「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

ロマ=ギリアムの死

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そこは、かつての花嫁と花婿の舞台であった。
周囲を群衆が埋め尽くしているのも、煌びやかに飾られたモビルスーツが護衛に立っているのも、昔と何ら変わらない。
ただ一点。
憎悪と怨嗟、ありとあらゆる負の感情に包まれていることを除けば。

ロマは、じっと眼前の敵を見据えた。
仮面に覆われていたが、その顔には微塵も恐怖は窺えない。
そんな男を断罪するように数段高い階上から見下ろすのは、この世界の支配者たちだった。
平和の歌姫、ラクス=クライン。
その伴侶にして護り手、キラ=ヤマト。
美しきオーブの獅子、カガリ=ユラ=アスハ。
最高の騎士、アスラン=ザラ。
彼らの一段下には、ピースガーディアンや近衛部隊、そして、統一地球圏連合上層部の面々が脇を固めている。

「ロマ=ギリアム。いえ」
ラクスは一歩前に進み出て、告げる。
「ユウナ=ロマ=セイラン。あなたを平和に対する犯罪者として、処刑します」
オーブの民衆がざわめく。
そうした噂は以前から流れていたが、こうして歌姫の口から公表された衝撃は大きい。
「何か、異議はありますか?」
しかし、彼らの喧騒に構わず、ラクスは問う。
「それとも、懺悔の時間が必要でしょうか?」
「いえ」
男は短く、否と答える。
そして、ゆっくりと白い仮面を外した。
紫色の髪が風に揺れた。
東洋系の面長な顔に、眼窩を貫いて縦に大きな傷が走っている。
その男の顔を知らない者はこの場にいなかった。
アスハ家からの簒奪者にして、国家への反逆者。
独断で地球連合に加盟し、戦争を始めて国を危機に陥らせた僭主。
ユウナ=ロマ=セイランの名は、オーブの歴史の汚点として刻まれていた。
「・・・・・・・・・セイラン・・・・・・」
誰かが呟く。
「この、裏切り者・・・・・・」
「テロリスト・・・・・・」
「てめえのせいで、父ちゃんが・・・・・・」
「あんたさえいなければ、うちの子は・・・・・・」
「死ね」
「殺せ」
「八つ裂きにしろ」
一人が石を投げつけたのを契機に、一斉に男へ向けて物が投げ散らかされる。
治安警察省の職員が止めにかかるが、オーブの民衆の憎悪は収まらない。
「コロセ」
「コロセ」
「コロセ」
古代帝国のコロセウムのように、死を求める絶叫が歓呼する。
かつての花婿は祝福の代わりに溢れんばかりの怨嗟の声を浴びて、立ち尽くしている。
石が肩に、そして額に当たって血が流れても、男は身じろぎ一つしなかった。
かつての花嫁はそんな男の様子を怯えた眼で見つめていた。

