場所は海鳴のとある葬儀場。時刻は12時を回った頃。
いつもなら学校に登校している筈の時間だ。
それなのに、なのは達はこの場所に参列していた。
昼間から葬儀場に居る理由は、只一つ。
なのはの知り合いの誰かが、死んでしまったからだ。
『……なのは、大丈夫?』
お経を聞きながら手を合わせていたなのはの頭に響いて来たのは、親友の声。
目にうっすらと浮かんだ涙を拭い、視線を横へと向ける。
いくつか席を挟んで、そこにフェイトは座っていた。
『うん……大丈夫だよ。ありがとう、フェイトちゃん』
念話で一言礼を告げた。
死んでしまったのは、なのはとはほんの少ししか関わりの無かった女の子。
されど、少しでも関わりを持った人間が死んでしまうのは、なのはを悲しませるには十分だった。
亡くなってしまった女の子の笑顔を思い出せば、なのはの瞳からは自然と涙が溢れる。
泣いているのはなのはだけでは無い。周囲の人間も皆、同じように涙を流していた。
死んでしまった人間は、二度と帰っては来ないのだ。
それを理解しているからこその、悲しみと涙。
『……でも、早く何とかしないと……このままじゃ、きっともっと犠牲者が出る……』
フェイトが念話で呟いた。
見れば、フェイトもまたなのはと同じように瞳に涙を浮かべていた。
されど、その表情は悲しみだけではなく、確かな怒りも感じさせるもの。
それも当然だ。何故なら、死んでしまった女の子は、病気や事故で死んだ訳ではない。
『昨日と今日で、亡くなった女の子は30人を超えてる……このままじゃ、明日からも……』
『ううん……そんな事、させない。させちゃいけないよ……』
『……わかってる……けど、姿を現さない未確認にどう対処すれば……』
そう。犯人は既に解りきっているのだ。
全ては未確認生命体が起こした殺人事件によるもの。
未確認生命体が、なのはと同じ学校の女の子を殺して回っているのだ。
それはなのはの心に、確かな怒りと憎しみを植え付けるには十分な理由だった。
『5日前……私があの時、未確認を取り逃がしていなければ……』
『ううん……悪いのはフェイトちゃんじゃないよ』
そうだ、悪いのはフェイトでは無く、未確認だ。
殺人ゲームと称し、輝ける未来を持った小さな子供の命すら刈り取る。
そんな事が許されて良い訳がない。
以前の地下街での大量虐殺事件もかなり悪質だと思ったが、今回はそれを上回る。
力の無い子供を狙って、それも姿を現さずにこそこそと殺して回っているのだ。
次が何処に現れるのかも解らない為に、対処の仕様も無い。
やがて、亡くなってしまった女の子の遺体を乗せた棺桶は、葬儀場から持ち出された。
棺桶はこのまま火葬場へと運ばれて行くのだ。
運び出す際に、棺桶の四隅をその手に持つのは、亡くなった女の子の家族。
皆が皆、その頬には涙を流して歩いていた。
(こんな事……もう絶対にさせちゃいけない……!)
なのはの拳に、自然と力が込められる。
悲しみを打ち抜くのがなのはの魔法。
ならば、これ以上の悲しみは生み出してはいけない。
相手が話して伝わらないなら、此方もそれ相応のやり方で戦うのみ。
思いと決意を胸に、なのははきっと眼前を見据えた。
EPISODE.17 憎悪
次元空間航行艦船アースラ、作戦会議室―――04:09 p.m.
