<<ガラスの巨人・後編>>

  乾季の白光は、例え真冬であってもそれなりにきつい。立ち眩みがする。
  ご丁寧に幾重にも取り巻きに囲まれながら、ヒューとカークは広場に足を踏み入れた。逃げられることを恐れてか、カークの足には枷までつける有様だ。
  縛める際にも、その細い脛の持ち主に好色の視線を寄越したごつい男を、ヒューは睨んでやったが、その視線を向けられた本人は、やはり動じていなかった。
  慣れているのだと、諦めたように笑っていた。
  いつから、とは聞いていない。
  とにかく今は、勝負する。ドルマに勝つ。
  それはとても簡単なことだろう?
  ざっと拓けた建物と建物の間には、二台のエアロ・ジープ。その周りを興味本位の人だかりが取り囲んでいる。
 「――物見高ですね」
  小さくカークがヒューに囁く。
  その唇の動きが恐れた震えに見えたのか、
  可哀相に。
  人垣の誰かが言った。可哀相。聞こえたヒューは俯き笑いを噛み殺す。
  確かに、見ようによっては可哀相この上ないだろう。ドルマ一味の玩具にさせられ、挙句哀れに死んでゆくもの。
  しかしヒューには負ける気はない。
  まだ死にたくもない。
  やりたいことがまだまだある。
  デスティニーで吹き飛ばされるのと、ドルマ一味に嬲り殺されるのと、どちらがマシかとふとヒューは思った。
  ……どちらもヒデェもんか。
  黒い人垣は逆光で、顔の判別までは出来ない。眺めて、この群れの中にマルゥもいるのだろうかと探しかけ、すぐに諦めた。
  光に弱いヒューの瞳には、この白光は強すぎる。
  きっと少女は、腹を立てながら、けれどその実お人よしなので決して素知らぬ顔が出来ずに、この一連の人混みのどこかにいるのだろう。
  思い巡らす横で、ドルマ一味の一人が朗々と箇条書きのされた板切れを掲げて、群集に向かって読み上げている。
  だみ声はまるで怒鳴り散らしているようだ。
  このいかれた賭けの内容を説明しているらしい。賞品は、カーク。
 「俺ァ緊張してチビりそうだ」
  小声で背後に囁くと、
 「まさか」
  冷静な声が切って捨ててくれる。
 「明日ポリタンクが降ります」
  それがカークなりの冗談だということに気付いて、ヒューは思わず少し声を立てて笑った。
  じろり。真向かいのドルマが蛇のような視線を投げて寄越す。
 「お前も少し緊張してるんじゃあねぇのか」
 「――かもしれません」
 「ほう」
 「――下品なトラップがあちらこちらに多すぎる。解除していて気分が悪くなりました」
  先刻から黙ったように見えて口の中で一人ぶつぶつ呟いていた彼は、どうやら衛星とリンクして、レース区域に仕掛けられたドルマ一味のエグい罠を、一つ一つ取り除いていたらしかった。
 「量が多いか」
 「それもありますが――なりふり構わないところが、とても好感がもてません。まともに勝負する気がまるでない」
 「ふむ」
  ひそひそと囁きあっていると、
 「最後の別れを惜しむか。御主人様にさようならのキスの一つでもするか」
  近づいてきたドルマがにぃいと笑って、カークの細い腕を絡めとり、宙に掲げた。
 「あ――……う」
  捻り上げられた骨が軋み、彼は僅かに苦悶の顔を浮かべる。
 「……おい」
 「ふん。昨日の夜は可愛がってもらったか。安心しろ、てめぇはすぐには売らねぇよ。まず俺が、じぃぃぃっくりと可愛がってやろう。俺無しでいられねぇ身体に仕込んで、それから売り飛ばしてやるから、楽しみに待っとけ」
  言いながら、カークの顔を覗きこんだドルマの顔へ、幽かな驚きの波が走る。
  苦痛の色は浮かべても、その言葉に白磁の頬は怒りや羞恥には滲まない。
  冷たい光を浮かべた黒いガラス玉が、目上の男を確かに蔑んで見ていた。
 「……イイ目しやがるじゃあねぇか」
