「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第23話「春、遠からじ」Cパート

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 ジアードは、伝えられた凶報に愕然とした。そして普段はめったに大声を張り上げることのない彼だが、今回は流石に叫ばずにはいられなかった。

「火山の噴火により土石流が生じ、部隊の大半が巻き込まれる。被害甚大にて応援を請う、だと!」

 通信士が肩をすくめる。自分が責められている訳ではないのは分かっていたが、それでもジアードの鬼気迫る表情をまともに正面から見れなかった。

 それでも、猪突猛進の無能者が、とマルセイユを罵る言葉を飲み込むだけの理性は残っていた。憎い政敵ではあるが、テロリストに易々と遅れを取るような人間ではない。ましてや今回は敵の数倍に値する軍勢を率いているのだ。何らかの罠に嵌められたと思うのが当然であろう。

 だが、マルセイユが苦境であるのならば、尚更援軍など出せない。

 統一連合軍本隊を引き付けている間に、手薄な地熱プラントをテロリストの別働隊が急襲する。それくらいは簡単に予測できる戦術だからだ。防衛戦に必要な数はきちんとプラント周辺に配備しているが、念を押すに越したことはない。だからジアードは、マルセイユからの増援要請にこう応じた。

「ジュール隊を呼び戻せ。すぐに援護に向かわせると、マルセイユ中将にも伝えろ! 」

 ジアードは親指の爪を噛んだ。苛立っているときの彼の癖だ。本当なら自ら軍を率いて敵を蹴散らし、マルセイユを見返したい気持ちはある。しかし、もともと彼は慎重な性格である上に、攻勢に打って出ることが自分に不向きであることを自覚もしていた。

 ジアードがいるのは、施設外に設営されたプラント防衛の駐留地ではない。プラント内部の一室に設けられた仮設の司令室である。

 プラントの防衛が至上命題であることや、プラントの破壊工作が行われた場合の対処を考えて、こちらに司令室が設けられているのである。

 しかし、それもマルセイユたちの揶揄の対象となっているのが、ジアードにとっては腹立たしい。オーブの軍司令部から出た後は、地熱プラントにこもりきりかと、露骨に侮蔑の視線を投げかけられているのだから。

 「穴熊ジアード」。彼に付けられた不名誉なあだ名である。

 オーブ軍で軍功を上げ、中将の地位まで上り詰めた彼であるが、派手な軍功というものはほとんどない。

 平時の軍制改革や、戦後の軍組織の立て直し等に尽力し成果を上げてきたものの、肝心の戦闘では「負けたことはない、だが勝ったこともない」というのがせいぜいである。そのため、戦場に出ずに司令室にこもりきりのデスクワーカー、「穴熊」と陰口を叩かれているのである。

 プラント防衛に部隊を温存し、遊撃隊であるジュール隊を救援に向かわせるというのは妥当な判断であるはずなのだが、妥当だからといって他人が批判の矛先を収めるわけでもない。今まで苦い経験から、ジアードはそれを嫌というほど理解していた。

(また、他人に血を流させて、自分は安穏としているといわれるのだろうな。これで)

 自嘲めいた思考が、さらに気持ちを陰鬱にさせる。

 そんな彼の気持ちを、さらにささくれ立たせる言葉が投げかけられた。

「あのう……私たちはいつになったら基地から出させていただけるのでしょうか? 」

「……困りますな。民間人は司令室に気軽に立ち入らないでいただきたい 」

 ジアードはじろりと周囲を見渡す。何故入室を許したのだ、と目が語っていた。部下たちは視線を逸らしジアードの怒りをやり過ごそうとする。

 そんなジアードの落ち着かない様子を知ってか知らずか、スーツ姿の女性はさらに言う。

「スタッフからもいい加減に家に戻して欲しいと苦情が出ているのです。シフト交代の期日はとっくに過ぎておりますし。給与や雇用契約面からもこれ以上の延長は……」

「申し訳ありません。説明したとおり、現在は第一種警戒体勢なのです。現に近隣では大規模戦闘が起こっている。はっきり言って、貴方たちを安全に送迎する保障はできませんし、その兵力的な余裕もありません。戦闘が終了するまでお待ちいただけるよう、すでにご説明したはずですが」

 女性はため息を付いた。そして言う。

「事情は把握しておりますが、こちらにも同様に事情と言うものがあります。これ以上スタッフの拘束が続くのならば、あらためてご相談をさせていただきますので」

 彼女が出て行った後、ジアードがさらに爪を噛んだ。深爪になってしまうかもしれないが、構うものかと思う。どいつもこいつも人を不快にさせる行動ばかり取るやつらばかりだ!

