「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第18話「ささやかな願い」アバン

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匿名ユーザー

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――私は変わった。
変わらざるを得なかった……私の好きな人を守る為に……。
                  ――メイリン=ザラ


「…………?」

いつの間にか来たのだろうか。
覚えの無い景色が広がっている。

大草原に一面敷き詰められた牧草が風にそよいでいる。
遠くに見える小さな家々は、夕餉の支度をしているのだろう。
煙突からほのかに煙がたなびいている。
――夕焼けがやけに目にしみた。
今の自分がいるはずの無い場所、昨日までいた場所とは違う場所。
でも記憶のどこかにしっかりと染み付いていて――。
それは甘くて、切なくて、そして――とても懐かしい。

「……ああ、ここは……」

幼い頃住んでいた自分の故郷。
そして今は無い大地。
その名は――かつての大戦の発端となったコロニー、“ユニウスセブン”と言った。

人工のものであっても、健やかな、青々とした空。
その下の遠くに自分達の家が見えた。
赤い屋根をした小さなコテージ。
そして遠い昔、メイリンはそこに住んでいた事がある。
父と母、姉と――家族四人で。

(ああ、そうか……これは“夢”ね)

今の自分からは、到底考えられない――こんなに世界が綺麗に見えた日々があったのだと云う事が。

「メイリーン! こっちこっちー!」

コテージの縁側から姉ルナマリアが手を振って呼んでいる。
その側にある小さなテーブルでは、父と母がお茶を囲んでいた。
皆が微笑んでいる。
笑ってメイリンの事を待っていた。

失くしたものが、そこにあった。
もう一度欲しかった、あのぬくもりが。
メイリンは、家族の待つコテージへと向う。
草原に一歩踏み出すと、足に伝わる柔らかい大地の感触が心地いい。
ここが夢ならば、出来るだけ見ておきたかった。
幸せだった時を忘れないように。


「う……」

目が覚める。
空気が僅かにひんやりと冷たい。
次第に意識がはっきりしてくる。
暗い部屋の中、視界に最初に写ったのは時計だった。
時間は午前4時。
まだ夜が明けるには遠い時刻だった。

「……あんな夢を見るなんて……。久しぶりね、何年ぶりかしら」

軽く寝汗をかいたようだ。
体を起こし、そばにあったタオルで汗をふく。
捜査本部の仮眠室ではなく、久しぶりにホテルで寝たせいなのだろうか。
とうに忘れた――否、記憶の奥にしまった思い出に、メイリンはわずかに戸惑いを覚えつつも、もう一度思い返す。
不意に蘇った暖かい思い出を、いつまでも忘れないように。


メイリン達一家は休日やバカンスシーズンになると、よくユニウスセブンにある別荘に来ていた。
ユニウスセブンは農業コロニーで、最新科学の推移を集めたその外観とは裏腹に、中の居住空間は地球のそれと比べても遜色のない自然にあふれかえっていた。
緑豊かな森林や深く蒼い川や湖。一面に広がる大草原。
小鳥が気持ちよくさえずり、魚が水面を跳ねる。
そんなコロニーに、父は一軒の小さなコテージを買い、家族を連れてきたのであった。
科学文明だらけのプラントからは想像も付かない光景に、当時まだ幼い頃のメイリンもルナマリアもひどく戸惑ったものだ。
だがそれは直ぐに好奇に変わっていく。
初めて目にする光景、体験にホーク姉妹は瞳を輝かせて一喜一憂した。
川で泳いだり、草原を走り回ったり。
時には父と共に薪を割り、それで起こした火でココアを作ったりもした。
プラントの首都アプリリウス市とは全く違う、鮮やかな星空に二人とも我を忘れて見入っていた。
それは紛れも無くメイリンにとって、かけがえのない大事な思い出だった。
――父が、ユニウスセブンと運命を共にするまでは。

あの日、たまたま予定の仕事が早めに終わった父は、家族よりも一足先にユニウスセブンへ向かった。
ホーク姉妹と母に「先に別荘に行っているよ。川で美味いマスでも釣って、待ってるからな」と言って。
それは、運命の分かれ道に間違い無かった。
――しかしC.E70.2.14、運命の日。
地球連合によるユニウスセブンへの核攻撃。
いわゆる『血のバレンタイン』が起きる。

ユニウスセブンへ向かう定期便の中で、「ユニウスセブン崩壊」の第一報を受けた時、メイリン達はにわかに信じられなかった。
……そして、信じられる様になった時には、既に世界は崩壊し始めていた。
大西洋連邦とプラントの血で血を争う殲滅戦争――国力で劣るプラントは長期化する戦線を視野に入れ、学徒動員を発令。
徴兵制でこそ無かったものの、殆どの子供達が戦闘訓練を受け、戦地に送り込まれていく状況。
……ホーク姉妹とて例外ではなかった。
涙ながらにホーク姉妹を見送った母に、ルナマリアは努めて明るく答えた。

