どうしたらいいんだ? どうやったら翠星石のことを気付いてくれるんだよ? なにかいい方法はないのかよッ!

ただそのことばかり考えているジュンだが、うまい考えなどそう簡単に浮かぶはずがない。
それが普通の人間には見えない、感じない霊体の話となれば尚更である。

クッソー、僕に力があればなぁ~、テレビに出てくるような霊能力でもあったらどうにかできるかも……この際しかたないか……

ただ霊体の翠星石と話ができるというだけで、その他の能力がない自分を責めているだけでは埒があかない、この類の問題を相談できるのは一人しかいない。
そう思ったジュンは携帯に目を向けると、その携帯から着メロが流れ出す。

「あっ!?」

手に取り、着信ナンバーを確かめると、相手は巴であった。
偶然なのか、ジュンが相談しようと思った本人からの電話に少し驚く。

「もしもし、桜田くん?」

受話器から聞こえる巴の声は少し心配そうな響きをもっている。
何も言わず昼休みから姿を消したジュンを気にしていたからだ。

「うん、ちょっと考えることがあって、昼から早退って言うか、まぁ、サボったんだ」
「考える事?それってもしかして桜田くんに憑いている翠星石って娘の霊のこと?」

さすが有栖神社の娘で霊媒体質の巴らしくスバリと言い当てる。
そんな巴の言葉にジュンは今日あった出来事を話した。
軽音楽室にあつまる彼女達に翠星石のことを話したこと、
それを聞いた水銀燈に頬をぶたれたこと、
そして双子の妹である蒼星石が泣いたこと、
それら順をおって話す。
そして、黙ってジュンの話を聞いていた巴は今までと少し違った口調でジュンに質問する。

「それで桜田くんはどうしたいの? その霊の望みを叶えたいの?」

巴の質問に少し静かな間が生じる。

「あぁ、僕は翠星石と約束したんだ、
 望みを叶えて思い残すことなく成仏させるって、そう約束したんだ、
 だから僕は翠星石の望みを叶えたい」

そう言い切ったジュンの言葉を聞いた巴は何やら考えているのか、しばらく無言でいる。
しばし2人の間に無言が続いた後、巴はふぅ~と小さく息をつくと今まで通りの口調に戻った。

「解ったわ、お爺さんに相談してあげる」
「ありがとう、本当、助かるよ」

そして電話を切った1時間後、巴の祖父から電話がかかってきた。

「あっ、どうも、桜田です」
「桜田君かい?話は巴から聞いたよ、時間があるなら今から神社に来れるかい?」
「あっ、はい、大丈夫です、今から行きます」

そう答えたジュンは電話を切ると、有栖神社に向かって自転車を走らせた。

そして、ジュンが神社に着いた頃、翠星石は戻った記憶を頼りに自分の家、蒼星石の元へと向かっていた。

た、確かここの角を曲がったら……あっ、あの家に見覚えがあるですぅ

戻った記憶を頼りに家にたどり着く翠星石。
大きな門構えの向こうにはそれに相応しい洋風の建物が見える。

あれぇ?翠星石の家はこんな感じだったですかぁ?

記憶の隙間にチラッと残る自分の家と今みている家とはどこか食い違っている。
しかし翠星石にとってこの家から感じるものは違和感ではなく、懐かしさであった。

あっ、蒼星石ですかぁ?

見上げていた屋敷の窓に掛けられたカーテンに人影が薄っすらと映る。
霊体である翠星石は宙に浮かぶと、そのままスーッと通り抜け、窓から部屋に入る。
まず最初に目に映ったのは10畳ほどの広さの部屋にセミダブルのベッドが窓際に、そして小さな机に数枚のCDと使い込まれたスコアブック。
本のページが勝手にめくれないようきつく折り目を付けている。
その開かれたページに書かれたタブ譜を目で追いながらイヤホンを付けた水銀燈はぎこちない指でギターの練習をしている。

