「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第3話「塵芥のガンダム」Aパート(アリス氏原版)

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 思いの外、件のレシプロ機“正直じいさん”号でのオーブからコーカサスまでの六十時間に及ぶ旅は快適と言って良いものだった。とはいえ、これは“この様な機体に乗った事のない”ソラ=ヒダカがその豊かな感受性によって想像された個性溢れる艱難辛苦と比べれば、というもので――実状は“何とか無事に着いた”というレベルの代物だった。
 「はー……スリルとサスペンスって楽しむ為にあるものであって、体感する為に有るもんじゃ無いわよね」
 コニール=アルメタが誰にも聞こえない様にぽつりと呟く。その一言がこの旅を客観的に表していると言えよう。最初から最後まで「やる事が無いなら寝る」と早々に戦線離脱(?)したシン=アスカは慧眼と言って良いのだろうか。……単に余りにも居たたまれない機内の雰囲気に白旗を上げ続けた、とも言えるかも知れないが。
 そんな二人の様子を横目に、ソラ=ヒダカと云えば――ヘタレていた。
 「私、まだ生きてるんですよね……?」
 息も絶え絶え、顔は真っ青。とはいえ、心の中の暗雲は到底晴れそうな様子がない。要するに、全てに於いて救いが見えない状態と言えば良いだろうか。
 《残念ながら、事実だ。現実を見据える努力は時として有意義だ。……まあ、現状に於いて君は十分にその責務を果たしていると言って良い。誇って良いと思うぞ》
 そんなソラを元気付けるかの様に、ソラが左手に填めている腕時計が言う。“AIレイ”と名乗るその奇妙な腕時計は、この集団内に於いて最大クラスの発言力を持っている――単に他の人間達がどれもこれも、というだけかも知れないが。実際、ソラはこの腕時計の見識の確かさ(?)には舌を巻かされっぱなしなのだ。非常に奇妙な言い方だが、ソラにとってこの集団内ではもっとも頼れる存在と言えるだろう。……腕時計であっても。
 そして、そんな腕時計は未だヘタレている男女二人へ矢継ぎ早に指示を出す。
 《シン、何時までもボーッとしているな。最も疲れているのはこの少女だろう、お前がそんなザマでどうする。早く車を回してこい。コニールはとにかく一報を入れなければならんだろう。……その間、ソラは俺が面倒を見る》
 あまりにも的確な物言いに、コニールとシンは早速動き出そうとして――その事実に気が付く。
 「はいはい、解ってるわよ……ん?」
 「ったく、人使いが……て、ちょっと待てレイ。お前、“腕時計”なんだぞ? どうやってソラを見張っているつもりなんだ?」
 《何、問題はない。この聡明な少女は今更じたばたしてもどうにもならん事はとうに気が付いている。なあ、ソラ?》
 「……ええ、まあ」
 褒められて悪い気はしないが――事実として“こんな遠い異国でどうしたら逃げられるのか”という問題をどうやって解いたら良いのか解らない現状では、大人しくしている他無い。当座に危機が無いのなら、ソラの出来る手は――大人しくして、いざという時の力を蓄えておくことだ。
 (見てなさいよ。警察さんの姿が見えたら一目散に駆け込んでやるんだから……!)
 ソラの瞳に炎が浮かんでいる――まあそれは気のせいとして。この様な事をソラに吹き込んだのは、他でもないAIレイである。短い間にAIレイはソラの扱いを良く心得ていた――そして、このコーカサス地域には“警察組織”等というものがガルナハンやアリーなどの大都市にしか存在しないことも。ソラ達の居るこの場末の空港には、そんな組織など欠片も無いことも。……奸智に長けるとは、こういう事だろうか。
 結果として、ソラが多少この空港内を歩き回ったところで何の解決にもならなかった事は付記しておく。


 コニールがバンダナでソラに目隠しをして、シンの運転するジープは場末の空港を後にする――暫くしてコニールがソラの目隠しを外すと、そこは一面の荒野だった。
 「まあ、こんなトコ覚えたって覚えようが無いからね」
 ソラは、今度こそ呆気に取られた。ようやく、自分がどんな僻地に連れてこられたのか理解したのだ。
 見渡す限りの荒野、荒野、荒野。地平線の彼方まで荒野。大きな木々は殆ど生えて居らず、一筋の道路がひたすらに続く。目立つ建物も山脈もなく、これでは素人のソラがどれ程世界を目に焼き付けたとしてもまるで意味の無いことだろう。
 ガムテープで幌の破けたジープに補強をしながら、コニールは言う。
 「この荒野のどっかに、あたし等のアジトがあるのよ。まずは、そこへ向かうわ」
 「こんな荒野の真ん中に、人が住んでるんですか?」
 それは、嫌味でも何でもない。オーブという恵まれた場所に生まれ育ったソラの本心だ。それが解るからこそ、コニールは一瞬眉根を寄せたが、直ぐに気を取り直して言う。
 「コロニーさえあれば、宇宙空間だって人は住める。そういう事よ」
 「……そう言われれば、そうですよね」
 うんうん、と納得しつつ――ソラは思いだしていた。あの時、聞いた言葉を。

