【名前】篠崎万里江(しのざき まりえ)
    ※旧姓:高木
【容姿】セミロングを横で括っている、茶髪、垂れ気味の目
【生年月日】1983年11月4日
【所属】熊本レッドリモナイツ 守備走塁コーチ
【利き腕】右投右打
【守備位置】外(主にセンター)・遊・二
【能力】2DDBBSA(2012年)
盗塁B、怪我しにくさE、守備職人、意外性、積極守備
【背番号】00(現役時代)
     79(コーチ)
【球歴】九州学院→亜細亜大学→熊本(06-15)→熊本コーチ(16-)
【性格】おだやかで、とにかく優しい
【その他】 地元熊本出身の元外野手
高校時代、九州学院で3年連続甲子園大会出場を果たす
1,2年とベンチ外だったものの3年にベンチ入りを果たし
中堅手として大ファインプレーを見せることもあったが、優勝は叶わなかった
(このプレーに関して、当時は「目いっぱい腕を伸ばしたらグローブに入ってた、偶然です」と語っている)
亜細亜大学入学後に、守備のさらなる目覚ましい覚醒を見せ
守備に限れば大学No,1外野手との呼び声が上がるほどとなった
同期として現ソフトバンクホークス松田宣浩がおり
『タカ』『マッチ』と呼び合うくらいの関係性ではあった
彼(松田)が「大学時代を厳しいと思ったことない」といった旨の発言には内心ヒいていたそうだ
2005年ドラフトにて熊本レッドリモナイツに指名される
ルーキーイヤーから時折スタメンとして起用されるも、なかなか打撃成績がよくならなかった
その一方、非常に安定した守備力を誇っており、守備でお釣りがくるとも言われるため
決して他の選手の守備が悪くなくとも、外野への当たりが抜けると「篠崎なら捕れていた」とまでファンから言われていた
俊足を生かした広い守備範囲と抜群の打球判断で、抜けると思っていた当たりを捕った際に『マリエリア00』などと呼ばれることもあった
打者の打球傾向を分析し、初めから守備位置を少しずらすなど研究にも余念がない
2008年シーズンオフに結婚、登録名も新姓の篠崎に変更
甘い球を真芯で食えば軽いスイングながらものすごい当たりを飛ばすこともあり、全盛期には2桁11本のホームランを放ったこともある
華麗なダイビングキャッチを披露する一方、積極的な守備での怪我も目立ち、なかなかフルシーズン出ることが出来なかった
しかし規定打席到達したシーズンでは必ずと言っていいほどゴールデングラブ賞を獲得している
守備要員として外野手以外にも二遊間を任され、安定した守備を見せていたが
2014年辺りから「今まで捕れていた打球が捕れなくなってきた」と語っていたものの、技術で何とかカバーしていた
2015シーズンには小さな怪我が重なったこともあり、そのシーズンでの引退を発表
引退セレモニーでは、ソフトバンク松田からもメッセージが寄せられた
翌シーズンからは守備走塁コーチとして関わることとなり
自分のようにならないようにと、無理をしない守備を主に指導している
基本的に怒ることはなく、なるべく誉めて伸ばそうと考える
一方きっちりと問題点や弱点は(優しく)指摘し、自分の技術を継承しようとしている

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最終更新:2019年09月16日 02:15