第97管理外世界、海鳴市、海鳴神社―――11:29 a.m.
境内から少しばかり離れた箇所に、一本の大木があった。
この神社に古くから存在する、所謂御神木という奴だ。
その根元には、微笑みを浮かべながら空を見上げる少年が一人――ダグバだ。

ダグバは空を見上げながら、物思いに耽っていた。
考える事は、山ほどある。
最優先事項は勿論クウガの事。
最強の宿敵にして、現在のダグバが存在する唯一の理由である戦士。
彼としても、いち早くクウガと戦いたいというのが確かな本音である。
されど、そうは行かない。理由は簡単。
自分はまだ、戦士としての究極の姿には変身出来ないのだ。
究極の闇である戦士クウガと戦うのであれば、こちらも最大限の礼儀を尽くす必要がある。
故に、力を発揮するために必要な要素であるバックルを集める為に、“手駒”を用意した。

不意に視線を逸らした。
離れた場所へと視線を向け、地面に横たわった黒い物体を視界に捉える。
その正体は、ダグバが最も良く理解している。
ただの燃え粕。物質を燃やした際、最後に残るちっぽけな残り粕。
それが、目の前に転がる黒い物質の正体。

ダグバには、特殊な能力が存在する。
他のどのグロンギも持たない、自分だけに許された能力。
されど、それを実行するのは、彼にとってあまりに簡単。
言うなれば、まるで息を吸って吐きだすのと同様に、当たり前な感覚。
それ程までに簡単に為せる、彼の能力――超自然発火能力。
対象の分子構造を操作し、プラズマ化させる事で燃やし尽くす、極めて凶悪な能力だ。
それを、昨日自分が殺害した相手に使用した。
理由は簡単。目の前の死体が邪魔だったから。
故に彼女は焼き尽くされ、原型すら解らない程の消し炭にされてしまったのだ。

だが、それに関してダグバが思う事等何もない。
すぐにザザルだったものから目を逸らし、再び青空に視線を向けた。
ザザルを燃やす直前、自分はグロンギの女戦士に命令を下した。
内容は、自分の元へバックルの破片を持って来る事。
下級グロンギであるジャーザを生かすも殺すも、ダグバの自由だ。
だから今回は、暫く生き延びさせてやる代わりに、バックルの奪還を命じた。
そもそもダグバには、ルールという名の縛りが存在しない。
故に何をしても許される。ダグバの力の前にはあらゆる縛りが無効化されるのだ。

「多分……持って来ないだろうな」

くすりと笑う。
恐らくジャーザが、ベルトを持ってくる事は無い。
最早ゲゲルは無意味だと、ジャーザには告げたのだ。
王であるダグバに、ゲゲルの必要が無いと言われた以上、ジャーザに生きている意味は無い。
故に、命令に従った所で、最終的に殺される事は簡単に想像が付くだろう。だからこそ、素直に従うとは思えない。
殺されるくらいならば、このまま逃げてしまう方が幾らか賢明な判断と言えるだろう。
逃げるなら逃げるで、わざわざ追いかけて始末してやる気は無い。そもそも興味が無いのだから。
だが、ジャーザもまた戦士の一人。ゴまで勝ち抜いた、立派なグロンギの戦士なのだ。
故に、このまま逃げてしまうとは考えにくい。

かつてダグバのベルトの破片をその身に取り込み、王に反旗を翻した一人の戦士が居た。
――否、戦士と言うのもおこがましい。ダグバにとって奴は、ただの雑兵に過ぎなかったのだが。
力を持たない男が、ある日突然過ぎた力を手にし、自分は最強の存在になったのだと勘違いする。
結果として、男は力を取り戻す前の不完全な状態のダグバによって一瞬の内にその命を刈り取られた。
だが、それはあくまで欠片一つ分の進化の場合だ。
今回の場合、ジャーザが欠片をいくつ保有しているのかは解らない。
或いは、リミッターの掛った自分を楽しませるくらいにはなってくれるかも知れない。
その上でジャーザをくびり殺す事も、クウガと戦う前の余興くらいにはなるかも知れない。