五代雄介にとって、このアースラに直接赴く事になるのは久しぶりの事だった。
これと言って事件も発生しなかった為に、雄介がここに来る理由も無かったのだ。
されど、今回はそういう訳にはいかない。
また子供の命が奪われてしまった。
それも、殺されたのはなのは達の友達だと言う。
犯人は解りきっている。こんな事をする未確認は、アイツしか居ない。
こうしている間にも、奴は子供達を殺す為に動いているに違いない。
最早悠長な事を言っている場合ではないのだ。
「――五代さん?」
「あ……はい!」
気付けば、リンディに呼びかけられていた。
テーブルの下で震える拳を緩め、すぐに反応する。
現在は未確認生命体第42号への対策会議の真っただ中。
唯一未確認の情報を持っている自分がしっかりしなければならないのだ。
心配するように此方を見詰めるクロノに、雄介はサムズアップで「大丈夫」だと伝えた。
「それで、五代さん……42号の手口についてですが」
「42号は子供の頭に小さな針を撃ち込むんです。で、4日経ったら撃ち込まれた針は子供の頭の中で形を変えて……
カギ状になります。変化したカギ状の針に脳を傷つけられた子供は……」
「死んでしまう、という訳か」
言いにくそうな雄介に変わって、クロノが締めくくってくれた。
雄介は重い表情で「はい」と頷いた。
これは、元の世界で警視庁が公式に発表した42号の殺害方法。
事実として、フェイトも42号に針を撃ち込まれそうになったのだ。
フェイトが42号と出会ったのは、今から5日前になる。
そう考えれば、昨日と今日で一斉に小学生が死んでしまった事にも説明が付く。
故にこの見解は憶測では無いし、ほぼ間違いも無いだろう。
そうなれば、次の問題は対抗策だ。
「……それじゃ、誰が撃ち込まれたかまではわからないって事!?」
「それがアイツのやり方なんです。アイツは戦えない子供達を襲って、脅える姿を楽しんでる」
「そんな……!」
エイミィが声を震わせた。
説明する雄介の身体も、やはり震えていた。
もう怒りに捉われた戦いはしてはいけないと、あの時確かに誓ったのに。
それなのに、今の雄介の胸に満ちているのは、極限の怒りと悲しみ。
42号のやり方に、憤りを感じずにはいられない。
「……だから、これ以上殺させない為には、針を撃ち込まれる前に子供を助けないと」
「でも、誰に撃ち込まれるかなんてそれこそ42号にしか解らないんじゃ……」
エイミィが頭を抱えた。
対するリンディが、「そうでもないわ」と告げた。
手に持った資料は、これまでの被害者の名前を纏めた名簿。
「ここ二日間の被害者36人には、共通点があります」
「共通点……?」
「ええ……殺された女の子は全員、なのはさんと同じ聖祥小学校の4年生よ」
「なるほど。つまり、それが殺人ゲームのターゲットという事か」
今度も、クロノが話を纏めた。
42号が狙って殺しているのは、聖祥小学校の小学4年生女子。
以前も奴は緑川学院という名の中学校で、2年生の男子だけを狙って殺害していた。
そこから考えても、この推理は恐らく正解だ。
「だけど、聖祥小学校の4年生って言ったって沢山いるよ!」
「……確かに、武装局員を護衛に回そうにも、数が多すぎるな」
聖祥大学附属小学校と言えば、海鳴でも有数の私立小学校だ。
当然そこに子供を通わせたいと願う者は無数に居るし、小学4年生の数だけで300人近く在学している。
内、女子が200人居るとして、健康な女子生徒の数は凡そ170人。
自己防衛手段を持つなのは達を除いても、160人は越えている。
当然、アースラに配属された武装局員だけで足りる訳も無かった。
本局から局員を回して貰うのにも時間が掛るし、それでも160人は多すぎる。
「あのー……それなら、俺に考えがあるんです」
「考え……?」
雄介が小さく手を上げて言った。
「はやてちゃんの友達に、アリサちゃんって居るじゃないですか」
「ああ、居るが……それがどうかしたのか?」
「42号は多分、アリサちゃんを狙うと思うんですよね」
「それはどうして?」
雄介は、以前この世界で42号を目撃した時の事を話した。
45号が地下街で殺人を繰り返している時に、一度だけ42号が姿を現したのだ。
その際、42号は何らかの理由でアリサに迫っていた。
なのは達の連絡では、アリサがここ一週間でそれらしき人物に出会った形跡は無いとの事。
故に、恐らく今回も42号はアリサを狙う確率が高いだろう。
