本日の午前中まで、メイリン=ザラは浮かれていた。
久しぶりに夫であるアスランの休暇と自分の休暇が一致し、数日前から二人でのんびりしようと決めていたからだ。治安警察への引継ぎも問題なく終わり、メイリンは予約したスイスのとあるホテルで、今か今かとアスランの到着を待ちわびていた。
ぽかぽかとした陽気、降り注ぐ木漏れ日――キラ達が住む別邸に比べるべくもないが、中世時代の古城をモチーフに造られた歴史あるホテルだ。その庭も十分に自慢が出来る代物である。
そこにあるベンチに腰掛け、メイリンは普段着ないような青いドレスに身を包み、夫の到着を待っていた。
ドレスに合わせたピアスの具合を何度となく確かめながら、およそ四杯目の紅茶のお代わりを入れていたときだろうか。日差しがもっとも強くなるお昼頃、待ちわびた夫が到着した。
久しぶりに夫であるアスランの休暇と自分の休暇が一致し、数日前から二人でのんびりしようと決めていたからだ。治安警察への引継ぎも問題なく終わり、メイリンは予約したスイスのとあるホテルで、今か今かとアスランの到着を待ちわびていた。
ぽかぽかとした陽気、降り注ぐ木漏れ日――キラ達が住む別邸に比べるべくもないが、中世時代の古城をモチーフに造られた歴史あるホテルだ。その庭も十分に自慢が出来る代物である。
そこにあるベンチに腰掛け、メイリンは普段着ないような青いドレスに身を包み、夫の到着を待っていた。
ドレスに合わせたピアスの具合を何度となく確かめながら、およそ四杯目の紅茶のお代わりを入れていたときだろうか。日差しがもっとも強くなるお昼頃、待ちわびた夫が到着した。
「あなた!」
車から降りてきた夫に、満面の笑みで抱きつこうとして――メイリンは眉を潜め、硬直した。アスランの焦燥した姿が、彼女の朗らかな気分を全て吹き飛ばしてしまったのだ。
「……どうしたの? 疲れてるの?」
「なんでもない。ただの時差ボケだよ」
「なんでもない。ただの時差ボケだよ」
嘘――それは明らかだ。おそらくは数日は寝ていないのだろう、目の下にはっきりと判る隈の跡。ひょっとしたら泣きはらしたのかも知れない真っ赤な眼。心なしか、やつれた様にすら見える。明らかに焦燥し、疲弊した姿だった。
「やっぱり、東ユーラシアは厳しいお国柄だ。疲れたよ」
不安な表情を浮かべるメイリンを察してか、笑顔と共に軽口を叩くアスラン。しかし、それが精一杯の努力であることは、メイリンには痛い程解っていた。
「大丈夫、西ユーラシアでもスイスは安全よ。旅の疲れを癒さないと」
それは単なる気休めだ。メイリンは何と言っていいのか解らない自分に歯噛みする。
夫の肩を支え、夫婦は家の中へ入っていく。足元すら少しふら付く夫に、メイリンは浮かれ騒いでいた午前中の自分を恥じていた。
夫の肩を支え、夫婦は家の中へ入っていく。足元すら少しふら付く夫に、メイリンは浮かれ騒いでいた午前中の自分を恥じていた。
「……国際電話、ですか?」
滞在しているホテルのルームサービスで朝食を取っている最中、ソラ=ヒダカは同行者であるジェス=リブルからこう言われた。
「もう、オーブを出奔してしばらく経つ。一度位、オーブの身内に連絡してやった方がいいだろう?」
そう言って、ソラにカードを渡すジェス。クレジットカードだからジェスにとっても大事な物の筈だ。だが。
「そいつを預けとくよ。俺は今日、友人を空港まで迎えに行って来る」
最近の常として、ジェスはソラに「付いて来い」とも、「大人しくしていてくれ」とも何とも言わない。まるで突き放されているかのような感触に、ソラの疎外感は募るばかりだ。
「……いってらっしゃい」
「ん、行ってくるよ」
「ん、行ってくるよ」
数分後、ジェスは後ろも振り向かずに部屋を出て行った。ハチも置いていってくれなかった。ソラの傍には、いつもの様に口うるさいハロしかいない。
《ソラ、元気ナイ! 子供ハ風ノ子、外ニ出テ遊ブ!》
「……やめてよハロ。そんな気分になれないよ……」
「……やめてよハロ。そんな気分になれないよ……」