仮にジャーザが来なかったとしても、さしたる問題はでは無い。
ダグバのベルトを集めている者が居ると言う事は、ダグバの力を求めているという事。
いずれ自分の目の前に現れるであろう事は予想がつく。
そうでなかったとしても、幾らでもやりようはある。

「さて、と……」

ふら、と立ち上がった。
ダグバの異常なまでに発達した感覚が、一人の戦士の気配を捉えた。
会いに行こうかな、と一言。ダグバはふらりと移動を開始した。

その時、木にもたれ掛る白い少年の姿を目撃した人物は数人居た。
されど、少年が居なくなる瞬間を目撃した者は居ない。
皆が皆、口を揃えてこう言った――“少年が、消えた”と。
当然の事だ。例え人間の姿をして居たとしても、ダグバの動きを正確に捉えられる視聴覚の持ち主など存在する訳が無い。
故に、一般の人間から見た少年の姿は、あたかも“消えた”かのように見えたのだ。


EPISODE.16 岐路


グロンギの仮初の集会場となった、時の庭園。
そのとある一室。少しばかり広い空間に、三人の女が居た。
一人は黒装束の魔女。一人は黒いスーツを着た戦士。一人は猫の耳を帽子で隠した使い魔。
プレシアとジャーザが相対し、その背後でリニスがそれを見守っていた。
かつん、と杖を鳴らし、プレシアが一歩詰め寄った。

「私に会いたいと言うからには、勿論バックルの破片は見つけたのかしら?」
「……ええ、見つけたわ」

淡々と答える。が、様子が可笑しい。
バックルを見つけたのなら、すぐに自分に渡せばいい筈だ。
かつてバルバが所持していた指輪や、ゲゲル進行にとって重要なアイテムをこちらが持っている以上、
プレシアに逆らえばすぐにゲゲルの権利が剥奪される事など予想が付く。
故に、グロンギはこれまでプレシアに従って来たのだ。今更反旗を翻すなど、考え難い。

「……その前に、一緒に居たザザルはどうしたの」
「彼女ならダグバにくびり殺されたわ」
「そう、ダグバに……それで、貴女はおめおめと逃げ帰って来たのかしら?」

聞かされた解答は、ダグバの復活とザザルの死。
イレギュラーであるクウガ、若しくはダグバの介入というパターン。
ある程度の想像はしていたが為に、それ程驚きもしない。

「いいえ、質問をしに来たのよ。」
「くだらない質問に答えるつもりは無いのだけれど」
「くだらないとは言わせないわ。貴女は以前、自分がもう一度ゲゲルを執り行うと言ったわ。
 だけど真逆、ダグバはこう言った……“もうゲゲルの必要は無い”と」
「……何ですって」

これには流石に驚きを隠せずには居られなかった。
表情を曇らせ、眼前のジャーザを突き刺すように睨む。
対するジャーザは一言。「言いたい事は解るわね」と、微笑んだ。

「……王がゲゲルを不必要と判断した時点で、私達に貴女に従うメリットは無い」

プレシアの目の前で、ジャーザの姿が変質して行く。
漆黒と灰の外骨格に身を包む。丸みを帯びた頭部の鎧に、鋭角的な印象のフェイス。
両肩からは突起がせり出し、その身体がより強固な物に変わっていく。
腰に取りつけていた装飾品の一つをむしり取る。それはすぐに巨大な剣へと変わった。
未確認生命体第44号――またの名を、サメ種怪人、ゴ・ジャーザ・ギ剛力体。
変身したジャーザは、その剣をプレシアの喉元へと突き付けた。

「ダグバのバックルを寄越しなさい」
「お断りよ」

プレシアは眼を閉じたまま、吐き捨てる様に言った。
プレシアの言葉に、プレシアの態度に、恐れと取れる感情は一切見受けられない。
確かに目の前の脅威は、まともに戦えばどうにも対処出来ない相手であろう。
されど、プレシアは馬鹿では無い。
グロンギによる反乱など、当の昔に考えていた小さな問題の一つに過ぎない。
寧ろここまで誰も反乱する事無く従って来た事が奇跡と言えよう。

