ジュンはRGV-250ガンマの購入手続きと手持ちの前金を払うと翠星石と店を出る。
8月も終盤に近付いた午後の街路樹からは盛んにセミの合唱が2人の耳にはいる。

「もうすぐですよッ」

ジュンの2~3歩先を歩く翠星石の肩の向こうに市内で一番大きな川、有栖川に
かかる橋が見えた。
その橋の手前には整備された河川敷とやや離れた場所には小さなテーマパークがあり、
そこの観覧車が西日に照らされ、大きな影を地面に落としている。
その影に覆われ隠れるように、ひっそりとたたずむ有栖川神社があった。
8月の最終土曜日まであと5日ほどに迫った有栖川神社の横にある公園では、
ライブ会場の設置が行われていた。
去年は出場できずにただの観客として見ていたステージ。
しかし今年はそのステージの上にあがれる。その喜びからか翠星石はまだ
設置途中のステージをどうしても見たくてジュンを連れてきたのだ。

………うっ、なんだかドキドキしてきたですぅ

始めはどうしてもステージを見たくて乗り込んだ翠星石だが、よく考えると
この狭い空間の中でジュンと2人きりになるのは初めてであった。
ジュンもそれを感じたのか2人は微妙に視線をズラして外の景色を眺めだす。
………いつもみたいに言葉が出てこないのですぅ

2人が見ている景色がだんだん広がっていく。
先ほどまでテーマーパークを歩いていた人が今では手のひらに納まるくらい
小さく見えていた。

「いい天気ですねぇ~」
「えっ? あっ、あぁ、いい天気だな…」

閉ざされた空間、互いの息使いが感じられるほどの距離でジュンは初めて
翠星石の存在を意識する。
そのためか2人とも口を出る言葉がギコチない。
ゆっくり観覧車が真上に向かうほど、いつもの軽い言葉が欲しくなる。

「キャッ…」
「あっ、ゴ、ゴメン…」

狭い中で座っている2人は足を動かすと膝が触れ合う。
短パンのジュンとスカートの翠星石の素足の感触が2人に伝わるとテレ臭くなり、
余計に微妙な空気に翻弄され言葉が出なくなる。

「さ、さぁー、見るですぅ、アレがあと5日後にライブがあるステージですよッ」

その何とも言えない空気を払いのけるように翠星石は観覧車の中で立ち上がると
窓から見える設置途中のステージに向かって指を向ける。

「どれ?どれ? あっ、あれかー。だいぶ完成してるんだな。思った以上に
 ステージって広そーだな」

 ―――ドキッ…

翠星石が向けている指先を見るため、同じように席を立ったジュンの顔がすぐ横にある。
フゥ~っと軽く息を吹きかけたら前髪がなびくほどの距離にいる。
翠星石の視線は窓にかかる鉄のパイプ状になった柵をギュッと握る自分の手を見ていた。

 ―――――握った手が熱くて痛い

ステージを見るジュンの横顔をチラッと盗み見る翠星石。

高鳴る鼓動が―――――――早くなっていく

………うっ、翠星石は、ど、どーするですかぁ?

ためらう気持ちと裏腹に言葉が今にも出てきそうになる。
その言葉を飲みこむ度にためらう気持ちは色鮮やかなトキメキに変わりだす。

………うぅ~、こ、怖いのですぅ…

伝えたい想いとは別に、伝えることで壊れてしまう不安も同時に感じている
言い出せないままうつむいている翠星石を乗せた観覧車はゆっくりと真上に
さしかかりつつあった。

「あの大きいステージで翠星石はドラムを叩くのか?よく考えたら凄いな。
 もし、間違えたらって考えるとやっぱり緊張するよな、水銀燈はギターで
 目立つから緊張もハンパじゃないだろーな?真紅なんか歌だからよけいに…」

「水銀燈じゃねぇですぅ…真紅でもねぇですぅ…す、翠星石を応援して
 ほしいのですぅ…」

想いから出た言葉と同時に翠星石の視線は握っている柵からジュンの顔に向けられた。

「えっ…?…す、翠星石…」
「ジュン……ジ、ジョーダンですぅ~。なぁーにマジな顔してるですかぁ?
 誰がお前みたいな安っぽい男に…ヒィ~ッヒッヒッヒッヒィ~」
「なぁ、なんだとー!!誰が安っぽいんだよー」
「バイクもお下がりの中古ですぅー」
「だって、しょーがないじゃないか、もうガンマは作られてないんだぞ」

いつしか狭い観覧車の中が広く感じられる。
ジュンと翠星石が知り合ってから何度も繰り返されてきた軽い言葉の
やり取りが翠星石にとって今はなんだか嬉しいようで少し切なく感じられた。

「でも、まぁ、今日は僕にステージを見せてくれたから今度のライブは
 翠星石を応援してやるよ」

ジュンの何気ない言葉に翠星石は赤くなった頬を隠すように顔を横に向けながら
いつものセリフを言う。

「へっ、そ、そんなことで翠星石は別に喜ばないですけどぉ~。どーしても
 ジュンが応援するってーのなら思う存分応援しやがれ! ですぅ」

2人を乗せた観覧車は真上に来ると8月も終盤にさしかかった太陽が少し陰りだし、
早くなった夕暮れの中でジュンと翠星石の言い合う声が軽く広がっていった。

(以下執筆継続中)


最終更新:2006年09月03日 21:32