第一、執念深い42号の性格を考えれば、雄介に邪魔をされたまま引き下がるとも思えない。
それを説明した上で、42号への対策方法の一つは決定した。
◆
「――うん……うん、わかったよ。ありがとう」
一通りの説明を受けたなのはが、モニターの向こうのクロノに礼を言った。
今聞いた情報は、先程の会議で決定した、アリサを護衛するという内容。
雄介も後からこちらに合流するとの事なので、アリサの安全面については安心出来る。
なのはとしても、親友であるアリサの命が奪われるのだけは避けたい所だ。
だからと言って他の友達が死んでもいいのかと問われれば、勿論そんな訳は無い。
だけど、誰を狙うか解らない42号を追いかけまわしても恐らく無駄。
そんな事をしている間に、なのは達の手の届かない生徒を殺すに決まっている。
ならば、確実に狙うであろう生徒を護衛していた方が好都合と判断したのだ。
なのはの横で脅えるように俯くアリサを宥めるように、声を掛けた。
「大丈夫、アリサちゃん?」
「う、うん……それより、私が狙われるって……どういう事?」
「……未確認生命体第42号は、私達小学4年生の女の子を標的に殺人ゲームをしてるの
だから、前に一度襲われたアリサちゃんの所にもう一度現れる可能性が高い……ってこと」
アリサは絶句したように俯いていた。
目前に迫っているのは、死の恐怖。脅えない訳が無かった。
なのはは安心させるようにアリサを抱きしめた。
「大丈夫……どんな敵が来ても、私達が絶対に守り抜いてみせるから」
「なのは……」
「だから、私達も暫くはアリサちゃんの家にお泊りするよ。いいよね?」
アリサは、頷きで返した。
アースラの皆が考えてくれた対策とは、魔道師組でアリサの家に張り込む事。
二日連続で30人を超える死者が出たとあっては、学校側も黙っては居られない。
明日から暫くの間、学校ぐるみでの“自宅学習日”……つまり、休みが貰える。
その休みの間に、未確認と決着をつけなければならない。
そうだ、絶対に。絶対にアリサを殺させはしない。
何としても、アリサを殺される前に未確認を仕留める。
なのはは自分自身でも気付かなかった。
いつだって話し合いで解決しようとしていたなのはの胸の中に、
未確認生命体に対する、確かな“殺意”が芽生えていた事に。
理由も無く沢山の人の命を奪う未確認を、なのはは最早人間として見なしては居ない事に。
そう言ってしまえば辛辣に聞こえるが、その考え方に間違いは無い。
なのはが今まで見て来た未確認の姿は、まさしく化け物。
人の命を奪う化け物の事など、なのはで無くとも人間扱いする者は居ないだろう。
42号が命を奪う為に戦うなら、自分は命を守る為に戦う。
五代さんやフェイトちゃん、仲間たちと共に、その悲しみを撃ち抜いて見せる。
◆
――それから数日後、海鳴市。
ゴ・ジャラジ・ダは、一件の住居から退出した。
中に居るのは、自分の姿に脅える子供と、その家族。
自分がこの世界で殺した相手には皆、針を撃ち込む際に「4日後に死ぬ」と告げてある。
それは子供たちの間で噂として広まって行き、今ではジャラジを知らぬものなど居ない。
最後まで自分の姿に脅え続けて、絶望の中で死んでいく。
これ程の快感を、ジャラジは他に知らない。
「……ガギボグビ・ビロヂギギベ」
「最高に、気持ちいいね」。
そう呟いて、ジャラジはにやにやと笑った。
背筋から、まるで電流の様に快感による震えが走った。
先程の子供は、顔がぐしゃぐしゃになる程に涙を流して脅えていた。
許して下さい、助けて下さい。家族はそう何度も懇願する。
だが、どんなに懇願されようと、自分はその思いを踏み躙るまで。
先程針を撃ちこんだ子供は、4日後には死ぬだろう。
これでもうすぐ死亡者数は既定数である100に到達する。
前回のゲゲルでの殺害目標数は90であったが、それは標的が中学生男子であったから。
今度のゲゲルは、もっと力の弱い小学生女子。
故に殺害目標数も僅かに上昇しているのだ。
それにジャラジにとっても、脅える小学生を殺す事は以前にも増して快感を感じられる。
クウガとダグバに対する憎しみも込めて、その全てを小学生にぶつける。
そうする事で、憂さを晴らす。
あと少しでゲゲル達成だ。
後殺さなければならないのは、クウガと親しそうに笑い合うリント。
八神はやて。高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。月村すずか。アリサ・バニングス。
