717 :冬の日の刹那の孤独(タイトル):2009/08/05(水) 04:32:16 ID:gwftn1bj
季節は冬。
皮膚に刺す様な寒さが続く中、もう事実上部活を引退した智美ちゃんと加治木先輩は、それでもほとんど毎日の様に部室に顔を見せに来てくれる。
私は、不純だけどやっぱり智美ちゃんに会えるのが嬉しくて、智美ちゃんが「ワハハ」って笑いながら部室に入ってくるのを、いつも「まだかな?」「もう少しかな?」って、子供みたいに待ち焦がれていた。
でも、それは私だけでなくて桃子さんもで、そして睦月さんも同じだった。
桃子さんは、加治木先輩が来たら一気に存在感が増すし、睦月さんはただ、尊敬する二人に会えるのが純粋に嬉しいようだった。
「おーっす。ワハハ」
「お邪魔する」
そんな風に、まるで性格が違う二人なのに、不思議としっくりくるバランスがあって、二人が並んでいると、何だかほっと安心する。
前に、睦月さんが二人の事を「北風と太陽。飴と鞭。もしくは、器の大きい君主と優秀な参謀」なんて呟きながら、憧れを含んだ瞳で見ていたこともある。
その呟きがおかしくて、どっちがどっちか、なんてあえて聞く必要も無くて、私は微笑しながら、うんうんってつい頷いてしまい、睦月さんを「聞いてたのか?!」って、困らせてしまった事もある。
まあ、それはそれとして。
「先輩たちは、今日も打っていきますか?」
「ああ、勿論だ」
「ワッハッハ。今日は負けないぞー」
寒がりな智美ちゃんは、首にマフラーを巻いたままで、加治木先輩は桃子さんとそっと微笑みあってから、するするとマフラーを外していた。
そんな光景が、それだけの景色が眩しくて、私はそっと少し熱くなった頬をおさえて、少しだけ、智美ちゃんを見つめる。
それはほんの数秒程度で、それからすぐに私たちは、いつもの楽しい部活を始めるのだ。
「ワハハ、ユミちんってば麻雀を打ちながら、モモと見つめあいすぎだぞー?」
「なっ、か、蒲原!?」
「いやぁ、照れるっす」
「……あの、皆さん集中しませんか?」
それは、心がほっこりとする時間。
皆で集まって、真面目に麻雀を打ったり、牌譜を見て情報収集に努めたり、時にはお菓子を食べながら談笑したり。
智美ちゃんが何処からか持ってきた二つのストーブで、部屋の中がほどよく温まると、身体だけじゃなくて心までホッとできて、私はこの時間が大好きで、毎日放課後が待ち遠しくて仕方なかった。
だから。
この日も、私は少しだけ掃除で送れた時間を取り戻そうと、やや早足で部室へと向かっていた。
「あう、もうっ、皆いるよね?」
それに、智美ちゃんは今日も来ているよね?
「はあっ!」と白い息を吐きながら、私はそれが心配で、急ぎながらもそわそわしていた。
一年の年の差は、けっこう大きい。
学年が一つ違うだけで、私が学校で智美ちゃんに会える時間は、あの幸福な部活中だけなのだ。
だからこそ、私はその時間を無駄にしたくない一心で、冷たい空気の中を急いでいた。
智美ちゃんと会える唯一にして、一番大好きな時間を過ごしたいが為に。
幼馴染のお姉ちゃんで、たまに妹みたいに感じる、智美ちゃんに早く会いたいから。
私は、いつもの私からは考えられない速さで、部室の前に辿りついて、やっと着いたぁって、喜びながら、そのドアのノブに手を伸ばした。
開けた瞬間、ひやりとした空気が通り抜けて、ぶるりと震えてしまった。
その冷気に驚いて、「あれ?」って声に出しながら中に入ると、二つあるストーブはどちらも冷たいままで、シンッとした部室の、いつもと違う知らない部屋みたいな温度差に、私は訳も分からず、混乱してしまった。
「えっ、あぅ……? あ、れ?」
どうして誰もいないんだろう?
最初にそれを考えた。
今日は休みだったかな?