 <――やっぱり一度、私たちのアジトに連れて行くしかないみたいね>

 「アジトに着いたら私……どうなるんですか?」
 ソラにとって、それは考えまいとしていたことだ。それは、一つの結論なのだから。この状況が、きっと更に悪くなるであろうという結論の。
 スカートの裾をぎゅっと握る――折れそうな自分の心を、支える様に。
 そんなソラに、出来る限り優しく笑いながらコニールは言う。
 「心配しないで。アタシ等に出来る限りの事はしてあげる。ソラちゃんに危害を加える様な事はしない、それは信じて欲しい。そんな事になったら、アタシが必ず守ってあげるから。ね?」
 それは、コニールの本心でも有るだろう。コニールとて、出来ない事があるのは知っている。だが、だとしてもこの子に危害を加える輩が居たとしたら、それから守るのは紛れも無く“出来る事”だ。そして、それはコニール自身もやりたいことだ。だから、自然と力強く言う事が出来た。
 《なに、安心しろ。俺はソラの味方だ。悪い様にはせん》
 ……最も、直ぐその後に更に偉そうに、かつ力強く言う奴が居ては説得力に欠けてしまうが。
 (アンタ、腕時計の癖に何をどーする気なのよ……)
 コニールは心の奥で突っ込みを入れたが、敢えて口には出さない。ソラの前で、更に彼女を不安にしたくはないからだ。その代わり、こんな事は言うが。
 「そーだ、ソラちゃん。今回の直接原因のあの馬鹿を、アジトに着いたら好きにしてくれて良いからね? 殴る蹴るの暴行を加えても全く問題ないからね? 何ならひんむいても……」
 《ふむ、それは良案。ソラにもストレスが堪っているだろうし、発散先としては……》
 「……は、はあ……」
 もはやソラは曖昧に頷かざるを得ない。とはいえ、今正に制裁与奪権が譲渡されそうになっている当人はジープの運転席から懸命に訴えていた。
 「コラコラコラ! 何を言ってるんだお前等は!?」
 「何よ、アタシがこんなに苦労してるのはアンタのせいなのよ! 少しは責任を感じたらどうなのさ!」
 「責任は感じてるが、その償い方は間違ってないか!?」
 《いやいや、一概には言いきれんぞ。かつて中国王朝に於いては……》
 「そんな旧世界の法律なんて知るかぁっ!」
 ……その騒動は、日が暮れるまで続いた。結果として日暮れ近くにはアジトに着いていたので、ソラはあまり悪い考えをしないで済んだ。コニールの狙いは、辛くも成功したと言えるだろう。


 再びバンダナで目隠しをされ、ソラはコニールに誘導されて“アジト”に入っていった。
 暫くすると、直ぐに肌寒くなってくる。室温が低いのだ。この地域独特の工法で立てられている建物だから、外の熱に対する為に様々な工夫がある。この部屋の様に、窓が天上の空気穴くらいしかないというのもそうした工夫の一つだった。
 その部屋には、人が居る――それは直ぐに解った。とはいえ、それはソラが聡いというより。
 「やあやあ、お帰りコニールにシン君。……あれ? そちらのお嬢さん――わああ!?」
 順番に説明すると、朗らかに語りかける謎の人。その朗らかさに呆れかえる二人。そして、ソラに気付き、話しかけようとして――室内の何かが崩れてきたのだ。音からして、本か何かだろうか。
 「ちょっと、リーダー!? もう、だから部屋ぐらい片付けろってあれ程……!」
 「おい、無事かリーダー!? 今、確か百科事典が後頭部直撃だったぞ!?」
 《ふうむ、我らがリーダーの最強の敵は戸棚の上の百科事典か。重いものは高い場所に置くなという警鐘か。参考になったな、ソラ》
 「………………はあ」
 他に何を言えというのだろうか。
 ソラは、改めて自分が連れてこられた場所がどこだか自問しなければならなかった。


