古えからの因縁。未知の世界への恐れ、若しくは憧れ。
真理の探求。或いは権力への欲望。
ただ、私達が知らなかっただけで、大勢の人が痛み、涙を流していた。
三つの世界の様々な人の想いが絡まりあって、それはやがて巨大な流れになる。まるでそれが『世界の理』であるかのように。
私達は皆、その流れに呑み込まれ散り散りに別たれるしかなかった。
だけど、遠く離れ離れになっても想いは繋がりあっている。
私も、私達が出会う人達も、誰もが心のそれを信じて戦っていく。たとえ、私達が『芝居の歯車』でしかなかったとしても。
それは友と、或いは兄弟や愛する人と。見ず知らずの少年と交わした絆。
心に刻んだ真赤な誓い。

なのは×錬金(仮)

第一話
郷愁/黒死の蝶

幼い頃のあの日、魔法という非日常と出会ってから色んなことがあった。
戦ったり、傷ついたりもしたけれど、かけがえのない仲間が――友達ができた。
中学校を出てからミッドチルダに住むようになったのは、この力をもっと知りたかったから。この力で誰かを助けたかったから。
そして鳥のように、雲のように天辺まで届くくらいに大空を舞いたかったから。

ミッドチルダと海鳴市――二つの世界を行き来するようになり、いつしか非日常も日常へと変わっていった。
ミッドでもやっぱり傷つけたり傷つけられたりはある。それでもフェイトちゃんや、はやてちゃんを始めとして多くの人に支えられてなんとかやってこれた。
そして海鳴に帰れば家族や友達が暖かく迎えてくれる。帰省の度に少しずつ変化してはいるけれど、それでも懐かしい平穏がそこにはあって――。
いつからだろう。それが無くなるなんて、ミッドチルダでの目まぐるしい生活に追われて考えもしなかった。
海鳴の景色も匂いも――。
お兄ちゃんも、お姉ちゃんも――。
アリサちゃんも、すずかちゃんも――。
私が帰れば、決して変わることなく迎えてくれるのだと信じていた。

「はーい!今日はここまで!」
号令をかける高町なのは。その前にはボロボロで座り込んでいるスバル・ティアナ・エリオ・キャロの姿があった。
いつものように訓練を終えた彼らはかなり消耗しており、表情からも疲労が窺える。
だが、そんな4人を見守るなのはの表情は柔らかいものだ。全員が毎日の訓練にもよく耐え、確実に上達している証拠だろう。
「ありがとうございました!」
一礼して撤収していく新人達。
空を仰ぐといつの間にか辺りは赤く染まっていた。
身体には僅かに疲れを感じる。
これから訓練のまとめや残務を整理して、夕食。部屋ではヴィヴィオやフェイトが待っているだろう。
それから入浴。そしてヴィヴィオを寝かしつけて、フェイトと今日のことを話したりして眠りに就く。
それが彼女の日常だ。きっともう暫くはこうして過ぎていく。
新人達を訓練し、教導官として隊長として事務系の仕事もこなす。そして任務があれば出動する多忙な日々。
レリックやスカリエッティ、戦闘機人等、懸案事項もまだまだ尽きない。
それでも、一日の終わりには充実した気持ちで眠れる自分は幸せだと思える。
願わくばもう少しだけこのままで――。
それが彼女の偽らざる気持ちだった。

「ねえ、フェイトちゃん。今頃海鳴市のみんなはどうしてるかなぁ」
入浴後、寝る前に少しフェイトと会話していると、ふとそんな言葉が出た。
二人の間ではヴィヴィオがすやすやと寝息を立てている。
「どうしたの?二ヶ月くらい前に会ってるじゃない」
「うーん。そうなんだけど、あんまりゆっくりとも出来なかったからかなぁ……」
何故そんなことを思ったのだろう。自分でもよく分からない。
「そうだね。最近は向こうのお正月やお盆に合わせて帰るくらいだし。もっとゆっくりできたらいいけどね」
「アリサちゃんもすずかちゃんも、お父さん達も元気そうだったし。エイミィさんや子供達も変わりなかった――あ、子供達はちょっと大きくなってたね」
一度思い出話に花が咲くとなかなか止まらない。自分は勿論、フェイトにとっても約6年を過ごした街なのだから当然ではあるが。
年中行事や学校のこと、家族や友達のこと。思い出すときりがないくらい。