「大丈夫だって、母さん。必ずあたしがメイリンを守るから!」

……よもやそんな思いすら当の自分が踏みにじる事になるとは、メイリン自身全てが終わるまで気が付かなかった。

ふと窓を見るとカーテンの隙間からパリの街明かりが透けて見えた。
外はまだ暗い。
夜明けまでもうしばらく時間がかかるだろう。
あと一眠りはできそうだ。
ベッドの上で膝を抱きながら、メイリンは思う。
姉ルナマリアと敵対し、血みどろの宇宙で戦った事を父が知れば一体何と言うだろうか?
その末に姉が死んだ事も。

(それでも……私は……)

選択したのは、自分自身だ。
悔やもうが、悩もうが、自分で選択した事だ。――それについて、後悔はしていない。してはいけない。
だが――己が選んだ未来に、ルナマリアや、母は居なかった。
友達だった女の子や、ヨウランも、ディーノも。
……ちょっと好きだった男の子も。
彼等の事は、片時も忘れた事は無い。――だからこそ、思わなければならない事がある。

(もう私は、昔の私じゃない。今更、戻れやしない……)

甘えん坊で、口ばかり達者で。姉の影に隠れて、姉と下らない事で張り合って。
それは、楽しい思い出――もはや、思い出にするしかない事柄。
当時を知る者が今のメイリンを見ると、その変わり様に驚くらしい。
……それはそうだ、そうで無ければメイリンとて理性が持たないのだから。
違う人間にならなければ、自分が犯してしまった罪業が受け止めきれないのだから。

(それでも、私はアスランを守る。私の夫を――本当に心から愛した、あの人の事を……)

もはや過去は過去であると、心に言い聞かせながら、メイリンは再びベッドに潜り込む。
せめて夢の中だけは、今を忘れていたいと願って。



――ハッハッハッ。

息を吐く。息を吸う。
リズムよく、常に一定のテンポで。

――ハッハッハッ。

一呼吸する度に、足が大地を蹴り、弾む。
まるで飛翔するように、軽やかにセシルはトラックを駆け抜ける。

――ハッハッハッ。

自分の前には誰もいない。
自分に追いついてくるものも誰もいない。
一緒にスタートした並走者達もすでにコースのはるか後ろだ。

――ハッハッハッ。

息も乱さず、型も乱さず。
その一歩一歩がカモシカの様に伸びやかに、跳ねていく。
セシルは思った。
風だ。
今、自分は一陣の風になっているのだと。
まだ肌寒くも、乾いた空気が心地よい冬空の下、疾走者はそのままゴール。
彼は陸上部の仲間達に歓呼の声を持って迎えられた。
この競技場での新記録だった。
友達に散々冷やかされたり騒がれたあと、セシルは一休みしようとコースの脇に行く。
するとポニーテールをした一人の少女がそこにいた。
綺麗に整った目鼻に、少し勝気そうな雰囲気が印象的だった。
ユニフォームから見ると、アスハ記念女学院の生徒らしい。
だが分かったのはそれまでで、名前までは知らなかった。
無理もない。
オーブに留学してきたばかりのセシルにとって、自らも通うオロファト第一高等学院の友達や部活仲間の名前を覚えるのがやっとで、隣の女学校の事など関心外だったからだ。
次に走る順番なのだろう。
セシルは何となく彼女に会釈をして、その脇を通り過ぎようとする。
するとすれ違いざまに、不意に少女が声をかけてきた。
ニコッと小さく微笑んで。

「貴方、凄く綺麗なフォームをしてるのね」

セシルとシノ。
それが二人の出会いだった。


自室の窓から外を見ると、東の空がわずかに白んできたのが分かった。
もう夜明けは近いのだろう。
夜空に残った星々を窓辺で見つめながら、セシルはオーブに留学していた頃の事を何度も思い返していた。
これで正しかったのだろうか?と。
選択肢が無いのは分かっていた。
オーブ留学も自分の意思ではない。
それが”機関”から課せられた任務であり”実験”だったからだ。
――『人体革新開発研究機関』
それが今の自分の雇い主である。
セシルは弟の命をつなぐために、機関にわが身を差し出し、実験台となった。
人間を最新技術によってより強化・改造した完全なる戦闘マシーン『エクステンデッド』へと。
自分を担当していた研究員に言わせれば、オーブ留学は「強化された人間が中長期に渡ってメンテナンスを受けなくても、日常生活に影響が無いか否かを調べる」実験なのだそうだ。
彼曰く、完璧な兵器とは単に戦闘力が優れているだけでなく、壊れにくい事やその整備や補給が容易である事が必須であるという。
先の大戦で投入されたエクステンデッドは、この後者の部分で大きな問題を抱えていたらしい。
セシルはこの問題点を解消するべく改良されたエクステンデッドなのだと。
オーブという最も支援を受けにくい地域で、生活する事はまさにその実証試験、という訳なのである。
以前、研究所のベッドで薬を投与されながら、セシルはふと研究員に尋ねてみた。