あっ、ここは水銀燈の家だったですかぁ

おぼろにしか甦っていない記憶のため翠星石は、間違えて水銀燈の家に来ていた。

「ふぅ~、どうもうまく弾けないわねぇ~」

どうやら思い通りに弾けない水銀燈はイヤホンを取り、ギターを置いてそのままゴロリと横になる。

「んん~~ッ」

寝そべったまま体を伸ばし、近くにある雑誌を手にするとページをパラパラとめくっていく。
そして雑誌を見たままテーブルに手を伸ばし、食べかけのクッキーを口に運ぶ。

「うふふふ、バッカみたぁ~~い、うふふふ」

雑誌に書かれている記事を笑う水銀燈の口元からクッキーがポロポロとこぼれる。
それを見ていた翠星石はふぅ~と小さな息をはきつつ、ニコリと笑った。

水銀燈は相変わらず行儀の悪い女ですぅ~、ほらほら、床にクッキーが落ちているですよぉ~

あの頃と変わらない水銀燈を見て微笑む翠星石は、宙に浮かべた体をスーっと降下させ、寝そべる水銀燈のとなりにペタンと腰を下ろした。

ん? なぁに?

雑誌から目を離した水銀燈は首を動かし、チラッと横を見てみる。
そこにはテーブル、その向こうにある本棚がある普段の見慣れた自分の部屋。

ふぅ~~ん……なぁに?………なんだか変なかぁ~んじぃ?

ふと何やら気配を感じた水銀燈だが、別段なにも異常がないため、視線を雑誌に戻す。

…………なぁに…………?

読み出した雑誌に集中できない。
誰かがすぐ近くにいる気配がする。
普通このような場合だと恐怖が先にくるものだが、不思議と怖さはなく、どこか懐かしさに似た感覚を覚えた。

水銀燈には見えないかもしれねぇですけどぉ…翠星石には見えてるですよぉ~、
ほら、あの頃と変わらない髪形、目、そして行儀の悪い所も全部みてるですよぉ…
翠星石は、翠星石は、水銀燈のことが大好きですぅ!

水銀燈の顔に近付き、そっと囁くように耳元で話す。
もちろん翠星石の言葉は聞こえるはずがない。
だが、その言葉に答えるかのように水銀燈の口元には笑みが浮かんだ。

ふふふふ、なぁに翠星石ぃ~

そう言わんばかりの笑顔を見せた水銀燈は雑誌を置くとスクッと立ち上がり、本棚の奥に手を伸ばす。

「あらぁ~?確かこのあたりにあったはずなんだけどぉ~~、あっ、あったわぁ~ふふふっ」

使い古された手書きのダブ譜、その紙面の隅には大よそ似てはいないが、水銀燈と真紅の顔を真似て書いたであろう落書きがある。
それを見た水銀燈は少し暗い目付きになるが、すぐに元の笑みを浮かべ、先ほど置いたギターを持つと古いタブ譜をテーブルに広げる。
そして自分以外だれもいないはずの部屋にむかって喋りかけた。

「ねぇ、覚えてるぅ?この落書きは貴女がしたものよぉ~、ねぇ、そうでしょぉ翠星石ぃ?ふふふ」

そう言うと水銀燈はピックを摘むと心の中でリズムを取りながら弦の振動から紡ぎ出されていく音をメロディーに変えた。
それは翠星石が生きていた頃、よくみんなで練習した曲であった。

「高校に行ったらまず始めはこの曲をやるわよぉ~」
「いいけど、でもちょっと寂しい感じの歌詞だね?」
「そうですかぁ?翠星石はいいと思うですよぉ~」
「そうね、タイトルどおり春らしい曲だわ」
「この曲を入学したら桜が見える教室で歌いたいの~」
「それはいいですねぇ~、翠星石もその案に賛成ですぅ」
「じゃ、約束するのだわ、桜が見える教室で演奏するって」
「その約束、私ものったわぁ~」
「翠星石も約束するですぅ~、これは絶対の約束ですぅ…………」

ギターを弾く水銀燈の脳裏にあの頃の場面と会話が甦ってくる。
そんな水銀燈は指を動かしながらそっと心の中で呟いてみた。

ねぇ、翠星石…軽音楽部ってね、窓から桜が見えるのよぉ~
今はね、もう満開に近いんだからぁ~……それにほぉ~ら、あの頃と違って私もこんなに弾けるようになったんだからぁ~………

