22-908「巨人だった頃」

その時、私は巨人だった。
クリーム色を希釈したようなオクスフォード・ホワイトの空に佇む茜色の巨人だった。
あの事故から1年間、私は普通の人間ではなかった。
そして、私の生きる世界も普通の世界ではなかった。
もしかしたら、私は1年と少し前、交通事故で死ぬところを、
何か超常現象的力によって再びこの世に生を受けたのかもしれない。
もしそうなら、彼女が私の命の恩人だったのであろう。多分

あの事故の時、私は、高校1年生だった。そして、ほとんど婚約寸前までいった彼氏に浮気され、別れたところだった。
喘息発作もひどくなっている上に、気分が落ち込み、注意力散漫になった私は交通事故に遭った。
もはや助かる見込みはほとんど無いような重症だったらしい。
(まだ死にたくないよー。元彼よりもっと良い男をみつけて結婚したいよー)

『助けてあげましょうか。おねえさん』
その声は神のものだったのであろうか?
その日、病院から私の体が忽然と消え、一年後に私は発見された。
この不思議なことは、報道管制と情報操作で一般には知らされなかったらしい。

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気付いた時、特撮の時に使うミニチュアの街の中にいるような感じだった。
そして、空はクリーム色を希釈したようなオクスフォード・ホワイトで、太陽も月も雲一つさえ無かった。
彼女の心が私の頭に入ってきた。彼への愛に満ちた優しい心、まるでこの空のような。

一人の小人の少女が入ってきた。
いや、少女は普通の人間で私が巨人になったのだろうか。
よく見ると私の体は夕焼けのような茜色だった。
もしかして私は死んだのかな?

「大変です、佐々木さんの閉鎖空間に巨人がいます。涼宮さんのあの神人と同じ。」
集合した超能力者達。
ああ、あの人達も彼女に命を助けられたのだな、多分。
「全然暴れないですけど、退治すべきなのでしょうか。」
「私の考えでは、この巨人は危険なものではないと思う、あの神人と違って。注意深く経過を観察しよう。」

常時、彼女の心が私に届いてくる。その彼女の心を私は時々歌にした。幸せな歌を。
毎日のように「超能力者達」が見回りにやってきた。彼らに私は歌を歌ってあげた。
彼らも私の歌に感動したみたいだった。

かじかんだ手を 重ねた朝に   君の手は 少し冷たく
君のためにと 編んだ手袋    照れながら 着けるその手の
その指先に 僕の指輪が     何時の日か はまれば良いのに

学校帰り 二人の影は      長く伸び 一つに合わさる
君の自転車 後ろで聞いた    若かった 時代の話を
もう少しだけ そう思う頃    もう着いた 速い自転車

また明日ねと 今日も別れる   星空の  バス停のそばで
ずっと一緒に 君といたいと   言いたくて 言えなかった日々
ずっと一緒に 君といたいと   言いたくて 言えなかった日々

こんな幸せな日々が永遠に続くと、その頃は無邪気に思っていた。
一度は彼女と彼が、私の空間に入ってきた。その時はすごく嬉しかった。
ずっといてほしかったけど、彼女にとっては一時のシェルターだった。
一連の出来事を彼女は夢だと思ったみたいだが。

超能力者は毎日のようにやって来た。
その内の一人、ツインテールの少女は私をとても好きになってくれた。私も少女が好きになった。
少女は私によく話し掛けてくれた。他の者も少しは話し掛けてくれたが。
「巨人さん。涼宮さんでなく佐々木さんが神様だったら良かったのにね。」
「今日、佐々木さんはね、」
もう一人の神の空間に出る巨人は、神の気分が悪くなると世界を破壊する危険なものらしかった。
そして、神本人の性格も、良くないものだったらしい。
私は、そんなことはどうでも良かった。ただ彼女が幸せならそれで良かった。
私はしゃべることはできなかった。ただうなずき、そして、彼女の心を歌にする。

(彼女が北高に入れば、先輩として彼女とお友達になるのも良いかな、もし戻れるならば)と私はその時思っていた。

そんな彼女は彼と別れる日が来た。卒業した後、2人は別々の高校に行くことになったのである。
何故、同じ高校に行かなかったのか、何故、自分の想いを彼に伝えなかったのか。
その内どちらかでもやっていれば、未来は変わったかもしれないのに。

県内でも有数の進学校に入った彼女は、中学時代とは対照的に言い様の無い孤独を感じていた。
桜が散り、梅雨が過ぎ、夏休みが終わり、落ち葉が舞う季節になっても彼からの連絡は無い。
彼女からの連絡も届かなかった。
彼女は心から笑うことは無かった。私も歌う事が無かった。
虚しく虚空を見上げる私。そんな彼女と私を見て超能力者も悲しくなったのであろうか、
話し掛けてくることもめっきり少なくなった。
あの時のような幸せな彼女に戻ってほしかった。
でも、彼と再び会うことも、新しい恋人に会うことも無かった。