懐かしくなってしまい、結局1時間程話してしまった。
「――そろそろ寝よっか。また、みんなと一緒に帰れたらいいね」
「そうだね……。おやすみ、フェイトちゃん」
明日も頑張ろう。
そう思ってなのはは目を閉じる。明日も多分いつもと変わらない大切な一日。
だから精一杯頑張ろう。そう心に決めて――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

海鳴市の隣町である銀成市からの帰路、何の前触れも無く『それ』は現れた。
緑の皮膚、細く伸びた首が街頭に照らされ全貌が見えてくる。
その頭はトカゲのそれにしか見えない、見えないのだが――。
二足で立ち、大きさは大人と同じ。異様に鋭い手足の爪は明らかに自然の生物ではない。胸や関節は金属で固められており、赤い六角形の金属が身体に埋め込まれている。
生物と呼ぶには余りにも外観が機械的であり、機械と呼ぶには動きが生物的だ。
機械で出来た生物――いや、機械と融合した生物という表現が適当かもしれない。
動物型ホムンクルス――そんな名前など今のアリサとすずかには解る筈もなく、知ったとしてもどうでもいいことだった。

アリサ・バニングスと月村すずかは今も同じ聖祥大学に通い、小学校以来の付き合いは今も変わっていない。
今日も銀成市へ今噂の『蝶人』を見に行きたいとアリサが言い出したので遊びに出ていたのだ。結局現れなかったのだが、買い物や食事は楽しめたので二人はそれなりにご機嫌だった。
電車を降りると、そこはもう海鳴市である。辺りは既に暗く、人影もない。
それほど大きな街でもないので、中心部でなければ夜になると人がいなくなることも珍しくない。
「すずか、これからどうする?もう帰る?」
「そうだね。もう暗くなってきてるし……」
アリサは携帯を取り出し迎えを呼ぼうとする。
「あれー?繋がらない?」
携帯に向かって一人呟く。全く反応がないのだ。
「おかしいなぁ。これまでこんなことなかったのに……」
アリサは怒るよりも不思議な気持ちだった。周囲に誰もいないことが更に不安を煽る。
(何かがおかしい?)

海鳴で降りたのは自分達だけ。そういえば駅員もいなかった。
暗闇が深まる中で、二人はただ佇む。幾らなんでも静か過ぎる。
その時、何の前触れもなくそれは現れた。

どうやらトカゲは自分達を獲物と見なしたらしく、じりじりと距離を詰めてくる。
何の感情も浮かばない爬虫類の瞳は恐怖の対象でしかなかった。
「逃げよう!」
アリサがすずかの手を引いて逆方向へと走り出す。と、同時にトカゲも走り出す。
「警察!?警察でいいの!?」
半ばパニックになりながらも携帯電話を操作する。
だが、何度掛けても聞こえてくるのは無慈悲なコール音のみ。
「アリサちゃん!こっちも駄目!」
隣を走るすずかも青ざめた顔で携帯を振る。
こうなればなんとか振り切るしかない。二人は夜道を全力で走り続ける。
どれほど走ったか――振り向くとまだ追ってきてはいるものの、距離は離れていた。それほど足は速くないのかもしれない。
幸い二人とも足は速いほうだ。
「やった!これなら逃げ切れ――――!?」
一縷の希望は曲がり角を曲がった瞬間に打ち砕かれる。
そこには鏡に写したように同じトカゲの化け物が目の前に立っていた。
思わず足を止めてしまった二人を見るトカゲの口元がニヤリと引きつったように見えた。
鋭い爪を振り上げ、自分に近いすずかへと振り下ろす――。
咄嗟にアリサは飛び込むようにしてすずかを突き飛ばした。

振り下ろされた爪はアリサの左胸と腹部を貫いた。白い爪がアリサの胸から突き出す。悲鳴を上げる暇も無かった。
トカゲが素早く紅く染まった爪を引き抜く。すると、ぱあっと鮮血が飛び散った。
「いやああああああああああ!!」
すずかは鮮血が顔に降り注いだ瞬間に、頭の中が真っ白に光り全てが消えてしまった。
悲鳴を上げ、何の抵抗もなく崩れ落ちるアリサを見ているしかなかった。
後ろからはもう一匹のトカゲが迫っているだろう。
眼前のトカゲは血に濡れた爪を美味そうに舐めている。目線を既に次の獲物に捉えながら。

