ジュンが見ているのに気付かない真紅と雛苺は鞄からノートを出すと、何やら互いの意見を言い合う。

「この詞は少し幼稚だわ、書き直しなさい」
「うゅぅ~、真紅の歌詞も変なの~、ダージリンとかとかミルクティーとか紅茶ばかり出てくるの~~」
「どこがオカシイの?紅茶の素晴らしさを綴った歌詞だわ、まだ貴女には難しすぎるようね」
「だって水銀燈も真紅の歌詞は変って言ってたの~」
「なんですって、水銀燈がそんな事を言っていたの?」

なんの話をしているんだ?紅茶、菓子、水銀灯、なんだろう?
意味が解らないな…まぁ、とにかくいつまでも隠れている訳にはいかないよな…
リボンの子、雛苺って言うのか、あの子に聞きたいこともあるし

屈めていた体を伸ばし、立ち上がると、少し躊躇しながら2人に声をかけた。
誰もいないと思っていた真紅と雛苺は突然の声に驚き、肩をビクッと震わせた。

「こんにちは…」
「誰? 貴方は誰?」
「びっくしたのォォ~~」
「僕は桜田ジュン、今年入学した1年生です」
「そう、で、貴方はこんなところで何をしていたの?」

眉をキュッと吊り上げ気味にした真紅はジュンを睨みながら言う。
そんな視線を受けたジュンは少したじろぐが、すぐに愛想笑いを浮かべた。

「すみません、僕もサボッていたら、いきなりドアが開いたから先生かと思って隠れたんだ」
「そうなの、でもね、私と雛苺はサボッている訳じゃないわ、授業に出ずに休憩しているだけだわッ!」
「そうなの、そうなの~ヒナと真紅は休憩しているだけなのぉ~」

休憩か、物は言い様だな、でもそれがサボリだと思うけどな……

真紅のセリフに頭をポリポリと掻いて苦笑いを浮かべる。
そんなジュンに向かって真紅は人差し指をクイックイッと動かす。

「ちょうど良いわ、そこの貴方、桜田…?」
「ジュン、僕の名前は桜田ジュン」
「そう、じゃ、ジュン、ちょっといらっしゃい」

なんて高飛車な態度なんだ、僕を召使か何かのように思っているぞ

そう思いながらも真紅と雛苺の前まで近付く。
視線は真紅の顔を捉えつつも意識としては雛苺の顔を観察してみる。

うん、そうだ、この子だよ、間違いない、神社で会ったのはこの子だ。
名前は雛苺って言ったよな?翠星石とはどんな関係があったんだろう?
雛苺と関係があったとしたら、この真紅とか言う子とも関係があるのかな?

目線を左右に動かし真紅と雛苺に顔を交互に見る。
2人とも制服の胸に2年生を現すⅡマークが無ければジュンと同じか、もしくはもっと幼く感じられるほどの童顔である。
そんな2人の容姿にいつの間にか先輩に対する言葉遣いではなくなっていた。

「ジュン、今から貴方に率直な意見を求めるわ」
「意見?…何の?」
「いいから黙って聞きなさいッ
 私の詞を見てどう思ったか言いなさい」
「詩、ポエムか?」
「違うの~歌詞なのよ~」

真紅はジュンの前にノートを広げた。
何の変哲もない普通のノート、そこに数行ほどの歌詞が書かれている。

「ダージリン」 
作詞・真紅 

ファーストフラッシュ 深みのある味わい みんなで楽しみましょう 
セカンドフラッシュはマスカットフレーバー ストレートが最高よ 
オータムナルは茶葉に厚みと苦味 ミルクティーで一息入れましょう 
Ah ダージリン ゴールデンチップは爽やかな味わい 
赤みの薄いオレンジ色のダージリン 抽出時間は長めに 
収穫シーズンは5~6月が最適よ 

なんだよ、これ?これって歌詞なのか?紅茶の説明じゃないのか?
この詞にどんなメロディーがつくんだよ?
つーか、この詞を読んで意見って言われてもなぁ~~どうしよう?

