相棒、アクロバッターが届けられるのをRXは朝から六課の宿舎内を歩き回り、落ち着かない様子で待っていた。
その日は六課の数少ない休日に合わせていたので人気は少なかった。普段は交代制で休んでいる誰かが思い思いの場所にいるのだが、今日ばかりは外出している人間が多い。

RXと顔馴染みの者も、何名かは出かけていくようだった。
乗馬服っぽいパンツとブーツの上から淡い色のミニワンピースを着たギンガが、バイクを押して視界に入り目の前で止まった。

「おはようございます!」
「おはよう。ギンガもバイクに乗ってたんだ」
「はい。試しに乗ってみたら、楽しくって……! 勿論RXさんみたいに上手くは走れませんけど」

照れくさそうに説明するギンガに、RXは謙遜して首を振る。
市販バイクしか乗ったことのない人間にそうした態度を見せるRXをアクロバッターが目にしていれば期限を悪くしただろうが、幸いアクロバッターの到着にはまだ時間があった。
ミッドチルダのバイクに関してはあまりよく知らないRXは、ギンガがスバルとティアナを待つ暫しの間、ミッドのバイク事情などについて少し話を聞いた。

「でも……こうしてRXさんとお話出来るなんて感激です」

幾つかの質問に答えた後、ギンガが言う。
以前助けたことを感謝されていることは知っていたRXだったが、戸惑いを隠せないまま返事を返す。

「そ、そうかい? 大げさだな~……」
「そんなことありません!! 私達にとっては恩人ですし……最近は他の世界の人からも羨ましがられてるんですよ」
「え?」

何のことか思いつかないらしいRXに、ギンガは若干はしゃいだ様子で説明する。

「他の管理世界もミッドチルダと大きくは変わらない状況ですから、マスクド・ライダーを独り占めしてるのはズルイって羨ましがる声もあるんです」

仮面のお陰で表情に変化が現れることはなかったが、RXは相槌を打つのも忘れて耳を傾けた。
自分の話に熱心に耳を傾けるRXに、ギンガは嬉しそうに説明する。

「他の世界にも同じようなヒーローが現れ始めたらしいんですけど、まだ上手くはいってないみたいです」
「他にもライダーがいるのか!?」
「は、はい……! 若い高ランク魔道士や、レアスキル保有者のようですけど、顔は隠れていて、本人は関与を否定していてまだ捕まった人はいないとか」

捲し立てるように言ったギンガは、参加しているマスクド・ライダークラブから得た情報を頭から引っ張り出す。
余談だが、ギンガがブラックとブルー、二人のライダーと撮った写真のデータを仲の良いメンバーに見せびらかしたかは不明である。

「例えば……『お前の罪を数えろ』」

突然声色を変えたギンガに、変身した姿でなければ目を白黒させたことだろう。幸運過ぎることにまだ一緒に出かける予定のスバルとティアナは来ていない…彼女のイメージは今ならまだ保たれるだろう。
だが、ツッコミを入れるまもなくその一人の決めポーズなのか、ギンガはしなを作って甘く囁いた。

「『私に釣られてみる?』」

苦笑いを見せることが出来ない仮面ライダーは幸いだった。だが沈黙から漂うものをやっと感じ取ったギンガは、そのポーズのまま顔を真赤にした。
その上視界の端で、輸送ヘリのパイロットのヴァイス曹長にバイクを借りたティアナとスバルが固まっており……

更にその後ろには微笑を浮かべてエリオとキャロの肩に手を食い込ませるフェイトの姿もあった。

「ふ、二人とも早かったのね!! あ、RXさん。じゃ、じゃあ私達行ってきます!!」

逃げるように走り出す姉を、二人はRXに軽く挨拶して追いかける。

「お姉ちゃん何してたの?」
「ご、誤解しないで……!! これは、ちょっとRXさんに他の世界のヒーローの事を」
「えー? でもあれは絶対……」

遠くから声が聞こえたが、RXにしてやれることは聞かなかったことにすることだけだ。
ギンガと並走するティアナはもう問題を解消したようだった。
他の世界でRXと同じような事をしている者がいる。ギンガの話は初耳だった。