 この戦闘が始まる直前に、プラントの維持管理を委託している現地会社の社員、管理部門の課長補佐と称する女性が来ていたのだ。

 地熱プラントの重要性から考えれば、統一連合軍関係の会社に総合管理を任せたいのが本音であった。しかしながらエネスタス・フォーブ社の予算上の要請や、ガルナハン地方の雇用状況への配慮といった政治的問題も手伝って、結局は現地会社にプラントの総合管理を委託することになった。

 建物のメンテナンス、清掃、屋上や敷地内の緑化など、重要機密に関わる部分以外の維持管理はすべてこの会社に委託されている。

 モルゲンレーテ社とも取引実績のある会社であり、今まで特に問題となるようなことはしていない。

 維持管理のために会社から派遣される社員は基本的に施設内の宿舎に宿泊し、おおよそ二週間程度のシフトで交代するようになっている。

 今までも何度か、戦闘がはじまったためにやむなく基地内に社員を拘束し、交代日に間に合わないことがあって、ジアード自身もこの課長補佐とやり取りをしたことがあった。

 労働基準法がどうの、雇用契約がどうのとくどくどと訴えるこの女性とのやり取りをジアードは苦手としていたが、よりにもよってその人物が状況確認のために来訪しているときに、戦闘が始まってしまうとは。

 そのため今までは通信機越しでやり取りしていた相手と、直接応対する羽目になり、ジアードの苛立ちはさらに募ることとなった。

 野暮ったい服装に分厚い眼鏡で、いかにも「会社の事務管理担当でございます」という女性だったが、なかなかどうして、ジアードをはじめとした軍関係の人間たちにも臆することなく接するのである。

 とどのつまりは「これ以上社員を拘束させると、雇用契約から大きく逸脱し、労働管理局から指導を受けるので、交代のために社員を基地から解放して欲しい」ということなのだが。

「まったく、ならば勝手に基地から出て行って、テロリストに襲撃されてしまえ、と言いたいものだな」

 しかし基地の防衛を預かる責任者として、また性格の上でも酷薄ではないジアードは、愚痴を言いつつも彼らの安全確保のために、あえて基地内に拘束を続けているのだった。






 暗い物陰で、二つの人影がうごめいている。囁くような声で会話がなされる。

「状況は? 」

「本隊の作戦は成功。後はこちらが動くだけです」

「よし。状況に変化がなければ10分後。行動を開始」

「了解。各員に伝達します」






 何とか巡航可能な状態にまで戻ったスレイプニールは、エンジンを騙し騙し稼動させながら、何とか本隊との合流を果たそうとしている。

「しかし、合流したとしてどれほどの戦いができると言うんだ」

 修理に全身全霊を傾け、床にへたり込んだサイ。シゲトが持ってきてくれたインスタントコーヒーに口を付ける余裕すらない。

 艦の応急処置を終えたところで、メカニックスタッフたちは精も根も尽き果てた。傷だらけのMSは手付かずでハンガーに放置されたままだ。無傷なのは出番が無かったヨーコとリュシーのエゼキエルくらいなものである。

 大尉たちパイロットも皆憔悴しきっている。ここ最近、感情の浮き沈みが激しいシンが特にひどい。ここに至ってもなお、ダストガンダムのコクピットから一歩も出ようとしない。

 それでもロマも、ラドルも、誰もが不安や疲れや怖れを必死に押し殺しながら必死に進んで行く。

 悲壮な決意を背負って。





 ローゼンクロイツ本隊と、マルセイユ軍は睨み合いの状態が続いている。

 土石流は一端収まった。噴火も一時的なものでとどまったようだ。

 ミハエルにせよニコライにせよ、大規模な噴火を誘発する気など毛頭ない。肝心の地熱プラントの発電に影響があっては元も子もないからだ。地質調査の結果をふまえ、NJCを改造した爆弾の爆発ポイントは慎重に選んだつもりだった。

 しかし、泥流と化した川を挟んで、両軍は次の一手になかなか移ろうとしない。

 多数の同胞を失った統一連合軍は当然ながら、相手がさらなる罠を仕掛けてくるのではないかと、どうしても慎重にならざるを得ない。

 一方でローゼンクロイツ軍も、所期の目的を達した以上、これ以上の戦闘行為は蛇足であると、相手の出方を待っている状態だ。

「黒狐、どうした。後はお前さんの吉報を待つばかりじゃぞい」

 ニコライの呟きは小さかったが、沈静化した戦場では大きく響いた。

 それぞれの思惑の中、時間だけが過ぎ去っていく。

 火山灰と雪が交じり合いながら天から降り注ぎ、大地を沈んだ色に染めていっていた。






 異変に気付いたのは施設管理の責任者だ。彼の報告を受けた幕僚がジアードのもとに近づき、そっと耳打ちする。

「施設内の監視カメラが急に何台か故障したそうです。電気の供給も不安定になっています。潜入した工作員による妨害活動の可能性もあるかと」

 ジアードの動きはすばやかった。守備隊に命令し、施設外部をすぐに調査するように指示をする。直接的な攻撃ではなく、こういった妨害活動を行う可能性も想定済みだ。対処はできるように、事前の準備には抜かりない。