以上5名を、誰よりも非道な方法で殺してやりたい。
そうすればきっと、クウガは悲しみのどん底に落ちる事だろう。
だが、自分がクウガと戦うつもりは無い。
悲しんだクウガを、傍から見て笑う。
それだけで満足。それだけが目的。
されど、問題が一つある。
ジャラジはその針を相手に撃ち込む事でゲゲルを成し遂げる。
されど、先程挙げた5名は、プレシアと同じ魔道師。
事実、フェイトにも抵抗され撤退を余儀なくされてしまった。
勿論、魔道師如き戦えば自分が圧勝するのだろうが、それはジャラジの美学に反する。
戦わずして針を撃ち込み、自分に成す術も無いという事実を突き付ける。
そうして恐怖と絶望の闇の中で、発狂して死んでいく子供を見るのが、ジャラジにとっての快感なのだ。
戦闘になってしまえば、それはただ力任せに他者を殺すバベルやガドルと何も変わりはしない。
地下街で大量虐殺を行うバベルや、リントの戦士だけを狙って虐殺するガドルの戦いに美しさは無い。
自分は奴らの様な戦闘狂ではないし、無駄に戦って命を散らしたくも無い。
故に、出来れば戦う事無く一方的に殺したいのだ。
ならば、まずは力の無い者から襲うべきか。
アリサ・バニングスと、月村すずか。少なくともこの二人に、魔法を使うという情報は無い。
この二人が死んだらどうなるだろう。
まず、一緒に居る魔道師三人が悲しみ――それから、クウガも悲しむ。
何しろいつも一緒に居る親友なのだ。
きっと全員が全員、悲しみの淵に沈む事だろう。
それに、アリサと呼ばれる少女はダグバのバックルも保有している。
それもついでに奪わなければならないのだから、一石二鳥というものだろう。
確実にバックルを回収して、クウガの仲間を一人でも確実に殺す。
そうだ。何も全員殺すことは無い。
一人でも死ねばクウガは悲しむだろうし、生き残った者が居た方が悲しむ人間は多くなる。
クウガと魔道師三人にとって最大の苦しみは、自分の親友達が殺されてしまう事。
こうして、ジャラジの方針は決まった。
99人目は月村すずか。100人目はアリサ・バニングス。
この二人を殺して、ゲゲルを達成。
クウガ達が悲しむ姿は、ゲゲル達成後に高みから見下ろす。
まさに、完璧な構図だった。
◆
海鳴市、バニングス邸―――04:13 p.m.
バニングス邸の一室に、一同は集まっていた。
家主であるアリサと、その親友であるなのは、フェイト、すずか。
それから、少し離れた場所でアルフと雄介も待機している。
バニングス家程の豪邸になれば、全員が一緒に泊まれる程の大部屋はいくらでもある。
故に、この数日間、一同は食事も就寝も、皆一緒に行っていた。
ちなみにはやては守護騎士達の世話もあるしで、泊り込みまではしていない。
屋敷の周囲をエリアサーチ用のスフィアで監視し、いつでも動けるという厳重体制。
更には、なのはとフェイトの二人が付きっきりでアリサを護衛しているというのだから、憂いは無いと言っても過言ではない。
はやてははやてで自己防衛手段はあるし、いざとなれば心強い守護騎士が4人も付いている。
だからこそ、なのはとフェイトの二人だけがバニングス邸の護衛任務に抜擢された。
また、雄介から得た情報では、42号は自分から戦う事は絶対に無いと言う。
フェイトとの戦闘でも、すぐに逃げ出した事からそれは事実なのだろう。
これだけ護衛を固めれば、少なくともアリサは無事だし、未確認を捉える事も出来る。
ここ数日間で、アリサに目立った異変は無い。
アリサにはなのは、すずかにはフェイトが護衛に着き、片時も目を話す事は無かった。
もしかしたら、このまま何も起こらないまま終わるんじゃないか、等と考えた事もあった。
他の同級生が襲われていく傍らで、バニングス邸では平和な日々が続いていたのだ。
だが、そんな平和をぶち壊す出来事は唐突に起こる。
「きゃ……っ!?」
「どうしたの、すずか……!」
不意に、すずかが悲鳴を上げた。
サーチャーに反応があればすぐに知らせが来るはずだが、その動きは無い。
つまりはサーチャーには未だ何も引っかかってはいないという事になる。
が、それくらいならばよっぽど注意深く動けば不可能ではない。
最悪の可能性を考え、フェイトは待機形態のバルディッシュを構えた。
「今……そこに、人が……」
「でも、サーチャーには何の反応も……」
「いや、あの未確認ならあり得るよ」
震える指で窓ガラスの向こう側を指すすずか。
されど、そこには誰も居ない。何の人影も見えはしない。