次にそれを考えた。
ううん、そんな話は聞いていない。
そして、今日誰もいないなんて、おかしい。って。
胸が、キュッと小さく不安で絞られる、息苦しいみたいな感覚が、一瞬で全身に広がった。
まるで仲間外れにされたみたいな、そんな唐突な寂しさと、苦しさ。
「……っ、……ぅ? あ、あれ?」
部屋の中を見渡せばやっぱり誰もいない。
見渡して、見渡せば見渡すほどに、何だか混乱してくる。この部屋が、まるで知らない部屋みたいな違和感を私に突きつけるから、余計に。怖くなる。
「さ、智美、ちゃん?」
音の無い部室で、彼女に呼びかける。
そうしたら、耳鳴りがしそうな静けさが故の騒音が、キーンと返ってきた。
「……ッ」
ぞわぞわと、足元からいきなり、いつもの日常がストンと切り落とされて、知らない何かとくっつけられたみたいな、例えられない不安が昇ってくる。
胸の前で両手を痛いぐらい握って、ドクドクと鼓動が痛く鳴って、なのに身体からスゥッと熱が消えていく、お腹の中から冷えていくみたいな、嫌な、不快なものを飲み込んだ、絞られる様な、苦しい痛み。
―――泣いちゃい、そうだった。
カタンッ、と物音。
「あっれー? 佳織どうかしたのかー?」
ワハハ、って、声がした。
きりっと、握っていた手に爪が食い込んで、その痛みと声に我に返って「っ!?」って、振り向いた。
笑顔が、あった。
「――――」
「あれ? 遅かったなー? ワハハ、いやぁ、ストーブの灯油が切れちゃってさ、貰って来てたんだ」
「――――、…………」
「いやぁ、重かった。こんな日に限って、皆用事があるとか、嫌がらせだよな? ほら、寒かっただろう? 今部屋を温めるからな」
振り返った先には、笑顔の智美ちゃん。
片手に、青い灯油が入ったタンクを持って、ツンと鼻につく、独特の匂いが漂っていて。
重い物を持っているのに、全然辛そうじゃ無くて、いつもみたいに「ワハハ」って、私に笑いかけている。
理解する。
理解して。
喉が痛いって思った。
胸がつかえて、苦しいと、鼓動がうるさかった。
何より、安堵して、私は呼吸をしていなかった事に気づいた。
何だか、今にも、さっきとは違う、暖かい何かで、
―――泣いて、しまいそうだ。
と思った。
「うわぁ、寒い寒い」
智美ちゃんが身体を震わせながら笑って、「ちょっと待っててくれ」って言うから、私は、こくりと頷いて、両手を強く握ったまま、近くの椅子に腰を下ろした。
両足が、震えていた事にもそれで気づいて、もっと、押さえつけるみたいに強く両手を握り合った。
「よし!」
智美ちゃんは、ストーブに灯油を入れ終えて、道具を外にやって、少しだけ匂いを消すように換気してから。
ようやく、部屋の中が温まってきたって時に、本当にようやく、智美ちゃんがパイプ椅子に大人しく座っている私に、近寄って来てくれた。
「まあ、なんだ」
智美ちゃんらしくない、少し躊躇した、困ったみたいな、戸惑っているみたいな、そんな声色。
顔を上げると、智美ちゃんは頬を掻きながら、何だか壊れ物に触れるみたいに、そろそろと、私の頭に触れた。
「寂しかったな?」
一言だけ。そう言ってくれた。
ああ、全部分かってるんだね。
って、智美ちゃんは、やっぱり凄いねって、じわりと、おさまってたと思った涙が、また込み上げてきた。
「……う、うん。だ、誰もいなくて、こわ、怖かったぁ」
「ぅえっ?!」
心のままに吐露すると、智美ちゃんが驚いて、急に慌てて、もっとよしよしと私の頭を撫でてくれた。
「ぁ、うっいやっ、ごめんな? そうだな、私が佳織を待ってれば良かったな、うん! 悪いのは私だなっ!」
あたふたする智美ちゃんに、ぶんぶんと首を横に振って、耐え切れなくて、もう我慢できなくて、智美ちゃんに抱きついた。
「さ、智美ちゃぁん……っ、……ふえぇ!」
「おわぁ?! あっ、いや、あの!? か、佳織!?」
寂しかった。
こんなに、自分が泣き虫だなんて忘れていた。
たった一瞬のすれ違い。
たった数秒の孤独。
それが、本当に怖くて、あんなに短い時間でこんなになるなら、もっと長い時間アレを経験したらどうなるのかなんて、知りたくも無くて。
私を救ってくれた、大げさじゃなくて、私を孤独から一瞬で呼び戻してくれた智美ちゃんにぎゅうって抱きつく。
「むっ、胸が、あたっ、あたってるってば?!」
「さとみちゃん、さとみちゃん、さとみちゃぁん」
溢れたらもう止まらなくて、私はえぐえぐと、智美ちゃんに抱きついたまま、思う存分泣いたのだ。
気がついたら、智美ちゃんが抱き返してくれていて、私はもっと涙が溢れてきて、抱きついているのに足りなくて。
私は、智美ちゃんを床に押し倒して、もっと沢山くっ付いて、泣いた。
「……お、落ち着いたか?」
「……は、はい?」
泣いて、泣きつくして、少しだけ眠ってしまって、目が覚めたら、真っ赤な顔の智美ちゃんがいた。