  面白ぇ。
  ドルマの歪んだ口元が更につりあがり、それと共に嗜虐の光は増して、
 「――つっ」
  力任せに掴まれたカークの顎がすぐに白くなる。
 「……おい」
  瞬間、ドルマの顔面にめり込んだのは、命知らずの握った拳だ。きりもんでドルマは吹っ飛んだ。
 「――ヒュー!」
  更に追撃しかけた彼の体を押し止めたのは、つい今しがたまでドルマに捻られていたカーク本人だった。
 「いけません」
  彼の胸へ手をやって、カークは首を振る。
  ――私がどうなっても、あなたは飽くまでも平然としていてほしいのです。
  ――無駄に相手を煽るのは得策ではない。まず、相手の出方を見なければ。
  今朝。目覚めたと同時にまず最初に言い置かれた言葉を、ヒューは思い出す。思い出し、不快感をぐっと堪えて拳を下げた。
 「……野郎……」
  中でも切ったか、口の端から滲んだ赤さを地に吐き出して、ドルマは怒りにどす黒く膨らんだ顔で、ヒューを睨みつける。
  それでも、
 「賭けの賞品は大切に扱え。アンタが俺に勝てない限り、コイツは俺のもんだ。……違うか?」
  内心穏やかで無いヒューの口から、つい言葉が衝いて出る。
 「は、」
  こいつは笑わせてくれる。
  ようやく立ち上がったドルマは、そのヒューの言葉にげらげらと笑い出す。
 「……てめぇが負けるとは考えないらしい。面白ぇ。……面白ぇ!!」
  狂気の混じった笑いを不意に収めて、ドルマはそのままヒューにつかつかと近付くと、
 「神に祈るなら今のうちだぜ」
  憎悪を含んだ声。
 「手加減してやろうとも思ったが、ナシだ。半殺しで勘弁されるとは思うな。……いいか。てめぇは俺が、必ず殺してやる」
  聞いたカークが、牽制の視線を一瞬ヒューに投げて寄越した。これ以上刺激してはいけない。そう目が言っている。
 「ヒュー」
 「ふん」
  呼びかけた彼に鼻で一つ笑って返し、ヒューもまた、ドルマと似たような剣呑な色を浮かべて見返した。
  ……やれるものならやってみろ。

  改造されたマフラーが、けたたましく唸りを上げて、スタートラインに並ぶと、取り巻いた観客からわっと歓声が上がる。
  歓声と云うよりは、怒号。
  いつの間にか掛札を手にした者達が、二台の車に向けてそれぞれ口勝手に自身の事情を叫んでいるのだ。背後に張られたブラック・ボードに、自分とドルマの倍率が書かれている。
  ヒューの倍率は3桁を超えている。
  当たり前だ。勝てるはずの無いゲームを仕掛けているのだから。
 「――ヒュー」
  皮肉に口を緩ませたヒューの許へ、カークが走り寄る。流石に枷は取り外されていたものの、ゲームの商品として、高台に設置されていた椅子におとなしく座っているかと思ったヒューは、意外に思って彼を迎えた。
 「どうした」
 「――これ――を」
 「ぅん?」
  差し出されたのは、カプセルと見間違うほどの小さなプラグだ。
 「……なんだ?」
 「このジープの制御装置です。これをそのハンドルの横――」
  言われて下を見やったヒューは、すぐにその指し示された場所に気付く。
 「ここか」
 「――そうです。そこに差し込めば、どんな仕掛けを為されていても、私がきっと食い止める」
 「お前が?」
 「――ええ、その――ですから、」
  再びカークを見上げた形になったヒューは、珍しく言葉を濁すカークに片眉を上げる。
 「カーク?」
 「おい。てめぇ、何をごちゃごちゃと」
 「逃げる気か。縛られてぇか」
  一瞬の隙を衝かれてすり抜けられた獲物を取り戻すために、慌てたドルマの取り巻きが、青年の身体に群がる。
 「あ、」
  後ろ手を括られ、身もがきながら、カークが引き摺られて高台へ戻されてゆくのを、険しい表情で見送り、
  ……どうしても平静ではいられない。