ミッドチルダにはセッテが現れたからか、ミッドチルダでは真似をする者が見つかっていない。
そのせいもあってRXは気づいていなかったのだが、こちらに来て数年、RXの行動に影響を受けた人間が、(犯罪者と扱われるかは紙一重の世界だと理解しているかは兎も角として)動き出していた。
その結果として、管理局に入局するハズだったレアスキル持ちの高ランク魔道士が士官学校を出た後地元の民間企業に就職すると言う事態が確認される事態となっていたが、レジアス達は華麗にスルーしていた。

そのすぐ後に、エリオとキャロが何故か慌てて走っていくのを見送り、RXは入り口に腰掛けてアクロバッターがやってくるのをジッと待った。
エリオとキャロを見送ったフェイトが、泣きそうな顔で地べたに腰掛けるRXに声をかける。

「こ、光太郎さん……さっきのは一体どういうことだったんですか!?」
「え?」

フェイトの剣幕に、一瞬RXは何のことかわからなかったが、ギンガの話してくれたことだろうとあたりを付けて返事を返す。

「ああ。さっきのは他の世界のライダーの決まり文句だってさ。他の管理世界にも俺と同じような事をする奴がいるらしいんだ」
「え?」「ん?」
「…………そ、そうですよね」

いきなり矛を収めたフェイトに内心首を傾げながらも、RXはアクロバッターがやってくるであろう方向に視線を戻した。

「きょ、今日は珍しく一緒にいませんけど、今日はどこかにお出かけしたんですか?」
「え? ああ。朝早く出かけていったよ。セッテと同じようにスカリエッティの所を離れている姉に会ってくるそうだ」
「! そんな人がいらっしゃるんですか!?」

驚くフェイトにRXは頷く。

「セッテも顔をあわせた事は殆どないってさ」
「スカリエッティのことは……」
「聞いてくると思うけど……はやてちゃんから聞いてないか?」

不思議そうな顔をするフェイトに、RXははやてにはこの話しを伝えてあったことを告げる。
何か面白い話を聞いてくるかも、と特に何か行動を起こす予定ではなかったため伝えられなかったのかもしれないが。

「う~ん……今日は、出かける予定があって忙しかったのかも……」

苦笑するフェイトに、RXは頷き返す。

「私はもう中に戻りますけど、光太郎さんはどうされるんですか? 母さん達が来るまでまだ一時間以上ありますよ」
「ああ。わかってるんだけど、待ちきれなくってさ」
「久しぶりですもんね。あ、お昼、どうされますか?」
「そうだな……いいや。ここで待ってるよ」

座り込んで動かないRXの背中を見つめ、フェイトは子どもっぽいと言いたげに微苦笑を浮かべた。

「もう、そうだ……!! 今晩、もしよかったらアクロバッターに乗って外に食べに行きませんか?」
「それはいい考えだね!! 最近アイツと走ってなかったし、うん。店を探さないとな」
「それなら私からシャーリーにお願いして、アクロバッターで近くまで行けそうなお店、探してもらいます」

フェイトはそう言って仕事を始めているであろうシャーリーのところへ走っていった。

RXは再び視線を戻して、やってくるであろう方向を見つめた。
遠くの景色や周囲の音をなんとはなしに感じ取って、陽炎の向こうから影が現れ、マフラーの排気音が聞こえてくるのをゆっくりと待っていた。
そのままゆっくりと時間が過ぎていき、食堂で昼食が始まったのかテレビがつけられ、レジアスの演説が聞こえてくる。

