67-407 キミのふり見て我がふり思え

「……聞き流しておくべきか」
「まあ、それが正しい対応だろうね」
 少しばつが悪そうな顔をする彼に座るように目で促す。
 キョン、じきに昼休みも終わりなんだ。気持ちは解るつもりだが席に座っておくにこしたことはないよ。

「彼女の為を思うなら忘れてあげたまえ。それが友情というものだ」
「友情ね」
 というのは同じ班の女子、岡本さんがまいた種の事だ。
 どうも彼女は、まだ九月の頭だというのに『食欲の秋』とやらの洗礼を浴びたらしくてね……まあ後はご賢察を願いたい。
 しかしその相談を男子に聞かれるとは彼女も運が悪いというか、キョンだから良かったというべきなのか。
 彼ならそんな事は気にはしないだろうしね。せいぜいが
「洗礼か」
 キョンは岡本さんの洗礼名でも考えているって顔をしていた。
 くく、ま、そうだね。キミはそんな奴さ。そう思うと喉奥から奇怪な笑いが零れてしまう。

「なにかバカにされている気がするんだが」
「キョン、疑心暗鬼は良くないよ? ま、それはそれとして中学生というのは成長期だからね。多少の体重増ならむしろ歓迎すべきだよ」
「その反応も中学生女子としてはどうなんだ佐々木」
 くっくっく、まあそうかもしれないがね。
 年頃である以上、ダイエットや体重管理は避けては通れない。
 けれど僕らは成長期なのだ。なら体重が増えなければむしろ不健全というものだよ。

「まあでも確か岡本って部活やってたろ? なら運動量も減っただろうから気になっているんだろうさ」
「なるほど。そういう見方もあるか」
 もう中学三年の九月だ。確かに受験生なら秋頃にはもう部を引退しているのが普通だろう。
 なら普通より気になるのかもしれないな。これまでと同じ生活では間違いなくカロリー過多になってしまう。これも一種の強迫観念か。

「だがキョン、僕らは受験生だ。脳に糖分を送るためにも、普段より糖分を取るべきという考え方もあるからね?」
「なんつうかお前はお前でホントにどうなんだ佐々木」
 ダイエットなら成長期が終わってからでも決して遅くはないさ。
 それに、ね。

「まあ岡本なら多少アレになろうと平気だろうけどな」
 岡本さんの身体のラインでも確認しているのか、キョンの視線は少し間延びしている。
 確かに彼女の身体のラインは同性から見ても女性的で魅力的だと思うよ? だが、キョンには改めてこの言葉を贈ろう。
「この助平」
「誰がだ」
 くっくっく。

 中学三年の九月の頭。
 思えばこの時が中学時代で一番自然体だった時期なのだと思う。
 この頃の僕は、ダイエットしよう、とか、もっと女性らしい体型になりたい、だなんて思いもしなかった。
 僕の傍には彼が居たし、その関係は改めて好かれようと思うほど遠くはなかったし、まして他の誰かに好かれようなんて思う必要もなかったんだ。
 この心地良い関係に、そんなものは必要ないと思えたから。
 僕は十分に満たされていたから。
 だから………………
 ……………
 ………

『モテるモテないとかがこの人生において重要視される意味が解らないね。恋愛感情なんてノイズ、精神病さ』
 その僅か数日後、僕は「恋愛感情なんて要らない」と断言できてしまったし

『僕の貧相な胸部なんてマジマジと見たところで益にはならないだろう? 岡本さんのならまだしもさ』
 まさのその同日、まるっきり反対の事を望んでいた自分に気付いて嫌気が差してしまったんだ。
 自分自身の愚かな矛盾に、ひどく動揺してしまったんだ。
 ……だから進路さえ違えてしまったのかもしれない。

『進路、キミはどうするつもりなんだい?』
 これもおなじ日の言葉。あれほど聞き続けたのに、あれきりにしてしまった言葉を思い出す。
 もっと、あの時、もっと素直に心を言葉に出来ていたなら、素直に進路表を書いてしまえたなら、何かが変わったのだろうか………
 いや、それは僕らしくない、「佐々木」らしくない………………………
 ………………
 ……


 それから半年ほどして、僕らの仲は卒業と共に終わりを告げ、それからまた一年。
 一年経って、僕らは再会した。

 再会に際してふと思う。
 キョン、キミは僕の身体的成長を感じてくれるかな? とね。
 他意はない。けれど、健康診断の数値の上では確かに訪れているはずのものに、何故か酷く自信が持てなかった。
 キミはそんなの感じてくれないのではないか? なんて思える。あの雨の日の一件以来、僕につきまとう小さなとげを思い起こすからだ。

「やあキョン」
「なんだ佐々木か」
 彼はまったく何の躊躇もなく、一年振りの僕を認識してくれた。
 初めて見せたはずの高校の制服姿でも、キミは疑う事無く僕を受け入れてくれた。
 それはとてもとても嬉しくて、ちょっとだけ寂しかった。だってそれは僕の身体的変化が無意味だったからなのかもしれないから。
 心のどこかで、この一年のギャップに驚いてはくれないかな? なんて身勝手な夢想をしていたと気付いたから。

「それ、誰?」
「ああこいつは俺の」
「親友」
「は?」

 それからちょっとしたイベントが起きて……すぐに別れた。
 ほんのちょっとの再会。僕らの関係は前と全く変わっていなかった。けれどキミの環境は確実に変わっているのだと感じた。

 飄々とした風で別れたけれど、なんとなく胸内に湧き上がったものがある。
 そうだな。今度は偶然ではなく、意図してキミを探すのも悪くはないかもしれない。
 今度は私服でキミに会ってみようかなと考えを弄ぶ。
 もっとなんというか、今風の格好で、だ。
 でなきゃなんとなく落ち着かない。
 落ち着かないんだ。

「あの、すみません」
 何ともいえぬ感情に喉を鳴らす僕に、誰かが声をかける。
 振り返った僕の目に映ったのは、同い年くらいの、髪を大きく二つ分けにした少女だった。
「すみません。あたし、橘京子と申します……」
 そこから僕とキョンの物語は動き出した。
 もう一度、動き出した。
)終わり
)涼宮ハルヒの分裂に続く?

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最終更新:2012年07月01日 23:59
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