歩道にいる金糸雀とジュンを見つけた水銀燈のZX-10Rは軽やかに
シフトダウンすると、そのまま2人の前で止まる。

「ねぇ、大丈夫だったぁ? どこもケガはないのぉ?」
「カナもジュンもスリ傷ていどかしらぁ、でもカナのホーネットが…」
「この程度ならすぐに直るわよぉ、それよりどーやって事故ったのぉ?」
「ブルーのスカイラインGT-Rだ。それがムチャな幅寄せをしてきたんだ」
「へぇ~、相手の車、よく解ったわねぇ?」
「前にプラモデルで作ったことがあったから解ったんだ」
「スカイラインGT-R…ねぇ。フフッ」

ジュンの言葉にニヤリと笑う水銀燈。
その表情を見た金糸雀は少しオドオドしながら水銀燈の顔を見る。

「ダ、ダメかしらぁ、ムチャなこと考えたらダメかしらぁ…、そ、その
 カナとジュンの仕返しなんて考えたらダメかしらぁ」
「フフフッ、そーんなこと考えてないわよぉ、だいたい車にケンカなんて
 売らないわよぉ~おっかないものー、フフフ」

 ―――向こうが売ってきたら衝動買いしちゃうけどぉ~

深夜の湾岸埋め立て地帯は一夜の肌の温もりからあぶれた男と女の駆け引きの
甘い声が囁きあっている。
その声をかき消すように多くの車とバイクが列をなしている。

「はーい、頭ぁ揃えてねェー」

ピップラインを強調させたショートパンツに胸がこぼれ落ちそうなタンクトップを
着た女性は車道の真ん中で両手を広げ、左右の指が1本1本と折りながらカウントを
取るたびに並んだ車のエンジンが吼える。
その指を広げて大きく腕を振り下ろすとタイヤをきしませながら女性の横を駆け抜けていく。

「さぁ、賭けようぜぇ~、次はポルシェ911カレラ4とだぁ、一口2万で乗るぜぇ~。
 なぁ~んだよダレもいねぇのかぁ~?」

スキンヘッドに耳には無数のピアスをした男がゼロヨンを見物している
ギャラリー達に声をかける。

「ねぇ、それバイクでもいいのぉ~?」

そのギャラリーの中から水銀燈は男の前に進み出るとニヤリと笑う。

「あぁ、いいけどよぉ、あのカレラ4はチューンバリバッリーだぜぇ。
 バトル料2万だけどよぉ、払えねぇなら体で払ってもイイんだぜぇ?」
「フフフッ、その時はヨ ロ シ クねぇ~」
「O~Kぇ、じゃぁ、あのスタートラインからだぁ、それと単車は何よ?」
「ZX-10R ニンジャよぉ」
「ほぉ、1000ニンジャか。 クールじゃねぇかよ」

水銀燈は男に軽くウインクをすると、男はニヤリと笑いギャラリーに向かっ
て大声を出す。

「決まったぜぇ、このセクシーな姉ちゃんが相手だぁ、カレラ4対ニンジャの
 バトルだぜぇ、さぁ賭けてくれよぉ!」

水銀燈のZX-10Rがカレラ4と並ぶとギャラリーから歓声が沸き起こる。
その歓声に水銀燈は投げキッスで答える。

「その余裕も今のうちだぞ」
「あぁ~ら、そぉ?」

カレラ4から30代中頃と思わしき男が険しい顔つきで水銀燈を見る。
その顔に水銀燈はニコッと無邪気に笑いかける。

「はいはい、ケンカはゼロヨンだけでしてねぇ~、カウント行くわよ」

水銀燈とカレラ4の男に先ほどから車道でスターター役をしている女性が
声を掛けると、そのまま指を折りながら大声でカウントダウンする。

「4 3 2 1……GO!!」

女性の両手が振り下ろされると同時に水銀燈は右手首をひねりアクセルを
あけるとフロントが微かに浮き、その次の瞬間には前輪のサスペンションが沈む。
後輪の回転がトルクを交えて路面に爆発的な加速を伝えていく。

―――なんだよ、あの単車の加速わッ!!