「当日は、首都防衛隊の隊長、レジアス・ゲイズ中将による、管理局の防衛思想に関しての表明も行われました」
「魔法と技術の進歩と進化。素晴らしいものではあるが、しかし!! それがゆえに我々を襲う危機や災害も、10年前と比べ物にならないほど危険度を増している!!
兵器運営の強化は進化する世界の平和を守るためである!! 首都防衛の手は未だ足りん。非常戦力においても我々の要請さえ通りさえすれば、地上の犯罪も発生率20%の低下。検挙率においては35%以上の増加を初年度から見込むことができる!」
「このオッサンはまだこんなこと言ってんのな」
「レジアス中将は古くから武闘派だからな」

レジアスの演説に対するヴィータの感想に、シグナムが言う。
なのはの興味は演説よりも共に映った人間にあるようで、それは共に食事をする他の隊長達も同じだったのか会話はそちらに流れていった。

「あ、ミゼット提督」
「ミゼットばあちゃん?」
「あー、キール元帥とフィルス相談役もご一緒なんだ」
「伝説の3提督、揃い踏みやね」
「でも、こうしてみると…普通の老人会だ」
「もう、駄目だよ、ヴィータ。偉大な方たちなんだよ?」
「うん、管理局の黎明期から今までの形に整えた功労者さんたちだもんね」
「ま、あたしは好きだぞ。このばあちゃんたち」
「護衛任務を受け持ったことがあってな。ミゼット提督は主はやてやヴィータたちがお気に入りのようだ」
「ああ~、そっかぁ」
「なるほど」

RX自身は、何度も同じような演説をする羽目になるレジアスにあったので演説を聞いていた。
このミッドチルダの治安は、パーセンテージの上では上がったり下がったりしている。
そのせいでレジアスの演説は同じようなものにならざるを得ない。

ミッドチルダは、地域によって犯罪の通報される数に大きなばらつきがある。
設置されているセンサーや、陸士部隊等によっては未だにフォローし切れない場所があり、発生していても通報されない犯罪が未だに多数存在しているのだ。
ある意味酷いのは、襲われた人物が魔道士の場合、逆に犯罪者が叩きのめされて路地裏に放置され、更にそこを別の犯罪者に襲われるというケースもあるらしい。

レジアスはそれを改善し、実際に起こっている件数に近い数に近づけている。
そのせいで検挙率や発生率はレジアスの階級が上がってから上下を続けることになっていた。
RXもそれに、どちらの意味でも一役買っていることを本人の口から聞かされていた。
RXがいるお陰で『通報されやすくなった。発生率自体も下がった』という言葉と、『他の管理世界から流れ込んだ人々の数が増え、その一部が犯罪を起こしている為犯罪者が増えている』と。

悩ましい問題を考えていた頭が、電流が流れ込んだように戻される。
遠くに待っていたものの姿をRXは確認していた。

 *


「久しぶりだな!! アクロバッター!!」
「RX、元気だったか」
「ああ……!! お前も元気そうで何よりだ。なんだ、お前俺と一緒にいた頃より元気そうじゃないか。ピカピカに磨かれちゃってさ」
「ヴィヴィオの、お陰だ」

頭を振るアクロバッターの周りを歩き回り、磨かれたボディを小突いていたRXは遅れて到着した車へ顔を向けた。
車の扉が開き、見覚えのある左右目の色の違う女の子が、一人で扉を開け閉めする。
一人でやろうとする娘を、優雅な所作で車から降りたリンディが見守っていた。
RXに気づいて、リンディが微笑むとそれが視界に入ったのか、女の子……以前会った頃よりは大分成長したヴィヴィオが振り向き、RXの元へ駆け出した。

「RXっ」
「久しぶりだね。ヴィヴィオ、今日はアクロバッターを連れてきてくれてありがとう。ずっとアクロバッターの世話もしてくれてたんだって?」

危なげなく、というよりRXが驚くほどの速さで走ってきたヴィヴィオに、RXは片膝をつき視線の高さを近づけて迎えた。
ヴィヴィオはおめかししているせいか、何処と無く気品があってお姫様のようだった。