  思わず運転席から立ち上がりかけたヒューへ、鋭い視線を向けてカークは頭を振った。
  ――いけない。
  そう言っている。
  怒号で声は掻き消され、そうでなくても頭に血の上っていたヒューには、音自体届きはしなかったが、その動きだけは何とか読み取ることが出来た。
 「……くそ」
  爪の立つほど拳を握り締めて、ようようヒューは乱闘しかける自身の気持ちを押さえ込む。握り締めた拳の中に、違和感を感じて見下ろし、拳を開いて。
  プラグ。
  しばらく眺めたヒューは、おもむろにそれを、ハンドル横の差込口へと捩じ込んだ。
 「発車ーァ。5秒前ー!」
  あちらこちらに設置された拡声器から、合図の声が放たれると、喚声はますますひどくなる。
  フラッグが掲げられ、
 「4」
  秒読みされるその隙に、最後にもう一度頭を巡らせたヒューは、視界の端に真っ直ぐにこちらを見つめるガラス玉を収めた。
 「3」
  次いで、隣のジープの運転席で、卑しい笑いを浮かべるドルマを目に入れる。
 「2」
  顎を引き、奥歯を噛み締めると、
 「1」
  ギアに手を置き、
 「……0!!」
  足も攣らんとばかり、力任せにアクセルを踏んでいた。
  日頃そうして発進させて、同乗者に優しく無いといつも小言を聞かされる、力技の発進である。
  迷いは無い。
  水で溶かした絵の具のように、周囲の風景が流れて瞬く間に背後へと消えた。
  タイヤで路上を走るオフ・ロード系とは違い、都市内部を走るエア系は、車体が宙に浮いた状態だ。摩擦が少ない。当然、燃費も騒音も段違いに少ないのだが、その代わりにブレーキの効きが悪い。路上に接した面がないからである。
  オフ・ロード車に比べて加速は倍。たちまちスピードメーターは200を切った。
  D区画と呼ばれる周回コースは、一周30キロ超えの、かなり長いコースだ。周回ではなく一周勝負。人の住まない廃墟ビルの谷間を走る。コーナーが多く、直線が少ない。当然、ハンドル捌きに左右される。
  コースの図面は朝起きて頭に叩き込んだ。
  だが。
  前方、数車前にドルマの繰るジープが爆走している。プロ顔負けはどうやら詐称では無いらしい。
  ちら、前方のバックミラーにドルマの顔が映る。歪んでいた。
  怒りのようにも、狂喜のようにも見える。
  くたばれ。
  ミラー越しのその口が、そう動いた気がして
 「……な、」
  突如。ドルマのジープが通り抜けるか抜けないか。ぎりぎりの線で、
  前方の高架橋が橋桁ごと微塵となって消えた。
  幅30メートルほどの高架橋である。
  地上10階。吹き上がる風が、突然ジープに襲い掛かる。
  爆破されたのだと思い当たる前に、スピードの上がった車体はその地点へと到達していた。
  エアロ・ジープといえど、接地面がなければ反駁作用は起こらない。
  ……落ちる。
  咄嗟にヒューはアクセルを吹かし、前車体を無理矢理に持ち上げると、
 「甘ェ……っ」
  スピードを緩めることなくそのまま突っ切った。
  勢い車体は宙に飛ぶ。
  数度激しくバウンドして、それからジープは安定を取り戻す。
  安堵の息をつく間もなく、舌打ちをした。ハンドルを制動する間に、ドルマに距離を稼がれていた。
  離された分だけ、相手はヒューへの攻撃がしやすくなる。
  現在ドルマが先に立っている以上、ぴったりと、金魚の糞状態でくっついていくより他に手がない。そうして取り巻きが妨害を躊躇するのを、今は期待する外なかった。
  ……それもまた、甘ェか。
  内心一人ごちて苦笑いする。
  受身になってはいずれ抜けない。そうでなくとも路地に近い道幅は、容易に並べるポイントが無いのだ。
  前方に、細いトンネルが見えたと思ううちにみるみる近付き、