霊体である翠星石は心で呟いた水銀燈の言葉を聞くことができた。
そんな翠星石は水銀燈の肩にピタリと体をくっ付けるように寄り添うと弦を弾く指先を見つめながら答えた。

うぅ、す、水銀燈………へっ、へんっ!!なぁ~んですかぁ、
その弾き方はぁ?あの頃とちぃ~っとも変わってねぇですぅ~
でも、でも、翠星石はヘタクソな水銀燈のギターが大好きですぅ~~

そう言いながら音を出す水銀燈の肩に顔を埋めた翠星石の目蓋はジワリと滲み出した。
それは水銀燈から感じた暖かい心の呟きと、同時にあの頃の約束を守れなかった悔しさが混じった涙であった。

                    ***

翠星石が水銀燈の部屋に居る頃、ジュンは神妙な表情で神社を後にしていた。
それは巴の祖父である有栖神社の神主との会話を思い出していたからだ。

「それじゃ桜田君はどうあっても翠星石という霊体の望みを叶えたいと?」
「はい、僕は翠星石と約束したし、それに……」
「ん?それに、どうしたんじゃ?」
「それに、このままだと翠星石が余りにも可愛そうで……」

ジュンは今までの経緯から翠星石の死因、そして生前やりのこした望みを
巴の祖父に告げた。
それを黙って聞いていた祖父はキリッとした鋭い目付きでジュンの顔を見つめる。
それは人柄のよい顔付きの中に神に仕える神主としての厳しい視線であった。

「桜田君がそこまでの覚悟があるなら、その翠星石と言う霊体の望みを叶える方法を教えよう」

そう言うと神主としての目付きをジュンに向けたまま巴の祖父は説明を始めた。
それは、まず翠星石の望みである生前の仲間達とのバンド演奏。
それをするには翠星石の霊体としての力は余りにも微弱であること、よって
昼間に波長の合わない人には翠星石の姿どころか気配すら感じないであろう。
そのような霊体に演奏、それもドラムなど叩けるはずがない。
そこまで聞いたジュンは巴の祖父の言葉にコクリと肯いた。

そうだよな、あの部室で翠星石がいるにも拘らずみんな、あの妹の蒼星石で
さえ翠星石に気付かなかったくらいだからな………じゃ、どうやって翠星石
にドラムを叩かせるんだ?

少し困惑したジュンの表情を読み取ったのか、巴の祖父はゴホンと短い咳払いをしたあと、説明を続けた。

ただ、霊体としての力が弱いのだが、幸いにも翠星石は波長がバッチリと会うジュンを見つけている。
そこで翠星石がジュンの体内に入り、一時的にジュンの体を使ってドラムを叩くことができる。
そこまで聞いたジュンは思わず声を出した。

「えっ、僕の体を使う?それってもしかして……」
「そうじゃ、憑依させるのじゃよ」
「ひょ、憑依?」
「うむ、世間では霊に取り憑かれると言うとる事じゃ」
「えっ!!そ、それは……」

翠星石が幽霊だと判っている。
しかし今まで想像していた幽霊という概念からはほど遠いのが翠星石であった。
よってその翠星石が自分に取り憑くなどと言う大よそどこかの怪談めいたことなど考えもしていなかったジュンは少なからず動揺を見せた。

「どうじゃ、桜田君、怖くなったか?」

ニヤリと笑った巴の祖父は緊張の色を隠せないジュンにそう聞いた。
ゴクリと唾を飲み込んだジュンは途切れそうな声で質問をする。

「あの、取り憑かれた僕はどうなるんですか?」
「うむ、3日後に死ぬな………」
「えっ!!!」
「ハッハハ~~、ウソじゃ、ウソじゃ、死にはせんよ、
 ただ憑依されている間は記憶がなくなるだけじゃ、
 ま、全て無くなるわけじゃなく、そうじゃな、
 夢をみている感覚で薄っすらと覚えている感じじゃな」

ジュンを脅かしニカッと笑う巴の祖父からは神主としての厳しい目付きは消えていた。
そんな言葉を聞いたジュンはふぅ~と安堵の息が出た。
しかし、そこで巴の祖父は新たな問題点をジュンに聞いてきた。

「ただし、その翠星石という霊体はまだ一度も人に憑依したことのない未熟な霊体じゃったな?」
「はい、確かそうです」
「うむっ、じゃ桜田君は翠星石ともっと強く波長を合わせないと簡単に憑依は難しかもしれんのう?」
「えっ?どういう事ですか?」