「うんっ、まだ全部はさせてもらえないけど、ヴィヴィオが綺麗に磨いてたんだよ!!」
「そっか。それでアクロバッターの奴こんなに綺麗になってたんだな。ありがとう」
「えへへ、時々乗せて走ってもらったりしたから、そのお礼にって始めたんだ」
「アクロバッターに乗ったのかい!? そりゃあ凄いや。コイツ暴れん坊だから大変じゃないか」
「そんなことないよ?」

ね!!、とアクロバッターに向けてヴィヴィオが言うと、アクロバッターも不満げに首をふり、RXをハンドルで叩いた。

「光太郎の運転が、荒いのだ」
「おいおい、そんな言い方はないだろ」

そんな風にするRXを見るのは初めてだったのか、リンディの笑い声が上がる。
それに気づいて取り繕うように背筋を伸ばす。

「フフ……、本当に仲がいいのね。光太郎さん、お久しぶり」
「リンディさん、お久しぶりです。今日はありがとうございました」
「いいえ。私の方も様子が知りたかったし、お願いしたいこともあったしね。フェイトは一緒じゃないの?」
「フェイトちゃんは今お昼なんです。今呼んできますよ」
「ううん、それより先にアクロバッターを運んでしまいましょう」
「しかし……」
「ヴィヴィオったら、家にあった道具を全部持ってきたのよ。忘れるといけないから、先に下ろさせてもらえないかしら」

除け者にするのが躊躇われて、食い下がるRXへリンディは車のトランクに目配せをした。
どうやらアクロバッターは本当に可愛がられていたらしい。

「……わかりました。ヴィヴィオ、持ってきた荷物を教えてくれないか? 俺が運ぶよ」
「ダメだよ。自分の物は自分で運ばないとリンディママに叱られちゃう」

ヴィヴィオが叱るように言うと、RXはリンディと一度目をあわせて、ヴィヴィオに言う。

「今日は特別さ。なんたってアクロバッターは俺の相棒なんだからね。メンテナンスの道具を俺が運ぶ位リンディママも許してくれるよ」

すると、今度はヴィヴィオがリンディの顔色を伺った。
リンディは勿体ぶるように少しだけ考える素振りを見せてから微笑んだ。

「いいわ。今日は特別な日ですものね」
「うんっ、RX!! こっちに来て!!」

ヴィヴィオの先導で、RXはトランクの後ろに歩いていく。
その後からアクロバッターが続き、リンディが離れた場所で見守ったままキーを操作してトランクを開けた。

磨くための布や、工具を収めているらしい箱が置かれている。
可愛らしいプリントがされていたりするものと思っていたが、かなり無骨なデザインの普通の箱だった。
RXはそれを持って、ヴィヴィオ達を連れて六課のバイク置き場に歩いていく。

アクロバッターはゴルゴムの科学で作られた物が進化している……だから別に整備の必要はない。
いや必要はあるのかもしれないが、元々創世王の愛機として千年、万年を戦い続けることを目的として設計されている為、アクロバッターはタフなのだ。

だが意志を持つ相棒を時々磨いてやるのは助けてもらっているRXの義務のようなもの。
様子をみる限りヴィヴィオの方がかなり丁寧に磨いてやっているようで、今後RX自身の手でやるとなると色々と口うるさく言われてしまいそうだが。

アクロバッターを用意しておいたスペースに移動させて、RX達は六課宿舎の中へ戻っていく。
入れ違いで戻ってきたフェイトが、RXが座っていた場所からいなくなったのを見て連絡してくるのは彼らが部屋に到着しようかという頃だった。

モニター越しに呼ばなかったことを責められるRXの様子をリンディはどこか楽しそうに見ていた。
部屋の前で待つように伝えてフェイトがモニターを切る。
少し参ったように肩を落とすRXに慰めの言葉をかけて、彼らは部屋へ向かってまた歩き出した。
ヴィヴィオはRXに手を引かれて、六課のあまり代わり映えのしない廊下や天井へ視線を行ったり来たりさせていた。

