70-539「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 君と僕との出会い その5~」

  時間城の一角にある「カフェ・ロザリアン・ティー&コーヒー 」は、東洋趣味の内装と、お茶とコーヒ
ー、手作りのケーキや軽い食事が取れる喫茶店で、カップル客だけでなく、幅広い層の客がいる。
 俺と佐々木は、外のとおりに面した窓側の席に座った。
 「ジャスミン茶とカフェ・ラテ」
 中国服を着た店員に注文すると、程なくして二つの飲み物が運ばれてきた。
 「どうぞ、ごゆっくり」

 今日顔を合わせて、時間もまだたっていないのに、こんなに話しやすい女性は初めてだ。幅広い見識を
備え、弁も立つし、頭の回転も早い。なにより、話すときに変な緊張感を持たなくて済む、というのは、俺
にとっては驚くべきことだった。

 私が男性と話すとき、男言葉を使う理由。簡単にいえば、私の心の壁。あまり異性として見て欲しくないと
いう意思表示。それくらい、私は男性と話すのが苦手だ。だけど、今、私の目の前にいる、今日知り合ったば
かりの男の子。とても話しやすく、(男言葉だけど)彼と会話するのは、自然体で、楽しい気分でいられる。
 それは私にとって、驚くべきこと。とても不思議な気持ち。

 「君には姉さんか妹さんがいるの?」
 「小学生の妹がいるが」
 「君はとても女性の扱い方に慣れているように思えるんだ。とても話しやすいしね。女性の友人は?」
 「一人いるよ。じつをいうと、俺は女性と話すのはそんなに得意じゃないんだ。その友人は例外だな。
あまり喋らないけど、話しやすい友人ではある」
 「なるほど、それに君はその女性の友人をかなり信用しているようだね。その人のことを語るときは、落ち
着いたような顔をしている」
 そんなことまで分かるのか。この佐々木という女性、つくづくすごい奴だ。

 喫茶店を出たあと、俺達は大型書店にむかい、併設されたDVD・CDショップにも立ち寄りながら、何冊か本を
買った。何冊かは長門がおすすめしてくれたもの、何冊かは佐々木がおすすめしたものだ。
 「君は本がすきなのかい?」
 図書委員をやっているし、本自体読むのは好きだ。
 そんなことを話していると、俺と佐々木のスマフォの呼び出し音が同時に鳴り響く。
 ポケットに入れていたエクスペリアZを取り出す。画面には谷口の名前。
 『キョン、今どこにいる』
 書店にいるが。
 『そろそろ終わるから、一旦戻ってこいよ。誰か一緒にいるのか?いるならその子にも伝えてくれ』
 大丈夫だろ。あちらにも連絡が入ってきた。

 『佐々木さん、外にいるの?一旦戻ってきて。とりあえず、今日はお開きにするから』
 涼宮さんはそう言うと、さっさと通話を切った。
 「やれやれ」
 そう呟いて、私は彼の方へ視線を向ける。
 彼のスマートフォンは私と同じ、黒のエクスペリアZであることに気づいた。


 合コンからの帰り道。
 「キョン、お前もなかなかやるよな。初参加の女の子とよろしくしけこむとはな」
 ・・・・・・谷口、いつの時代の言葉だ。
 「でも、キョン。君が話していた佐々木さん?美人だったよね。今日の光陽の参加者は、すごいレベルが高かった
なあ」
 「国木田、お前もあの鶴屋さんとか言う人とうまく話していたじゃないか」
 「ああ、あの人?すごく興味深い人だね。で、早速メールアドレスと電話番号交換したんだ。今度合う約束も取り付
けたよ」
 笑顔を浮かべて、国木田は愛用のエルーガーXを取り出す。存外手が早いな、国木田。

 「そういや、藤原。お前が話していた女の子もえらく可愛かったな。俺達と同級か?」
 「いや、あの人はああ見えても俺達より一つ上だそうだ。朝比奈みくるさんと言って、鶴屋さんの友人らしい。確
か参加するのは二回目だと言っていたが」
 「ああ。前回から参加しているんだが、すごい人気あるんだよ。競争は激しいぜ。でも、そういえば、今日は藤原
としか話してなかったよな」
 「妙に話があってな。花のことがかなり好きだそうなんで、それで話が盛り上がったんだが」
 「さすが、花屋の息子だな」

 「橘が話していた男も相当競争が激しそうだな」
 「古泉か。あいつはモテまくりだからな。何しろあのとおりのハンサム爽やか野郎だし、礼儀正しいし、女に対して
紳士的だしな。おまけに家は金持ちときてるからな。それにあいつのことを悪く言う奴はいないし、まあ、二物三物ど
ころか、モテる条件全て揃えたような男だからな」
 橘の目がハートマークになったのも、わかるような気がする。しかし、冗談ぬきで橘は苦労するぞ。見た限り、最低5人
は周りにいたからな。
 当の橘は、阪中と楽しそうにおしゃべりをしている。今日の戦果をお互いに話しているようだ。

 「そういや、谷口。お前の方はどうだったんだよ。確か周防とかいう娘(こ)だったよな。お前が気に入っていたのは」
 急に谷口が相好を崩す。
 「キョンよ、俺はみんなに感謝するぜ。今度二人だけで遊びに行くことになったんだよ!デートだぜ、デート。生きてて良
かった」
 大げさに感動しているが、まあ余程嬉しいのだろう。リア充の仲間入りだな、谷口。

