251 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/20(水) 23:25:17

 昼食後、俺は全員分の食器の後片付けに挑んでいた。
 さすがに10人分の食器一揃いともなると、その量も膨大で、流し台の横に山のように積み上げられた光景は結構圧巻である。

「先輩、次はそのお椀をやっちゃいますね」

「シロウ、この大皿はどこにしまえばいいのですか?」

「セイバー、それは棚の最上段だったはずです。私のほうが適任でしょう」

 俺以外にも水洗い担当として桜、拭きと収納担当としてライダーとセイバーが手伝ってくれているが、それでも多いことには変わりがない。
 これだけたくさんやるのは、バゼットとカレンが居たとき以来だな。
 いつもの1.5倍くらいの食器に少しだけうんざりするが、やりがいがあると割り切ればそれほど苦痛でもない。
 ……遠坂あたりに聞かれたら、やれ人間型片付け妖精だ、ヒューマノイド・ブラウニーだって言われそうだけど。

「…………」

 ガシガシと油汚れを洗い落とす。
 いつもなら、一心に没頭できるはずの作業なのに、今日はなんだか違うことが頭に浮かんで離れない。

「ちょっと前までは、ただの知り合いだったのに……か」

「え? 先輩、何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

 隣で皿を重ねていた桜が首をかしげているが、こんな思考を他人に聞かれるわけにはいかない。
 そりゃ確かに、かつての俺と氷室の関係は、知り合い以上友達未満、という位置にあった。
 けど、逆に言えば、今はただの知り合いじゃなくなったってことじゃないか?
 俺と氷室の関係……果たしてコレは、どう表現すりゃいいんだろうか。
 流石に俺だって、まるっきりわからないって言うほど鈍くは無い。
 鈍くは無いが、お互いにはっきりとそういう関係だと言ったわけじゃないし、ひょっとしたら俺の独り相撲という可能性もある。
 けど、俺としてはこれが親愛以上の感情なのか判断がつかないわけで。
 いやいや、この場合に重要なのは俺のではなく氷室の気持ちじゃないのか?

「……それが判れば苦労はしないか」

 そうやって悶々と考えていると、気がつけば食器洗いはあらかた片付いて、あとは乾拭きして棚に戻すだけになっていた。
 考え事をしていても、身体に染み付いた行動は勝手にやっていたということか。
 と、そのとき、背後から雛苺と氷室の声が聞こえてきた。

「ええーっ!?
 鐘、帰っちゃうのぉ!?」

「そんな顔をしないでくれ、雛苺……」

 氷室が帰るだって?
 俺は思わず、居間の中を覗きこんだ。
 そこには、席を立とうとしたところで雛苺にスカートを掴まれて、動くに動けなくなった氷室の姿があった。
 手の水気を拭いながら、近寄って話しかけてみる。

「氷室、もう帰るのか?」

「ああ、衛宮。もう二時半を過ぎてしまったのでな。
 そろそろお暇させてもらう……雛苺、頼むから手を離してくれ」

「うー……雛、もっと鐘と遊びたかったのにぃ……」

 いかにも不満、と言いたげに頬を膨らませる雛苺。
 しぶしぶスカートから手を放し、氷室を解放するが、その目には明らかに落胆の影があった。
 穂群原の才女は、少しだけ困ったな、という表情で考えるそぶりを見せた後、雛苺と目線の高さを合わせた。

「雛苺、以前も言っただろう?
 私たちが離れて暮らすのは、一緒に生きていくためなのだと」

「うー……」

「ずっと一緒にいる事が叶わなくても、私たちは仲良しでいられる。
 その絆を信じて、私たちは契約を止めたはずだ。
 なにしろ、生きている限り、また会えるのだから」

 氷室の言葉が、胸に痛い。
 今の氷室と雛苺に、契約という名の絆は無い。
 あの時は、やむをえない措置だったと思う。
 それでも、俺がきっかけの一つとなって、二人の絆が失われてしまったというのも一つの事実だ。
 それなのに、まだ絆は残っていると、そう言い切れる氷室の強さが、今の俺にはとても羨ましく見えてしまうのだ。