「ねえRX、何か理由があるんだったらごめんなさいね」
「はい?」
「…………変身したままなのは何か理由があるのかしら?」
「六課の皆には、まだ俺が人間の姿に戻れることは秘密なんです」
「そうだったの……ごめんなさい。言いにくいことだったんじゃないかしら」
「そんなことありませんっ。俺も今はもう皆に伝えておいた方がいいと思ってますから。ただ、ちょっとタイミングが掴めなくて……わざわざ集まってもらうわけにも行きませんから」
「そうね。なのはちゃん達にも協力してもらって、それとなく広めていけばいくとかどうかしら……? お風呂とかはどうしてるの?」

少し考え、助言をしようとするリンディにRXは言う。

「このまま入ってますが…?」
「そのまま?」
「ええ。別にこの体でも汚れないわけじゃありませんからね」

おどけた口調に、RXが半ば以上ジョークで言っていることに気づいたが、リンディは堪えきれずに吹き出した。
湯船に肩まで浸かり、頭にタオルを置いたRXの姿を想像してしまって、笑いがこみ上げるのを押えきれなかったのだ。
RXもその気持は理解出来たのか、笑うリンディに興味を引かれたらしいヴィヴィオと目をあわせる。

「六課の隊員は大変ね。共同浴場に入っていったら貴方がそのままの姿で背中を擦ったりしてるんでしょ」
「そうなりますね。犬の姿をしてるザフィーラと二人で足の裏を綺麗にしてる所が一番驚かれますよ。面倒な時はゲル化しちゃうんですけどね」

子供らしからぬ深い悩みを抱えたような顔で固まったエリオの姿を思い返しながらRXが言うと、リンディ達は声を上げて笑った。

「ヴィヴィオも見たいっ」
「うーん…………フェイトちゃんの所に泊まる機会があれば、一緒に入るかい?」
「うんっ」
「駄目よ二人とも。ヴィヴィオも女の子なんですからね」
「えー」

軽い気持ちで答えたRXに、リンディは咎めるように少し険のある顔を見せた。
RXは戸惑いながら相づちを打つ。

「そ、そうですよね!! ヴィヴィオちゃ「ヴィヴィオでいいよ!!」ヴィヴィオも女の子だもんなっ」

以前叔父の家に厄介になっていた頃には同じような年頃の子供の面倒を見ていた。
風呂に入れたりもしていたのだが、こちらでは早くから分けてしまうものらしい。
不味かったのかと久しぶりに冷や汗をかきながら、RXは就業年齢が低いからかと思った。

ちょうど都合よく、走ってくるフェイトの足音が近づいたのでRXは足を止めた。
話題を変えたい気持ちもあり、もうすぐ来るからと待つことにする。

「あ、フェイトお姉ちゃんだ」

ヴィヴィオがフェイトを見つけて、掴んだままのRXの手を引いて走りだした。
身長が2m近いRXがヴィヴィオに合わせるのは少し大変だが、付き合ってRXも早足になる。
そんな二人を見つけて、フェイトが訓練場の地面を削るほどの速さで二人の前に移動した。

「久しぶりだね。ヴィヴィオ、元気にしてた?」
「うんっ」

フェイトがヴィヴィオを抱きかかえて、額にキスする。
顔を綻ばせてされるままになっていたヴィヴィオはそれを見ていたRXに首を傾げる。
どうして見ていたのか、不思議に思ったらしい。後から来たリンディにフェイトが少し怒ったような顔をする。