ソラは最近の定位置である、窓際の椅子に腰掛けて、外の様子をじっと眺めていた。眼下の雑踏の中に、今となっては懐かしい人々の姿を捜し求めるかの様に、彼女は飽きもせずその光景を見据え続けていた。
アスランの安らかな寝顔――それを見て、ようやくメイリンの顔にも安堵の色が浮かんだ。
夫の寝顔を覗き込みながら、メイリンは微笑む。
夫の寝顔を覗き込みながら、メイリンは微笑む。
(……子供みたいな寝顔。優しい、健やかな寝顔……)
アスランという人間は、稀有な存在だとメイリンは思う。こんな、他人を恨み、蔑み、踏みにじらなければ生きていけない世の中で、なんとこの男は真っ直ぐな存在なのだろうか、と。優しさという、この苦界では役に立たないものを誇りに生きている男なのだと。
それ故に、愛しい。たまらなく、愛しい。
それ故に、愛しい。たまらなく、愛しい。
(だから私は、治安警察に入った――この人の味わう苦痛を、少しでも減らすために。この優しい人がこれ以上、傷付く前に物事を解決できる組織に)
(私は許さない。この人を傷付ける人を。この人を悲しませる人を。この人を――苦しめる人を)
メイリンの瞳は、真摯だ。迷いなく、躊躇いなく、それ故の狂気。
誰かのために、愛する人のために、あらゆるものを犠牲に出来る――悲しき、哀れな獣。
そんなメイリンだから、気付けたのかもしれない。アスランを苦しめていた事象が何なのかを。
彼がほんの呻きの様に漏らした、その言葉を。
誰かのために、愛する人のために、あらゆるものを犠牲に出来る――悲しき、哀れな獣。
そんなメイリンだから、気付けたのかもしれない。アスランを苦しめていた事象が何なのかを。
彼がほんの呻きの様に漏らした、その言葉を。
「……シン……お前はどこまで……」
それだけで十分だった。
(シン――シン――シン=アスカ!)
ホテルに備え付けてあった端末に飛びつき、凄まじい速度でメイリンは操作を開始した。
アスランの航空記録、滞在記録、ピザの行く先など――様々な情報を収集し、分析する。そして真実を割り出していく。それらは驚異的なスピードで行われた。
そして――メイリンは辿り着いた。アスランと、シンが再会していたという事実に。
アスランの航空記録、滞在記録、ピザの行く先など――様々な情報を収集し、分析する。そして真実を割り出していく。それらは驚異的なスピードで行われた。
そして――メイリンは辿り着いた。アスランと、シンが再会していたという事実に。
「……そう、そうなの。どこまでも貴方が関わってくるのね、シン……!」
メイリンは携帯電話を取り出すと、迷いなく番号を押していった。登録するまでもない、仲の良くない同僚ではあったが――メイリンにはもはや迷いはなかった。
出来うる限りの全ての権限で、アスランの苦悩を取り除く。その為ならば、メイリンは悪魔にだって魂を売り渡せると自負している。
出来うる限りの全ての権限で、アスランの苦悩を取り除く。その為ならば、メイリンは悪魔にだって魂を売り渡せると自負している。
「オスカー、私が誰だか判るわね」
《これはボス、深夜の電話という全くの礼儀知らず――又は如何わしい想像が出来てしまいそうな行為の理由は何でしょうか?》
《これはボス、深夜の電話という全くの礼儀知らず――又は如何わしい想像が出来てしまいそうな行為の理由は何でしょうか?》
電話口からいつもの飄々とした、しかし不遜な声が聞こえてくる。普段は気に障る声だが、今のメイリンには福音だ。
「コーカサスに貴方が配置をした部隊、動かせる?」
《良くご存知ですね。説明をした覚えはありませんが……どうなさるおつもりです?》
《良くご存知ですね。説明をした覚えはありませんが……どうなさるおつもりです?》
メイリンの柳眉が上がった。怒りの為ではない。獰猛な、心中の鬼がそうさせているのだ。
「決まっているでしょう。抹殺するのよ。”カテゴリーS"、シン=アスカを!」
メイリンの口から、哄笑が漏れる。己の鬼気を隠そうともせず、メイリンは静かに笑い続けた。