252 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/20(水) 23:26:05

「だから大丈夫、必ずまた会いに来る。
 ……それに、ここには私以外にも、雛苺と遊んでくれる人たちが沢山いるだろう?」

「……うん。雛は、待ってる。
 だから、また遊びにきてね、鐘。絶対よ!」

「ああ、もちろんだ」

 そうして氷室は、優しい、本当に優しく、雛苺の頭を撫でた。
 その表情は、まるで我が子を慈しむ母親のように見えて……俺はふと、おかしな疑問を抱いてしまった。
 果たして俺は氷室を羨ましいのか、それとも雛苺を羨ましいのか。
 そう考えた瞬間、なぜか知らないが、さっきまでの悶々とした気分が甦る。
 どうしても持て余すその気分を無理矢理振り払うように、氷室に声をかける。

「氷室、帰るんならバス停まで送っていくぞ」

「なに? まだ日も高いのに、そこまでしてもらわなくとも……あ、いや」

 一瞬、断ろうとした氷室だが、ふと何かを思いついたのか、口元に手を当てて何事か考え始めた……どうしたんだ?
 やがて氷室は一つ頷いて、やや緊張した面持ちで俺を促した。

「そ、そうだな、せっかくだから衛宮には付き添ってもらおう。
 悪いが、頼めるか?」

「……? 俺から誘ったんだ、当然だろ。
 ……桜、ちょっと氷室を送ってくるからな!!」

 氷室の態度に少し訝しく思いながら、桜に声をかけておく。
 台所からはわかりましたー、という返事が戻ってきた。
 まあ、後は食器を拭いて戻すだけだから、俺がいる必要はないだろう。

「鐘、絶対にまた遊びに来てね!」

「ああ、雛苺、またな」

 雛苺と手を振り合う氷室。
 そして俺たちは、連れ立って玄関の戸をくぐった。
 外は相変わらず晴天だ。
 この時間帯ならバスにじっと待たされることもなさそうだし、急いで歩かなくても大丈夫だろう。

「……済まなかったな、衛宮。
 思いがけず、随分と……長居をしてしまった」

 歩き始めてすぐ、氷室が話しかけてきた。
 こうして二人きりになると、どうしても俺の脳裡にさっきまでのモヤモヤが復活してしまいそうになる。
 ……この見送り役を志願したのは、失敗だったかもしれない。
 ギクシャクと歩調を氷室に合わせながら、俺も答える。

「や、なにも悪い事なんてないぞ。
 雛苺に会いに来たんだったら、もっと長居してくれても良かったくらいだ」

「そうか。
 ……しかし、私が思っていた以上に、君の家人は雛苺を受け入れてくれていたな。
 どうやら私の心配は、杞憂、だったらしい」

「あ、ああ、ウチの面子は、ちょっと色々変わってるからな……」

 なにしろ、西日本で最も神秘と一般人の境界線が曖昧になっているであろう場所だ。
 今更、雛苺が加わったくらいじゃ驚けないのである。
 ……何の自慢にもなりはしないけどな。

「それに、ほら、いくらウチでみんなと仲良くしてても、やっぱり氷室と一緒にいるのが一番嬉しいはずだしさ、うん」

「う……そうだろうか?
 そう言ってくれると、嬉しいのだが。
 済まないな、その、色々と気をかけてもらって」

「なっ、やめてくれ、謝られるようなことじゃないぞ。
 お互い、知らない仲じゃあるまいし……」

 知らない仲じゃあるまいし。
 そう口にした直後、俺の頭の中に、先ほどの煩悶が甦った。
 途端に、口にした言葉が猛烈に恥ずかしく思えてきて、かぁっと顔が熱くなる。
 うあ、なにやってんだ、俺。

253 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/20(水) 23:27:06

「…………」

「…………」

 お互いに無言で歩いているうちに、バス停に到着してしまった。
 次のバスがやってくるまで、二人並んで立ち尽くしたまま……って、待てよ?
 俺はともかく、なんで氷室まで黙り込んでるんだ?