「お母さんが先に行こうって言ったんでしょ」
「だって貴方は今ご飯食べてるって聞いたんですもの。先に行って待っててもいいじゃない」

先に行ってお茶の用意をしておくつもりだったと言う母親にフェイトとRXは困ったように視線を交わした。
リンディが入れるお茶は甘すぎたりする時がある……

「……ヴィヴィオも飲まされてるのか?」
「クロノ達が止めてくれるはずだけど……ヴィヴィオ。リンディママの入れたお茶、飲んだりしてないよね?」
「べ、別に普通の入れ方だって出来ます!! …………美味しいのに」
「そ、そうだ!! な、なのは達も後で来るって、なのはもはやても母さんやヴィヴィオと会えるの楽しみにしてたんだよ」

強引に話を変えようとするフェイトに、リンディは逆らわなかった。
4人はヴィヴィオがRXの部屋を見たいと言うので、一度RXの部屋に寄り、一通り見せてからフェイトの部屋に入っていった。
部屋に入ったリンディとヴィヴィオは、早速フェイトの部屋の中も隅々まで調べだす。
今度はヴィヴィオよりリンディの方が主導になっていて、フェイトは困ったように笑うとお茶の用意を始める。

どうもリンディは、フェイトがちゃんとした暮らしをしているか気になっていたらしい。

「これならヴィヴィオをお願いしても大丈夫かしら」

一通り調べ終わったリンディは、フェイトの淹れたお茶を飲み一息ついてから言う。

「ど、どうしたの突然…」
「ヴィヴィオをフェイトちゃんにですか?」
「実はちょっとお仕事が忙しくなるから、暫くヴィヴィオを預かって欲しいのよ」
「ええっ!? そ、そんなこといきなり言われても困るよ」

フェイトは、こちらも今聞かされたのかびっくりしているヴィヴィオの顔色を伺いながら、声を潜める。

「ヴィヴィオだって学校があるし、エイミィにお願いできないの…!?」

気が咎めるのだろう、フェイトは顔を寄せて言う。
その隣に座るヴィヴィオに聞こえないようにすることは出来ないだろうが。

「ライドロンのことは聞いてるでしょう? 手は打ったけど、今のあの子じゃヴィヴィオのことまで任せられないわ」
「でも……」

渋るフェイトに、リンディはため息を付くと立ち上がり、フェイトの手を引っ張って少しヴィヴィオから離れていった。
RXとヴィヴィオは不思議に思ったが、素直に二人の話が終わるのを待つことにした。

ヴィヴィオを預かるという話に、RXは口を挟もうとはしなかった。
その代わりに、二人の話が終わるまでヴィヴィオの相手を努めようとしているようだった。

「そろそろ……あの子にも仕事を見せてあげたいのよ」
「言っておくけど……私の所に来たって訓練だって見せてあげられないよ?」
「わかってるわ。でも何とかしてあの子に管理局の仕事が格好良いって所を見せてあげられないかしら?」

フェイトは、意味を理解しかねたのか何とも言えない表情をする。

「ヴィヴィオの夢、貴方も知ってるでしょ」

リンディはもう一度ため息を付いてから言う。
なんだそんなことかと、今度はフェイトがため息を付いた。
ヴィヴィオの夢、それは学校の宿題をしている時に判明したのだが……その時ヴィヴィオは―不敵な笑みと子供らしからぬジョジョ立ちに若干引き気味の隣のお姉さんの問いに胸を張って答えた。

『このヴィヴィオ・ハラオウンには叶えたいと思う夢があるの!! マスクド・ライダーに、ヴィヴィオはなるよ!!』

「……知ってるけど、まだ小さいんだからそんなに気にしなくってもいいんじゃない?」
「近頃じゃ他の世界でもマスクド・ライダーっぽいヒーロー願望の魔導師が出てるのよ?」

ワイドショーに踊らされる主婦の顔をしてリンディは言う。
更にヴィヴィオの口調を真似て、

「それにヴィヴィオも……『命を弄ぶ犯罪者を管理局が捕まえないなら、ヴィヴィオがマスクド・ライダーにならなくっちゃあいけないって事だと思うの』って言うのよ!?」

フェイトが思わずヴィヴィオの方を見ると、聞こえていたのかフェイト達の方を見ていたRXと目が合った。
困ったような顔をして笑うフェイトと、無邪気なヴィヴィオの顔が複眼に幾つも映っていた。ついでに、娘の将来を心配するリンディの顔も。