なのははサーチャーには何の反応も無いと言うが、そんなものは当てには出来ない。
何故なら、フェイトは以前にもこの気味の悪さを体験したことがあるからだ。
それは約一週間前、学校の帰り道で42号に襲われた際と同じ不快感。
悪質なストーカーのようにこそこそと嗅ぎ回られた経験があるからこその判断。
フェイトはなのはに念話を送り、バリアジャケットの装着を促した。
「ひゃ……!?」
「アリサちゃん……?」
今度はアリサが、小さな悲鳴を上げた。
すずかとは真逆の方向を指さし、脅えるように震えているのだ。
アリサが指差す窓ガラスの向こうで、確かに何者かが蠢いていたのだと言う。
「あ、あいつ……間違い無い、あの時のあいつよ……!」
「やっぱり……フェイトちゃん!」
「うん……なのは!」
最早間違いない。
なのはとフェイト、二人の魔導師の視線が交差した。
なのはは眩い桃色に。
フェイトは輝く黄金に。
それぞれの魔力光が、二人の身体を包んだ。
一瞬でバリアジャケットの装着を完了し、それぞれのデバイスを構える。
白いドレスを身に纏い、同じく白き杖を構える少女・なのは。
マントを排除し、身を守る物は漆黒のスパッツだけとなった少女・フェイト。
感覚を研ぎ澄まして、周囲に注意を配る。
次に42号が現れたら、今度は逃がしてはならない。
何としても、ここで仕留めて見せる。
その思いを胸に、集中する二人。
そして。
「あ、あああそこに……っ!」
アリサが再び、脅えるように指をさした。
今度は、また別の方向の窓ガラス。
その向こうに、42号の影を見たのだと言う。
刹那、フェイトの姿は吹き抜ける疾風の音と共に、掻き消えた。
次の瞬間には、アリサが指を差した窓ガラスが叩き割られる。
ぱりぃん、と。耳を劈くような硝子の破砕音が全員の耳朶を打った。
「ハァァァッ!」
絶叫と共に、フェイトの身体はバニングス邸の庭へと落下する。
されど、一人で落下する訳ではない。
両手で構える漆黒の戦斧は、確かにヤマアラシの怪人を抑え込んでいた。
フェイトが発動した魔法のは、ソニックムーブ。
予めソニックフォームに変身していたのは、この一瞬の為だ。
この形態からならば、発動プロセスを無視して音速を越えるソニックムーブを繰り出す事が出来る。
両手足からは、高速移動の証である光の翼――ソニックセイルを展開させて。
誰よりも速く反応し、誰よりも速く駆け抜ける。
そしてフェイトは窓を突き破り、その手で42号を捕捉した。
そのまま一気に下方へと落下し、42号の身体を地面に叩き付ける。
「今度は逃がさない……絶対に!」
「チェーンバインド!」
フェイトが42号から離れた一瞬の隙を突いて、現れたのは光の鎖。
無数に伸びる光の鎖は、立ち上がったばかりの42号の身体に絡み付く。
鎖の先に居るのは、桃色のバリアジャケットに、黒いマントを装着した少女。
特徴的な犬の耳と尻尾を生やした、フェイトにとって大切な家族の一人――アルフだ。
飛び出したアルフが、今度こそ逃がすまいとチェーンバインドを放ったのだ。
42号の怪力に、鎖が引き千切られそうになる。
されど、ここで押し負ける訳にはいかない。
「悪いけど、今度は逃がす訳にはいかないんだよ!」
額から冷や汗を流しながらも、必死に堪える。
バインドを発動してから数秒しか経過していないと言うのに、既に鎖には罅が入っていた。
未確認生命体全員に共通して確認される、異常なまでの体力と怪力によるものだ。
されど、これでも42号の力は未確認の中では弱い方だと言うのだから、タチが悪い。
両手脚を完全に封鎖された42号は、バインドを解除しようと更に力を込める。
そして、ついに42号を拘束する鎖が弾けようとした、その瞬間。
「うぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
その場に居た全員の耳朶を叩いたのは、聞き覚えのある叫び声。
怒気が込められては居るが、誰よりも優しい男の声に変わりは無い。
遥か上方、バニングス邸のテラスから飛び降りたのは、蒼の戦士――クウガ・ドラゴンフォーム。
その手に持つは、邪悪を打ち倒す清流の力が込められた龍撃棍――ドラゴンロッド。
空中でドラゴンロッドを構えれば、その先端は凛とした鈴の音と共に突出。
着地と同時に、宝玉が納められたドラゴンロッドの先端が42号の顔面に叩き込まれた。
最終更新:2010年02月01日 01:39