「テロリストたちめ。そうそう好きにはさせんぞ」

 ジアードの勇ましい決意表明が終わるか終わらないかのうちに、司令室の電気がいきなりダウンした。すぐに非常用電源に切り替わったが、一気に施設内が暗くなる。目が慣れるのにわずかばかりの時間がかかったが、ジアードは慌てない。

「電気系統が攻撃されたか? テロリストの潜入をみすみす許すとは……外の守備隊は何をやっている! 」

 親指を口元に持っていこうとしたところで、司令室のドアが開いた。そこにいたのは、件の女性課長補佐だ。ジアードはかぶりを振った。今の状況を少しは把握して欲しいものだ。

「すまないが、緊急事態だ。貴女の訴えはまた後で……」

 そこまで言いかけたところで、乾いた音が数回鳴った。

 ジアードは腹部に灼熱感を覚える。すぐにそこから激痛が全身に走った。

 その場にひざまずく。反射的に腹を押さえた手を恐る恐る顔に近づける。暗くて見えにくかったが、ぬるっとした感触は間違えようが無い。

 彼の手はすでに鮮血に染まっていた。

 激痛に耐えつつ顔を上げる。そこには、以前の凡庸な表情をかなぐり捨て、邪悪な笑みを浮かべた女がいる。蛇のような、狐のような、冷酷で狡猾な光をその瞳に宿し、手には拳銃を握っている。

 彼女の後ろに控えているのは、管理会社のユニフォームに身を包んだ社員たちだ。普段はモップを片手に兵士たちに挨拶を交わしていた彼らが、今日はなれた手つきで銃器を構えていた。部下たちもジアード同様に不意の銃撃に何もできないまま、すでに物言わぬ死体と成り果てていた。

「お、お前…まさか、テロリストだったと言うのか」

 内臓からこみ上げた血を吐き出しながら、ジアードが振り絞るように言う。せせら笑うように、その女……シーグリス=マルカが答えた。

「ああ、そうだよ。ようやく気付いたのかい? まあ、疑われないように色々と工夫はしていたけどねえ」

 全身の力が抜けていく。床に身を横たえたジアードは、それでも湧き上がる疑念を口にせずにはいられなかった。

「だが……だが、どうしてだ? 会社のチェックはきちんとしたはず……それなのになぜ」

 ささやかな冥土への土産代わりにと、シーグリスはジアードに説明する。

「当然、会社は一切非合法な活動はしていなかったよ。あくまで出資者や社員が全員、薔薇のメンバーだってだけの話でね。

 プラント奪取のために、何年もかけて社会的信用を積み上げて、ここの施設管理に潜り込んだってわけさ。いつか来るチャンスをものにするためにね。

 真面目に業務に励んだおかげで、あんたらは何の疑いも持たないどころか、あたしたちの安全にすら気を遣ってくれるようになったねえ。

 おかげで、清掃用具に銃火器を忍ばせても、顔パスでノーチェックで出入りできるようになったけど」

 ジアードはシーグリスの言葉を最後まで聞けただろうか。

 悔悟と憎悪と激痛に顔をゆがめたまま、目を見開いてジアードは絶命していた。ふん、と鼻を鳴らして、彼の死体を一つ蹴飛ばすシーグリス。そこには死者を悼む気持ちも、他人の命を奪ったことに対する後ろめたさも一切無かった。そんなものはとうに捨てていたのだから。

 彼女のもとに、会社の作業服に身を包んだ仲間が駆け寄る。自動小銃を小脇に抱えながら。

「監視室、配電室、その他主要施設は完全に制圧しました。連合の兵士もあらかた片付けて、ハスキルの身柄も確保いたしました。銃撃戦はありましたが、ほぼ無傷で捉えております」

「ふん『疫病神』を捕まえたかい。こっちに不幸が降りかかってこなけりゃいいんだけどね」

 シーグリスは通信機代わりの携帯電話を手に取る。そういえばこれも、業務用にとプラント側が貸し出してくれた備品だったっけ、とふと彼女は思った。

 そしてシーグリスは携帯電話を通して、仲間に檄を飛ばす。

「ニコライの爺様と外の部隊に合図を送りな。このままプラントを完全に奪取するよ! 」

 こうして、地熱プラントはレジスタンス側の手に落ちる。

 プラントを外から守っていた部隊も、まさか内に入り込んだ敵が一気に施設を制圧するとは想定外だったため、何の対処もできなかった。

 司令官であるジアードを失った混乱も手伝い、シーグリスの合図で一斉に攻撃をしかけてきたレジスタンスの部隊に対してまともに応戦もできず、彼らはプラントを放棄して、マルセイユ中将のもとへと逃げて行ったのだった。

 あまりにも呆気ない幕切れだった。

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