 「……改めて、お帰り。二人とも無事で嬉しいよ」
 そう、リーダーと名乗った男性は朗らかに言った。ソラはようやく目隠しを外して貰い、その“リーダー”を直視することが出来たのだが……これがまた。
 (私、何処に来たんだろう……?)
 自分一人がシリアスだった――ひょっとしたらコレはそういう事なのだろうか。
そのリーダーという男は中肉中背、まあ服装も、ルックスも恐らくは悪くないだろう。ただ一箇所、場違いすぎる仮面を付けていると云うことを除けば。何しろ、その仮面と来た日には仮面舞踏会に出る気障な男が被りそうな代物だったからだ。やや散文的な物言いだが、とにかく違和感のある仮面を被る男だった。
「ただ今戻りました、リーダー」
そうコニールが代表して敬礼する。シンも、形だけは敬礼する……妙に凝りのある敬礼だが。とはいえ、そんなシンにリーダーは好意的な笑みを返すのみだ。別にこの程度は、この二人の間では非礼にならないらしい。
 そして、リーダーはソラに向かって一歩進み出ると、深々と頭を垂れる。
 「お話は伺っています。ソラ=ヒダカさんですね? この度はこちらの不手際でご迷惑を掛けたとの事、誠に遺憾に感じています。私はこの者達のリーダーをやっております、ロマ=ギリアムと申します」
 その奇妙な仮面の男は、すらすらと謝辞の言葉を紡ぐ。どうやら、伊達で仮面を被っている訳では無い様で、礼節については正に“板に付いている”風だ。絵本の仮面舞踏会から抜け出てきたかの様な男だが、どうやら中身もその様な人間らしい。
 「……ソラ=ヒダカです」
 圧力――というか、名乗らなければならない様な雰囲気に押され、ソラも名乗る。
 そんなソラに満面の笑みを向け、ロマは朗々とこう言った。
 「ようこそ、我々の組織“リヴァイブ”へ。貴女の意志でここに来たのでは無いにせよ、私ロマ=ギリアムの名において当地での貴女の安全は保証しましょう。何故なら我らは、この地を守護するレジスタンス組織であるが故に」
 ……その言葉の意味を、ソラは全て理解することは出来なかった。彼等がテロリスト組織であることは知っていたから、尚更に。


 「……なんだ、帰ってたのか」
 そう、サイ=アーガイルが言ったのはシンがこの場所に来てから大分時間が経ってからだった。
 「邪魔しちゃ悪いからな。声は掛けなかった」
 「だったら手伝ってくれ。まだ終わらないんだ」
 ここはリヴァイブのアジト内、モビルスーツデッキ。……とは名ばかりの、適当な倉庫を適当に改装して作った作業場である。一通りモビルスーツの修理などは出来るが、それ以上の事は期待してはいけないだろう――とはここの主であるサイの意見。
 シンは、おおよそ十五分ぐらいサイの作業を眺めていた――正確には、サイが作業しているモビルスーツをずっと眺めていたのだ。
 「これが、“ダストガンダム”か」
 「まだ、全部のパーツ組み合わせてないけどな。明日の昼頃には組み上がるよ」
 それは、まだ骨組みだけと言った方が良いのかも知れない。装甲がちゃんとしている所もあれば、まだ剥き出しのままの箇所もある。頭部パーツなどはまだ“顔”に当たる部分が未だに填め込まれて居なかった。
 「お前の希望通り、操作性はかなりピーキーに仕上げておいた。……仕様書は後で目を通しておいてくれ。いきなり壊されたんじゃ、こっちの身が持たないからな」
 「善処はするさ」
 机の上にあった仕様書を手に取り、ぱらぱらと捲るシン。ふと、サイが作業の手を止めてシンに向き直る。
 「そういやお前、女の子を一人拉致って来たって?」
 「……誰に聞いた? シゲトか?」
 非常に苦々しい顔をしながら、シン。
 「いや、リーダーから。さっきここに遊びに来ててな」
 「あのオッサンは毎日毎日、飄々として……」
 いっそこの場に居れば殴ってやろう――そんな風に拳を握るシン。最も、居ないからこそのポーズでもあるのだが。
 「……で、どうするんだ? その子の事」
 それは、シンが今一番苦悩している事である。それをずばりと言う所に、サイの優しさがある。
 「何とかオーブに帰してやれたら……そう思ってるよ」
 その横側は、シンという人間本来のものだ。年相応の、青年の横顔だ。そんなシンに、サイは更に言う。
 「現状では、それは難しいだろうな。お前だって解ってるんだろう?」
 「……解ってるよ」
 だからといって――。そう思ってしまうところが、シンという人間には有る。諦めが悪い、と言えばそうなのかも知れない。何時までも何時までも、ずっと思いを引き摺ってしまうのは悪いことなのかも知れない。けれど、サイにとってはシンのそうした所は得難い、良い所なのだと思える。……だから、こう言った。
 「まあ、そうそう諦めるな。リーダーがさっき『色々手を尽くしたい』って言ってたしな。あの人の口癖は知ってるだろ?」
 「“我々は、みんなで幸せになるんですよ”――か? そういう事を言うから、“王子さま”なんて揶揄されてるんだよ、アイツは。“世間知らずの王子さま”ってな!」
 シンがそういう理由は、サイは薄々知っている。シンという人間が背負う苦悩も。……だからこそ、サイは見守ってやらなければならないと思うのだ。
 「まあ、王子様の手際を見てやろうや。ま、その前にお前はお姫様の面倒を見なきゃな。荒くれだらけのリヴァイブの連中から、ちゃーんと守ってやれよ? 俺はダストにかかり切りだからな」
 「……解ってる」
 仏頂面で、シン。とはいえシンはこういう時、決して嘘は言わない。この様に言うのなら、本当に全力でソラの事を守るだろう。それが解るから、サイはこれ以上シンをからかうのを止めた。
 これ以上遊んでいる訳にもいかないのだ――何しろ、ダストはまだ出来上がっていないのだから。