「そう、残念ね。なら、貴女を殺してバックルを貰うしかないわ」
「出来るものなら、やってみなさい」

ジャーザが、手に握る大剣に力を込める。
プレシアの喉に、剣の切っ先が一気に食い込――

「ぐぅ……あっ……うあぁぁ……!」

――む事は無かった。
突如として、ジャーザの身体に異変が起こったのだ。
剣を持っていたジャーザの右腕。その付け根に、激痛が走る。
見れば、腕の内部から、一つの“点”が、赤く燃えるように輝いていた。
手に握る剣を取り落とす。左手で右腕を押さえ、プレシアを睨みつける。

「随分と痛そうね、ジャーザ」
「プレ、シアッ……ビガラァッ!」

ふふ、と。サディスティックな笑みを浮かべる。
目の前で苦しむジャーザを見下ろしながら、プレシアは右手を軽く上げた。
頭の高さまで掲げた指。それをぱちんと鳴らし、小さく呟く。

「フォトンバースト」
「ガッ……ァァァァッ!!」

ジャーザの中で、何かが弾けた。
今度は、左腕。強靭な筋肉の内部に灯る、赤い小さな光。
激しい激痛に、右腕を押さえる事もままならず。
ジャーザの両腕は行き場を失い、もがき苦しむように宙を引っかく。

「ビガラァ……! パダギン・バサザビ・バビゾギダッ!?」
「ふふ……“私の身体に何をした”、ですって?」

激痛の所為か、最早日本語で話す事すら忘れていた。
だが、その意味は解る。プレシアが言った通りの意味だ。
プレシアは面白いものでも見るように、ジャーザを見下しながら告げた。

「私が何の策も労せずに化け物のあなた達を蘇らせるとでも思ったの?
 だとしたら本当におめでたい頭をしているわ。そんなだから、クウガにも人間にも負けるのよ」
「……ァァァァァァッ!!」

嘲笑う。
グロンギはやはり、人間を見くびり過ぎだ。
確かに最強戦士の集団であるゴは、頭が切れる者も多いのは事実。
されど、やはり身体能力的に劣るリントを馬鹿にしている節は否めない。
そもそも、グロンギの怪人達には、リントにさえ注意を払っていれば、クウガにも勝てたであろう者が数人居る。
ザザルやバベルがそのいい例だ。力に慢心するから、穴を突かれてしまう。
それがグロンギの弱点の最たるものだと言っても過言ではない。

「いいわ、冥土の土産に教えてあげる……あなた達化け物は生き返った訳じゃない。
 あなた達は、クウガに倒されたオリジナルの記憶を引き継いだクローン――言わば、偽物」
「何……だと……!?」
「私にはフェイトっていう娘が居るの……と言っても、とんだ失敗作なんだけどね」

そう告げ、背後に視線を向ける。
プレシアの背後で、リニスが表情を曇らせていた。
悔しいような、悲しいような。プレシアへの不満に表情を歪ませているのだ。
フェイトを気にかけていたリニスならば当然だと、プレシアも納得している。
だが、今はリニスなど関係無い。故に目の前の哀れな失敗作に説明してやる事を優先。

「プロジェクトFという技術で造られた失敗作の娘――形ばかりアリシアに似た、模造品。
 今の貴女と同じように、自分の事を本物だと思い込んでいた哀れな人形……」
「私が……偽物、だとッ!」
「そうよ。あなた達のオリジナルは既にクウガに倒されて死んでいる。その際に四散した霊石の欠片を集めて――
 とある世界の生体工学技術とプロジェクトFとを併せて、私が新たに別個の個体として生み出したのがあなた達」

プロジェクトFと、未知の世界の技術。
それらを使って生み出したクローン体。それが、現在プレシアの元に居るグロンギの正体。
流石に自分が偽物だと告げられたショックは大きいのだろう。
ジャーザは何も言わずにただもがき苦しむしか出来ないで居た。