  スピードの上がった今は、飛び込んだというよりは、飲み込まれたといった感覚に近い。
  ……ここで……半周。
  熱くなろうとも、どこかで冷静な部分が自身にそう囁いて、ヒューは前方を走るドルマの車を睨んでアクセルを踏み入れた。

  右に左に、カーブが車に襲い掛かってくる。
  加速とコーナーリングでは悔しいけれど同等。怖いもの知らずな点でヒューが僅かに上。
  ぐっと差を縮めて、前方のドルマの車体を擦るか擦らないか。冷や汗物の差まで縮めた。相手が捨て身で急ブレーキを一旦踏めば、確実に天国へいける最短距離だ。地獄かもしれない。
  隣にマルゥでも乗っていたら、金切り声を上げていただろう。
  滲む汗が首筋を垂れ、肩口で拭ったその瞬間、
  ばっ。
  表現するとしたらそんな音だ。
  前方のミラーに再びドルマの顔が覗いて、
  にぃ、と。
  勝ち誇っていた。
  それが視界の利いた最後だった。
  ありえないほどに強烈なフラッシュが、設置された壁のあちらこちらからヒューへ向かって放射される。
 「ぐ……ぅ……っ」
  涙が滲み、けれどそれもたちまち乾いた。
  見えない。
  ヒューの眼は義眼だ。
  昔抉ったその場所に、人工眼(アイ)を入れてある。地球よりP-C-Cへ居住して1000年。それなりな医学の発達で、ヒューの自前の視神経と義眼のそれは、なんの支障もなく接続されてはいたが、ただしこの義眼、支払いの時点で彼がかなり渋ったこともあって、性能はいいものの、レンズの絞りに癖がある。と、言うより光に対しての調節が出来ないのだ。
  あまりに強烈な光は、視界がハレーションを起こして、眩暈どころか眼圧が上がって頭痛を起こす。
  そもそも、月や焚き火の光でさえ眼に沁みるのだ。
  眠っている以外、灯り一つ無い暗闇ならともかく、マッチ、ライターの類の明かりでも、彼の眼には痛い。
  トレードマークとなっているサングラスは、洒落心が高じたものではなく日常生活に欠かせないもの。
  しかしドルマ一味に、そこまで見抜く力はなかったろう。
  おそらくは単純に、目眩ましを掛けただけ。眩み、あわよくばクラッシュをと、狙ったのだろう。必要以上にそれが聞いたのは偶然だ。
  その皮肉な偶然が、眼圧を急激に上がらせた。
  圧力を感じさせるほどの光量を遮る力は、ヒューのサングラスには無い。カーブの多いトンネル内で、視界が利かない。200キロ越えは自殺行為でしかない。
  猛烈な吐き気がヒューを襲い、
  思わず――ブレーキに足が伸びていた。
  無意識だった。
  踏み入れたブレーキペダルが、しかしあまりにすかすかと頼りなくて。
 「……ッ?!」
  手応えが無い。
  愕然とする。
  回線が完全に断ち切られているのだと理解するのに、刹那かかった。
  もとより、ドルマ一味に正々堂々と勝負をする気が無い。ゲームの最中に事故と見せかけて殺そうとしているのはよく判っていた。
  卑怯だ、と言える道理はヒューには無い。
  細工を仕掛けられていて当然のことだからだ。
  無理矢理見開いたヒューの視界は真っ暗だった。
  見えない。
  絶望的な答えが頭に浮かび、共に激しい衝撃がジープを襲う。
  曲がりきれずに壁に半ば削り取られた音だった。
 「ち……くしょう……っ」
  力任せに瞼を擦って歯軋る。
 「くそ……!くそ……!くそ……!!」
 「……死ね」
  カーステレオからドルマの嘲笑が流れる。
 「てめェの骸の前でてめェのD-LLを犯してやる」
  ハンドルに打ちつけた頭に、ドルマの声が響き渡る。痛いのは……身体か、心か。激痛にヒューが思わず喘いだ瞬間、

  くん、とハンドルが引かれる。
  ブレーキの手応えが不意に蘇る。

  ――私がきっと食い止める。

 「……お前、」
  カーク?