 「我々“リヴァイブ”は、東ユーラシアはコーカサス州を中心に組織された義勇兵団です。まあ世間様では“テロリスト”などと言われていますが……。リヴァイブという組織名は“再生”を意味しており、私どもの理念である“平和な世界の再生”を端的に表したものです。まあ、即ち……」
 あの後、ロマ=ギリアムという名のリーダーはリヴァイブのアジトを率先して案内してくれた。というより、「ここに近寄ってはいけません」という類の案内ではあったが。その他の雑務があるというコニールが居なくなると、ソラはやはり心細くもなるのだが……これがまた、このリーダーという人間は人を飽きさせない名人だった。
 「……それにしても、今年はジャガイモが豊作だったんですよ。取れたてのジャガイモ、こんなに美味しいものはない! ポトフにしたり、或いはすり潰してカラッと油で揚げればフライドポテトにもなる。やはり人類というものはこの様な事に幸せを感じる事が出来る――それはとても素晴らしい事だと思うのですよ。ソラさんも、そう思いませんか?」
 「……は、はあ」
 これらの発言をオーバーアクションもかくや、という仕草付きでひたすらに言い続ける。合いの手を入れるだけでソラには一杯一杯だった。
 とはいえ――やはりソラの顔は晴れない。当たり前だ。見知った世界から連れ出され、こんな本来は言葉すら通じない、風土も気候も違う場所に来てしまったら。落ち着いてくれば落ち着いてくる程、オーブが懐かしく思うのは誰しも止められない事だろう。
 それは、ロマも熟知していたのだろう。一通り案内して、辺りに誰も居ないのを確認すると、ロマはソラに向き直り言う。
 「……あまり、その様に落ち込まないで下さい。貴女をオーブにお返しする方法については、既に手を打ってあります。貴女がここで暮らすのは、良くて一週間程度ですよ」
 その言葉の意味を、ソラは直ぐに理解出来ないで居た。直ぐに反応したのは、腕時計の方だ。
 《随分と手際が早いな、リーダー。コニールの一報を聞いてから直ぐに動いたな?》
 「そりゃそうさ。出来ることがあれば、直ぐに動く――リーダー足る者、かくあるべし……てね」
 人差し指を立てて、ロマ。その顔は、本当に道化師の様だ。ソラはようやくロマの言ったことを理解すると、やはり感情の発露を止められなかった。
 「帰れるんですか!? オーブに!」
 その声はそれ程大きなものでは無かった――が、ロマは大慌てでソラに口を塞ぐ様にジェスチャーする。
 「しー、静かにっ! あまりここでは言えない事なんですよ。理由も明かす訳にはいきませんが……私のツテで、貴女をお国に帰すことが出来ると思うんです」
 「……ツテ?」
 「平たく言えば情報屋ですよ。オーブ国内に友人が居まして、手紙の遣り取り位はしてるんです。最も彼自身は私の友人と言うだけで、テロリストでも何でもないですが……。その彼に連絡を取れば、貴女をオーブに送り届ける手筈位なら整えてくれるでしょう。お金持ちですからね、彼は」
 《良いのか? ソラにそんなことを言って。まして、組織にも秘密だったんだろう?》
 AIレイが警鐘を出す。対してロマは曖昧に微笑んだ。
 「まあ……秘密って言うか、その人は本当にただの私の友人なんだよ。だから、組織内で知られて、何かあったら嫌だなって思っていたんです。けれど、こういう事態になってしまってはね。……ただね、ソラさん。一つだけ約束してくれませんか?」
 「何でしょう?」
 ソラは少しだけ身構えた――相手はテロリストなのだと自問しながら。しかし、ロマの次の言葉は何とも毒気の無いものだった。
 「その友達にも言っておきますが、我々の事は秘密にしておいて下さい。貴女の為でもあるし、僕等のためでもあるんです」
 それは、口封じ――という程のものだろうか? あまりにも軽い口調だから、子供同士の約束事の様にも聞こえてしまいそうな、そんな言い方だった。ソラは曖昧に頷いたが、どうにも心に凝りの様に思いが募っていく。――意を決して、ソラはその凝りを言葉にして出してみた。
 「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
 この人達は、テロリストの筈なのに。
 凶悪な、人の命なんか何とも思わない様な人々なのに。
 それなのに、今この人は自分の友人を晒してまで、自分の事を救おうとしている。ソラの様な少女が考えても、不可解な事なのだ。
 「どうして、ですか? ……うーん、どうしてでしょうね。コニールお嬢さんから一報を貰った時から、特に考えもせず『友人に頼るしかないか』と考えたもので。
 何でしょうね? でも、私は何時も、こう考えてるんですよ。
 『私達は、みんなで幸せにならなきゃならない――みんなで、幸せになる世界を作らなきゃいけない』。だから……貴女が幸せになれるのなら、私は多少の苦労ならしても良いと思うんですよ」
 ソラには、その言葉は――その言い回しは、聞き覚えがあった。
 (……そうだ。ラクスさまは、何時もこんな事を仰っていた)
 『人が産まれ、生きていくのなら――その人達は全て“幸せ”になる権利があります。それは、私どもや皆様が、絶えず一つの目標へ向かって歩むことで得られる幸せの構図。私は、その様な世界を現出する為に、その様な世界への道筋を指し示す為に――この場に居るのです』
 それは、ソラにとって福音であった。紛れも無い、“この人に従えば幸せになれる”という福音だった。……けれど、何故それと同じ様な言葉を、こんな場所で、こんな相手から聞くのだろうか。
 この人達はテロリスト――ラクスさまの“敵”の筈なのに。
 ソラには、まだこの二つの思考の違いについては解っていなかった。だから、奇妙に感じていた――この二つの思考は、似て非なるものだ。それは、どのように違うものなのか……。
 「さあ、ソラさん。当座の宿へご案内しますよ。……こちらです」
 そんな風にぼんやりと考えていると、既にロマは先に立って歩いていた。レイに促され、ソラは慌ててその後を追っていった。