「アリサちゃん!アリサちゃん!!」
(すずかがまた泣いてる……。あたしや、なのはよりもずっと運動神経いい癖に、肝心なところで鈍いんだから……)
早く逃げろ、と口を動かそうとするが血のせいか上手く話すことができない。
朧気な視界にはぼんやりとトカゲが映る。爪を振りかざして最後の獲物を狙っている。
それすらもぼやけてきたアリサの目に突如として蝶が映った。

鮮やかな模様の美しい蝶ではなく、全てが真っ黒な蝶。
まるで点描画のように無数の粒子で形成された黒死の蝶。
蝶が大きく開いたトカゲの口に飛び込んだ瞬間――二つの爆音と共に蝶が爆ぜた。
トカゲの頭が吹き飛び、硬い音が地面に幾つも響く。
その音を最後に、やがて全ての感覚が無くなってきた。もう目を開くことも難しい。
そして力尽きる彼女の前に舞い降りたのは純白の翼の天使ではなく、黒い羽を羽ばたかせる蝶人――『パピヨン』。
「パピ……ヨン……?」
降臨した彼の異様さに唖然とし、すずかは思わず呟いていた。
彼はそれを聞き逃さなかった。すずかに向き直り、チッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を振る。

「パピ・ヨン(はあと☆)――――もっと『愛』を込めて!!」

蝶人パピヨン――誰が最初に呼び出したのか、誰が最初に出会ったのか誰も知らない。だが、その存在は誰もが知っている。
所謂、都市伝説である。本人が目立ちたがりなのか人面犬やUFOよりは遭遇したという人間は遥かに多い。
その為、一年程前から現れ出した彼には数多の情報が語られている。
  • 銀成市に住む人はほとんどが見たことがある。
  • 東京タワーの天辺に立っていた。
だから高いところから呼ぶと現れやすい。
  • 銭湯でもマスクは絶対外さない。
●●●で洗面器を支えることができる。
  • 『ロッテリや』が大のお気に入りで一日店長をしていた。
  • 実は錬金術の秘術で生まれ変わった怪人である。
etc…………最後の項目のように明らかに嘘臭い情報も多いが、ともかく彼に関する伝説は数え上げればきりがない。

すずかはその姿を暫し呆然と見つめる。その姿は一言で表すならば『変態』。
全身を包む黒のスーツはぴったりと身体のラインを浮き彫りにし、スーツの中心はへそまで大きく開いている。
微妙に盛り上がった股間にも紫の蝶のマークがあり、彼が腰を前後に揺らすのに合わせて揺れるのはなんとも形容し難い気分になること請け合いだ。
そして最大の特徴にして彼のアイデンティティとも言われる蝶々覆面〔パピヨンマスク〕。
鮮やかな紫と赤紫に彩られたそのマスクの下を見た者はいないらしい。
このトカゲ達を吹き飛ばしたのはおそらく彼だろう。
もっとも、それが彼の黒色火薬〔ブラックパウダー〕の武装錬金、『臨死の恍惚〔ニアデスハピネス〕』であることなどは知る由もなかったが。

だが、そんなことはどうでもいい。すずかが見ていたのは彼の眼だ。その眼は暗く輝きを感じられない。
彼はすずかを、そして身体に虚ろな穴を開けたアリサを見ても表情一つ変えることはなかった。
そして、一言も発することなく、二人を見下ろしている。数秒の沈黙――。
「そうだ……!救急車!」
すずかは正気に帰って、震える指で119を操作する。
――通じない。結果は分かっていた。それでも認めたくなかった。
こうしている間にも徐々にアリサの体温は失われていく。
「お願い……!助けてください!!」
すずかはパピヨンに救いを求めた。
こんな得体の知れない変態に助けを求めるなど、どうかしているかもしれない。手の打ちようがないことも本当は解っている。
それでも、彼女には失われていく親友を前にそれしか術が無かった。
神に祈るような気持ちで縋る言葉に、初めて蝶人は口を開いた。
一言、「断る」と。