 俺は、スマフォを取り出す。佐々木と同じ、黒のエクスペリアZ。お互いの電話番号とメールアドレスを、国木田達と同じ
ように交換した。
 『君とはいろいろ話してみたくなったよ。機会があれば、その、また君と会いたいんだが、どうだろう?』
 佐々木の言葉に俺は頷き、そうして俺達はお互いの電話番号とメールアドレスを交換したのだ。

 高校生活は序章の段階だったが、この日を境に、俺の生活は大きく変化していくことになった。
 そして、それは、同時に俺達が成長して大人になっていく課程でもあったのだ。


 同時刻・森園生のマンション。
「いや~おつかれさんだったね。今日は大収穫だったさ」
 鶴屋さんはご機嫌だ。
 「そんなにあの国木田て子、気に入ったの?」
 森さんがおかしそうに微笑む。
 「ドストライクだね。大当たりだわ。かわいいし、頭いいし、礼儀正しいし、モロ好みだね。
色々と教え込んでやりたいね」
 最後の方は少し危険なセリフの様な気がしたが……

 「古泉君は相変わらず大モテね。5人?かなりいたよね」
 涼宮さんの言葉に、複雑な思いを抱きながら、僕は曖昧にうなずく。
 「古泉はいつものことだけどね。涼宮さん、誰かいい人いた?」
 森さんがこちらを見ながら涼宮さんに尋ねる。
 「う~ん。あんまり。あ、でも一人気になった奴はいたかな」
 これは珍しい事だ。と、同時に僕は非常に気になった。あの、涼宮さんが気にかけた男子が
今日の参加者の中にいたとは。
 「ほら、谷口が連れて来た、あんまり目立ったなかったの。妙なあだ名で呼ばれていた」
 「キョン、君だったけ?佐々木さんと話していた」
 「そうそう。それ。何か気になったのよね」

 谷口君は涼宮さんと同じ中学の出身で、3年間同じクラスだったそうだ。昔、涼宮さんを好きだ
ったそうだが、今は周防さんがお気に入りのようだ。このサークル「SOS」の北高側の窓口でも
ある。
 佐々木さんは、今回涼宮さんの少々強引な勧誘により初参加したわけであるが、谷口君が連れて
来た”彼”と馬があった様だ。その彼を、涼宮さんは気に行ったらしい。少し意外な気がする。

 「みくるも何かよろしくやっていたみたいだね」
 鶴屋さんの親友、朝比奈さんは、少し照れた様子を見せた。
 「藤原君、花屋の息子さんなんです。すごく花の事に詳しくて、話が盛り上がったんです」
 朝比奈さんは青山方丈流華道の家元の娘だ。なるほど、確かに話は盛りあがっただろう。

 周防さんと佐々木さんはそれぞれ先に戻っていたので、残りの参加者は我々のたまり場である
森さんのこのマンションに集まり、いろいろ喋りながら、夕食もここで食べ(森さんお手製)、その
後、ようやく解散となった。

 「一樹」
 皆が帰り、この部屋にいるのは、僕と森さんだけとなった。


 人前で森さんが僕の名前を呼ぶことは無い。その名で呼ばれる時は二人きりの時だけだ。
 笑みを、僕にとっては夜叉の微笑みを浮かべながら、森さんは僕に近づいてくる。
 ソファに僕は座っていたが、僕は強い力で押し倒された。
 いつもの事、いつもの儀式、規定事項。僕の頭と感覚は麻痺してしまっている。

 「なかなか涼宮さんに近付けないわね。しかもライバルまで出現した」
 森さんは僕の気持を知っている。涼宮さんを好きだと言う僕の気持を。
 「いい方向ね、青春ぽくって。楽しいわね」
 馬乗りになった森さんの手に力が入る。少し息が苦しい。
 「森さん」
 そう呼んだ途端、僕の頬が軽く叩かれる。
 「二人きりの時は――さん、でしょう」
 僕らの本当の関係。表に出ることは無い、秘密の言葉。その名で呼ぶことを望んでいる。
 狂気の願い。だけど、僕もあの時望んだ事。二つの気持ち。どちらが本当の気持ちなん
だろう。自分でも解らない。心と体がバラバラだ。

 「泊まって行くでしょう?明日休みなんだから。どうせ家に帰ったところで誰もいないで
しょう」
 シャワーを浴びた後、森さんはそう聞いて来た。
 答えは解っているはずだが、これもまた儀式。僕らの間に交わされる束縛の言霊。
 それに彼女の言うとおりだ。無駄にでかい屋敷に、父も母も居ない。仕事で忙しい二人
が家にいる方が珍しい。父に至っては……
 「泊まらせてもらいますよ」
 森さんは満足したような微笑みを浮かべていた。

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 今日、私は不思議な男の子に出会った。
 異性と付き合うのが苦手な私の心の壁を、簡単に崩し、楽しい気持ちにさせた、キョンという
男の子。 
 『また君と会いたいんだが、どうだろう?』
 あんなセリフが私の口から出るとは思わなかった。
 彼と同じスマートフォンに登録した、彼の電話番号とメールアドレス。
 次に彼と会うのが待ち遠しい気分になる。
 高校に進学して、新しい生活が始まった。でも、中学時代と大して中身は変わっていなかった。
 彼と出会ったことで、私の高校生活は大きく変化して行く。そんな予感がする。

 この時、私が感じた予感は、のちにその通りになっていった。その過程で、私達は大きく成長
して行く事になった。

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最終更新:2013年06月02日 02:59
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