 「『――また、貴殿に見せたい光景がある。コーカサスの片田舎でお土産を用意して待つ――』ね。暗号でも何でもない電文。こういう方が見逃される……そう思ってたんですか?」
 そこは、オーブの中でもそれなりに名家の屋敷だった。その家の当主には先日、コーカサスから電文が届けられていた――それは、ロマ=ギリアムが送ったものだった。
 「最近の治安警察とやらは、礼儀というものを知らぬ野蛮人か! それは儂の古い友人からの便りなだけじゃ!」
 目の前の老人が顔を真っ赤にして怒鳴る。その様子を面白そうに見ながら、狐目の男はにこやかに笑いつつ言う。
 「それなら、それで構いませんよ。……そうでなくても、一向に構いません。私がこの場に居る時点で、貴方の言うことは何もかも役に立ちません。続きは、専門の方にお任せしてありますので、そちらでごゆるりとお願いします」
 その老人を、屈強な二人組が抱え上げる。顔を隠したそれらの男は、異形の怪物を思わせる出で立ちだった。治安警察特殊情報管理室の面々―― 治安警察内では密かに“拷問吏”と呼ばれている連中だ。
 「は、放せ貴様等! おのれ、若造がっ!!」
 そう言いながら、老人は連れ出されていく。その様子をみながら、狐目の男はもう一度微笑んで見せた。まるで老人への、せめてもの手向けの様に。

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