  不必要な視界は、目を閉じ遮断した。
  用意された椅子に座り、指を組んで俯いたまま、じっとりと額には汗が光っている。
  カークだ。
  設置された高台へ座っていた。
  目の前には巨大なスクリーン。
  ドルマとヒューの激走の様子を中継で映しながら、呑気なものだ。身に関係の無い観衆は、どちらが勝つかの賭けに湧いている。
  カークに見る余裕もなかった。
  あり合わせの材料で超特急に製作したプラグの無線通信は、実に不安定で、少しでも集中が途切れると回線切断されてしまう恐れがある。
  ドルマが、ヒューの車体に必ず何か仕掛けるだろうとは思っていた。
  車を点検することは許されない。
  故障箇所を直すことも出来ない。
  ヒューに渡したプラグ型の無線回線は、エアロ・ジープのメインコンピュータに直接働きかけるためのものだ。
  カークの特技は、どんなコンピュータにも即繋できること。彼の前では、どんなセキュリティもプロテクトも無効だ。
  一番早いのは直にその回線と繋がることではあったが、流石にこの状況でそれは出来ない。
  助手席に座れるはずも無い。
  であったから、離れていても無線で繋がることのできるプラグを、夜のうちに細工した。
  とは言え、ここまで車体が手酷く荒らされているとは、思わなかった。
  スタートできたのが不思議な位である。
  ジープ内のあちらこちらで、今にも焼き切れそうな回線を応急で繋ぎ直し、ブースターを変え、エンジンを半ば代替わりして動かし。
  無我夢中で補っていたところへ、悲鳴を上げていたブレーキシフトへ直結する線が、とうとうぶちりと切断した。
  ――無理だ。
  頭の中で演算を展開しながら、微かに彼は唇を歪める。
  この不安定な通信では、切れたブレーキを直すのに十数秒はかかる。他の補修を行いながら、片手間に出来ることではない。
  しかも、その十数秒で、主は確実に壁に車ごと激突する。
  ――激、突……する――?
  強烈な飢餓感にも似た、焦燥がカークの体内をまるで電流のように流れ走った。
  駄目だ。そんなことは、させない。許さない。
  ――い……や……――だ――!
  絶叫だった。
  相変わらず、見た目には静かに俯き座っているようにも見える彼は、声無く慟哭した。
  咄嗟に。
  差し出したのは、己のICだった。
  直すには時間が掛かる。ガタのきているジープのICでは、結局持つまい。
  差し出すと言うことは、車体の全ての問題部分が間接的ではなく、直接的にカークの身体に負荷をかけるということだ。間接的な通信接続は、それほどカークに負荷をかけない。情報が体内に取り込まれる際に、一旦緩衝されるからである。しかし。己の内部差し出した場合それは無い。以前に改変型ピックアップで、それと似たようなことをやらかして酷い目にあったことがあるが、今回は全ての箇所の肩代わりだ。
  きっと、その比ではない。
  プロテクト一つ掛けずに差し出すのは初めての経験だった。
  けれど迷いは無かった。
  途端に、
  全ての回線をオープンにした、無防備な彼の体を突き刺すのは激痛。予測以上のその痛みに、食い縛った口から苦鳴が漏れる。
  けれどそれはあまりに小さな悲鳴であったので、その場の誰にも聞こえない。
  ともすれば手放しそうになる集中力を保持しながら、カークは無心に祈った。

Act:20にススム
人間と機械にモドル
最終更新:2011年07月28日 08:14