うむッ、と頷きながらお茶を一口飲むとジュンに説明しだした。
まず霊体と言っても翠星石のように霊的ランクが低い霊体は、波長の合う人間に声や姿などを見せることはできても、簡単に生きた人間の体を乗っ取るような高度なマネはできない。
それが出来るのはよほど怨念めいた想いをもっている霊か、または霊体となって数十年が経過し、霊的ランクがあがったものでしかできない。
もしくは人間側にいわゆる霊媒体質、巫女であったり霊的修行を行った者が自らの意思で霊を体内に招き入れることでしか憑依は完成しないのだ。

「だったら、どうやって翠星石を僕に取り憑かせるのですか?」
「そこでさっき言ったように桜田君と霊体との波長をもっと完全に合わせる必要があるのじゃよ」
「そ、それは僕に修行しろとか?」
「いや、そんな大それた事はせんでいい、現に桜田君と翠星石は波長が合っておる、その波長をもっと密に合わせるだけじゃ」
「そ、それは?」

ジュンの質問に巴の祖父はニヤッと笑ってこう答えた。

「それは簡単なことじゃ、接吻じゃよ、ハァ~ハッハッハッ~~」
「接吻?」
「そうじゃ、接吻じゃ、えぇ~~若い者の言葉で何と言ったかのぉ~?えぇ~~キ、キ?」

祖父のとなりに座っている巴は床を見つめたままボソッと小さく呟く。

「キスです……」
「そうじゃ、キスじゃ、あれほど簡単に人と人の想いがくっ付く方法は無いからのぉ~~ホォ~ホッホッホ~」
「えぇ~ッ、キ、キスぅ??」
「どうした?イヤか?」

ぼ、僕と翠星石がキスをする?相手は幽霊だぞ!!

巴の祖父の言葉にあきらかに動揺の色を見せたジュンは手を大きく振りながら言う。

「い、いや、って言うかキスなんて無理ですよ、
 だいたい昼間の僕は翠星石に触れることができないですよ、
 通り抜けちゃいますよ!」

ジュンの慌てぶりを楽しむような笑みを浮かべた巴の祖父はお茶を飲みながら1枚の御札を取り出した。

「それは心配無用じゃ、力いっぱいこの御札を握ったら、そうじゃな、
 だいたい1分くらいなら霊体に触れることができる、
 まぁ桜田君と翠星石だったかな?その霊体と波長が合っているようだし、
 3分はもつじゃろうな」
「えッ?それは本当ですか?」

差し出された御札をシゲシゲと眺めるジュン。
それに対して巴の祖父はニカッと笑う。

「今ならこの不思議な御札を5千円で売ってやろうかな?」
「エッ?か、買うのですか?」

思わず御札から目を離して巴の祖父の顔を見つめる。

「ハッハハハ~、冗談じゃ、ワシの可愛い孫娘の友達じゃ、
 この御札は持っていっていいぞ、ハッハハハ~~」

豪快に笑いながら御札をジュンの手に渡すと、もう一度おおきな声で笑った。
しかしその笑い声もすぐに元に戻ると、今度は一転し、いたって厳格のある口調で話し始めた。

「この御札を使って桜田君が霊体の望みを適えるのは桜田君自身が決めることじゃ、
 ただし桜田君は修行なぞしておらん素人じゃ、憑依された後は極度の脱力感に襲われるぞ」

その言葉にジュンは一言「はい」とだけしか答えれなかった。

「そして望みを叶えたら、その翠星石という霊体と一緒に有栖神社に来い、
 一度迷った魂が自らの意思で成仏はなかなか難しい、
 ワシと巴でその霊体を本来あるべき場所へ送り届ける助けをしよう」
「本来の場所?」
「そう、魂が行く場所、あの世じゃ、いいか、必ず来るんじゃぞ」
「わ、解りました……じゃ、日曜日の朝に翠星石を連れて来ます」
「ん、承知した、では今夜は帰ってゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」

そう言うとジュンは巴と神主である祖父にペコリと頭を下げ、家路についた。




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最終更新:2007年09月16日 14:45