「おやめなさい」
女神のように澄んだ制止の声が、民衆を我に返らせた。
急に静まった舞台を海鳥の鳴き声と波音が埋める。
ロマは、微笑んで口を開いた。
「流石だ、ラクス=クライン。貴女は素晴らしい」
ラクスはにこりともせず、賛辞を受け止める。
「そうやって、貴女は舞台の上で演じ続けるのですね。皆の歓声を一身に集めて。けれど、貴女は観客の声に耳を傾けたことがありますか?」
「何が言いたいのです、ユウナ=ロマ」
「人は真に他者の心を読むことなどできません。しかし、それを慮ってこそ、人と人の関係が成り立つのだと思います。疑いの中から、信じられるものを見つけていくのです。
しかし、ラクス=クライン。舞台の上で生きてきた貴女は、他人の思いについて配慮したことがありますか?」
予想もしなかった問いかけに、ラクスの表情が僅かに揺れた。
「と、当然です。わたくしは・・・・・・」
「僕も、かつては傲慢に自分の考えを押し付けるだけの人間でした。自分は絶対に正しくて、自分の考える通りにすれば何もかも上手くいくと思い込んでいた。貴女ほどではありませんが、舞台の上で演じるピエロでした。
ガルナハンが僕を変えてくれたのです。どうすれば、皆の信頼を得ることができるだろうか。それには、まず自分から信じなければならないことを、あの地で出会った人々は教えてくれました」
「わたくしだって!・・・・・・わたくしも、あの地の人々には心を痛めています。しかし、貧しいのはガルナハンだけではありません。飢えと寒さに苦しんでいる方々は世界中に大勢いるのです。苦しいからと言って、戦いが何を生むでしょうか。より一層の苦しみをもたらすだけではありませんか」
「それは、貴女の思いです」
一言で断じられ、ラクスは蒼白になる。周囲も、ことの成り行きにざわめき始めた。
「貴女は信じることも疑うこともなく、全て自分の中で完結してしまっている。貴女にとって必要なのは、自分の声を発信する装置と、それに従ってくれる忠実な下僕だけなのでしょう」
「あなたに、わたくしの何がわかると――――」
「では、貴女に彼らの何がわかっているのです?テロリストと呼ばれ、世界と戦い続ける彼らの何を、貴女は理解しているのだ。確かに、戦いは何も生み出さないし、今あるものを磨り減らしていくだけです。戦いの中で喪われたものに対する悲しみは、計り知れない。けれど、それをわかっていてなお、立ち上がる者たちの思いを、貴女は顧みたことがあるでしょうか」
「そんな、テロリストの考えなど――――」
「テロリストだって人間です。ここにいる皆と何も変わらない。家族がいて、友人がいて、平和な日常を求めている。そんな彼らを否定してなにが世界の平和ですか。統一地球圏連合の平和と安定は、単に貴女にとって都合のいい箱庭の平和に過ぎない。
世界は、貴女の玩具ではな・・・・・・・・・」
間抜けなほどに軽い音が、男の言葉を遮った。
ロマ=ギリアムはしばらく宙を見つめていたが、やがてゆっくりと仰向けに倒れた。
額に空いた穴から、赤黒い血液が流れ出ていた。

「キラ・・・・・・」
誰一人言葉を発することのできないその場で、ラクスは青褪めた顔を愛する男に向けた。
キラ=ヤマトの右手には拳銃が握られ、硝煙の匂いを薄く漂わせている。
耐えられなかった。
ラクスを誹謗されることに?
違う。
今までの自分が足元から崩れていくことに、か。
数ヶ月前のガルナハンの惨状を、キラは思い出した。
殺されるとわかっていながら、向かってきた人々。
憎悪の中に悲しみを含んだ紅い瞳の青年の言葉。
ラクスへ慰めの声をかけることも忘れて、キラは自分の右手の中の銃口をぼんやりと眺めていた。

最初に動いたのはアスラン=ザラだった。
けれど、彼が冷静だったわけではない。
何かしていなければ、どうにかなってしまいそうな焦燥を、アスランは必死で抑え込んだ。
矢継ぎ早に近衛部隊の隊員たちへ場の収拾の指示を出していくアスランであったが、ロマの死体に目を向けることは遂になかった。

四人の中で、ロマ=ギリアムの死体を見つめていたのは、カガリ=ユラ=アスハだけだった。
膝は震え、顔も蒼白だったけれど、彼女は逃げ出さなかった。
その眼に焼き付けるように、カガリは横たわる男の身体へと歩み寄っていった。
思いの丈をぶつけたのだろう、先ほどまでの彼の言葉を反芻してみる。あれは、自分にも向けられていたものであるに違いなかった。
跪き、半ば開いた口を閉じてやる。
不意に、空を仰ぐロマと目が合い、カガリは慌てて顔を背けた。
かっと見開かれた彼の眼はもう光を宿していなかったが、カガリはまだそれを受け止められそうになかった。
そう、今はまだ。
責任の重さに泣き、自ら考えることも決断することも放棄した彼女は、それでもまだ、立ち上がろうと心に決めていた。その足掻きがどれほどに苦しくても、絶対に逃げ出すまい。
「さようなら、ユウナ。虫が良いのはわかってる。許してくれとは言わないさ。私を、見ていてくれ。不様に躓く姿を笑ってくれ。でも必ず、カガリ=ユラ=アスハの名に恥じない人間になってみせるから」
過去の無鉄砲な少女ではなく、今の体面を繕うだけの自分でもない。
変えてみせる、と。
ユウナ=ロマ=セイランの瞼を下ろしながら、カガリは誓った。


この現場を取材したジェス=リブルは、後に振り返って述べている。
“キラ=ヤマトの放った一発の銃声は、あらゆる意味で始まりを告げた。
 夢半ばにしてロマ=ギリアムは倒れたが、
              ――――彼の志は受け継がれたのだ。”

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