「そんな……」
愕然とするすずかに彼は淡々と説明を始める。
「俺にはそんな義理はない。それに――その女はもう助からん」
すずかが必死に否定しようとしていた事実を、彼は実にあっさりと告げた。
他者から告げられた死亡宣告は、すずかの中で急激に現実味を帯びてくる。
「うっ……うっ……」
もう、すずかには嗚咽を漏らすことしかできなかった。

パピヨンはそんなすずかを尻目に、地に落ちた二つの正六角形の金属を拾い上げる。動物型ホムンクルスが飲み込んでいたものだ。
アリサの血に染まって二つとも型番は確認できない。
(何故、動物型ごときがこれを……?こいつらに斃される連中とは思えないが……。まあいい)
「そこの女」
パピヨンはそれを二つともすずかへと投げ渡した。

「これは……?」
正六角形のそれをすずかは不思議そうに見ている。
「核鉄〔かくがね〕だ。それには自動治癒の効果がある。そいつを心臓代わりにしている奴もいる」
紅く染まっている上に、暗くて色も識別できない。
すずかに選択肢は無かった。
アリサの胸の空洞にそれを当てて押し込む。
核鉄はすぅっと吸い込まれ、一定のリズムで微弱な金色の光を脈打ち出す。空洞を直視するのは苦しかったが、徐々に埋まっているようにも見える。
「やった!?」
すずかの顔が一瞬明るくなるが、すぐにそれは絶望へと変わる。
アリサの容態に変化は見られず、光は弱まり、やがて消えた。
「どうして……」
「その女は腹も貫かれている。それに血を流し過ぎだ」
一つでは効果が足りないのだ。それなら――と、もう一つの金属を腹部に当ててみる。
「駄目……!」
傷が塞がる様子は無く、出血も止まらない。ようやく希望を手にしたと思ったのに――。
悔しくて核鉄を握り締める手に力が入る。角に食い込んでも握る力を緩めない。既に真赤に染まった掌を一筋の血が流れた。
だが、その傷もすぐに治癒した。傷が深すぎて修復できないのだと気付く。
「どうすれば……どうすればいいんですか!?」
すずかは再びパピヨンに救いを求めた。
パピヨンはすずかを突き放すように指を突きつける。
「足掻け!」

「え……?」
「足掻け……と言った。貴様が本当にその女の命を諦められないと言うのなら……もがいてみせろ。自分の力で」
「足掻く……」

「運が良ければ……何か出るかもしれんぞ?」
「足掻く……」
すずかはその言葉を復唱する。足掻けと言われてもどうすればいいのかわからない。
やっぱり自分のできることは一つしかなかったから。
「お願い……!」
両手で核鉄を包み、アリサの腹部に押し当てながら力を込める。
それでも変化は現れない。
「お願い!!」
まだ変化は現れない。
思いを注ぎ込むように、もっと強く力を入れる。
行為は同じだとしても、それは神への祈りではない。それは彼女なりの、アリサの死に対する最大限の否定であり抗いだった。
「お願い、アリサちゃん!死なないで――――!!」
すずかの叫びに呼応するように、手の中の核鉄が紅く発光した。

その光景を蝶人パピヨンはただ見ていた。
「月夜の散歩はいいことがある――これは俺の言葉じゃあないが……」
傷女の真似事をしたようで気色は悪いが、これはそれを補って余りあるものかもしれない。
「どうやら面白いものを見つけたようだ」
そう呟きながら、パピヨンは二人を包む光に顔を歪ませた。


錬金術の粋を集めて生成された、超常の合金『核鉄(かくがね)』。
人の闘争本能によって作動するそれは、持つ者が秘めたる力を形に変え、唯一無二の武器を創造する。
それが『武装錬金』である。


次回予告

銀の風が煙る街――人々は倒れ、青年は『剣』を求め、彼の半身はそれに応える。
そして次元の海――金の瞳を持つ青年もまた、遥か遠くに在る己の片割れを探し求めていた。

『海鳴の途絶える日/Link』

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最終更新:2007年09月09日 17:15