「な、なあ……衛宮」

 ようやく、氷室が口を開いた。
 さっきの俺の発言に対して突っ込まれなかったことに、ひそかにほっと安堵する。
 だが、次の氷室の言葉は、俺の予想を絶するようなものだった。

「私たちは、いつの間にかこうして、親密になってしまったわけだが……。
 その、今の私たちの間柄というのは……一般的に言って、どうなんだろうか?」

「んな…………っ!?」

 一瞬で心臓が大きく跳ねた。
 俺が考えていたことを、再び氷室に先に言われた……?
 咄嗟にバネ仕掛けのおもちゃみたいな動きで、氷室を覗き見る。
 そこには……俺に負けず劣らず真っ赤な顔をした氷室が立っていた。

「え、あ、それ、は……」

 言葉が意味を成さない。
 頭の中がばらばらになってぐるぐる回る。
 元々自力で答えを出せなかった問題を、他者からいきなり突きつけられたせいで、俺の頭はあっさりとハングアップしてしまったらしい。

「……この話は、衛宮と二人きりでしたかった。
 周りの目があるところでは、どうしても……言い出せなかったのでな」

 俺が再起動するより前に、再び氷室が語りかけてきた。

「だから……衛宮が見送りに来てくれて、嬉しかった」

 氷室は顔を真っ赤にしながらも、それでも俺に伝えるために、言葉を紡いでいた。
 ……もしも、氷室が本当に俺と同じことを考えていたのなら、俺と同じように悩み、煩悶としたんじゃないだろうか。
 そう思うと、ハングアップしていた俺の頭に、じわじわと何かが浸透していく。

「氷室……」

 心臓はバクバクいってるし、頭もろくに働かないが、意識だけは氷室に集中していく。
 壊れたままなのは相変わらず、俺はこの瞬間、氷室しか眼に入らなくなった。

「覚えているか?
 一昨日デートをする直前、初めに言っていたことを。
 お互いに、試してみるつもりで、恋人のようにデートしてみよう、と」

 もちろん、覚えている。
 あの時、氷室も俺も、自分の感情がなんなのか判らずに戸惑っていた。
 そして、それをはっきりさせるために、二人でデートしよう、と提案したのは他でもない俺自身だ。
 ……我ながら、恥ずかしいことを口にしたもんだ。
 きっと、あのときの俺も、今と同じようにどこか壊れてたのだろう。

 ――遠く道路の向こうから、バスのやってくる音が聞こえてきた。
 バスが氷室を乗せて去っていってしまう前に、氷室の言葉を一言一句残さずに聞いておきたいと、強く思った。

「あれから、色々あったおかげで、あの結果を言うタイミングを逃してしまったが。
 私の中では、一応、気持ちに決着がついたというか、結論が出たのでな……」

「…………」

 俺は一言も発することが出来なかった。
 ただ、氷室の赤くなった表情、氷室の定まらない視線、氷室の頬を掻く仕草、氷室の躊躇いがちな言葉、氷室の少し荒い吐息、その全てが俺の胸を熱くさせる。
 そして、表情をぐっと引き締め、意を決した氷室の、次の言葉を聞いた俺は、体内に宿った熱が暴れだしそうになるのを自覚した。


「衛宮。私は、君の事が………………………………好き、だ」



α:俺は堪らず、氷室の身体を抱きしめていた。
β:氷室はそっと俺に口付けすると、そのままバスに駆け乗った。
γ:なぜかはワカラナイが、最後に見た水銀燈の泣きそうな顔が頭をよぎった。
δ:それでも俺は、氷室の想いに答えることは出来ないと思った。

投票結果

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年06月21日 14:04