「安心しなさい。体組織も、神経細胞も、記憶も、霊石も、全てオリジナルと同様よ。
 だから、自分を本物だと思っていたいのであれば、別にそれはそれで問題は無いと思うわ。私は認めないけどね」
「なら……この、痛みは……ッ!?」
「あぁ、貴女は知らないのね……神経断裂弾の事。
 当然よね、あれは貴女が死んだ後に実戦配備されたものだもの」
「何、だ……それはァ……ッ!」

神経断裂弾。
かつて“クウガの世界”で、未確認事件の終盤から警視庁により配備された兵装の事だ。
グロンギ及びクウガの体内の神経組織は、腹部の霊石を中心に全身に及び、その全てが繋がっている。
クウガの攻撃によって封印エネルギーを叩きこまれたグロンギが爆発してしまうのは、
エネルギーがグロンギの全身の神経を伝って、攻撃された箇所から腹部に仕込まれた爆弾へと届く事が原因とされている。
それと同原理で、警視庁が開発した神経断裂弾は、グロンギの体内に撃ち込まれれば、その箇所で炸裂。
体内の神経を伝わって、体組織を破壊して行く。結果、グロンギを死に至らしめるのだ。

「それと同じ仕組で造られた魔力弾を、あなた達の身体には複数埋め込んでいるわ。
 当然、もしもあなた達が私に逆らうような事があれば、私は迷わずそれを炸裂させる」
「私を……どうする、つもりだ」
「貴女はダグバと接触した事で、余計な考えを持つようになってしまった。
 ましてや、ここまで機密事項を聞いてしまった貴女を、私が生かしておくとでも思った?」
「キ……サ、マァ……ッ!」

プロジェクトFの話。体内に埋め込まれた神経断裂弾の話。
それらの機密事項を聞いた時点で、ジャーザに未来などあり得なかった。
故に、プレシアからその話を聞いた時点で、事実上の死刑宣告と言える。
そして何よりもこのままジャーザを生かしておけば、計画にとって邪魔ものになるのは火を見るよりも明らかだ。
ましてや今ここでプレシアを殺害し、バックルを強奪しよう等と考えた愚か者を生かしておく義理も無い。
もう話す事は何も無い。プレシアは、ジャーザに背を向けた。

しかし、このまま終わるジャーザでは無い。
部屋を後にしようとするプレシアの背後で、ジャーザは最後の力を振り絞って、剣を拾い上げた。
咆哮と共に、大地を蹴る。背後から一撃でも、とジャーザは剣を振り上げた。

「リニス、この部屋の結界は?」
「問題ありません。正常に稼働します」
「そう、なら問題は無いわ」

しかし、プレシアはまるで意に介さない。
背を向けたまま、見えない障壁をジャーザと自分の間に展開させる。
障壁に激突して弾かれたジャーザの腹部が、赤く光輝いた。
腹部――霊石の周囲に無数に埋め込まれた魔力弾。
それらが一斉に、プレシアの合図で炸裂。
一人の女戦士を残して、プレシア達は広間から退室。
そのままドアは閉め切られ、密室となった。


時の庭園内部で、大きな爆発音が響いた。
しかし、プレシアはまるでそんなもの聞こえないとばかりに無視。
黙って廊下を歩き続ける。背後を歩くリニスも、何度か後ろを振り向きながらも、プレシアに追随する。
流石に今回ばかりは、リニスと言えどジャーザの肩を持つ事は出来ない。
彼女が見届けた結果は、ジャーザがプレシアを殺そうとして、逆にカウンターによって死亡してしまうという結果。
プレシアも酷いとは思うが、ジャーザもプレシアにそうさせるだけの事をしたのだ。

「プレシア……ジャーザの霊石の回収は――」
「必要無いわ。ダグバが復活した以上、既存のグロンギの霊石なんか大した役には立たないでしょう」
「じゃあ、ジャラジやバダー達の処分は……?」
「それも必要無い。彼らにはまだやって貰う事があるから」

