昔の奴はズルい、だって?
なるほど。キミは面白い発想をするね。
今のように学問が整理されていなかった時代であれば、こんなに苦労することなんかなかったろうに、か。
おやおや、キミは国民学校時代くらいがお望みかな? けれど当時の質実剛健な暮らしぶりにキミが従事している姿など想像もつかないな。
昼寝でもしてみたまえ、竹刀で一喝が日常だったと聞いているよ?
ん、なに? もっと昔の時代?
ああ、学校なんかなかった時代がお好みなのかい?
そうだね、確かにもっともっと昔の子供の大半は、学問というものに縁がなかったかもしれない。
けれどそんな時代の子供は、肉体労働を強いられていたというよ?
子供が、子供だから、とのびのび暮らせるという意味ではむしろ現代っ子の方が恵まれているのではないかな?
少なくとも、現代における学問は強制というには弱すぎるからね。そうだろキョン?
だからこそこうしてキミは宿題を忘れてこれる、って訳だよ。
むしろ、過去の子供たちは労働しなければ生命の危機にすら陥っていたのだと僕は考える。
それこそ「働かざるもの食うべからず」を地で行く時代さ。
子供も立派な労働力だった訳だから、むしろ「勉強をさせる義務」が親たちに課された当初、彼らは反発したそうだよ。
我々から労働力を奪うのか、ってね。
それほど子供が労働力として重視されていたという事は、それだけ労働させられていたという事に他ならない。
そんな時代にキミが生まれていたならば、さて、どうなっていたろうね?
くく、そう嫌そうな顔をするなよ。
何事も一長一短だよ、キョン。
都合のいい話なんてどこにも転がってはいないのさ。
だから僕らは僕らの義務を、キミはキミの義務を果たしたまえ。手助けくらいはしてあげよう。
なに? 何を企んでいるんだ、だって? くっくっく、さすがに鋭いじゃないか。
そうだな。ある意味、僕はキミに学力を提供するわけだ。
ならば先程の例に倣おう。キミは、キミの労働力を僕に提供してくれないか?
なに、そう困難な要望ではない。
これが終わったら、僕の肩でも揉んでくれないか? ってだけの話さ。
)終わり
むしろねキョン。僕が考えるに、一長一短ではなく単に都合の良いだけの在り様などこの世の中には無いのだと思う。
誰もが代価を支払って得ているのさ。
現代でも富裕の代名詞となっている、いわゆる「殿様」の多くが、贅沢三昧など出来なかったように。
一般人からみれば雲の上のような暮らしをしていたようで、実際にはその多くが厳しく貧しく制限だらけの生活を強いられていたように。
現実の雲の上に、楽園など存在しないように。
それは「隣の芝は青い」のと同じようなものではないかな。
勝手な想像で益体もない人物像を作り上げて、そいつを叩いて鬱憤晴らしをしているようなものなのさ。
もっとも、もし仮に自己の欲望が何でも叶うような暮らしをしている人物が居たとしても、それが本当に幸せとは限らないけれどね。
人間は「慣れて」しまう困った生き物だから。
過去人よりもずっとずっと便利な生活をしている僕らが、つい過去人のシンプルな生活を羨んでしまうように。
他人、この場合は過去人だね、からみれば素晴らしい生活を僕らはしている訳だけれど、それでも僕らはついつい自分達を不幸だと思ってしまう。
水道電器冷暖房、そうしたものを「そんなものなくたって平気だ、それより過去には良いところがいっぱいある」と思っても
結局、昔ながらの生活に戻れる人なんて、そうそうはいないものであるように。
僕らは幸福な生活に慣れて、それを当然、つまらないものだと思うようになってしまっている。
ならきっと誰よりも満たされた生活をしている人だって、そんな生活が当然になって、つまらなさを感じてしまうのではないかな?
そうやって「もっともっと楽しいもの」を得ようとしても、果たしていつまで楽しく感じ続けていられるのかな。
得られる文物に、或いは、感性の方に限界が来てしまうかもしれないね。
他人から見れば羨むような生活であっても、「楽しい」と感じられなければつまらないものになってしまう。
くっくっく、実に人間とは困った生き物だとは思わないかい?……………
………………………
…………
何? 何の話をしているのだか解らなくなった?
すまない。どうも、つい、また話が飛躍してしまったようだ。
くく、要はね、仮に不幸だと思えても、それは改善策が眠っているということなんだよ。不幸の原因を明確化して解決すればいい。
例えばキミが宿題を忘れても不幸だと思っても、宿題を僕から写せば解決だろ?
或いはキミが学力不足を感じるのなら、学力向上に励みたまえという事さ。
満たされていないという事は、ある意味で幸せなのだよ。
解決する事で喜びを得られるという事なのだから。
僕らは平々凡々な凡人だ。
それはいわゆる天才と呼ばれる輩よりも「上れる階段」が多く、「階段を上る幸せ」を多く得られるという事なんだ。
高みを目指して行こうじゃないか、天才達よりも遅い歩みかもしれないけれど、道すがらより多くの素晴らしい景色を見ることが出来るはずさ。
少なくとも僕は、タイム・イズ・マネー、目的達成の為に急ぐだけが良い人生ではないと思っているからね。
『ねえキョン、少なくとも僕は、タイム・イズ・マネー、目的達成の為に急ぐだけが良い人生ではないのだと思っている。
そりゃ目的の為に急ぎたくなることもあるかもしれない。けれど』
『けれど、僕は経過もとても大切だと思う。少なくとも、キミと過ごすこの時間は、とても、とても……』
不意に、自分が言葉を飲み込んだことに気付いた。
とても大切な事を、伝えたくて堪らない言葉をそのまま飲み込んでしまったことに気付いた。
けれど僕は、今、伝えられなかったのだろうか?
それとも伝えたくなかったのだろうか?
解らなかったから、だからもう一度飲み込んだ。
飲み込んで、ただいつもように笑う。笑ってキミに語りかける。いつか答えがわかると良いなと思いながら、いつものように笑ってみせる。
だってそれがキミが知っている僕の笑顔だから。キミに見せない「私」より、キミが知ってる素敵な「僕」で笑いかける。
「ねえ、キョン」
)終り
最終更新:2012年09月08日 03:44