「わかった。お母さんのところにいってクロノみたいに服に無頓着になっても困るし……でも、暫くだけだよ?」
「あ、あれは私のせいじゃないわよ……!!」
「そうかな?」

珍しくからかうような態度を見せるフェイトの車を思い出して、大差ないセンスだと思っていたRXは聞かなかったことにしてヴィヴィオの相手に没頭していった。
だが一瞬動きが止まったのを訝しんだのだろう、二人がチラッとRXを見る。何か思い出したらしく、フェイトが声を上げた。

「あ……!! お、お母さん。きょ、今日だけはダメっ!! 今日だけは、ヴィヴィオの相手をして欲しいの!!」
「何か予定が入ってるの?」
「う、うん……! だから、明日からにしてもらえないかな?」

RXの方をチラりと見る娘の態度に、少し唇を綻ばせたリンディは楽しそうに話すヴィヴィオを説得する労力を想像してか嬉しいような困ったような、深い愛情を表情に乗せた。

「でも今晩の天気って雨よ?」
「え"?」

からかうように言うリンディだったが、真に受けたフェイトの顔が硬直する。

「こ、光太郎さん!!」
「ん?」
「あの、今母さんから聞いたんですけど、今晩……雨だって。不思議なこととか出来ませんか?」

言いにくそうに、返答に困るお願いをするフェイトにRXはすぐ返事を返さず、リンディの方へと顔を向けた。

「ちょっと、フェイト……今のは」
「お願いですから『雨の中、不思議なことが起きて晴れる程の晴れ男がいてもいい。それが自由ということだ』って言ってくださいっ!!」
「ええっと……確か週末までは晴れだったはずだよ」
「え?」

再び固まったフェイトには、リンディが笑いを堪えていることがはっきりと感じられた。

「冗談よ。ちょっとからかおうと思って」
「母さん!!」

それから少しの間からかわれたものの、RXとフェイトは日が暮れる頃に出かけていった。

 *

一方その頃、昼食の後ヴィヴィオ達と顔をあわせる事もなく六課から出発したはやては、シグナムを連れてミッドチルダ極北地区ベルカ自治領の聖王教会を訪ねていた。
シグナムを休ませて出かけてくれば、と思わなくもない。RXとか。
だがシグナムはどうもNice boatになるかもしれないような事をする気はないらしいので諦めて素直に護衛を頼んだ。

聖王教会にいる機動六課の後見人の一人、騎士カリムとははやては個人的に友好を深めていて、時には遊びに来る事もあったが、今日は残念ながら仕事絡みでの訪問だった。

近くに地上本部で開かれる公開意見陳述会……そこが何者かに襲われる可能性がある。

重要な地位にあるため、案内係に従って奥まった場所に通される間に、はやては情報をもう一度頭の中で整理していた。
これまで何度も行っていたが、機動六課の評価を決定付ける重要な問題であるだけに時間があれば考えるようにしていた。

機動六課の設立には裏の理由があった。ロストロギア・レリックの対策と、独立性の高い少数部隊の実験例というのも嘘ではないが、それだけでは今のメンバーの殆どは集めることが出来ない。

真の目的は、この先にいる騎士カリムの保有するレアスキル「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」にここ数年示される管理局システムの崩壊を阻止することにある。
本来は現存する戦力を送り込まれ、対策を講じられるのだが、今回は情報源がこの予言しか存在せず、しかもその世界にレジアスがいたせいでその手が使えなかったお陰だ。

「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」は、世界に起こる事件をランダムに書き出すだけの能力。
しかも解釈ミスも含めれば、的中率や実用性は割とよく当たる占い程度であるせいで予算や戦力で割を食っていたレジアスは猛烈に反対したのだ。