カレラ4に乗る男はポルシェがもっているポテンシャルを全て出していくが、
前を走る水銀燈のテールランプに追いつくことはできなかった。

「ホラよ、俺の負けだよ、しかし、なんだよ、その単車ぁ? 
 どうイジッてんだよ。化け物みてぇな加速だな、ポルシェがボロ負けだよ」
「フフフッ、ごちそー様ぁ」

男がバトル料の2万を渡しながら改めて水銀燈のZX-10Rをシゲシゲと眺める。
そんな男に水銀燈は軽い笑みを見せる。

「ねぇ、一つ聞きたいんだけどぉ~、ブルーメタリックのGT-Rって
 知ってるぅ? なんだかぁ女が乗ってるみたいなんだけどぉー?」
「あぁ、ソレってめぐのことかなぁ?」
「めぐぅ? その女ってこのゼロヨンによく顔を出すのぉ?」
「たまに出すかな? まぁここ最近はなんだかバンドで歌うとかで
 顔を見ないけどよぉ、なんだよ姉ちゃんもめぐのR34とヤリてぇのか?」
「まぁねぇ、ちょっとウワサに聞いただけよぉ。そのめぐって速いのぉ?」
「あぁ、凄ぇ速いよ。姉ちゃんのニンジャも速いけどよぉ、まぁめぐとは
 バトらないほうがイイぜぇ、単車相手だと事故らせるような運転するからよー」
「ふぅ~ん、そぉーなんだぁ、こわーい。じゃぁまたねぇバイバイ」

男の話を聞き終えると水銀燈は柔らかい笑みを残して湾岸埋め立て地帯を後にした。

                    *

免許を取ったジュンはバイクに乗れる楽しみからくる興奮からか、なかなか寝付けない。
バイク雑誌のページをめくる度に、自分が運転するバイクの姿が脳裏を駆け巡る。
何度も読み返した雑誌のとある中古車紹介ページでジュンの目は止まる。

 ―――スズキRGV250ガンマ

もう10年以上前のバイクを見つめるジュンの目は笑っていた。
そして脳裏を駆け巡る映像はよりはっきりとした形になっていく。

「よし、明日はバイク屋めぐりだ!!」

そう口に出したジュンは電気を消して目を閉じる。
耳のはるか奥から聞こえそうな排気音を感じながら眠った。

                    *

有栖川神社で行われるライブにむけてローゼンメイデンのメンバーは
久しぶりにスタジオを借りて練習するため集まっていた。

「きのうは言いすぎたですぅ…ゴメンなさいですぅ」
「えっ、あ、あぁ、別に気にしてないからいいかしらぁ…」

少し遅れてスタジオに来た翠星石は素直に昨日の電話での言葉を金糸雀にあやまる。
いつもと違う翠星石の言葉に金糸雀をはじめ真紅達も驚きを隠しきれない。

「どーしたのぉ翠星石ぃ?何か変なもの食べたんじゃないでしょーねぇ?」
「体の調子が悪いなら練習は明日にしてもいいのだわ」
「カ、カナはほんとーに気にしてないかしらぁ~」
「なぁ、なんですかぁ!人が素直に謝ってるのにぃ、ですぅぅ!!」
「じょーだんよぉ、それよりもぉ今日のスタジオ代は私が出すわぁ」
「えっ、どーしたですぅ水銀燈? いつもはガソリン代ヤバイわぁとか
 言ってるくせにぃ?」
「フフッ、ちょっとした臨時収入ってヤツよぉ~」