残ったグロンギには、まだ使用価値がある。
だから殺さない。利用できるものは、極限まで利用するつもりだ。
予想通りとは言え、やはり冷徹極まりない答えだ。
リニスは深いため息を落とした。

「でも、プレシア……ダグバが復活したなら、これからどうするんですか?」
「そうね、ダグバがゲゲルを求めていないとなると、計画の見直しが必要かも知れないわ」
「えっと……プレシアは元々、ゲゲルを達成させる事でダグバに近づこうとしていた……
 でも、そのダグバ本人がゲゲルを不要だって言ったなら、ゲゲルは無駄な殺戮でしか無い、って事ですか?」

リニスなりの考察だ。
ダグバのバックルの破片を集めて、ゲゲルを進行させる。
かつてクウガの世界で為された事を全く同じ行動をなぞる事で、ザギバスゲゲルに進む。
そうする事で、死者すらも蘇らせるというダグバの力を利用するのが目的。
今までの話を纏めるとそんな所だろう。だが、今一つ核心には至らない。
仮にプレシアがゲゲルを進める事自体が、ダグバにアリシアを復活させる交換条件だとする。
しかし、リニスにはグロンギが口約束を守るとは到底思えないし、プレシアがそんな不確かな計画を立てるとも思えない。
ならば、どうすればプレシアの目的は成就されるというのだろうか。
頭を抱えて考えるリニスに、プレシアは「そうとも限らないわ」と答えた。

「……ゲゲルは続けるつもりよ。例え計画の一つが失敗しても、最終的にアリシアが蘇ればそれでいいの。
 だから、二重三重のセーフティーネットは張り巡らせて居るし、まだ大きな問題とは言えないわ」
「で、でも……ゲゲルをしたって、ダグバの力そのものがプレシアの物になるわけじゃないじゃないですか!
 それなら、ゲゲルの勝利者を一人決めた所で、意味があるとは思えません……!」
「貴女もしつこいわね、リニス……私は意味の無い事はしない。
 余計な詮索はやめろと何度言えば解るのかしら……?」

きっ、と睨まれる。
今回はいつにも増して、語調が強く感じられた。
鋭い言葉と眼光に突き刺されたリニスには、最早何も言えはしない。
しゅんと頭を下げ、ごめんなさいと一言告げ、プレシアの背後を歩く。
計画の見直し。二重三重のセーフティーネット。
その言葉が意味するのは、仮にゲゲルが失敗したとしても、プレシアの計画は破綻しないという事か。
ダグバが蘇った現状、計画は岐路に差し掛かったと言って過言ではないだろう。
次にプレシアがどんな行動を起こすのか。
もしかしたらゲゲルよりも悪質な命令を要求されるのではないか。
何しろ、鬼のように人(使い魔)使いの荒いマスターなのだ。
果たして、リニスの不安が解消される日は来るのであろうか。


第97管理外世界、海鳴市、ハラオウン邸マンション―――03:40 p.m.
その日、フェイト・T・ハラオウンはいつも通り、学校からの帰宅途中だった。
魔道師として収集される事も無く。誰かが誰かと喧嘩する等と言うイベントが起こる事も無く。
いつも通りの平和な日常。
されど、そんないつも通りをぶち壊す出来事が発生した。
フェイトは基本的に、学校まではバス通学だ。
友達と一緒にバスに乗って学校に行く姿は、凡そ平凡な小学生にしか見えまい。
バスの中ではすずかやなのは達と一緒だ。それ故に、一人ぼっちになる事は無い。

問題は、バスを降りてから。
なのはと一緒にバスを降りる。そこまでは一緒だが、暫く歩けばなのはとは別れる。
なのはは自宅へ、フェイトは自宅マンションへと帰らなければいけないから。
二人とも違う家庭の娘なのだから、それは当然の事と言える。

故にフェイトは現在一人で、マンションの廊下内を歩いていた。
だが、今日は何かが可笑しい。気味の悪い感覚が、フェイトに付きまとっていた。
それはフェイト自身も気付いていた事で、学校を出てからずっと不自然に感じていた。
周囲に気を払いながら、マンションのエレベーターを降りる。
それから自宅の部屋番へと向かう最中の出来事だった。
背後に感じた気配に、咄嗟に振り向く。
先程フェイトが曲がった角に、何者かが隠れる影が見えた。

