでは巻き込んでしまう。
「ヴィヴィオ、ちょっと用事が出来た。ちゃんと帰って良い子してるんだぞ」
「えぇー! そんなー!」
「後で遊んでやるから」
「……うん、やくそくだから」
 基本的に素直で良い子だったのが功を奏した。
 少女にボールを預け、背中を押す。俺はここから離れるべく行動を開始した。



     ・・・



「ドクター」
 ここは第9無人世界軌道上の留置所。最果ての監獄とも言うべき場所だ。
 今ここは、正しく地獄と化していた。
「何だね?」
 勇ましく整った相貌と体のラインが艶かしく浮き出る紫のフィットスーツというアンバランスな外見をした女性の問いかけに男が答える。
 伸び放題になった薄い紫色の髪と無精髭、傷んだ囚人服、うっすらと浮かび上がった笑み。
 男の特徴は、そんなものだった。
「まもなく定期便の次元航行挺です」
「ああ、分かっているよトーレ。ウーノ、クアットロ。首尾はどうかね?」
「問題ありません」
 深紫の波打つ美しい髪と妙齢の美貌を持つウーノと呼ばれた女性と、
「問題ありませんわ、ドクター」
 短くかつ左右に茶髪と醜く歪んだ瞳を隠す丸眼鏡が特徴のクアットロと呼ばれた女性が男の質問に答えた。
 そして四人は程無くして次元航行挺に辿り着く。
「ドクター、少々お待ちを」
 トーレと呼ばれていた女性は両腕と両脚に紫のエネルギー翼を発生させ、船に飛び込んでいった。
「まさか脱走することになるとはねぇ……」
 男は誰にも聞こえないように呟きながら虚ろな濁った瞳で周りを見渡す。追ってくるものはいなかった。
「さて、そろそろか」
 男と女二人の三人が船に踏み込む。それなりに大きな船体で、大量の荷物を積むスペースが用意されている。
「なるほど、これなら食糧もしばらくは大丈夫そうだ」
 彼らが乗った途端、扉が閉まり、船が動き出す。船は魔法陣を通って全く別の場所に飛ばされていく。
 中では男が積み荷の物色を行っていた。
 そして一つの荷物を見つける。
 厳重な封印が施されているらしく、その何かが入った荷物、小振りのコンテナは水色の四角錐型拘束術式、クリスタルケージに閉じ込められている。
「ウーノ」
「どうしましたか、ドクター?」
 ウーノがすぐに飛んできて整った顔に僅かな笑みを浮かべる。
 男はそれに気付かない。
「これを解除してはくれないか」
「え……あ、はい」
 一瞬だけ表情に影が差したのも刹那、ウーノはすぐに表情を引き締めてクリスタルケージに向き合った。
 彼女の胸辺りの高さ、その虚空に突如キーボードが出現する。それを彼女が目にも止まらぬ速さで叩き始めた。
「……ドクター、解除終わりました」
 ものの数十秒で水色の四角錐は消え失せた。
「ありがとう、ウーノ」
 彼の礼にうっすらと、本当にうっすらとウーノは頬を染めた。
 そんなことは露知らず、男は緩慢な動作でコンテナを乱暴にこじ開けた。
 だが中身を見た瞬間、虚ろだった彼の目に炎が灯った。
「これは、何だ……?」
 彼がコンテナから何かを取り出す。
 それは金色の装飾と緑色の塗装が施された、金属の塊としか言えないものだった。しいて言うなら、大きすぎるベルトのバックルだろうか。それも無理のある表現だが。
 上の部分にはスライドする機構らしきモールドが、裏には小型の引き出しのようなものが見てとれる。
「ふむ……デバイスの一種か? 分類するならストレージか?」
 ベタベタとそれに触れながらコンテナに入っている残りのものを取り出す。
 入っていたものはカード。
 右端にクローバーの刻印と数字が穿たれており、動植物の絵が貼られている。
 だがその絵は安っぽく、躍動感や生気がまるで感じられないもので、市販品を思わせるものだった。
「これは、面白そうだ……」
その様子は、まるで新しい玩具を与えられた子供のよう。
「ドクター?」
 狂喜に塗れた笑みを浮かべる男に心配そうに問いかけるウーノ。

 ここに、『無限の欲望』ジェイル・スカリエッティは再生した。



     ・・・



「はぁ、はぁ、はぁ」
 息を切らしながら森に逃げ込む。アンデッドからではない。人の目からだ。
 『Spade 4』ボアアンデッド。今回封印したアンデッドだ。封印は大したことなかった。
 だが人前で変身しなければならなかったのは厳しかった。人々から来る畏怖の視線、それらが突き刺さり、体を蝕んだのだ。
(もう、六課には戻りたくないな……)
 何故こうも戦おうとするのか、その理由も分からない。何故自分を蔑む人間を守ろうとするのか。
 六課に戻れば、また自分は人の視線に晒されるのだ。知り合いにそんな目で見られるなど、耐えられない。
 その時、足音が聞こえた。
(――っ!)
 変身は解いている。しかし会いたくはなかった。だが相手は思っていた以上に速かった。
「カズマさん! 探しましたよ!」
 相手は、エリオだった。
「何で、エリオが……?」
「何でって、心配していたからですよ! ヴィヴィオに聞いたらこっちの方に行ったって言うし……」
 心配、していたというのか。この化け物を。
 彼は自分の正体を知らない。それでも、短気でタイミングの悪い、不器用な自分を心配してくれるというのか。嫌われることが当たり前のような自分を。
 単純かもしれない。それでも人を、もう少し信じてみてもいいかもしれない。心優しいエリオを見ていると、そう思えた。いや思いたかった。
「ありがとな」
「さ、一緒に帰りましょう!」
 だから俺はエリオと手を繋ぎ、六課へと帰ることにした。人を、信じるために。



     ・・・



 ついに復活した『無限の欲望』ジェイル・スカリエッティを追う六課メンバー。しかし調査は難航し、思うようにいかない。
 一方のカズマは、独自にアンデッドの封印を続ける。そこでカズマは――

   次回『追跡』

   Revive Brave Heart

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最終更新:2009年06月28日 16:29