水銀燈はそう言いながら昨夜のバトルで稼いだ金をメンバーの前で
ヒラヒラっと見せびらかす。

「ねぇ水銀燈、僕達にナイショで何か悪いバイトとかしたのかい?」
「えぇ!そうなの?水銀燈、貴女まさか…」
「なぁーによぉ、その目は? 私は何もヤマしいことなんてしてないわよぉー、
 ちょっとバイクで競争して勝ったからもらっただけよぉ」
「もう、水銀燈。きのうは金糸雀が転んだばかりなのよ、貴女まで事故を
 おこしたらどうなるの?」
「そーですぅ、危ないですぅ。それでなくても水銀燈のニンジャは改造しまくって
 怖いくらい速いから余計に危ないですよッ」
「そー言えばジュン君はバイクの免許を取ったみたいだね」
「取ったかしらぁ、カナが送っていってやったかしら~。今頃はバイク屋を
 回ってるはずよ、きのう電話でそう言ってたかしら~」
「ジュ、ジュンから電話かかってきたですかッ金糸雀?」
「えぇ、どこか大きなバイク屋を教えてくれってかかってきたかしらぁ、
 どうしたかしらぁ翠星石?」
「なっ、なんでもねぇーですよッ、ただジュンの事だからすぐに事故って、
 くたばるんじゃないかと思っただけですぅ」

 ―――最近のジュンは金糸雀と仲がいいからちょっと心配ですぅ

強がりを言いながらも翠星石の顔の奥には少し不安の色が見えていた。
その頃、ジュンは金糸雀に教えてもらった展示してある100台近いバイクの中で
目を輝かせていた。

「あっ、これ水銀燈が乗ってる、確かニンジャとかいうバイクだ、凄い
 高いじゃないか、水銀燈はどうやってこれを買ったんだ?」

「あった、あった、これはホーネットだな、色も金糸雀のと同じ黄色だ」

身近な人が乗っているのと同じバイクを見つけると知らない間に口元が笑っている。
それでなくともバイクに興味が出てからというもの街で見かけるバイクを目で追いかけ、
水銀燈と金糸雀を羨ましく思っていたジュンはバイクに乗れる喜びが、
ここに展示されているバイクの列にリアルな感覚をもって見ることができた。
そのため終始どこか薄ら笑いに近い表情をしているジュンだが1台のバイクに
目が行くと、その笑みが一瞬にして大きく広がる。

……見つけたぞ、RGV-ガンマだ!

中古車であるガンマだが、前のオーナーが大切に乗っていたのか走行距離の
割には目立つ傷もなくカウルにはラッキーストライクの文字が冴えていた。

 ―――トクンッ、トクンッ

店員に声をかけジュンはRGV-ガンマのシートに跨る。
バックステップに足をおき、つまさきでチェンジペダルに触れてみる。

……うん、いいよ。これ、やっぱりサイコーだ

ハンドルをとり、クラッチレバーを握る。
やや前かがみになる姿勢でフロントカウル越しに見るジュンの視線は
展示されているバイクの列を通り越して店の外に向けられる。
その視線の先には……店内を覗き込むように見ている翠星石の姿が見えた。
バンドの練習が終わった翠星石はメンバーには用事があると言い残し、金糸雀が
言っていたバイク屋に向かったのである。

………なんだ? 翠星石か? こんな所で何ヤッてんだよ?

展示されているRGV-250ガンマに乗っているジュンを見つけると
翠星石はニタァ~と不適な笑みを見せながら腕を大きく振りながら
ズンズンっと音が聞こえそうな足取りで店内に入ってくるとジュンに近付く。

「ジュンが買おうとしてるのはソレですかぁ?」
「うん、コレがいいかなぁ~って思ってるんだ」
「RGV…アールジーブイ…Γってなんて読むですかぁ?」
「ガンマだよ」
「却下ですぅ!!」
「なんだよ、いきなり却下って!」
「速そうなのはダメなのですぅ。ジュンにはコレがお似合いですぅ」
「これ原付じゃないか、僕は250ccか400ccが欲しいんだ」
「250と400ならどっちが速いですかぁ?」
「そりゃー400かな? 排気量が違いすぎるからな」
「じゃー250にするですぅ」
「だからガンマが欲しいんだよ、コレ250ccだよ」
「…そーですかぁ、じゃぁ、しょーがないですぅ。特別に翠星石が
 そのガンマとやらを認めてやるですぅ。その代わり、ちーっと
 付き合えですぅ」


最終更新:2006年09月02日 01:09