ノートから視線を真紅の顔に移すと、自信満々な表情が見て取れる。
そんな真紅にどうコメントしていいのか解らないジュンは作り笑いを浮かべてつまり気味に言葉を選ぶ。

「う、うん…なかなか……ユニークで、こ、紅茶の素晴らしさが解る詞だと思うけど………」
「そう、ジュンって言ったわね、貴方はなかなかロックが解っているようだわ」

こ、これってロックの歌詞だったのか……

困惑するジュンなど目に入らないのか、真紅は雛苺に勝ち誇った顔を向けている。

こんなロックの歌詞なんて見たことがないぞ、ん?でも歌詞を書いているってことは真紅や雛苺ってバンドとかしているのか?もしかして……

入学当初の日に行った軽音楽部、そこで出会った銀髪の女性と翠星石の行動、そして、有栖神社で見た雛苺、そんな接点が目まぐるしく頭の中で回転する。

「ロックの歌詞って、2人ともバンドとかしているのか?」
「そうなの~ヒナと真紅はロックバンドのヴォーカルなの~」
「雛苺の言うとおり私たちはローゼンメイデンというバンドをしているわ、普段は軽音楽部で練習ばかりだけれど」

軽音楽部?いま軽音楽部って言ったよな?

真紅の言葉に少し興奮気味になったジュンは軽音楽部の部室で会った女性の事と入部したい事を告げるが、帰ってきたセリフは2人の深いため息交じりの言葉だった。

「ジュンが会ったのは水銀燈よ、私たちと同じローゼンメイデンのメンバーでギターを担当しているわ…それにジュンはドラムがやりたいのね?」
「ふゅ~、ドラムは…ちょっと難しいのよ~~」
「水銀燈って子も僕がドラムを触ろうとしたら凄く怒ったけど、何かあったのか?」

ジュンの質問に真紅と雛苺は黙り込んでしまった。
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって重い空気が3人の周りを漂い始めた時、不意に授業終わりのチャイムが視聴覚室に鳴り響く。
その音を合図に真紅と雛苺はサッとイスから立ち上がる。
そして教室を出て行く際に、いったん立ち止まると、顔を向けずに言う。

「いま軽音楽部はあまり活動していないわ、ジュンがどうしてもって言うのなら土曜日に来なさい…土曜日ならみんな部室で練習しているから……」

そう小さく呟くように言った真紅と雛苺は教室を出て行くと、休み時間で廊下に出てきた他の生徒の中に紛れ、消えていった。

何だろうな? ドラムの事を言い出したら真紅も雛苺も、あの水銀燈とかいう子も態度が明らかに変わったな…
少なくともロックバンド、ドラム繋がりで翠星石となんらかの関係はあるはずだよな…まさか翠星石は軽音楽部のローゼンメイデンのメンバーだったのか?でも学校の生徒で死んだって聞いたことないし……

昼休み、屋上で寝そべるジュンは何かが繋がり始めた手がかりを懸命に考えている。

「ヒィ~ッヒッヒッ~、待ちやがれですぅ~~ッ」

そんなジュンをよそに翠星石は楽しそうに宙を舞いながら小鳥を追いかけて遊んでいる。

クソ~ッ、いい気なもんだな~、人がせっかく記憶に繋がる何かを考えているって言うのに…
あいつを見ていたら成仏させるのがバカらしくなってきたよ、それに…ふぅわぁぁ~~っ、眠い……

幽霊のためなのか、翠星石は夜になれば異常にテンションが上がる。
そのため、夜明け頃まで騒いでいる翠星石にジュンは極度の寝不足になっていた。

ふぅわぁぁ~~、あくびが止まらないよ、ちょっとだけなら寝ても大丈夫だよなッ、チャイムが鳴ったら…解るし……zzzzz



――――――星石ッ!! しっかりしてよ、翠星石ぃぃぃ~~ッ!!

えっ?なんだ、誰か僕を呼んだか?あれ?違うな…誰だ、あの子……
ん?えぇッ…うっ、うわァァァァァ~~、ち、血だらけじゃないか、どうしたんだよ、何があったんだよ、いったい僕はどうしたんだよ?

急ブレーキの痕が残るアスファルト、その横に血塗れになって横たわる人物と、その壊れた人形のような遺体を抱きしめながら狂ったように大声を出して泣き叫ぶ人物がいる。

ど、どうなってるんだよ、確か横断歩道を渡ろうとして……ま、まさか僕は事故にあったのか?あの死体は僕なのか…うっ、うわぁぁぁぁ~ッ!!

