【名前】瀧内翼(たきうち つばさ)
【容姿】長髪、茶髪、Dカップ(外見イメージは深田恭子)
【生年月日】1984年11月23日
【所属】フリーアナウンサー
【利き腕】右投左打
【守備位置】投・遊・中・右
【能力】最速148の速球に多彩な変化球、打ってはスタンド容易なパンチ力、俊足強打の二刀流
【背番号】1
     13(U-18)
     20(大学代表)
【球歴】武蔵府中リトルシニア→帝京→明治大学→なし
【性格】ムードメーカーといえるほど明るくはないが、決して暗くはない
本人曰くプレーで引っ張っていくタイプだった
【その他】東京出身
類稀なるセンスの持ち味の元投手
状況に応じて打たせて取るか三振を取るか、狙ったような投球ができる
打ってはシニア時代から中軸を担う打力を持っている
帝京高校に進学し、投打でアピール
84回大会にて甲子園ベスト4に進出する
日本代表U-18にも選出される活躍ぶり
その活躍を認められ、明治大学にスポーツ推薦で合格
大学でも変わらず投打に活躍し、チームの中核となっていた
大学日本代表にも選抜されプロ最注目株の一人として上位指名濃厚であった
しかしプロ志望届を出さず、彼女が進んだ道はアナウンサーだった
関東ローカルから始まり、活動していく
その経歴から時に始球式に呼ばれ、ものすごくいいボールを投げる
スポーツコーナーを担当することも多く
キャスターとしても多くの女子選手に取材をし、同性ならではの質問をぶつけたるも
嫌味がないため視聴者やスタッフの間でも軒並み人気で、選手からも好評
30歳を機にフリーに転身し、関東に限らず、プロアマ問わず野球の情報を伝えていこうとしており
自身のラジオ番組『瀧内イッキ打ち』では半分くらい野球トークじゃねぇかと聴取者から賛否両論(賛が多い)
野球のことをこれほど愛しつつ才能や実績がありながら野球を辞めたことに関しては多くの関係者から悔やまれており
野球を辞めた理由に関しては「練習で怪我したから」とだけ語っているが
そんな様子は見受けられないためそれが謎と憶測を呼んでいる
あだ名は『タッキー』や『タキつば』と、某アイドルを彷彿とさせる
母校帝京の先輩である西園寺真穂とは仕事の合間を縫って時折飲みに行ったりしている仲
名家のプロテニスプレイヤーと婚約しており
5歳の娘と、3歳の息子がいる
ちなみに別荘にはプールやテニスコートがあるなどかなり豪華である
旦那曰く「ラケットでも振りがかなり速い」と苦笑するほど
彼女の身体能力の高さを評価している

野球を辞めた理由

本人は怪我だと口にしていたが、実際は決して裕福ではない家庭のため
代表に選ばれたら辞めるという約束だったらしく、高校時代代表に選出されたが
その当時には野球をやりたい想いが強く、周囲の支援に助けられつつ親に懇願してまで大学野球を続けた
それでも約束は約束であったためか、ある程度『充実感』を得たらしく
複数人のスカウトからプロ入りを熱望されていた中
そのままプロ志望届を出すことなく、大学野球引退を機に野球から手を引いた
しかし野球そのものが好きなことには変わりなく
アナウンサー、スポーツキャスターという形で
経験者という着眼点を活かし野球に携わっていくこととなった

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最終更新:2019年08月08日 13:12