ミルクティーにパン、フルーツサラダ、オムレツ。ありきたりなホテルの朝食だったが、ソラは一切手を付けていない。
フォークで付け合せのクレソンを玩んでいるだけで、何一つ口に運ぼうとしていない。
客はまばらなホテルの食堂で、ソラは料理の皿を前にして、うつむき加減で座っていた。
ここのところ彼女はずっと食欲が無い。原因ははっきりしている。ジェスに浴びせかけられた言葉が、まだ胸につかえのように残っているのだ。
「君がやったことは何一つ良い結果にはつながらなかったし、結末に変化を及ぼしてもいない。そろそろそれに気付いてもいい頃なんじゃないのか? 」
親友の死の衝撃から立ち直っていない少女が受け止めるには重過ぎる言葉だった。自分のやったことは全て無駄だった。シノを追いかけて西ユーラシアに来たことも、セシルを説得しようとしたことも、シンとアスランを引き合わせたことも。
「私、いったい何をやっているんだろう」
巻き添えの形でシンに誘拐され、レジスタンスたちとしばしの時を過ごし、帰国してからは奇跡の少女と報道され、それが縁でラクス=クラインやカガリ=ユラ=アスハと親交を持つまでに至った。普通ならばあり得ない経験をしたことは確かだ。しかし、その経験に酔って、自分が特別な存在でもあるかのように錯覚していたのではないか。
ソラは無力感に打ちのめされていた。さりとて、このままオーブに帰る気にもならない。帰国すれば、嫌でもシノの死と向かい合わなければならなくなる。学校の関係者、孤児院のシスターたち、ハナをはじめとした級友たちにも彼女の最期を説明しなければならないだろう。
半ば逃避的な意識も手伝って、ソラはまだ西ユーラシアにとどまったままだった。いつまでもこうしていられるわけでないのは分かっているのだが。
そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、ジェスがやって来てテーブルに腰を下ろす。片手に抱えていた新聞を放り出す。「おはよう」とも「調子はどうだ」とも言わず、ソラと目を合わせないままで。
ジェスがソラに対する態度をあからさまに変えてから、もう数週間が過ぎている。ソラのすがるような視線にも一切ジェスは動じることもなく、冷淡な扱いを崩さない。
この日も、例外ではなかった。
「飯を食ったらすぐに東ユーラシア、コーカサス州の州都のガルナハンに行く」
ガルナハンと聞いて、ソラの身体がこわばった。その地名はソラにとって決して忘れることのできないものだ。かつてそこで、彼女はユーラシアで得た友人を失ったのだから。
ちょうど今回、シノの命が目の前で奪われたのと同様に。
「ガルナハン、ですか? 」
答えを返してくれるものだろうかと、恐る恐る聞くソラ。素っ気無い態度は変わらなかったが、ジェスはとりあえず彼女の質問には答えた。
「もう報道がされているように、ローゼンクロイツが主導した地熱プラント奪取計画が成功したからな。その後で、レジスタンス連合軍は州都ガルナハンを拠点として占領した。
でもガルナハンの州兵は抵抗するどころか、レジスタンスに恐れをなして逃亡してしまったんだ。結局レジスタンスが侵攻したときも、無血開城に等しい状況だったらしい。
それで本社と連絡を取って、取材の許可をもらった。今日の夕方にはガルナハンに行けるだろう」
言葉の合間合間に食べ物を手に取り、すばやく口に運ぶ。話しながら食事を済ませてしまう。マナーも何もあったものではない。カイトが見たらさぞかし肩をすくめることだろう。
「君が来る必要はないが、一緒に来るつもりならあと30分で支度を済ませろ。午前中の飛行機で出発する」
最後にコーヒーを一気に飲み干し、それだけ言い残すと、ジェスは席を立った。さっさと自分の部屋に戻り、旅支度を済ませるつもりなのだろう。
残された格好になったソラは、ジェスの言葉を噛み締めていた。
「君が来る必要はない」
その通りだ。ソラがガルナハンに行く必要はない。行っても何かができるわけでもない。ジェスのように取材をするのではないのだから。しかし、なぜかその言葉を素直には受け取れなかった。
(そうだ、私が行っても何の意味もない。でも、でも…)
でも、何なのか。ソラにもその答えは分からない。ターニャとシノの死が気持ちを後押ししたのは確かだが、それだけが理由ではない。説明のできない衝動に駆られ、ソラは決心した。
その前に、朝食を片付けなければならない。食欲が無いからと言って食べないままでは、途中でダウンしてしまうだろう。
パンは固く、ミルクティーも既に温くなっている。フルーツサラダも味が薄い。
それでも、強引に流し込むように、ソラは目の前の食事を片付けて行くのだった。