「うわッ……はぁ、はぁ、はぁ」
「ジュン、ジュン、大丈夫ですかぁ~ッ」

いつの間にか眠りこけていたジュンは目をカッと見開きながら飛び起き、大きく肩で息をすると、額に滲み出た汗を拭う。

「どうしたのですぅ~、うなされてたですよぉ~」

ジュンの肩には心配そうな顔をした翠星石の手がある。
ただし昼間の翠星石は実現化できないため肩に置いた手は体の中に入っているように見えた。

「あれ?僕は……ゆ、夢だったのか」

先ほど見た光景が夢だと解ったジュンは大きくふぅ~っと深呼吸する。
そして目の前にある翠星石の顔を、髪型を改めて見直す。

ま、まさか、今見た夢って翠星石のことなんじゃないのか?
顔はよく見えなかったけど、確かに髪型は翠星石の髪型だったよ、それに髪の色も、体型も、そうだよ、間違いないッ!!
でも、どうして翠星石の夢を見れたんだよ?

マジマジと顔を見られている翠星石の頬はだんだんと赤みを差してくる。
そしてプイッと横を向きながらジュンの肩から手を抜く。

「あっ…まさか……」

ジュンは自分の体の中に溶け込むように入っていた翠星石の手を見てハッと気付く。

「なぁ、翠星石、寝ている時に僕の体に触っただろ?」
「なっ、な、な何を言うですかぁ、お前の体なんか触ってねぇですぅ~、変な事を言うなですぅ~ッ!!」
「本当か?」
「…う~、触ったと言うよりもぉ、チャイムが鳴っても起きないお前を起こそうとしただけですぅ~、それに触ろうにも昼間の翠星石は無理なのですぅ~通り抜けて触れねぇですよぉ~」
「でも触ったんだよな?」
「だぁ~から、触ろうにも翠星石の手はジュンの体を通り抜けたですぅぅ」

やっぱりそうか、翠星石の体の一部が僕の中に入ってきたから、それが原因であんな夢を見たのか…
じゃ、夢の中で翠星石を抱きしめて泣いていた人って誰だ?
後ろからしか見てないから解らないな、真紅でもないし、雛苺でもない、水銀燈って子でもなかったな…誰なんだよ?

「ん?おい、翠星石、所でいま何時ごろだ?」

夢に出てきた人物を考えていたジュンはふと空の色が夕暮れ色に近いのを見て尋ねる。

「もう夕方の5時過ぎですよぉ~、お前はよく眠っていたですぅ~」
「なにぃ~、それは本当かッ?じゃ、僕は昼からの授業を思いっきりサボッていたのかよぉ~?」
「そーなりますねぇ~、って言うが翠星石が起こしてやってるのに起きなかったお前が悪いのですぅ~」

クッソ~、なんてことだよ。そもそも僕が寝ていた原因は真夜中から明け方まで寝ないで騒いでいる翠星石のせいじゃないかッ!

そんな独り言をブツブツ言いながら、教師に見つからないように教室に戻り、鞄を手にすると急いで学校から出て行く。
そして後ろから話しかけてくる翠星石の声を無視するかのようにポケットに手を入れて。

あれ?なんだこれ?

その手が1枚の紙切れを掴んだ。
ジュンは立ち止まり紙切れを広げて見る。

「あっ~、忘れていたよ」
「何ですぅ~、なにか忘れ物ですかぁ~?」

それは学校に来る前に姉から渡された買い物のメモであった。
ジャガイモとタマネギ、そしてニンジン、レタスとトマトが書いてある。
そのメモの内容からカレーライスとサラダを作ろうとしているのは簡単に想像できた。

「今夜はカレーみたいですねぇ~、翠星石はオムライスがいいですぅ~」
「うるさいな~、お前は食べれないだろ~」
「そんな事は無いですよぉ、お前が口にした物の味は伝わってくるですぅ~、翠星石はニンジンが嫌いですからぁ、ニンジンは食べるなですぅ!!」
「そうか、ニンジンが嫌いか…じゃ、今夜はニンジンを生で食べてやる」
「ひ、酷いですぅ~、呪ってやるですぅ~~うわぁぁ~~ん」

翠星石は泣きながらジュンの家の方角に向かって帰っていった。
それを見ながらヤレヤレと言った表情を浮かべ、ジュンは近所の八百屋に寄ってみる。

「こんにちはオジサン、えぇ~っとジャガイモとタマネギとニンジン、レタス、トマトください」
「おっ、ジュン君、高校生になったんだね、今日はお姉さんのお使いかい?」
「はい、そうです」

近所のため小さい頃から知っている八百屋の主人はジュンがいった品物を袋に入れながら他愛のない日常的な会話をする。

「今日はトマトが2割引だけど、ジュン君なら半額でいいよ、それに今日入荷したばかりの白菜もオマケで付けとくよ」
「はい、アリガトウございます、オジサン……」

えっ?トマトが2割引、白菜が入荷?
それって薔薇水晶だったかな、あの神様が言っていた通りじゃないかッ!!