――俺みたいな人間を作って一体どうするんです?
――簡単ですよ。人類をより超越した進化を遂げた超人類。コーディネイターを超えるスーパーマンを作りたいのです。
――スーパーマンですか? ハハッ、空も飛べないのに? 力も機関車には勝てませんし、銃で撃たれればイチコロですよ。
――ですが……モビルスーツに乗ればまさに無敵になります。
――……。
――戦争はいつ起こるか分かりません。現に今でも世界中でテロや内戦、反政府活動が巻き起こっている。新生エクステンデッドは戦場における真なる切り札となるでしょう。
――戦場って……。一体誰と、何と戦うんですか?
――――さあ、それは私や貴方が決める事ではありません。命令があればそれに従うまでです。私も、貴方も。

研究員はそれ以上何も言わなかったし、セシルもそれ以上問わなかった。
そしてその答えは留学してから約一ヶ月半、留学期間の予定半ばで知る事となる。

――作戦が決まった。至急、帰ってきてくれたまえ。

機関の所長は電話でそう言い、急遽ズールの街に帰ってきたセシルを一人の女に引き合わせる。
まるで蛇のような、あるいは獣のような、一種近寄りがたい気配を漂わせるその人物は――名をシーグリス=マリカと言った。
そしてセシルは己の運命を知る。
驚きと怖れと共に。

(いつから歯車が狂ったんだろう?)

だがシーグリスに出会った事すら、今ではまるで別世界の様だ。
今のそうセシルには思えた。
この街に帰ってくるまで、「自分は明日には死ぬんだ」と思い続けた。
戦争。
自ら出撃しての戦い。
エクステンデッドとして強化された以上、何時か必ず来る事にしか思えず、またその運命を受け入れなければならない事は納得していた。
――上手くいけば無事に帰って来れますよ。
そう時折、研究員から慰めの言葉を投げかけられたが、それも自分を案じての事ではなく、ただ作戦の成功率を上げる為の方便に過ぎない事も良く解っていた。
怖かった。
弟を残して一人死んでいくことが。
誰もいない地で、朽ち果てていく事が。
強化改造の末に押さえ込んでいたはずの感情に、セシルは日に日に押しつぶされるような思いを抱きはじめた。
そんな時に、セシルは再び少女と再会した。
オーブで恋の落ちた、あのシノと。


「……ううん」

甘い吐息。
その声にふと振り返ると、自分のベッドの中で少女が寝返りをうっていた。
毛布からわずかに覗く彼女の肩がなまめかしい。
思い描いた夢が、もう捨てたはずの幸せの形が、今セシルの両手の中にある。
シノ=タカヤ。
最愛の人。
捨てた自分をオーブから追いかけてきて、見知らぬこの街で探し当てて――。
それを拒絶できる程、セシルの心は強くなかった。
こうして互いが互いを求めたのは必然だったのだろう。
ベッドに戻るとセシルは、シノの肩に毛布をかけ直してやる。
すると眠りが浅かったのか、シノの目がうっすらと開く。

「あ……セシル……。もう起きてたんだ」

心の底からの笑顔を浮かべ、迷いの欠片も無い澄んだ彼女の瞳は、ゆっくりとセシルを包み込む。
ふわりとした感触が、あの時の思いをそのまま思い起こす――幸せだったオーブでのひとときを。
最後に残った理性が、軋みを上げる。

「どうしたの? いつまでもそんな格好でいると風邪引いちゃうわよ。明け方はまだ寒いんだから。ほら」

そう言ってシノはセシルを自分の毛布に引き入れ、抱きしめる。
シャンプーの良い匂いが、鼻腔をつく。
柔らかいふくよかな素肌の感触に、セシルの思考が甘く麻痺していく。

「シノ……」
「何?」
「ずっと……俺のそばにいてくれるよね」
「どうしたの?セシル。当たり前じゃない……。ずっとずっと一緒よ。私達」

シノの声がわずかに潤んでいる。
彼女も悟っているのだろう。
シンデレラにかけられた魔法が切れる時刻、午前零時はもうまもなくなのだと。
だからだろうか。
心の底からの愛情が、言葉の節々に表れていた。
それはセシルの凍てついた心に容赦無く侵入する。
気づけばセシルはシノを力一杯抱きしめ、そのまま覆いかぶさっていった。
このまま朝がこなければいい。
それが今のセシルの唯一無二の願いだった。


このSSは原案SS第18話「ささやかな願い」アバン(原案)を加筆、修正したものです。

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