そして、冷たい雨が枯葉を濡らしていたあの日。
彼女はずっと恐れていながら、目をそらし続けていた決定的な出来事を目撃してしまった。
彼と、もうひとりの神―――涼宮ハルヒが、ひとつの傘に収まって歩いて行った。
ふたりが彼女に気付くことはなかった。二人が去って、彼女はしばらく呆然と立ち尽くした。
持っていた傘は何時の間にか、なくなっていた。

彼女の心が悲しみに溢れているのが私にはわかった。
彼にとってもはや彼女は恋人でも親友でも無かった。
好きな人に忘れ去られる孤独感。その悲しみを私も同じく感じていた。
超能力者達もそれがわかったらしい。私の空間に集合してきた。
「あの巨人さんは涼宮さんの神人と同じく、これから破壊活動をするのでしょうか?」
「佐々木さんの精神状態を考えれば、確実に。」
私が大好きだった少女が言った。
「巨人さん、大好きだった巨人さん。これからあなたを退治しなければなりません。世界を守るために。許して下さい。」

私は排除されるのか。もう一つの神の世界に存在する神人のように。さようなら、超能力者達。
(もし可能なら、私は元の世界に戻り、彼女の助けになりたい。私に何ができるかはわからないが。)
そう思った時、私の茜色の体はみるみる崩れていった。

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目が覚めると、見たことの無い高校生の女の子が傍にいた。
「お帰りなさい。茜色の巨人だった人」
「ここは何所?あなたは誰?あれから何年経ったの?」
「私は喜緑といいます。あなた方の言葉で、私は宇宙人と言えば良いですかね。」
喜緑さんは全てを教えてくれた。彼女ともう一人の神のこと。
宇宙人と未来人、超能力者のこと。そして、それぞれに敵対組織があることを。
ただ、超能力者は私のように神に命を助けられた者であること、
もう一人の神の世界にいる巨人が私のように人間が変身したものかどうか、
については「禁則事項です」と言って教えてくれなかった。
結局、私は喜緑さんのエージェントになった。そして、生徒会会計として働くことになった。
拒否したら殺されていたかもしれないが。

喜緑さんの情報操作のおかげで、交通事故も行方不明も無かったことにされ、一年ぶりの学校にも普通どおりに通えた。
その後も、私の頭には彼女の心が流れてくる。
これは、オクスフォード・ホワイトの空の下で出会った超能力者達も同じなのだろうか?
以前は重症の喘息発作で苦しんでいた私の体は、帰ってきてからは全く発作を起こさなかった。これも多分神の力だ。
そして、新しく好きな人ができた。それが誰かは、ひ、み、つ
もう一つの神は、校内で目立つ存在だった。
彼ともう一つの神は恋人どうしと周囲から見なされていた。
でもいつも彼は少し嫌そうな感じだった。
それが照れか、本心なのか、私の勘違いかは判らなかったが。
街を歩いている彼女も時々見かけることがあった。友人といる時もいつも淋しそうだった。

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そして、春休み最後の日、彼女に会った。
彼女は一般人を装った工作員に道を聞かれていた。
ただ彼に会わせない為の妨害工作。もう一人の神の一時的な機嫌を取るためだけの妨害工作。
毎日毎日ご苦労なことだ。
今までよく怪しまれなかったと思う。でも警察もグルらしいし、宇宙人も味方しているから当然か。

「佐々木さん。今すぐ駅に行きなさい。彼氏と会いたいなら。」
うまくいけば、待ち合わせの場所に行く途中の彼に出会えるはず。
「え?何ですか?」
「急いで。彼氏と、キョン君と会いたいなら、すぐ行きなさい。ここは私にまかせて大丈夫だから。」
「すいません、失礼します。」
走り出す彼女。初対面のはずの私の言葉をすぐに信じたのは、心の奥で巨人であった私のことを覚えていたからであろうか。
「え、君どういうこと。待ってくれ。そっちに行くと大変なことに。世界が、涼宮さんが」
「彼女、急ぎの用があるらしいです。道案内なら私がしますよ。私は暇ですから。」ニコッ

彼と会って幸せな気分になる彼女。それが私にはわかった。
塾なんか休んで彼と一日ゆっくりしていけば良かったのに、全く。
もしかしたら、明日からは世界が無いかもしれない。
不謹慎だが、その時、私はそれでも良いと思った。
その日、彼と再会した彼女は、その次の日には宇宙人、超能力者、未来人と会った。

もう一人の神の力で、彼女がこの世界から排除される可能性もあるかもしれない。
しかし、『あのまま彼と一生会わないままでいるくらいなら、排除された方が良い』と彼女は思ったはずである。私にはそれがわかる。
私は彼女に何をしてあげられるだろうか。
私が彼女にしてあげられることは果たして存在するのだろうか。
星空を見上げながら私は思う。
あ、流れ星「佐々木さんの願いが叶いますように、佐々木さんの願いが叶いますように、佐々木さんの願いが叶いますように」
(Fin)

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最終更新:2007年10月15日 10:19
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