驚きを感じながらも心の中では

トマトや白菜が当たったからって別に有難くも何ともないぞ……

と思いながら、美味しそうに見える苺に何気なく手を伸ばす。
そのパックに入った苺を取ろうとした時、横から伸びてきた手がジュンの指先に触れる。

「あっ、ゴメンなさい」
「あっ、いや、こちらこそ」

謝りながら、その手の先にある顔を見たジュンは自分の目を疑った。
それは髪型さえ違えど、顔立ち、表情、背の高さまで翠星石と見間違うほどよく似た女性が立っていたからだ。

す、翠星石…か? いや、そんな訳ないよなッ
でも凄く似ているな、まるで双子みたいじゃないか、
えっ、双子、姉妹、まさかこの子と翠星石って……

蒼星石を目の当たりにし、驚きと共に何やら確信めいた思いがジュンの頭を駆け巡っていく。

そうだよ、きっと翠星石とこの子は姉妹とか、そんな関係だよ、
でもどうしよう? いきなり初対面で「幽霊になった翠星石が僕の家にいます」なんて言って信じてもらえる訳ないし……
下手に何か言うと危ないヤツって思われるだろうな、くそ~、せめてこの子に霊感とかあったら話は早いんだけどな……

蒼星石の顔を見つめたまま考えこんでしまう。
そんなジュンに蒼星石は少し怪訝な顔立ちで声をかける。

「どうしたの?」
「えっ、い、いや、何でもないよ」

蒼星石の声に我に返ったジュンは少しだけ視線を外す。
だが、余りにも翠星石に似ている顔から完全に目を外すことなどできない。
そのため、ズラした視線は蒼星石の右肩辺りに向けられている。
その時、蒼星石の肩にギターケースがかけられているのに気付く。

「それはギター?」

突然の質問に蒼星石は戸惑いつつもニコッと笑って小さく肯く。

「ふふ、よくギターと間違われるけど、この中身はベースなんだよ」
「へぇ~、ベース弾いているんですね」
「うん、中学の頃からロックが好きでね、同級生とバンドを組んでいるんだよ、それで僕のパートはベースなんだ」

バンド、この子もバンドを組んでいるのか…あっ、よく見たら同じ高校の制服じゃないか、それも2年生だし、軽音楽部の真紅と雛苺だっけ、あの子達の事も知っているかも?

そう思ったジュンは今朝、視聴覚室で真紅の歌詞を見て意見を求められた事を交えながら軽音楽部のことを聞いてみた。
すると、蒼星石は目を細め、口元に柔らかい笑みを作る。

「ふふふ、そうなんだ、君も真紅の詞を見たんだね、ふふふ」
「あぁ、実際あの歌詞の感想を言えっていわれて困ったよ~」
「うん、僕も同じことを聞かれたよ、それで君は軽音楽部に入るつもりなのかい?」
「うん、僕も中学の頃からロックが好きだったし、高校に行ったらバンドとかやりたいな~って思っていたから…でも……」

そう言いながらジュンは視線を落とし気味になり、言葉を濁らせた。
そんな態度に、おそらくジュンは入部を遠まわしに断られたのだろうと思った蒼星石は小さくポツリと呟く。

「ゴメンね…みんな、まだあの事を引きずっているんだ…僕も忘れようと努力しているんだけど……」

あの事? そう言いかけたジュンだが、潤んだ瞳からこぼれ落ちようとする涙を我慢するかのように空を見上げている蒼星石を見ていると、何もいえない。そしてグスンッと鼻をならした蒼星石は先ほど取ろうとした苺のパックを手にする。

「あっ、あの~、ちょっと」

あわてて支払いを済ませようとしたのか、蒼星石がサイフを出した時にポケットから白いハンカチがヒラリと落ちた。
ジュンはそれをひらって声をかけたのだが、蒼星石は唇をギュッと噛み締めたまま足早に去っていった。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年03月19日 01:26