「はへ?」って、一瞬わけが分からなくて、だけど先程の事をみるみると思い出してしまい、私も智美ちゃんと同じぐらい、一気に真っ赤になった。
「お、おはよう智美ちゃん」
「……おはよう。……一応言っとくけど、眼鏡をつけたまま寝ると、フレームが曲がるぞ?」
「う、うん」
あっ、あわわ。
私の下に、智美ちゃんがいる。
落ち着いて冷静になったらなったで、私は何をあんなに泣いていたんだと自己嫌悪。
何より、そんな姿を智美ちゃんに見られて、挙句に智美ちゃんをお、押し倒して、布団代わりにして眠っちゃって、いまだに、そこからどいてなくて。
そこまで考えたら、智美ちゃんの赤い顔が視界一杯に広がった。
「………っ」
思わず、こくりと喉がなる。
智美ちゃんが、視線を泳がせて、私と目を合わせないのは、照れているからだって分かる。
そして、そんな智美ちゃんが、私の下で、嘘みたいに大人しくて、無防備だったから。
ドクンッて、鼓動が大きくなった。
「……さ、智美ちゃん」
「っ、な、何だ?」
無理やり笑おうとして、失敗した顔。
笑っているのか、困っているのか、自分でも分かっていなさそうな表情。
「……」
智美ちゃんは、きっと私にどいて、なんて言わない。早くどいてくれ、なんてどんなに恥かしくても言わないんだろう。
私の気がすむまで、ずっとこうしていてくれる筈。
つまり、今、私は智美ちゃんを、『私』が捕まえているんだ。
―――ぞくりと、自覚した途端、あまりの衝撃と甘さに、背筋が震えた。
「か、佳織? 本当に、どうしたんだ?」
「……ねぇ、智美ちゃん」
私の瞳の色が変わったのを、敏感に感じ取ったのだろう、智美ちゃんが焦り始める。
だけど、私はチリチリと、炙られているみたいな、不思議な痛みを胸に、智美ちゃんの瞳をジッと見つめ返す。
「私ね、さっき、本当に怖かった」
「そ、そうなのか?」
「うん。一人になっちゃったのかなって」
「だい、大丈夫だ。ほら、私がいるって!」
わ、ワハハって、混乱しきった顔で笑う智美ちゃんに、「…うん」って答えて、私はぐっ、と唇を強く噛んだ。
そうだ。
もう、あんなの嫌だから。
「智美ちゃん」
「はいっ?!」
「私は、もう、怖いのは、本当に嫌なんです」
あんな冷たさ、もう感じたくない。
「だから、智美ちゃんにいて欲しい」
あの瞬間。思い知らされた。
智美ちゃんが、私にとって、どれだけ暖かいのか。
佳織って、呼ばれただけで孤独が消え去った。
「私は、智美ちゃんが―――智美、ちゃんの、事が――」
伝える、長年の全てを込めた、声。
でも、それはここまでだった。
「――――ッ」
弱虫で、意気地なしで、ここぞという時に、あわあわして何も言えなくなる私は、案の定。
これ以上が言えなくなる。
でも、だからって、諦められない。
今を、逃したくなくて。
だから。
もうちょっとの、勇気を、自分に込めて。
私は、目を見開いて、きっと首まで赤くなっているだろう、私の顔を見つめる智美ちゃんに、
ゆっくりと、途切れた言葉が、想いが、全て通じますようにって願いを込めて、
唇を押し付けた。
それから。
「あ、あの、智美ちゃん?」
「…………」
「えっと、カーテンにくるまるのは、あの、ズルイです……」
「…………」
「さ、智美ちゃん……ふぇ」
「っ、な、泣くなよ佳織! わ、私は怒ってないぞ! ワハハ」
「……でも」
「いやっ、だって、お前、いきなりあんなのされたら、だ、誰だって」
カーテンから、赤面した顔を半分出して、智美ちゃんが抗議してくる。
「だ、大体、佳織は、私よりその、背も高くなって、胸も大きくなってだな」
「え……?」
「……なのに、き、キスまで先にやられたら、私の、えっと」
ガバッと、また顔を隠して。智美ちゃんはカーテンの下から生えた両足を赤くして、言う。
「年上の、お姉さんとしての、い、威厳とか、プライドとかがだなぁ!」
必死な声に、「ぁう」って、そういう事なんだ?! って、怒っているというより悔しがっている智美ちゃんに、鼓動がずきゅんってする。
さ、智美ちゃんって、たまに反則なぐらい、声がつまるぐらい可愛くなるから、私はもう何も言えなくなった。
だから。
くいくいって、カーテンを引っ張る。
「……な、何だよ」
いつものワハハじゃない、本当に拗ねちゃった顔。唇がちょっと尖ってて、私は、また喉が詰まって呼吸すら苦しくなる。
う、うん。だからね?
私は二度目の、今度は「ごめんね」と「大好き」を詰め込んだ、セカンドキスをするのだった。
智美ちゃんは、そうしたら、本当に可愛い顔で、泣き笑いみたいな悔しいみたいな混乱中みたいな、そんな顔で、真っ赤になって「佳織の馬鹿!」って叫んだ。
だから、絶対に。
三度目のキスを、私がついしてしまったのは、しょうがないと思うのです。
おわり
以上です。
不意に、カマボコは、むしろ受けかもしれない。と思って出来た自己満足なssです。
だけど、かおりんは、きっとやる時はやってくれる子だと思います。
最終更新:2009年08月08日 14:12