「そこに居るのは、誰……?」

問いかける。
返答を待つ為に、数秒の沈黙が流れる。
が、結果として返答は無し。言葉はおろか、物音すらも返っては来なかった。
痺れを切らしたフェイトは、僅かな苛立ちを覚えながらも何者かが隠れた角へと向かった。
そして、角を曲がり、確認するが――誰も居ない。

「誰もいない……?」

可笑しい。そんな筈は無い。
確かに先程まで、ここに誰かが居た筈なのだ。
言い様の無い不安感と、気味の悪さがフェイトの背筋をなぞる。
鳥肌が立つのを感じた。噂に聞く、ストーカーという奴だろうか?
されど、これ以上誰も居ない廊下につっ立って居ても意味は無い。
諦めて元の帰路に付こうと、振り返った刹那――気配を感じた。
今度は、フェイトが今曲がったばかりの角の向こうで。
すぐに駆け出す。再び角を曲がり、確認するが――やはり誰も居ない。

「可笑しい……さっきまで、確かに……」

呟きながら、フェイトは周囲を見回した。
不信感を募らせながら、一歩後退。
聴覚や、視覚。全身の感覚を総動員して、周囲を警戒しながら。
フェイトの背後に、何者かの身体がぶつかった。
振りかえれば、そこに居るのは一人の男。
紫色の唇が特徴的で、爪を噛みながらこちらを見下ろしていた。
不気味な雰囲気だ。直感的に、フェイトはこの男とは関わってはいけないと感じた。

「クウガの仲間のリント……まずは、一人目」

男が無表情のまま、ぼそりと呟いた一言。
それだけで、フェイトにはこの男の正体がほぼ理解出来た。
クウガという単語を知っている者は、ごく少数に限られているからだ。
咄嗟にポケットから待機状態のバルディッシュを取り出す。
フェイトが金の光に包まれると同時。男の身体が黒く、硬質な肉体へと変質して行く。
お互いがアクションを起こし、相対するまでに掛った時間は、ほんの一瞬。
バリアジャケットを展開し終えた頃には、目の前の男は怪人になっていた。
咄嗟の判断力。お陰で、怪人だけに変身されるというディスアドバンテージを軽減する事が出来た。

「お前、未確認か……ッ!」

ライトニングフォーム。レオタード状のジャケットに、ピンクのスカート。
背中に装備された漆黒のマントを翻し、愛機である戦斧を構える。
高機動戦を得意とする、フェイトの戦闘形態。
対する怪人は、フェイトの知るヤマアラシと言う動物に酷似していた。
漆黒の体躯の所々に施された、針のような装飾品。頭部から延びる無数の白い髪の毛針。
不気味な雰囲気の正体は、未確認の物。
目の前の未確認は、有無を言わさずに身体に身に付けた装飾品を取り外した。
細い針だ。それを、自分に向かって投げ飛ばす。
動きは速い。並みの反射神経の子どもならば、この針に刺されて居た所だろう。
だが、フェイトは違う。

「ハッ……!」

息を吐き出す。漆黒の戦斧を振るう。
打ち出された針は、バルディッシュによって弾かれ、落下した。
これには流石の未確認も少し驚いたらしく、もう一度針を構える。
今度は無数に。バルディッシュで捌き切れる数を超えた数だ。
そんな時はどうすればいい。フェイトの中で、対処法が練られるのは、ほんの一瞬。

翳した手の先で、半透明のバリアが展開された。
フェイトの持てる最も初歩的な防御魔法、ディフェンサー。
本来ならばそれほど防御力に優れた訳ではないこの魔法でも、数本の針を防ぐのには十分。
全ての針を叩き落して、フェイトは眼前を睨む――が。

