②ロウジャック

3人はとりあえず治安が良くないペリクル南部の繁華街「ネムレヌシティー」へと向かった。すでに日は落ちていたが、色とりどりのライトやネオンが眩しく、街はいつまでも眠れなかった。ネムレヌシティーでは、壊れかけの捨てロボットやドリームウォーカーが襲いかかってくる。

道中、街の人々は「原始爆弾」の話題で持ちきりだった。話を聞くと、原始爆弾とは広範囲の電磁機器を機能停止させる爆弾で、「原始教」が手に入れたということがわかった。「原始教」とは、「生物は機械を使わない原始的な生活を営むべきである。」という主旨の宗教である。ピアノの左半身は機械で出来ているため、原始爆弾が爆発するとピアノは死んでしまうと危惧したフラックスとエステリは、原始爆弾の問題を優先するべきだと説得を試みたが、ピアノの耳には届かなかった。ピアノの頭のなかは母の記憶データのことでいっぱいだった。

道を急いでいると、壮年の男が発狂し襲いかかってくる。戦闘終了後、男は我に返り、丁寧すぎる言葉で謝った。彼はハイバー・ニートと名乗り、ドリームウォーカーであった。ピアノがBR-EAKについて聞くと、ハイバーはBR-EAKよりもっといいものがあると言った。それは「夢幻装置FUNSEE」といい、現実と見まごうほどリアルな体験ができるベッド型の脳波装置であり、高級会員制クラブ「ニクスゲイザー」の地下にあるという。ハイバーはニクスゲイザーの会員だったので連れて行ってもらうことにした。ハイバーはこのように頻繁に人が変わり、情緒不安定だった。ハイバーはBR-EAKにさまざまな「イメージデータ」を読み込ませることで、大幅なベクトルとメンタルの変動が可能である。

厳重な警備のニクスゲイザーに入ると、室内ではロマンチックな音楽が流れ、たくさんの美しい女性といぶかしげな男たちが酒を飲みながら談笑していた。ハイバーは進んで奥に行き、隠し扉を開いた。地下に続く階段を降りると、そこには薄暗い空間が広がっており、「Low Jack」という傾いた看板が掲げられていた。ロウジャックは歪で閉塞的なアリの巣のようになっており、壁にはいくつも扉がある。扉を開くと、見たこともない奇妙奇天烈な装置がいくつもあった。たとえば、半透明なピンク色の触手を持ったスライムが窮屈そうにうごめく公衆電話ボックスのようなガラスケースである。それぞれの部屋ではドリームウォーカーが思い思いの快楽に耽っていた。(FUNSEEを使えば、スーパーヒーローでもガンマンでも、映画の主人公さながらの体験をすることができる)

最深部の扉を開くと、独り言を呟きながら猫背で何かに没頭する中年の男がいた。「お父さん!!」フラックスは驚いて叫んだ。「なんでこんなところに!!」しかし、フラックスの父グリム・アシッドの耳には届いていなかった。部屋にはさまざまな装置が散乱しており、他の部屋と様相がまったく異なる、いわゆるラボだった。フラックスたちは諦めて部屋を出た。

ようやく空き部屋を見つけると、ピアノはすかさずFUNSEEに母アークの記憶データを入力した。ピアノはアークの視点から生前の記憶を追体験する。

<アークを操作>

薄暗い青。どうやらここは水族館らしい。1人の少女がガラスに顔をくっつけながら、頭部が黄金の金属で覆われたシャチを眺めていた。ピアノはそれを見て、今までにない多幸感に包まれた。しかし、不思議な事が1つだけあった。なんとアークは少女のことを「メルヴィナ」と呼んでいたのである。けれども、この少女にはピアノの面影が確かにあるのだ。ピアノが疑問に思っていると、遠くから男の奇声が聞こえてきた。

「・・・・・・・・42!!」どんどんこちらに近づいてくる。「このよ・・・・42!!」「このよのしん・・42!!」「この世の真理は42!!」この世の真理は42?ピアノはわけがわからなかった。「この世の真理は42!!」「この世の真理は42!!」「この世の真理は42!!」「この世の真理は42!!」「この世の真理は42!!」あれは・・・グリム!?ピアノは少女をかばうと背中に激痛が走り、目の前が真っ暗になった。

目を覚ましたピアノは怒りに打ち震えていた。「お母さん!!」「メルヴィナ??私はピアノじゃないの!?」「何と言っても・・・あれは確かにグリム!!」「私の母を殺したのはグリム!!!!!」ピアノは全身から電気を解放していた。ピアノは技「エクトプラズマ」を習得。ピアノはアークの心から、自分に対する愛を「直接」感じたため、怒りを抑えることなどできなかったのだ。言葉も飾りも偽りもない、至上の愛である「生身の愛」の前では理性など無力だった。

ピアノは無我夢中でラボへ突撃し、1人でグリムと戦闘開始。ピアノは精神状態異常「破壊神」に加え、「覚醒」状態になっているので、攻撃力は爆発的なものだった。グリムは脳に影響を及ぼす電波装置を使って幻覚を見せ、サイケデリックな空間で戦う。また、グリムは「I.F.O.(Identifying Following Orb)」という幻覚を背にして戦う。I.F.O.はグリムを照らす神であり、顔のある太陽の紋章の円周上に何本もの腕が生えた姿をしている。さらに、グリムは今まで発明してきた奇妙な装置でトリッキーな攻撃をしてくる。結局ピアノの怒りは治まらず、グリムを殺してしまう。ピアノは失神して膝から崩れ落ちる。

駆けつけた他の3人は惨状を目の当たりにする。フラックスは父の死に言葉を失った。その時、ラボの奥にある大きな機械からナレーションが聞こえた。「爆発準備が整いしだい、次元爆弾を起爆します。」3人は顔を見合わせた。機械にはモニターと物理キーボードが備え付けられており、モニターには「この世の真理は?」という文字とパスワード入力欄が表示されていた。エステリでもさすがにこの世の真理はわからなかった。フラックスは父や家族の誕生日など、思いつく限り入力してみたがどれも違った。

エステリは「原始爆弾が爆発すればピアノは死んでしまう。それに、私たちは次元爆弾がどのような爆弾なのか、まだわかってないわ。」と言った。フラックスは体を震わせ、「父を殺した」ピアノを救うために、なによりも原始爆弾の爆発の阻止を優先することを決断する。また、ハイバーは堕落した自分が変われそうな予感がして、彼らについていくことにした。ピアノはペリクル病院に運ばれ、手術を受けることになった。

最終更新:2013年11月25日 23:21