それを知ったはやては、その状況を利用して予てから彼女が夢見ていた部隊を実現させた。

レリック事件だけで事がすめばよし。大きな事態に繋がっていくようなら、最前線で事態の推移を見守って地上本部が本腰を入れ始めるか、本局と教会の主力投入まで、前線で頑張る……

その程度が期待されている所だが、はやて個人の思惑としては一歩進んで、大きな事態に繋がっていくような状況を本局と教会の主力投入より先に解決したいと考えていた。
レリック事件で事が済むとか、予言が外れた場合については余り深く考えていない。

やっと実現させた部隊を成功させる為に、愛想よく笑顔を振りまきながらもはやては常に考え続けていた。

カリムの部屋では、妙齢の女性であるカリムとクロノがはやてを待っていた。
軽い挨拶を交わして二人の待つテーブルに着くと、カリムの秘書を勤めるシスターシャッハ・ヌエラがはやての分のお茶を差し出す。

「早速本題に入らせてもらうけど……可能性は高いんやな?」
「古い結晶と無限の欲望が集い交わる地。死せる王の下、聖地より、かの翼が蘇る。死者たちが踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、それを先駆けにあまたの海を守る法の船も砕け落ちる」

ロストロギアをきっかけに始まる管理局地上本部の壊滅と管理局システムの崩壊を示唆する予言を口にして、カリムは肯定した。

「やけど……地上本部がテロやクーデターにあったとして、それがきっかけで本局まで崩壊……いうんは、考えづらいしなぁ」
「確かに管理局崩壊ということ自体が、現状ではありえない話ですが」
「ゲイズ中将が予言そのものを信用しておられないのはそのためだろうな。特別な対策はとらないそうだ」
「異なる組織同士が協力し合うのは、難しいことです」
「協力の申請も内政干渉や強制介入という言葉に言い換えられれば、即座に、諍いの種になる」

実際、それを口実にして十中八九内政干渉や強制介入を行うであろう人間が何名も頭に浮かぶのだが。
そんな人間がミッド地上本部の武力や発言力の強さを問題視しているのだからクロノ達の顔には苦笑が広がってしまった。

「だから、表立っての主力投入はできない、と」
「すまないなぁ。政治的な話は現場には関係なしとしたいんだが」

だからこそ、とクロノは言う。

「それよりも今は対処について話しあおう。ヴェロッサの報告では、今確認されている脅威になりそうな勢力はスカリエッティだけだ。後は、クーデターくらいだが……疑わしい人物は未だに挙がっていない」

クロノの口から出たヴェロッサの名前に、彼の義姉でもあるカリムの表情が微かに緩む。
傍に立つシャッハも同じ反応を示したのは、彼女がヴェロッサの教育係だったからだ。

「本命はスカリエッティか……目的はなんや?」

セッテから聞いた話によれば、スカリエッティの目的は自由らしい。
だが公開意見陳述会を襲撃し、もし会場である地上本部を破壊したとしてもスカリエッティの目的は達成されないだろう。

公開意見陳述会は、本局や各世界の代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換を目的としている。
今回は特に、かねてから議論が絶えない、地上防衛用の迎撃兵器、アインヘリアルの運用についての問題が話し合われる予定だが……スポンサーがその中にいるのだろうか?
だがそれならば、ナンバーズの能力から言って各個に仕掛けた方が余程勝率はあがるはずだった。

「それは不明だ。だが、今回管理局施設の鉄壁の魔法防御を破る可能性が高いのは、ガジェットだけだ…」
「管理局法では、質量兵器保有は禁止だから対処しづらい」
「そやね。でもまあ、私ら3人は中へ。フォワード陣も最近やっと形になってきましたから外を任せられると思います。若干インチキ臭い味方もいますから。大船に乗った気で任せといてください」
「い、インチキ臭いって……」

はやての言い草に、クロノ達は苦笑したが否定するような声は上がらなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年05月29日 10:45