「待て……ッ!」

目の前に、既に未確認は居ない。
気付けば未確認は、マンションの廊下から外に向かって飛び出していた。
未確認はそのまま重力に引かれて落下する。
このまま逃がしてなるものか。すぐにフェイトもマンションの廊下から飛び降りた。
空中を飛行しながら未確認を追尾すれば、十分追いつける筈だ。
そう考えての行動であったのだが――

未確認がアスファルトへと落下してすぐの事。
眼下の未確認は近くの建造物の裏手へと走って逃げた。
逃がすまいと、速度を付ける。未確認が曲がった角を、フェイトも曲がる。
されど、そこに未確認の姿は無かった。

「逃げられた……ッ!」

赤い瞳に映るのは、悔しさ。
歯を噛み締めながら、フェイトは一人ごちた。


ジャラジは一人、舌打ちしながら街角を歩いていた。
まさかクウガが一緒に居るリントを狙ったつもりが、いきなり魔道師に当たるとは思っても見なかったのだ。
実際の所、クウガ――つまり五代雄介と特に仲良くしているリントは、高確率で魔道師なのだが。
ジャラジは無駄な戦闘をするつもりは無かった。
以前のゲゲルだって、本来ならばクウガと戦うつもりなど毛頭無かったのだ。
戦闘をせずに、確実に狙える相手を狙って、ゲゲルを達成する。
それがジャラジの美学であり、最も有効な手段。勝つ為ならば方法は厭わない。
バベルや他のグロンギの様に、無駄に戦闘をして倒されてしまっては元も子も無いのだ。

ゲゲルのターゲットは、聖祥小学校の小学4年生女子。
狙うのは、小学生で、しかも女子。以前よりも確実に狙えるし、有利になったと言ってもいい。
彼にとっては、子供の女の子を殺害する事など微塵の罪悪感も無いのだ。
故に、クウガが最も苦しむ方法を取る。それが、彼にとっての復讐にもなるのだ。

「今度は、クウガの仲間を狙ってるんだね」
「――ッ!?」

不意に聞こえた声に、ジャラジは足を止めた。
声の主は誰だ、と。右方向から聞こえた声に、咄嗟に振り返る。
果たして、ジャラジはその正体をすぐに理解する事となった。

「……ダグバッ!」
「クウガの帰る場所を、奪うんだね」

微笑みを向ける少年は、白装束。
上から下まで、全身が白に塗り尽くされた少年。
額に描かれた“四本角のタトゥー”は、王の証。
最強にして最悪の王、ン・ダグバ・ゼバだ。

「いいよ……そしたら、クウガはもっと強くなるかも知れない」

されど、言っている意味が、ジャラジには理解出来ないで居た。
クウガがもっと強くなる? 何を言っているのだ。敵を強くする事に何の意味がある。
自分がゲゲルを達成して、王とのザギバスゲゲルに進んだとして、それにクウガは関係無い筈だ。
目的の為ならば手段を選ばないという、至って合理的な考え方をしているジャラジだからこそ。
王の言わんとする意味を理解出来ずに居たのだ。

「頑張ってね」

そう告げ、微笑んだ。
次の瞬間には、王は消えていた。
それこそ、隠密行動や機動力に自身があるジャラジですらも感知出来ない速度で。
目の前から、忽然と姿を消したのだ。物音一つ立てずに、痕跡すらも残さずに。
恐ろしいまでの身体能力。それを改めて目の当たりにする。
しかし、最も悔しいのは身体能力の差などではない。

(ダグバは、僕を見ていない……!)

そうだ。ようやく解った。
王は、ゴ・ジャラジ・ダという一人の戦士になど、まるで興味が無い。
王が見ているのは、リントの戦士クウガただ一人。
故に、自分のゲゲルはクウガを怒らせる為の手段に過ぎない。
内心で、憎しみが燃え上がる。憎悪の対象は、クウガ。
全てクウガが悪いのだ。クウガが現れたから、こんな思いをしなくてはならなくなった。
かつてクウガにゲゲルを邪魔された分の憎しみも相まって。
ジャラジの憎悪は、ピークに達しようとしていた。


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最終更新:2009年12月31日 05:50